ダーク・ファンタジー小説

断章「治療の手がかり」 ( No.44 )
日時: 2014/04/12 15:43
名前: 幻灯夜城 (ID: bf/Zv.aY)

「それじゃあ、僕は一旦戻るよ。何かあったら呼んでくれ」
「わ……分かりました」

 それだけを患者に告げて、笑顔を見せながら白衣の裾を正し病室の扉を開けて外の冷たい廊下へと出て行く。

 ——キィ、病室の白い扉が開く。白衣が踊り、廊下へと出て行く。

 バタン。白い扉が閉められる。後に続くは無音の静寂。その静寂の中にただ一人、神妙な面持ちをした医者「東雲雄一郎」がいる。

「……」

 たった今、"彼等が戦いを続ける何か"と戦闘し、運び込まれた患者であるNo1123「飯田守信」から事情聴取を行った。その手に握られているカルテに示されているのは今聴取した問答の回答。それから、彼の脳波の計測結果。——やはり、そこには何の異常も無い。しかし、「飯田守信」の回答からは「例の奴等」と戦った後に「夢」を見たという今までにない事例が得られたのだ。これは、偶然なのかもしれない。しかし治療の第一歩目。そしてこの病の正体を明かす研究が一歩前進したことを表す。もしも、これが、この研究が実りを成したら——。

 ——成したら、"どうするんだったか"。

 ふと考えてそれらが思い出せないことに気付く。何故、自分がこの研究に携わっていたのかも思い出せない。更に言うのならこの医者という職業についた理由でさえも思い出せない。一時の疲れか、それともド忘れか。信念を忘れてしまうなど我ながら馬鹿らしいと思いながら、カルテを持った手を支えながら階段を上がっていく。目指すは自室。そこにある研究資料に今得られた回答などを纏めて、今夜は寝ずの作業。

 頑張るぞ。

 意気揚々と階段を上がっていく東雲。だが、彼の記憶に不自然な影がちらついていたことは彼以外は知る由も無い。

 日常は、とっくに崩壊していた。