ダーク・ファンタジー小説

第二話「飯田守信」6 ( No.22 )
日時: 2013/11/19 15:50
名前: 幻灯夜城 (ID: .DDflOWn)

その日の夜。

「ただいまー」

勿論、返事が返ってくることはない。
"いわくつき"なのだから幽霊の声の一つや二つあってもおかしくはないはずだし、というよりボロアパートに一人暮らししている身としては返ってきてくれた方が若干嬉しいものがある。
今日は特に、だ。あんな奇妙な出来事があってからというものの、私の心はざわつきっぱなしだ。落ち着いた夜も過ごせやしないし、いつもは気にしない夜風を気にしてしまう程。

途中で立ち寄ったコンビニで買ったコンビニ弁当を畳の上に置き、テーブルを奥の物置から引っ張り出してくる。

「げほっ……相変わらず、か」

煙たい。炭素系の煙ではなく埃とかそういう感じの煙たさだ。ほこりっぽいというのが正しいはずなのに、彼の家は物置から何かを取り出す度に煙りが舞うものだから、まるで中で何か燃えているのではと思ってしまうのだ。
やっとの思いで茶色く薄汚れたテーブルを引っ張り出す。
と、一枚の写真が落ちてきた。

「……?」

それを手に取ってみてみる。
テーブルと同じ位に汚れてしまっているその写真には、若い頃の自分自身と……誰かが写っていた。その誰かに私は見覚えが無かった。
遊園地、だろうか。アロハシャツを着た私と白いワンピースを着た誰か。はて、若い頃の写真、だろうか。その時はまだ青春していたんだろうなと思い、写真の裏を見て、
(……ん?)
日付は"2013年7月8日"。
急いでケータイを開き、日にちを見る。
今日は、"2013年8月7日"。

つまり、これは約一ヶ月前の写真。その写真が今はここにあり、写っている人間に見覚えがない。

——"見つけてくれたんだね"

「——!?」

女の、声が聞こえたような気がした。
慌てて後ろを振り返るも、そこには誰もいない。
狐にでも化かされたのだろうか。と、ここで今聞いた声と今日の昼間に起きた奇妙な出来事の声が同じであることに気づく。
そして思い出すのは、"記憶"に関する記事。

なんてことはない。
私はある病で病院にいた。
それで、医師から告げられたそれを思い出したのだ。

「……明日、行ってくるか」

ケータイの電話帳を開き、そこにかける。
ディスプレイに表示されているのは、「堂元病院」。
近年「ロストメモリー症候群」において最も大きな功績を挙げている場所。

第二話「飯田守信」7 ( No.23 )
日時: 2013/11/26 15:59
名前: 幻灯夜城 (ID: .DDflOWn)

——次の日。

「……」

診察手続きに関しては案外スムーズに事が運んだ。病が悪化したかもしれないです、担当医を呼び出してただこう告げるだけ。
それだけで、その医師はわざわざ時間をずらしてこちらを診察してくれる。なぜなら、それだけ重要度が高い病であるからだ。
そして、今現在私は「堂元病院」の「脳神経外科」診察室の待ち合い室で自分の番が来るのを今か今かと待ちわびている。

「堂元病院」の「脳神経外科」。
それはこの小さな堂元町にありながら、世界で今最も注目されている病院だ。その原因は、今世界で最も注目されている病の研究であったりする。

その名は、「ロストメモリー」。

健忘症の一種?でないかと噂されるこの病気にはとにかく謎が多い。
症状は、初期段階は記憶のどこか一部がすっぽりと抜け落ちたかのように思い出せなくなるのだ。そして、症状が深刻になってくると、異能とやらが使えるようになる。
「異能」。この二文字が出てくるだけでこの病気が一瞬にして中学二年生が書いたぼくだけのすばらしいせかいに出てくる何か魔法やら何やらのレベルにまで低下してしまう。今これを見ている諸君の脳みその中にもいろんな意味で「?」が浮かんでいるはずだ。

だが、これは事実なのである。
火を出した、物を一瞬にして凍らせた、物体を瞬間移動させた。
私を例にあげると、どういうわけか「大体丸いと認識される物体」を超高速で動かせるようになるという使い道の分からないものである。
こんなのだったら、ごく普通の魔法の一般例に挙げられるようなものをくれと思うのだが病気にそこまでもとめちゃあいけない。

