ダーク・ファンタジー小説
- 序「とある少女の場合」 ( No.2 )
- 日時: 2013/08/22 23:07
- 名前: 幻灯夜城 (ID: tf4uw3Mj)
——大切な、人がいた。
その人は、何時も私の傍にいてくれた。
楽しいときも、
辛いときも、
苦しい時も、
どんな時でも私の傍にいてくれた。
彼といると、何時も笑顔でいられた。私が笑顔だと、彼もにこり笑ってくれた。笑顔が似合う素敵な男性。
・・・だけど、彼は死んでしまった。
私の目の前で、暴走したトラックが歩道に突っ込んできて、轢かれて、
その瞬間に私は突き飛ばされて、地面に叩きつけられて、転がされて。
・・・目の前を見ると、真っ赤な血溜まり。
それだけで、分かってしまう。"彼"は死んだのだと。
・・・
・・・・・・あれ、
真っ白になる頭。思考が死を拒否したのだろうか。いや、それでは今私に起こっていることそのものを説明する理由にはできないだろう。
彼、私の頭の中にいる彼は誰だ?誰なんだ?
何故、彼といると私は笑えたんだ?
そもそも、彼とは誰なんだ?
「・・・・・・」
もう、いいや。勢いよく叩きつけられたせいで、幸か不幸か鈍り始めてきた思考の海の中に引きずり込まれそうになっていく。その海に身を任せようとして瞳を閉じようとした——その時であった。
「おめでとう、君は選ばれた。この世界に。」
・・・誰?
初老の男性の声。
その声は、心の中で疑問を浮かべる私の声を無視して言葉を続ける。
"君は、これより"大切な記憶"を奪われる。"
何を・・・言っているのかさっぱりだ。
大切な記憶を奪われる?そんな魔法染みた戯言なんて聞きたくない。
・・・どうして?
心の中で否定的な、しかし投げやりな疑問をその声にぶつける。
今度は——反応したようだ。
「人質、といえば分かりやすいかね。君の大切な記憶は、君が次に目を覚ました瞬間に君の頭の中から消えうせていることだろう。」
老人の声は続ける。
「だが、取り戻す方法はある。それは、この世界を食らい始めている黒い生命体。人間の記憶を食らって生きている生物達を殲滅すること。」
一体、何を言っているのだ。・・・意識が奪われる直前だから、突拍子も無い幻聴を聞いてしまっているのかもしれない。
老人は更に言葉を続ける。こちらの意思などお構いなしに。
「君に与えられた選択肢は二つ。
日常を捨てて、非日常へと足を踏み入れて"記憶を取り戻すか"、
それとも関わらずにこの世界でのうのうと生きるか。」
・・・ああ、そうか。理解するしないってのはお構いなしなんだ。
老人は問いかける。人質となった記憶を返して欲しければ、その世界を食らい始めている存在を狩れ、と。
当然、待ってはくれないらしい。だから、私は私に従って答えを出す。
—私は、知りたいんです。"彼が誰なのかを"。
——だから、返してください。"思い出"を。何でも、しますから。
「いいだろう。」
かすんだ意識の向こうで、老人が笑ったような気がした。
「これより、お前は『Memory Breaker』。記憶を刈り取り、記憶を食らう存在を殲滅する者。大切な記憶を取り戻すまで、未来永劫その力を振るい続けてみろ——」
ブツン、
テレビの電源が落ちるように、その老人の声は唐突に途切れた。
そして、唐突に私はその意識を闇の中へと手放した——。