ダーク・ファンタジー小説
- Re: ウェルト戦記 ( No.80 )
- 日時: 2014/04/04 00:51
- 名前: ヒント (ID: 5ipM4g6R)
- 参照: 膝動かないな……
第九話 後編
イグナーツが勢い良く、右手で地面に叩く。それと同時に、赤い炎が溢れ出し、アルザに向かって地を這い、当たる直前で二股に分かれると、周囲を少し開けて円形に囲みこんだ。
「このまま、十秒くらい頼む」
「お前鬼か?!オレこーゆーの苦手なの知ってるよな?!つーかマジで説明!!」
到着するなり、ルースから炎でアルザを囲むように指示され、取り敢えず実行したイグナーツだったが、説明は全く受けていなかった。そのうえ、もともとコントロールはそれほど重視せずに『赤龍炎』を使っているため、炎で何かを囲むなどといった使い方は苦手なのである。ーー思わず叫ぶほどに。
それでも実行できるあたりは、彼の実力といったところでもあるのだが。
不意に、カツッという小さな乾いた音が響く。
「光属性の魔法を使って、『強制解呪』を狙う。そのための下準備……というよりも、確認だ」
音の正体は、しゃがんだルースがチョークで地面に文字を書く音だった。そして、幾つかの単語を書き終えると、イグナーツの前に左腕を出す。
「……どう思う?これを見て」
そう言ってルースが見せたのは、今だに血が流れている傷口である。見せられた方のイグナーツは、思わず顔をしかめた。
「どうって……。なんつーか、抉られたとか、食われたとか、そんな感じか?それよか集中乱れっから、そんなモンいきなり見せつけんなよ」
「悪い。……まあ、食われた、というのが感覚的には近いな。あれに触れた瞬間には、こうなっていた」
『あれ』と、ルースは炎の隙間から覗く影を睨む。
「だが、『想造』で攻撃した時は、すり抜けただけだった」
「ーーああ、そういうことか」
ここまで聞いて、イグナーツが納得したような声をあげる。
「魔法を食えっか、食えないか」
それともう一つ、とルースが付け加える。
「魔法を壁にした場合、それをすり抜けることができるか」
蠢いてはいるものの、影は炎の壁から出てくる様子がない。ルースは自分の推測が、確信とまではいかなくとも、可能性が高いものへと変わっていくのを感じていた。
「……何するつもりか分かったから、さっさと終わらせてくれよ」
イグナーツは口の端を上げるとともに、炎へ向けている集中力をさらに高める。
「……ああ、頼んだ」
ルースはそれだけ言うと立ち上がって、炎に沿って駆け出した。そして、円形の四分の一ほどのところで少し屈み、一単語だけ書く。さらに同じ作業を反対側となる所で繰り返し、すぐに離れる。
「おっし、もう消していいよな?」
ルースが戻ってくると、返事を待たずして、イグナーツは炎を消した。
「……まだ何も言っていないがな」
小さなため息を漏らすと、片膝をついて最初に書いた文字に触れる。すると、三箇所に書かれた金色に文字が光りだした。
ルースは目を瞑ると、魔法を発動する。
「『リヒト』!!!」
瞬間、文字から放たれていた光が、閃光と呼べるほどにまばゆいものへと変わった。そして、『闇武者』を相殺し、かき消す。
ただ、光のあまりの眩しさに、閉じられた瞼越しでも、魔法を発動させた張本人であるルースですら視力を奪われた。
もちろん、イグナーツも例外ではなく、完全にとはいかなくとも、視界の大半が白で埋めつくされた。しかし、『混龍』である彼にはーー常人とは比べものにならないほどの嗅覚を持つ彼には、『見る』必要はない。
「ちょいとばかし、寝ていーー」
匂いを頼りにアルザに接近して、人間のものに戻った右拳を固める。
「なっっっ!!!」
ドズンッ、という鈍い音とともに、拳が腹部に叩きこまれる。同時に、アルザの体が前に傾く。イグナーツは軽く屈むと、そのまま殴った方とは反対の肩に、アルザを担いだ。
「……疲れた」
軽くふらつきながら、ルースが立ち上がる。視力が徐々に戻りつつある右目を手の甲でこすると、左の袖が破け、血が付着した上着を脱ぐ。
脱いだ上着の内側では、複数の幾何学的な模様と文字が、弱く白い光を放っていた。やがてそれも明滅し始め、完全に消えていった。
「……修理確定だな。この前してもらったばかりなのに……」
「今頃蒸し返すなよ」
袖口を確かめ、ルースが愚痴をこぼすと、心当たりがあるのか、イグナーツがバツの悪そうな表情をする。
ルースはイグナーツの言葉を無言で流すと、インナーとして着ている黒いTシャツの腹の辺りを破り取った。それで腕と太もも、両方の傷口をしっかりと縛る。