さて、この病気なのだが実は世界で最も発症者が多い(かもしれない)病気でありながら、そのメカニズムも治療法も、そして"どこが変化しているのかすら"全くもって分からないのである。
これには全世界の学者が頭を悩ませた——ここまでは知っている。

で、残念ながらそれにかかってしまった私は建前としてここに通い続けているわけなのだが。診察料はいつまでかかるか分からないので、研究協力の報酬も兼ねて保健込みで6割引きで通わせていただいている。

第二話「飯田守信」8 ( No.24 )
日時: 2013/11/28 16:02
名前: 幻灯夜城 (ID: .DDflOWn)


「七番でお待ちの飯田さーん。飯田守信さーん」
「あっ、はい」

そうこうしている内に私の番がきたらしい。
診察室の奥から若くて綺麗な白衣の天使が出てくるなり、私の名前を二度読んだ。それに応答し、私は案内されるがままに診察室へと入る。

そこに、二つの椅子とカルテが乗ったテーブル。
その医師側の方と思われる椅子には一人の男。
黒に近い茶色の髪に銀縁の眼鏡。
彼こそが私の担当医であり、ロストメモリーに関する研究の第一人者でもある「東雲雄一郎」という男だ。
かの病が確認されていらい、彼の元には年間数百人の患者が訪れる。
それを看護婦数名と自分一人でさばいているのだから大したものだ。

「こんにちはー」
「ああ、こんにちは。飯田さんですよね?」

私が座るのを見計らって、医師名前を確認される。
後で知った事なのだが、これはこの病が本人の存在そのものの記憶も不安定にさせる"かもしれない"ので医師も名前を確認しているのだとか。

「さて、本日は……女性の声が聞こえるようになった、ということですか?」
「ええ、そうですね。昨日——」

こうして、診療が続いていく。
いくつかの簡単な質問に答えるだけ。
東雲は特にこのわけのわからない病に対しての治療はしない。
最低限のカウンセリングと必要ならば投薬、というのが手法だ。
彼の本分は研究にある。それは、こうして患者の経過観察をデータにまとめ、治療法を見つけるというもの。

・・
・・
・・

「はい、それじゃあまた何かありましたら来院してください。
 薬の方は出しましょうか?」
「ああ、いえ、結構です」
「そうですか。それではいつものようにお題は小額ですのでー」

「ありがとうございましたー」——その一言と共に私は診療室を出る。
昨日の女の声、そして劇場であったこと。その旨を医師に話した結果医師から得られたもの(情報)は一つ。
もしかしたら、記憶が戻りかけているのかもしれない。様子を見て、またそのような症状が見受けられるようなら脳のCTスキャンをやるから来いということだ。
それはそれでありがたい。いつまでもこんなわけのわからない病気に悩まされるのはごめんだ。

……だが、一つだけあるとするならば。

「……俺は、それを思い出して何かあるのか?」

損得勘定から出てくる単純な疑問だけだった。

第二話「飯田守信」9 ( No.25 )
日時: 2013/12/02 17:07
名前: 幻灯夜城 (ID: .DDflOWn)

その夜はいつもより寒かった。
季節が秋に差し掛かっているというのもあるのだが、自分の心持ちというせいもあるのかもしれない。思い出すか、思い出さないか、自分が思いだしたいか、思い出したくないか。その狭間で揺れ動き続けていつしかその思考が日常から温度を奪い、ひんやりとしたものへと変えてゆく。怖い、のか。いや、怖くないはずだ。思い出せないということが怖いのならば、人はそれを思い出そうと努力するのだから。

歩く。借家への帰路を何かに追われるように早足で歩き続ける。
風の音が、いつもより不気味に響く。
揺れるこの葉の音は、街灯の下で踊る影のダンスと共に不気味な背景音楽として機能してくれる。全くはた迷惑な風だ。
今日に限って無風だったらどんなによかったのだろうと思う。

まぁ、寝てしまえばこんな感情なんて今日限りだ。
明日になればすべて忘却の彼方へと追いやられる。
辛いことを多く追いやって、うれしいことだけは留めておける。
人間の脳というものは都合よく出来すぎている。だがそれでいい。

やがて、何時もご飯を買う時に寄っているスーパーの前に差し掛かる。
何時もは大体この時間に家を出て、今日の晩飯は何にしようかなとか今日の公演はどうだったとかあれこれ考えながらここに来て食材を買っていくのだが、今日はそれをしないで通り過ぎる。

