ダーク・ファンタジー小説
- 第二話「飯田守信」1 ( No.16 )
- 日時: 2013/09/24 15:56
- 名前: 幻灯夜城 (ID: .DDflOWn)
——ピエロは笑わない
目の前で笑っているのはただの道化師とかというやつで、その本心は職のためにがんばってるって色が凄いに違いない。
子どもの頃に誰もが抱くであろうこんな疑念。今、僕はそれに悩まされている。この記憶のこの自分は、果たして本当に"笑っていたのだろうか"。踊らされた、欺瞞の笑みなんじゃないだろうか。
…だから、今日も僕は笑い続けよう。
あるときはしっとりと、あるときはにっこりと、
あるときは慰めるため、あるときは場を盛り上げるため、
…その裏の本心を隠しながら。
仮面をかぶった笑顔のない道化師が街を歩いている。
街灯の明かりに満たされた、夜の道を。
派手な格好、派手なメイク。
だけどそこに"笑顔はない"。
——…ぇ…ん…ぇ…ん
道化師の耳に届くのは泣いている子どもの声。
道化師の目の前にいるのは泣いている少年。
笑わない道化師は、しばらくそれを無表情で見ていたが、やがてその表情を明るい太陽へと変えて彼にこう言った。
「どうして泣いているのかは僕は聞かない。だが、いつまでも泣き続けていると僕みたいな道化師が目の前に現れて君を笑顔にさせにくる」
そして、ポケットよりアメを一つ子どもに差し出す。
それを受け取った少年は途端に笑顔になり、
「ありがとう!ピエロさん」
と言って走り去っていった。
タッタッ、幼き日を重ねながらピエロはぽつりと呟く。
「…現金なやつだ…」
そしてピエロもまた、この寂しげな夜を一人寂しく歩き始めた。
Lost memory第二話「飯田守信」
笑わない道化師はいつ笑う。
——始動
—『Memory Breaker』:「飯田守信」
—『Memory Weapon』:ジャグリング用の玉
—異能:五秒間だけ"丸い物体"を高速移動させることができる。
- 第二話「飯田守信」2 ( No.17 )
- 日時: 2014/01/21 15:47
- 名前: 幻灯夜城 (ID: .DDflOWn)
——道化師の朝は早い。
「ん・・・・・・」
ボロいアパートに住んでいるせいか、起きるだけでこの床から響いてくるきしぃという音。もういつ床が抜けてもおかしくないというレベルのボロさだから笑えない。
4畳半のこの部屋で死んだように眠っていた男は瞼を開け、朝日を浴びる。カーテンなんて勿論無い。
余談だがこの部屋の家賃は月々3000円ぽっきり。一年間でも三万六千円という素晴らしい安さ。学生諸君もこういう物件に住みたいだろう。
で、何故安いのかってこの狭さ、ボロさ、共同トイレ、そして"いわくつき"の四コンボが存在するからである。電気はかろうじて10A。電子レンジ一つでブレーカーが落ちるレベルだ。
で、まぁ生活環境はおいておいとくとして。
湿気、そしてカビの香りが漂ってくる中、守信はその辺にたたんであった服を手に取る。ちなみに今はパンツ一丁。
流石にこの状態で外に出て誰かに見つかれば通報ものだ。
—スーツとスーツケース。
それらを持ち"衣装"をケースの中に入れた守信は家・・・というより部屋を出る。目指すは一階の共同トイレ。
得にもよおしそうでもないので、駆け足になることはない。
相変わらず一段降りるたびにキシキシと耳障りな金属音が鳴る階段を降りて、古臭い扉の前に立つ。
「・・・・・・」
ノブはさび付いているようだ。しかも外から鍵がかかっているのか分からないタイプなものだから迂闊に開けることもできない。
とりあえず、ノックをして誰かいないかを確認しなければ。
腕を伸ばす。
手の甲を扉にむけ、指の第一関節と木を打ち合わせようとした。
- 第二話「飯田守信」3 ( No.18 )
- 日時: 2013/10/15 22:37
- 名前: 幻灯夜城 (ID: 3nikXZtz)
——ごんっ、
鈍い音が頭から響く。ぐらぐらする。脳が揺らされたからなのだろうか。
一瞬何が起こったのか分からなかった。自分は錆びたノブに手をかけたはずではなかったのか。そして、何故次の景色は空なのだろうか。
「・・・あー」
「だ、大丈夫ですか!?」
とりあえず痛みにうめくような声(といっても無気力なものでだらしが無く痛がっているようには見えないが)を上げ、とりあえず痛いアピールをしてみる。耳に入るは女性の声。
頭がぐらついているお陰で、まともな思考ができない。とりあえず差し伸べられた華奢な手を掴みとり、それを利用して立ち上がる。
白い、肌の女性だった。
透き通るようなダークブルーの瞳。
美しい。ただその一言だけが出てきた。自分の今までの人生の中では恐らく、このように美しい女性とは一度も出会っていないだろう。
「あ、あの・・・・・・?」
「あ、ああ。すまない」
その美しさに目と心を奪われたままほうけていると女性が心配そうに声をかけてくる。その声で我を取り戻した私は、反応を示した後にトイレの中へと入る。
