ダーク・ファンタジー小説

Re: ウェルト戦記(イメイラ(テオン)up!) ( No.73 )
日時: 2014/03/08 01:42
名前: ヒント (ID: 7Q4U.U3m)
参照: ※今回微グロ表現多いです(あくまで微)

第九話 前編

 目眩と、ノイズのような耳鳴りに、アルザは思わず頭を抑える。だが、それで収まることもなく、遂には体を支えきれずにその場にうずくまる。

 耳鳴りはやがて鮮明な音となり、脳裏で数カ月前の光景が断片的にフラッシュバックし始める。


  自分と同じ髪色の女性。

  笑顔と、楽しそうな笑い声。


「ーーーーっは」

息が乱れ。動悸があがり。額から汗が流れ落ちる。


  女性が近づき、見下ろす形になる。

  口元がゆっくりと動き、短く言葉を紡ぐ。

  突然、視界がぶれ、今度は女性を見上げる。

  そしてーー


「ーーあ、あああああああ!!!!」

***

 「アルザ?」

『セベラング』の少年に尋問しようとしていたルースだが、突然うずくまったアルザに気付き、側に寄る。もちろん、少年の手首を縛る縄は持ったままだ。

 隣にしゃがんで、顔を覗き込む。アルザの顔色は、かなり青白くなっているうえに、息も乱れていた。

「アルザ!しっかりしろ!」

アルザの様子に、ルースが耳元で叫んだが、反応は帰ってこなかった。肩を少し揺さぶってみても、同じだった。

 「どうしたんだ?急」

に、とまで言い終える前に。

 ゾクリ、と首筋に冷たいものを感じ、ルースは反射的に後ろへ跳び退く。同時に、アルザの絶叫が路地に響き渡る。しかし、ルースは着地とともに少年のマントの襟元を掴むと、もう一度後ろへと跳んだ。

「うげぇっ?!」

首の締まった少年が悲鳴をあげるが、空中では為す術もない。そして、二回目の着地。

「つっ」

瞬間、ルースの左の上腕と太ももに痛み走り、太ももからは血が噴き出した。それでも、ルースはアルザから目を離さない。

 蠢く、黒い影。それがアルザの足元を中心として、広がっている。そして、本来地面から離れる筈のない影が、触手の様にうねりながら先の方を浮かせていた。

 それだけではない。

 近くに置いてある木箱や、周囲の壁が、アルザの影に触れた部分から抉られていた。

 ルースの腕と脚も同じ。幸い、どちらとも骨にまで達してはいないが、傷口からは肉が覗いていた。

 「……悪いが、少し寝てもらうぞ」

小さな声で呟くと、右手を少年のフードから離し、代わりに壁に当てる。そして、息を吸い込む。



「『想造』!!!」



右手から、白い帯状の物が壁を伝って伸び、アルザの近くで止まる。

「『殴れ』」

ルースが命令すると、突如として、白い帯から同じ色の腕が生えた。その腕は拳を作り、アルザに向かって振り下ろす。


 ルースの高位魔法ーー『想造』。

ルース本人が便宜的に『オリハルコン』と呼んでいる白い物質を、自在に操る魔法である。

 操れるものは、形だけではない。質量や体積、材質や硬度。これらは全て、彼女の思い通りである。

 自らが『想像』するままに、『創造』する魔法。何かを形作る魔法の中では、一番の幅広さを持っていると言っても過言ではない。

 ただ、幾つかの欠点もある。


 『想造』で作られた拳は、アルザの後頭部に見事命中した
ーー筈だった。

「……やはり、そうなるか」

命中する筈だった拳は、アルザの頭をすり抜けていた。ある程度予想はしていたのか、ルースの声に落胆の色は見られない。

 『想造』による攻撃は無駄と判断し、ルースは『オリハルコン』から手を離す。白い帯と腕はゆっくりと霧散し、やがて完全に消えていった。


 ルースが『想造』を発動する時、常に触れているのには理由がある。今の様に、『オリハルコン』に服を含んだ体のどこかしらが触れていないと、霧散して消えてしまう為だ。ーーこれが、欠点の一つである。