やがて、暗い小道に差し掛かる。
いつもは買い物袋を持って明日の食料の心配をしながら通り過ぎるのだが、今日はそんなことを考えないで早足で通る。

全く。今までこんなことは無かったのに。
苛立ちと戸惑いは確実に自分の日常を侵食してきていた。
変化があるようでない、そんなもどかしさ。

家まであと少しだ。
小道を出て、歩道へと出る。

——その時。

「……誰だ」

気配だ。小道を出てからすぐに"誰かがいるような感じがするのだ"。
RPGの戦士とかスパイとかじゃあるまいし、気配を感じたら普通は警察に逃げる所なのだろうが今日の私は相当に苛立っていたのだろう。背後を振り返り、威圧を飛ばしてみる。だけど反応はない。

分かっていた。

無神経に人の後を付けてくる人間が許せなかったのだ。
いや、"人間でない可能性も一割程度あるのだが"それはいい。

第二話「飯田守信」10 ( No.26 )
日時: 2013/12/10 15:46
名前: 幻灯夜城 (ID: .DDflOWn)

——鋭い刃のような殺気。

飛ばし、飛ばされる冷たい刃。
夜の風が一段と大きく耳の中で木霊する。
一分、一秒、コンマ一秒。闇の中でゆっくりと時間が過ぎる。
その極限状態の中に私はいた。手がかりは気配だけ。それ以外無し。

動くか、動くまいか。逃げるか、逃げるまいか。
その中でいつ行動に踏み切るか。

相手も同じだろう。

襲うか、襲うまいか。見逃すか、見逃すまいか。
その中でいつ行動に踏み切るか。

要はどちらが先に動くか。それだけで決着がつく。

「……」

私は自らの異能をセットする。
道端に転がっていた石ころをつまみあげる。
ちょうどいい、大体"丸"の石。

構える。相手が行動するその隙を狙って。

——静寂に変化が訪れた。

ガサッ、

「そこかっ——」

我流のピッチングフォーム。
野球とかを見ていて適当に真似しただけのその姿勢。
そこから放たれるのはお世辞にも速いとは呼べない石ころの砲弾。
だがそこに、異能というものを加えようものならば、

——ビュッ

それは"音速を突破する"。

「——ガァッ!?」

闇の中から聞こえた悲鳴。クリーンヒットだ。
そこから聞こえた肉をえぐり地面に着弾する小気味のいい音。
そして転がり出てくる"黒い何か"。

それは人のよう
それは猫のよう
それは犬のよう
それは鳥のよう
それは未知の生物のよう

「……"なりそこないか"」

私はただそれだけをつぶやき、それを足で踏みにじる。
その黒いそれは"記憶を奪う前のクロキモノドモ"。
要するに世界が産み落としたままのクロキモノドモか、もしくは記憶を取り込むのが若干遅れたクロキモノドモか。ただそれだけ。
まぁ、新たな災害の目をここで潰せたのは大きい。
コイツを放置すれば、いずれ一般人を"食らって"世界になり変わるつもりだったのだろうから。

ふと、疑問が沸き上がる。
コイツは何故私を襲ったのだろうか。
奴らは狡猾に立ち回り、人の記憶を奪う。
そして、宿主の肉体を使ってさらに、またさらにと倍々計算で増えていく。しかし記憶を奪う前のやつらはお世辞にも強いとは呼べない。
一般人にバレてしまえば活動がしづらくなるし、記憶を持つ前のやつらには防御力も何もない。

まぁ、いいか。

既に殺してしまったやつを尋問して締め上げる真似は不可能。
どのみちやつらの生態は全て分かっているとは言い難い。
未知なる生態が私のところにたまたま来たって可能性だってあるし。

砂になりはじめたソイツを一瞥して、帰路を急ぐ。
変なのに絡まれるのはごめんだ。

・・
・・
・・

「……」

守信が去った後、砂になり始めたクロキモノドモの死骸の傍に現れるは、白い髪の女。雪のようなそれが闇の中で際立つなか、彼女は砂になりかけているそれを愛おしく撫でた後に彼の行った方を見やる。

「……■■、おかえりなさい」

風が彼女のノイズのような言葉を掻き消した。
はっきりと聴こえた「おかえりなさい」は嫌に耳に残るものだっただろう。それだけ、彼女は愛おしかったのだから。

■■のことが。


第二話「飯田守信」11 ( No.27 )
日時: 2013/12/18 17:00
名前: 幻灯夜城 (ID: .DDflOWn)

