ダーク・ファンタジー小説

Re: ウェルト戦記(番外編ネタ思いつかない……泣) ( No.55 )
日時: 2014/02/11 02:21
名前: ヒント (ID: 7Q4U.U3m)
参照: テストなんてなくなってしまえぇーー!!(すみません叫びました)

第八話 後編

 屋根の上を走っていたアルザとルースだが、不意に前を走るルースが止まり、その場にしゃがみこんだ。

「(いたぞ。多分、あいつだ)」

しゃがむように、とアルザにジェスチャーで指示し、小声で告げる。

 その視線の先には、黒いマントを着た少年が機械を弄っていた。歳はアルザと同じくらいか、少し上だろう。その周りには、数匹の魔物が低く飛び回っている。そして、

「(あいつ……!)」

少年の隣に五歳程度の幼い少女がいた。逃げ遅れたのか、それとも騒ぎに気付かずに家から出てしまったのか。どちらにせよ、ここで戦えば少女が巻き添えをくらう可能性が高い。

 ぎりっ、と無意識のうちに、アルザは歯ぎしりをしていた。

「(……やりにくいな。先ずはあの子を保護して……)」
「(ルース)」

顎に手を当ててこれからの行動を考えるルースに、アルザが声をかける。

「(俺に、あの女の子を任せてくれないか?)」
「(……それでも良いが、どうするつもりだ?)」

目を下に向けたまま尋ねるルースに、アルザは詳しく説明する。

「(……なるほど。そうしているうちは、外の様子は分かるのか?)」
「(いや、俺以外には見えないらしい)」
「(だったら、余計に都合が良い)」
「(?)」

いぶかしむアルザをよそに、ルースはおもむろに、うなじへと手を伸ばす。

「(私があいつの目を引くから、その間にあの子を保護しておいてくれ)」

そう言うと、髪を纏めている黒い紐を、引っ張ってほどいた。今日一日動き回っていたにも関わらず、長い髪は絡まることなく、細い背中を覆い隠すようにして広がる。

 絹糸のような髪。

その表現が、何よりも相応しいと思えるほどに、その白髪は柔らかい光沢を放っていた。それが整ったーー整いすぎている顔立ちと相まって、作り物めいた美しさを醸し出す。

「(……何かついてるか?)」
「(え?!)」

思わず見惚れていたアルザだが、ルースに声をかけられて我に返る。

「(あ、いや……。その、何で急に髪ほどいたのか、気になって)」

しどろもどろになりながらも、慌てて誤魔化した。

「(囮になる時は、こうした方が目を引きやすいらしい。イグナーツからは、絶対にこれで街中を歩くな、と言われているが)」
「(あー……まあ、そうだよな)」

納得いかない、という風に前髪を弄るルースだが、イグナーツの言い分が正しいのは言うまでもない。

 「(取り敢えず、私がここから飛び降りて「(いやちょっと待て)」)」

さりげなく、しかしとんでもないことを言い出したルースを、アルザが遮る。

「(飛び降りてって、さすがに危ないだろ?!普通に怪我するか、下手すれば死ぬから!!)」

現在、アルザ達が乗っている建物は、ごく普通の二階建ての家だが、やはりそれなりの高さはある。打ち所が悪ければ、あっさりとあの世へ行くことができるだろう。

「(ああ、それなら心配しなくても大丈夫だ。四階くらいの高さまでなら、ちゃんと着地できる)」
「(どんだけ頑丈なんだよ?!!)」

もはや人間のスペックではない。順応力は割と高い方であると自負しているアルザでも、ついに小声ではあるが叫ぶ。というよりも、ツッコミを入れた。

「(ギルドに入る前にいた施設で、こういう訓練ばかりしていたからな。)」
「(……施設?)」

あまり聞き慣れない言葉に、反復するアルザ。ルースは頷くが、直後、ほんのわずかに表情を動かし、しまったという顔をする。

「(……まあ、今の私にはもう、関係がないが。それよりも、準備が終わったから行くぞ)」

意味深長な物言いをすると、ルースは立ち上がった。

「それじゃあ、任せたぞ」

声を抑えることなく言うと、返事を待たずに身を踊らせた。

***

 黒いマントを着た少年は戸惑っていた。仲間である二人と、連絡が取れなくなったからだ。

 魔物に街中の人を襲わせ、その混乱の隙に、それぞれ人質を捕まえて『交渉』に移る。それが、今回の作戦だった。ところが、連絡の取れない今は、こうして待っていることしかできない。

 やや不慣れな手つきで、手元の機械を操作する。本来、この少年が得意とする魔物の使い方は、音を用いたものである。しかし、音を操ることのできる魔導士がいるという情報が入り、電波を用いることにしたのだった。

 機械の扱いに苦戦しながら、横目で隣にいる少女を見る。恐怖心からか、小刻みに震えている。その様子に罪悪感に駆られるが、心の内に押しとどめる。

 ーーでも、どうする?