 数歩下がって、距離を取る。影の広がる範囲がそこまで広くはないのか、ルース達に襲いかかることはなかった。

「……今から危険な奴を呼ぶから、大通りに出て、金髪でネックウォーマーを付けた男子の所へ行け」
「へ?!あ、わ……分かった。けどよ……」

突然、影に襲われたり、襟元を掴まれて首を締められたりと、理解が追いつかずに茫然自失としていた少年だが、ルースに言われて我に戻る。しかし、

「あんた、その傷大丈夫なのか?」

ルースの姿に、逃げるのを躊躇った。

 傷口からは血が滴り、地面を赤く濡らす。白髪も所々、血の色に染まっていた。明らかに、『大丈夫』とは言えない姿。

「このくらいなら、よくやる。別にどうという事はない」

それでも、ルースの表情と声色は変わらない。

 そして、おもむろに通信端末を取り出すと、ワンコールだけ鳴らした。

「増援も呼んだ。さっさと行った方が良い」

端末をしまい、代わりに黒紐を手に取る。それを口に咥えると、両手を使って再び髪を結び始めた。左手も普通に動かしているルースの様子を見て、少年は少し安堵し、一つ、決断する。

「俺らのこと、どれだけ話せるかわかんねぇけど、できるだけ話すよ」
「……それは、ありがたいな」

咥えていた紐を口から取って、ルースが答える。

「ああ。あんたみたいな、敵でも助けられる様な男になら、話せる」
「……ん?」

ピシッ、と。男、と言われた瞬間、ルースの動きが止まる。

 数秒の沈黙の後、ゆっくりとルースの口が開く。

「……私は女、なのだが」
「……え」

再び沈黙が訪れる。そして、

「ウソだろ?!いやだって、あんたその話し方とか胸とか「何か言ったか?」すいません何でもないです」

驚愕のあまり少年が叫ぶが、殺気を孕んだ低い声に恐怖心を覚え、即撤回する。これは誰だって怖い。怖すぎる。

「じゃ、じゃあ俺はこれで……」

そそくさと、気まずさを感じながら大通りへと少年は出て行った。ルースはそれを見送ることもなく、腰のポーチから赤いチョークを取り出し、右手で弄(もてあそ)びながら、呼び出した者をを待つ。


 「……おいおい。エグいっつーか、グロいことになってんぞ」

呼び出したのは、魔導士ギルド第八支部、もう一人のS級。

「ま、さっさと終わらせようぜ」

その太い腕に、赤く輝く鱗を生やしながら、イグナーツは現れた。

***

 「おっせーなー」

のんびり、と。手に持った端末の画面を見ながら、イグナーツは呟いた。彼が待っているのは、ルースからの連絡。すでにテオンとシオンからは連絡が来ており、残すはルースだけであった。

 ちなみに、アルザにはまだ番号を教えていない。というよりも、その前に事件が起きてしまったため、教えることができなかった。

 待つこと数分。ようやく、着信音が鳴る。

「おっ、来た来た……って、あり?」

ところが、ワンコールだけで切れた。

 端末を使った合図は、魔導士ギルド全体で幾つか決められている。そのうち、任務や作戦が終了した時の合図は、ツーコール、もしくは相手が出るまで。


 しかし、鳴ったのはワンコールだけ。ーーこれは、緊急呼出の合図である。


「……マジかよ」

 ルースもイグナーツと同じく、S級である。S級というものは、誰もがなろうと思ってなれるものではない。

 戦闘能力だけでなく、知識、魔法の扱い。そして、現場での実績。これらが全て、かなり高い基準に満たないと、年に一度行われる昇格試験を受けることすら叶わない。

 さらにその昇格試験でさえ、合格者が出ない年がほとんどである。

 ーーつまり、それなりの事が起きない限り、ルースからの緊急呼出などあり得ないのだ。しかも、今回は彼女だけではなくもう一人、アルザもいる。

「あの二人は、こっちだったよな」

不吉な予感を感じながら、イグナーツは駆け出す。そのもう一人が、呼び出された原因とはもちろん知らずに。

 路地に入った途端、強い刺激臭が鼻を突く。


 血の匂い。


それが、予感を確信へと変えた。

 走る速度を上げ、迷うことなく突き進む。しかし、二人の居場所を知っている訳ではない。

 イグナーツが目印としているのは、匂い。ドラゴンの血をひくイグナーツは、鱗の他にも身体的な特徴を持つ。その一つが、並外れた嗅覚である。

 『セベラング』の女を追う時に使った『裏ワザ』も、この嗅覚を利用して探し出していたのだ。

 匂いを辿り、目的地に到着する。そこには、血塗れになったルース。そしてーー

「……おいおい。エグいっつーか、グロいことになってんぞ」

不気味に蠢く影の中心にうずくまるアルザが居た。

ーーこいつはやべぇな。

口には出さないが、内心苦笑する。

「ま、さっさと終わらせようぜ」

できるだけ、軽い口調になるように心がけながら、ルースの隣に並ぶ。

「……そうだな。そのつもりで、あんたを呼んだんだ」

クルリ、とチョークを回し、アルザを見据える。影の中に居る少年の表情は、俯いているため、見えなかった。