その日の真夜中のことである。
家に帰ってから真っ先に私はぶっ倒れて寝ることを選択した。
よほど、疲れていたのだろう。

そして、次に目を覚ましたのは奇妙な世界であった。

まっ白い世界の中で、私はアロハシャツを着て立っていた。
そして、向かいに誰かいるのが分かる。

女だ。女が一人、私の目の前に立っているのだ。その女の髪色は茶。
服装は純白のワンピース。胸部の若干のふくらみ。靴はサンダル。
表情—というより顔全体が白いモヤのようなもので覆われて見えない。

にも関わらず、私はその女性が"笑っている"のがわかった。
理屈じゃ説明できない。感覚というものが私に彼女が笑顔であるということを告げてきている。

対する私は"無表情"であった。
表情を作ろうとしても金縛りにあったかのように顔の筋肉が動かない。

"彼女"の笑みに含まれたモノがなんであるかは分からない。
無邪気なものか邪悪なものなのか自嘲的なものなのかも分からない。
ただ"笑っているのみ"。

——そして、私は彼女を知っていた。

"知っていた"のだ。要するに過去形。
だが今は、夢の中ですら忘れている。
どうしようもないモヤモヤが蘇ってくる。

思い出せと叱咤する自分がいる。
思い出さない方がいいと忠告する自分がいる。
葛藤。煉獄と氷結のせめぎ合いの挟間の中に取り残されたようなそんな苦しい感覚が胸の内を焼き冷やし満たしてゆく。

しばらくして、目の前の"彼女"が口を開いた。

「——守信」
「……えっ?」

目の前の彼女が私の名前を呼んだのだ。
ただそれだけを、私の名前だけを告げた彼女は振り返り白い闇の中へと歩き出していく。

「っ!おい待ってくれ!君は誰なんだ?どうして私の名前を知っている?

——君は"私の何なんだ"!?」

蛇口を捻れば水が出てくるように彼女に対する疑問が次々とあふれ出てくる。だが彼女は脊を向けたままそれに答えない。

距離が少し、また少しと離れてゆく。
手を伸ばして彼女を捕まえようとするけれども、届かない。

「待ってくれ!教えてくれ!!私は"一体何なんだ!?""何を忘れている"!?」

その一言が、最後だった。
足を止めた彼女がゆっくりと振り返り——

「■■■■■■■」
「っ!おい、待ってくれ!おい——」

急激に、世界が白くなってゆく。
視界はもう既に白であった。
薄れゆく意識の中私は必死に手を伸ばし——。


——行かないでくれ!!」


"目を、覚ました"。
固い場所で眠った事による全身の痛み。それから肌を撫でてくる朝の冷え込み。それから全身を伝う汗。
そして、上半身を起こしたまま右腕を伸ばし何かを求めるような動きのまま硬直している私。

そして、窓から差し込む朝日。

「……夢、か」

それにしては随分リアリティのある夢だったと思う。

疲れた。
夢の中での疲れが現実にまで響いてきた。
そのまま、畳へと再び倒れこむ。

第二話「飯田守信」12 ( No.28 )
日時: 2013/12/25 17:02
名前: 幻灯夜城 (ID: .DDflOWn)

どのくらい眠っていたのだろう。
ここ最近色々ありすぎて疲れていたのかもしれない。

疲れに疲れが重なり、私の体に何重もの層を形成していったここ最近の出来事は全て釈然としない何かに満たされたものばかりであり、決して心地のよいものとかでもない。
更に言うならば、それらすべてが解決していないということも私の精神を大きく蝕んでいるのではないのだろうか。

そんなわけで畳にぶっ倒れた私が次に目覚めた時刻は、太陽が最も高い位置に存在するであろう2時ちょっと前。
ちなみに今日は祝日。これが幸いしてか、朝っぱらから携帯のアラームにたたき起こされることはなく眠れたようであった。
疲労が圧力になって私にのしかかってくるなか、ゆっくりと立ち上がり昨日の服装のままでのっそりと出ていこうとした。

あの夢は何だったのか。
私に関係していることなのだろうか。

玄間の戸を開き、外へと出て行く。
そういえば、携帯に着信が入っていた。誰からだろう。
携帯を開く。確認、知らない番号。そして知らない名前。

「塩見 春奈……?」

はて、そんな名前の人物が知り合いにいたのだろうか。
自分のことであるにも関わらず、頭に浮かぶのは?マーク。
消去のメッセージを開いてYESを押そうとしたが、なぜか消してはいけないような感覚に捉われたためやめた。

