ダーク・ファンタジー小説
- 第二話「飯田守信」29 ( No.51 )
- 日時: 2014/11/25 21:07
- 名前: 幻灯夜城 (ID: RSr7AuJO)
「ク、ソ、ガァアアァァッーーー!!?」
——相手は逃げられない。守信が放った絶対必中の零距離射撃からは逃げられない。
赤色の球体が紅き稲妻となりて化け物の心臓を抉り取ってゆく。びちゃり、びちゃりと落ちる真っ黒い液体がソレを化け物たらしめる。お前の血は黒い。人間の皮を被った化け物であると。
守信は勝利を確信した。瞬間移動モノのセオリーだ。この病に罹ってから何時か読んだ能力モノなどにおいては、使用者はまず"移動したい場所を見定めて認識する"過程を行わなければならない。それはどんなに早い人間でも0.5秒は切る事は不可能であり、更にそこから移動という結果を見るのならば更にコンマ一秒か二秒が加算される。
そしてそれは連続した発動が出来ない。ことに零距離で何かをされようものなら、逃げようという思考しか働く事が無くなる。咄嗟の危険を目の前にして冷静な対処が出来る人間が何人いようか。歴戦の戦士なら話は違ったかもしれないが、少なくとも眼前のコレは無力な一般市民を食らっていただけの化け物だ。己が脅威に晒される事など考えもしなかっただろう。
「クソガ! くそがクソガクソガクソガクソガクソガクソガァアァッ!!」
「哀れだな化け物」
狂乱して暴れ狂う怪物を見るその目は冷ややかだった。慟哭や怒りは何時しか哀れみへと変わっていた。化け物を見る目つきは何時だって侮蔑的なものだ。己と違う異質にして低俗な存在を見るときは、何時だって残酷だ。
だから早く×さなければならない。その手に再び球体を出現させる。
「次は、腕だ」
「……ソンナモノ」
「"そんなもの?" ご自慢の瞬間移動を攻略されといて、貫かれておいて何を言ってるんだ?」
哀れみ。哀れみ。侮蔑。侮蔑。
挑発気味に言葉を送る。化け物の瞳がギラギラと光り、その全身から汚泥のような怒りをあふれ出させるのが目に見えて分かる。
「——殺す!」
そして、殺意を滾らせて化け物は再び眼前から消えた。"転移"だ。
「……」
私は何も考えずに瞳を閉じて、手にした黄色い球体を構える。瞬間、背後に現れる一つの気配。殺気が駄々漏れの何もなっていない怒れる愚者の気配。
「死ぃぃぃいいねぇえええぇぇえぇっ!!!」
怒声が背後から降りかかる。ソイツへと目掛けて、私は手にした球体の速度を増幅させて、"叩き込んだ"。
「——ッッッ!!?」
クリーンヒット。それが命中した箇所は丁度顔面だ。超高速でたたきつけられた球体の破壊力は、当然の如く顔面の破壊力を上回っている。だから、ソレの顔面は"粉砕された"。
——結婚式、何時挙げる?——
過ぎる。記憶。
潰せば潰すほど湧いてくる記憶。
「……」
化け物はぴくり、としか動かない。神経を潰されて再生できる連中などいるわけがない。
そこに、拳を叩き込む。ぶちゅり、と音がする。
——ねぇ、此処の店、すっごい美味しいんだって——
潰せば潰すほどに湧いてくるのは記憶。
脳味噌にかけられた鍵が。彼女の体を壊すごとに湧いてくる。それでも殴る、殴る、殴る。
——料理、お前が作ったのか?——
——この日のために練習したんだから——
「ぁ……ぁ……」
潰す。潰す。潰す。潰す。
湧き出る。湧き出る。湧き出る。湧き出る。己の体が段々と黒く染まっていくのにも関わらずにそれを潰す、潰す、潰す。
——大好き——
「ぁぁあああぁぁぁあああぁぁぁああぁぁぁあああぁあぁぁあぁぁあぁぁぁああぁああああああああぁあああああああああーーーーっ!!!!!!」
ばちゅん。
絶叫と共に、私が殴っていた化け物はミンチとなって掻き消えた。その頃には私の体は既に真っ黒く染まっていた。
そして、炭のように真っ黒になって、崩れ落ちた。
——
「……」
壮絶な戦闘跡。降りしきる雨。その場にふわりと現れるのは、黒いコートとシルクハットが目だつ老人。炭となった男と黒い化け物になった女。愛し合っていた彼らの記憶が取り戻されたとき、彼らは本当の死を迎えた。
「……ヒト、という生き物は誰しも、大事なモノを抱え込む。思い出したくがないために大事な事まで封じてしまう」
老人はそっと、その黒い汚泥を愛おしく撫でながら笑った。
「辛いから、忘れる。——どうせ忘れるのならば、私が手を加えてやりたかった。魘されて半端に思い出しかける位ならば、運命の悪戯をけしかけてやりたかった。"死んだはずの女に再会できる"なんてシチュエーション。そして、女は全てを覚えている」
笑う。笑う。老人は笑う。愉悦を隠し切れないといったような表情で笑い狂う。
「大切なモノは、全てを知っている。大切なコトを忘れてしまったモノはそこに辿りつくまでが、人生の目標となる。そして、目標を終えたらもう世界からは用済みだ。黒くなって、消える。目標無き人間を世界は必要としていないからね。——楽しかったよ? 実に無様で滑稽な、人間劇であった」
やがて、彼はコートから取り出したボトルを開けてその場にさっと振りまいてゆく。
「では、次は誰がそれを求めることになるだろうか? 嗚呼、愉しみだなぁ」
笑う。告げる。彼は世界に。そして、ゆっくり、実にゆっくりと雨の中を立ち去っていった。
不思議なことに、老人は濡れていなかった。
——第二話「飯田守信」
——これにて、閉幕。