「一応女子なんだから、そのカッコはなぁ……」
ルースの格好は大胆にも、へその辺りを露出するものとなっていた。本人が破ったため、当然とも言えるのだが。
「別に良いだろう、人通りが少ない所を歩いて帰れば」
「それで歩くつもりなのかよ?!」
あっさりとルースは宣言しているが、何処からどう見ても歩ける様な怪我ーーもとい、出血量ではない。
ちょいちょいちょいちょい!!と慌ててイグナーツは引き止めた。
「お前はここで待ってろ!アルザ連れてってミラさん呼んで……つーかもう、今すぐミラさん呼ぶから!!マジで大人しくしとけバカ!!」
素早く端末を取り出すと、ミラに繋げる。ルースも反抗する気はないのか、壁に背を預けてその場に座り込んだ。
***
通話を終えると、気を失っているアルザを肩から下ろし、イグナーツも腰を下ろし、胡座をかく。
「相っ変わらずだよな、お前……」
「そこまで慌てる程か?」
「……慌てるっつーよりも、危険なんだよ、お前の場合」
呆れ顏を作るイグナーツだが、それは置いといて、と言って、アルザに目を向ける。
「こいつも、何者なんだろうな」
「……それは、どういう意味でだ?」
イグナーツの言葉に、ルースが首を傾げた。
「入ったばかりにしちゃあ、返り血が少な過ぎねーか?オレだって最初は血塗れになっていたし、お前なんかどこの地獄絵図だよってくらいだったろ。それに、あれだけ高位魔法使っといて、『魔力』も『精神』も普通にもってたし」
一気にまくし立てるイグナーツ。ルースも今日一日と、自分が魔導士ギルドに入った頃を思い返す。
「確かにそうだな。……地獄絵図はいただけないが。あの魔法なら、魔力消費は『想造』よりかは少ないと思うが、それなりには多いだろうし、精神には同じくらいに負担がかかってもおかしくはない」
魔法を発動する際、大きく関わる要素が二つある。
一つ目は、魔力。
魔力とは、魔法を発動する為の力ーー言わば、エネルギーである。魔力そのものは、魔導士でない普通の人間や、魔物ではない獣。さらには、植物や空気など、あらゆるものの間で循環している。つまり、とどまることなく、流れ続けているのだ。
しかし、魔導士と魔物はその例に当てはまらない。個体差はあるが、自らの体内に魔力をとどめ、溜め込むことができるのだ。
ただし、溜め込まれた魔力は魔法を発動する時に放出され、再び循環し始め、放出された分の魔力は、時間が経てばまた体内に溜め込まれる。
そして、もう一つは精神への負担である。
魔法には、その構成を表す『魔導式』ーーあるいは単に『式』と呼ばれるものがある。ルースが書いた文字も、これにあたる。
また、何も書かない高位魔法にも、魔導式は存在しており、その複雑さは一つ一つ異なっている。
この魔導式が複雑であるほど、精神への負担は大きく、負担が掛かり過ぎると、精神が壊れる危険性さえあるのだ。
「今だに連続十五分が限界だもんな、『想造』だけだと」
「……あの威力で、それほど精神に負担がかからないあんたが羨ましいよ。魔力量は元々多いし」
「 コントロール捨ててるからなー、オレは。ま、そこはともかく、ちょっと見ただけでも、結構『慣れてる』感じだったんだよ」
若干脱線し始めた話を、イグナーツが方向修正する。 ーー話を振ったのも、脱線させたのも、イグナーツ本人ではあるが。
「……それは、後でアルザが目を覚ました時にでも聞けば良い。話すかどうかは、アルザの自由だ」
ーー私のように。
「…………」
最後の一言は、ルースの口から出ることなく、無言に変わった。
「おーい、ルース?」
そのまま黙り込んだルースの目の前で、イグナーツは近寄って手をヒラヒラと振る。
「……悪い。少し、考え事をしていた」
ルースはイグナーツの手に気付き、視線を下へ逸らす。イグナーツはふーん、と相槌を打つと、振っていた手で自分の右側を指差した。ルースがつられて逸らした視線をそちらへ向けると、そこには救急箱を持ったエルフの女性ーーミラが立っていた。
「ようやく、お迎えが来たぜ」
「……その言い方だと別の意味に聞こえるから、やめろ」
イグナーツの冗談を軽く流すと、腕に巻きつけたTシャツの切れ端を取る。
「まったく……また血塗れになっちゃって。それに、一応あなたは女の子なんだから、そんな格好をしてはいけません」
開口一番、ミラは説教を始めた。ルースは適当にそれを聞き流しながら、応急処置を素直に受ける。
結局。
この後、四人が第八支部に帰り着いたのは、日がほとんど落ちかけた頃であった。