今日は久々に外食に行こう。
といっても、近所の定食屋であるが。





——定食屋「鈍ぺいチャン!!!」

ネーミングからして違和感しかない店名。
そこで私は店主一押しのメニュー「カツうどん定食」を食べていた。
この店で一番人気がある濃い味付けのうどんの上に、サクサクとは言い難いカツが乗っかっているという謎のメニュー「カツうどん」。
それに、小さい茶碗一杯のごはんと漬物がついているというセット。
何故カツうどんなんていうものがはやるのかは分らなかったが、食べてみると意外と病み付きになれる味わいだ。

「……先週、塩埼智子氏を初めとした一家五人が、真夜中のうちに行方不明となりました。自宅には家財道具一式が放置され、食事していたと思しき飲食物が残されていたことから、警察はこれをここ一週間の内に連続して発生している行方不明事件と関連付けて捜査しております。続いて……」

「また行方不明者か」
「最近多いよな。武田さんトコだって娘さんがいなくなったんだろ?」

ニュースから流れてくるのは連日発生し続けている失踪事件。
家族全員であったり、前科持ちの人間だったりと老若男女境遇を問わずさまざまな人間が行方不明になっていることから、警察は何らかの事件とみて捜査しているらしい。
無論よくあるSFモノみたいに警察の裏で知らない力が働いているとかそういう話ではない。警察の中にも私と同じようにロストメモリー症にかかり、異能に目覚めた者たちが「クロキモノドモ」関連の事件を処理しているからだ。

そういうわけで、今日の話もそういう話なのだろう。
つい先日消してやった"なりそこない"のことを思い出しながら、私はうどんをすする。

第二話「飯田守信」13 ( No.29 )
日時: 2014/02/04 16:13
名前: 幻灯夜城 (ID: .DDflOWn)

——ガラガラ、

「いらっしゃ〜い」

引き戸の音に続いてやる気の無い店主の叔母ちゃんの声。

客だ。
この時間帯は昼時なためか特に客が多い。その辺の薄らはげのおっさんとかそのおっさんの接待につき合わされているサラリーマンとか、その辺に住んでるおっちゃんとか叔母ちゃんとかがよくここに来ては定食を注文し、そして駄弁る。この店の何時もの光景であり、変わるはずのない光景である。

かくして、私がここで昼食を食べているという光景もまたその"当たり前"の中に収納されていて、何ら変わり無い日常の一こまとして動いている。

はずだったが、今日は何故か違った。

「あの、一緒にいいですか?」
「・・・・・・ん?」

思わず聞き返す私。
はて、一緒に食べる約束なんてしていなかったはずだが。

「一緒に、ど、どうですか?」

見上げると、そこには女性がいた。
白い肌にダークブルーの瞳。茶髪で白いワンピース。
夢の中に出てきた女性にそっくりだ——思わず見とれていると、女性が心配するような様子で再三の確認を取ってくる。

「あ、あの、大丈夫、でしょうか?もしダメであれば」
「いや、大丈夫だよ」

ここで断るのは男が廃る。
私は女性の申し出を受け入れ、向かい側の椅子に座らせる。
そして、案内のアルバイトが予想外の事態に戸惑っていたためお冷を持ってきてくれと頼む。
そそくさとアルバイトがお冷を入れたポットを取りに厨房へ戻っていく。

「しかし、何でまた?私は貴方の事を存じ上げませんが」
「あの、飯田守信さんですよね」
「?、そうだけど。じゃなくてなんで」

「私、貴方のファンなんです」

・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・

・・・・・・・・・は

「はぁ?」
「そ、それで、私雑誌の出版編集を行っているんですけど是非貴方にアンケート、じゃなくて取材のアポをとりたくて」

落ち着いてくれ頼む。
有名人を前にして上がっているのか自己紹介の際に使っている言葉が滅茶苦茶だ。というより意味も用途も使い方も何もかもが間違っている。

「・・・・・・とりあえず、何か食べたいものはあるかい?今日は私が奢るけど」

そう言って、私は彼女を落ち着かせるためにメニュー表を差し出した。
それで彼女も自分がてんぱっていたことに気づいたのだろう。恥ずかしがりながらも息を整えてメニュー表を開き、

「・・・・・・ありがとうございます」

食い入るように見つめ始めた。