正直、この少女といるのは苦痛になりつつあった。そして、下手に動くこともできない。

 一人で悶々と悩んでいると、不意に『白い何か』が落ちてくるのが、視界の端に映った。少年が驚いて顔を上げると同時に、『白い何か』はスタンッ、と軽い音を立てて着地した。

「お前が、この魔物達を『使っている』奴か?」

『白い何か』ーーもとい、ルースは顔にかかった白髪を払いのけながら、少年に尋ねる。

「……!」

少年はそれに答えることなく、魔物にルースを襲わせようとした。

 しかし、

「無駄だ」

魔物達が動くことはなかった。否、正確には、翼や足などを動かすことは出来るのだが、その場にとどまっていた。

「え?な、」

何が、と続けようとしたところで、自分も体をまともに動かせないことに、少年は気づく。よく見れば、白い糸のようなものが、体中に巻きついていた。それだけではない。狭い路地の至るところにも、張り巡らされている。

「な、なんだよこれ?!!」

上ずった声で叫ぶが、ルースは少年ではなく、その左側へと目を向ける。

「アルザ、もう良いか?」
「ああ!」

そこにはいつの間にか、銀髪の少年が立っており、その足元の影が不気味に揺らめいていた。

***

 「マジでやりやがった……!」

ルースが飛び降り、無事に着地したことを確認すると、アルザば屋根の上を走り出した。その際驚きすぎたことにより、素が出て、呟いた口調やや荒くなっているが、本人は気付いていない。

 黒マントの少年の、死角となる位置の上まで行くと、『闇武者』を発動して屋根から降りる。ルースのように、飛び降りたりはしない。

「お前が、この魔物達をーー」

完全に、少年の注意がルースに向いていることを確かめると、アルザは建物の影に手を触れる。

「ちょっとごめん……『闇武者』!!!」

瞬間、少女の姿が建物の影の中に消えていった。


 アルザの『闇武者』は、自分自身の身体を『闇』に変化させたり、影の中に潜り込んで移動することができるが、それ以外にも、自分の影や自分が触れた影に、他者や物などを引き込むことも可能である。


 少女が建物の影を伝い、アルザの影の中に完全に引き込まれる同時に、異物感に似た奇妙な感覚に襲われる。ただ、何度か経験しているため、耐えることができた。

 「アルザ、もう良いか?」

ちょうど、ルースがこちらを向いた。

 自分が任されたことは終わった。あとは、彼女に任せるべきである。

「ああ!」

***

 アルザが少女を無事に保護したことがわかると、ルースは右手をゆっくりと挙げる。その手には、白い糸が巻きつけられていた。

「……子供には、見せられないな」

小さな声で呟くと、挙げた手を振り下ろす。それを合図に、

バシュッ!!

と肉の切れる音が連続して鳴り響き、全ての魔物の体から、血が噴き出した。

「う、あ……」

あまりの凄惨さに、少年が呻き声をあげる。自分の体に巻きついた白い糸。それと同じものが、魔物を切り裂いたのだ。

「これから、私達について来てもらう。抵抗したらどうなるかはーー分かるな」

象徴である鎌こそ持っていないものの、ぞっとするほどに冷たい声と紅い隻眼。そして美しい容姿は、まさに死神そのものであった。

***

 ルースが少年の手首を縛り終えると、張り巡らされていた白い糸が霧散して消えていった。その光景に、アルザは森で戦った時の、白い大鎌を思い出す。

「もしかして、それも『想造』なのか?」
「そうだ。あまり、濫発はできないが」

アルザの質問に短く答えると、それよりも、と言い、

「あの子をそこから出してやってくれ。絶対に、血や死体が見えないように」

と、大通りに繋がる道を指差した。色々と常識の欠けている彼女ではあるが、こういった気遣いは抜かりがなかった。

 アルザは支持通りに、少女を影から出した。いきなり明るくなった視界に驚いたのか、少女は辺りをキョロキョロと見渡す。そして、

「ママ!!」

と叫ぶと、大通りに立っていた女性の元へ、走り出した。


 「……本当は喜びたいところだが、生憎、そういう訳にもいかない」

少女を見送っていたアルザだが、冷たい声に思わず振り向く。

「『反ユーティラ』組織・『セベラング』。エルレインさんの魔装ーー『魔装士印』、その他諸々について聞きたいことがある」

 ーー『ユーティラ』。

その言葉を聞いた瞬間、アルザは耳鳴りと、目眩が襲うのを感じた。