ダーク・ファンタジー小説
- Re: ウェルト戦記(珍しく一週間以内に本編更新) ( No.48 )
- 日時: 2014/02/08 00:17
- 名前: ヒント (ID: 7Q4U.U3m)
- 参照: 第八話を分けます
第八話 前編
「全く……、あんたが燃やす度に、消化するこっちの身にもなってみろ」
「……はい」
そう言って拳銃を仕舞うルースに、イグナーツが土下座したまま返事をした。
「シオン。『使っている』奴は、今何処にいる?」
「う〜ん、ちょっと待ってて」
ルースの質問をうけ、フラフープを再びシオンが鳴らす。
「あっちと、そっちと、こっち!」
順番に指を差しながら、答えるシオン。アルザはシオンが指差した方向を目で追うが、当然、建物しか見えない。そもそも、
ーー『使っている』奴って、誰の事だよ?!
完全に話についていけてなかった。
「よし。じゃあ、テオンはシオンと一緒にあっちのを。ルースはアルザとそっちので、オレはこっちを探すけど良いか?」
そんなアルザの様子を全く意に介することなく、イグナーツが立ち上がりながら指示を出す。
「了解。……分かっているとは思うが、これ以上燃やすなよ」
「おっし、行くかぁ!」
了承しつつも、しっかりとルースが牽制しておくが、イグナーツは大声を出して誤魔化し、駆け出す。
〈ぼく達も行くよ、シオン〉
「は〜い」
テオンが水文字を使ってシオンを促し、二人も路地の中へ消えていく。
「私達も行くぞ」
「行くって、場所は?てか、『使っている』奴って……」
ルースも行こうとするが、今までの疑問をアルザにぶつけられる。
「ああ、そういえば、この言い方は現場でしか使われないんだったな」
アルザの質問に、一人納得するルース。
「いや、悪かった。『使っている』奴というのは、『魔物使い』の事だ」
『魔物使い』とは、様々な方法を用いて、魔物を操る者たちである。魔法を使って操る者もいるが、機械などを使って操る者もいる。
説明して貰って、漸く理解できたアルザだが、また別の疑問が生まれる。
「でも、魔物使いって、『ハンターギルド』の管轄だよな?」
ザハリアーシュ大陸に多数存在するギルドーーそのうちの一つがハンターギルドである。トレジャーハンター、ブラックリストハンターなど、あらゆる種類のハンターが在籍しているが、魔物使いも籍を置いている。また、魔物使いの認可もハンターギルドの役割の一つである。
「この辺りはハンターギルドが無いし、それ以前に非公認だろうな。……取り敢えず、他の質問は行きながらしてくれ」
「了解。そういえば、場所は分かるのか?」
シオンは方向を示しただけであり、距離などには全く触れていない。これだけの情報では、何処にいるのかは分からなかった。
「方向は分かっているんだ、上って探すぞ」
「上るって……」
「ん?屋根の上だが?」
さも当たり前のことであるように、答えるルース。もちろん、普通の人間は屋根に上って、人探しをしたりしない。普段の言動から、常識人に思われがちだが、実はこういった常識は欠けていたりするのだった。
「先行くぞ」
助走もなしにルースが跳び、二、三回壁を走るように蹴って屋根に着地する。
「……なんかもう、慣れてきた」
今日一日で色々と見せられたため、既にこの程度では驚かなくなったアルザが呟いた。
***
細い路地を、赤い影が駆け抜ける。その目線の先には、黒いマントを着た人間がいた。イグナーツから逃げているのである。
「どうして、ここが……?!」
悔しさを帯びたその声は、女性のものだった。何度も曲がっているが、それでも赤髪の男の姿は消えない。
この商店街は、メインストリートを少し外れると、かなり入り組んだ路地になっている。
ーーここなら、簡単には見つからない。
そう思って専用の機械を使い、魔物を呼び寄せようとしたところ、
「よう」
と突然、角から大男が出てきた。魔物使いの女は一瞬固まり、
「きゃああぁぁぁぁぁ?!!!」
悲鳴を上げて逃げ出した。
「あ、おい!」
イグナーツも、慌てて追いかける。しかし、イグナーツの体格だと、細い路地では走りにくく、なかなか捕まえることができなかった。
「だったら、裏ワザ使わせてもらうぜ?」