キィ、バタン。
閉められる古い扉。女性の姿はいつまでもその目に焼きついていた。
彼女の姿は余りにも美しい。白い、雪の精でも見ている気分だった。
まだ、真夏のはずなんだがな。
「・・・・・・」
しかし、あの女性、どこかで見たような気がする。
ある雪の日に一人で歩いていた少年は雪の精とであった——なんて言ったらメルヘンチックすぎるのだろうか。
"あの日"以来抜け落ちた記憶の中にてがかりはあるというのか。
黒い化物共を狩れば返してもらえる記憶の中に。
——用を済ませ、扉を開く。
「・・・・・・」
当然、女性の姿は消えていた。
私は、当然の事を認識すると同時に"職場"へ向かった。
- 第二話「飯田守信」4 ( No.19 )
- 日時: 2013/10/26 19:31
- 名前: 幻灯夜城 (ID: AxfLwmKD)
雑音。
「あ、お早う御座います守信さん」
「ああ、おはよう」
私の職場。
それ即ち"芸人一座"というものだ。
様々な芸を行い、人々を楽しませるプロフェッショナルの集団。
そこに"笑わないピエロの芸"として在籍している。
何をするかと問われれば、それはサーカスにありそうな芸だ。
玉乗り、ジャグリング、綱渡りetc……。
だが、私はそれを"無表情"で行ってみせる。笑顔を振りまく道化の姿はここにはいない。そこにいるのは"無表情の死神"なのだ。
客はそれを眺める。終始無表情のままの私に対して、畏怖、敬愛、尊敬等の正と負の両方が入り混じった感情を向けながら芸を見る。
ただそれだけのこと。
私はスタッフや他の芸人達と雑談し、早速メイクに入る。
よくある、道化師のメイク。
メイクを終え、スーツケースの中の"衣装"を取り出して着替える。
よくある、道化師の衣装。
——そして、いつも通り公演が始まる。
ジャグリング、それを玉に乗りながら行うだけの簡単なこと。
何も考えずに体を動かし、表情を作らなければいいだけのこと。
・・・・・・ふと、視界にある人物の姿が入る。
(・・・・・・あれは・・・・・・)
朝に出会った、雪の精のような少女。
丁度こちらから見て真ん中の位置で、じっと視線を中央に合わせて私の舞台を見つめていた。周りの客が豊かな表情を見せる中、彼女だけが私と同じく無表情を貫いたままで、だ。
- 第二話「飯田守信」5 ( No.20 )
- 日時: 2013/11/05 16:01
- 名前: 幻灯夜城 (ID: .DDflOWn)
私は、その少女に見覚えがあった。
雪の精を思わせる白い肌。
見ていると奥底まですいこまれそうなダークブルーの瞳。
(……間違いない)
あれは、私が家から出る時に出会った女性の姿そのものであった。
あの時以前にも、出会ったことがあるような女性であった。
やがて、その虚空の瞳と私の瞳が合う。
その時、私の頭の中に不可解な電流が走る。
——ザザッ……
ノイズが走る。
頭の中に、電波を受信できないラジオの音が響く。
気が散る。うるさい。
ザザッ、
うるさい
ザザッ
うるさいうるさい
ザザッ
うるさいうるさいやめろ
ザザッ
うるさいやめろやめてくれやめてくれ——。
——"久し振り"。
——ザザー
……
……
……
「……」
意識を取り戻したのは、一座の舞台裏。
自販機がけたたましくその音を響かせる中、その脇のベンチに私は座っていた。何が起きたのかは、全く分からない。
ただ、舞台の途中から意識という意識が飛び、ノイズの中にすいこまれていってしまったというのは覚えている。
「あ、お疲れ様です守信さん」
スタッフの一人が、ねぎらいの言葉をかけてくる。
気になって、私は聞いてみた。
「すまない、舞台はどうなったんだ?」
「え?何変なこと聞いてるんですか?"無事に成功しましたよ"」
——何?
「守信さん終始無表情のままで客の視線をくぎ付けにしていました。
それで、舞台裏に来た後も仲間とハイタッチをしてましたね。
その時も無表情のままって、やっぱ役者はすご」
「——もういい、充分だ」
不必要なRPGのチュートリアルのようにベラベラ話すスタッフの言葉をさえぎる。いったい、何が起きた。
舞台のあとにも私は普通に動いていたというのだ。だが、私の記憶は"あの少女と目を合わせてからない"。今の精神状態を考えてよほど疲れているなんてことはないだろうし、そもそもハイタッチは習慣づいているかと問われれば決してそんなことはない。
無意識に一連の行動を済ませたのち、流れるように複雑な動作を行いながら私は自然にこの場所に座ったとでもいうのか。
(まさか……な)
催眠や暗示というものを考えたりはしたが、あの少女がわざわざ私にかけてくる理由もわからないし、第一こんな動作をしいる理由も不明だ。
「……」
疑問ばかりが私の頭の中に残る。だが、それを解決できるかと問われればそれはNo。考えすぎていても仕方ないと、私は楽屋に戻る。
メイクを落としている間も、
衣装を着替えている間も、
彼女のことが頭から離れないでいた。