口元を緩めると、女とは違う方向の路地へと駆け込んだ。
***
ーーきゃああぁぁぁぁぁ……
何処かからか、悲鳴が木霊する。聞き覚えのある声に、イグナーツが追っている女と同じマントを着た男が、機械を弄る手を止め、顔を上げた。
「あいつ……、まさかしくじったのか?!」
急いで、それほど大きくはない機械をマントの内側にしまい、悲鳴の聞こえた場所へと駆け出した
ーーつもりだった。
「のわぁっ?!」
べちんっ、と間抜けな音を立てて、いきなり顔を地面に打ちつける。何かに引っかかったのだ。痛みに悶えながら足元を見ると、両足に水の玉がくっついていた。
「せいこ〜う!!」
と、男からは死角となる位置から、青髪の少女が出てくる。その横には、レイピアを携えた金髪の少年もいた。
〈やったのはシオンじゃなくて、僕だよ?〉
はしゃぐシオンの前に、テオンが水で文字を作る。
「見つけたのは、アタシだも〜ん!」
「見つけた……って、どうやって見つけたんだ、こんなところ?!」
ここの路地は入り組んでいるだけでなく、屋根が出ている建物が多く、死角も多い。特定の人物を何の情報も無しに見つけるのは、不可能と言っても過言ではなかった。
「アタシの『操音』なら、どこにいたってわかるし!」
シオンの『操音』は、自身の出した音に限り、操り、把握する魔法である。フラフープが音の鳴る仕様になっているのは、そのためだ。
フラフープの音を周囲一帯に広げ、その反射音を把握する。そうやって、シオンは魔物使い達の場所を特定したのだった。
「……は?」
もっとも、シオンの説明(になっていない説明)だけでは、何をしたのかは全くわからないが。
〈申し訳ありませんけど、ぼく達と一緒に来てもらいます〉
理解に苦しむ男に、テオンが告げる。男はしばらく足掻いていたが、やがて無駄だと悟り、大人しく従うことにした。
***
アルザの身体能力は、平均的な男子よりもかなり高いが、それでもルースのように、壁を蹴って屋根に上ることはできない。
そうなれば、魔導士としての本領を発揮するだけである。
「『闇武者』!!!」
魔法を発動し、ルースが乗っている建物の影に潜る。そして、その中を移動して、飛び出す。
「そういう使い方もあるのか」
屋根にに飛び乗ったアルザに、感心した風にルースが言う。
「まあそうだけど……。ルースはどうやったんだよ……」
「普通に蹴ってだ。それなりのコツはあるが」
今度教えるよ、と言うと、シオンが示した方へ走り出した……屋根の上を。
***
「振り、切った……?」
無我夢中で走っていると、いつの間にか大男の姿は見えなくなっていた。
女は壁に手を付いて、息を整えようとしたが、
「そこまで逃げなくても、良くねーか?」
またしても、角からイグナーツが出てきた。
「きゃあっ?!」
短い悲鳴をあげて、後ろに飛び退く。
「そうやって驚かれると、傷つくな……」
「し、しつこいのよ、あんた!」
裏返った声で叫びながら、懐から護身用の小型拳銃を取り出し、引き鉄を引く。護身用であるため、ルースが扱うような大型拳銃よりも殺傷能力はかなり劣る。ただ、それでも近距離で撃てば、危険なことに変わりはない。
パァン、と発砲音が狭い路地に鳴り響く。しかし、
「オレを殺したいんだったら、対物戦車砲でも出さねぇと無理だぜ?」
イグナーツは赤い鱗に覆われた右腕で、難なく防いだ。
「うそっ、あんた、『天災』の……?!」
「お。オレの事知ってんの?」
『天災』。つまりは、二つ名。
「なんでS級が、こんな所にいるのよ……?」
力の抜けた女の手から拳銃が落ち、尻もちをつく。
「なんでって言われてもな。ここに来た時は、まだS級じゃなかったし。あと、『隣国』が『隣国』だからな」
「…………」
元に戻った右手で、炎の様な赤髪をガシガシと掻きながら、イグナーツが女に近づく。
「悪りぃけど、こんだけ色々やらかしたんだ。着いてきてもらうぜ」
いつもと同じ、砕けた口調。だが、その黄色い目は険しさを帯びていた。
「……なんかこれって、オレの方が悪者っぽくねぇか?」
この場に他には誰もいないのがせめてもの救いだが、事情を知らない者に見られたら、確実に勘違いされたであろう状況だった。