ダーク・ファンタジー小説

断章「とある科学者の見立て」 ( No.7 )
日時: 2013/09/01 01:11
名前: 幻灯夜城 (ID: bJ/FDpXT)

とある病院の資料室。静寂の流れるその空間。
その中の椅子に腰掛、テーブルに資料と思しきものを並べてそれを見つめながら手元に置いたノートに情報をまとめる男性がいた。
白髪に眼鏡。
まだ若いはずなのに、そのせいで歳を食ったような印象を受ける。

——コンコン、

「失礼します。」

ノック音の後に木製の扉が開かれる音。
若い青年の声に、座っていた男性は顔を上げてその姿を確認する。
そこにいたのは、黒髪で四角のフレームの眼鏡の男性。その手に青っぽいクリアファイルを持っており、遠巻きにちらりと文字が見える。

「ああ、君か。文也君。今日はどうしたんだね?」
「東雲博士。例の研究用の書類をお持ちいたしました。」

文也君、そう呼ばれた青年は東雲博士と呼ばれた男性の机の上にそのクリアファイルを置き、そして資料室にあった湯のみを手に取る。
そして、近くの台に置いてあったポットのボタンを押し、油のみの中に茶を注ぎながら、博士の方を水に彼は問いかけた。


「・・・博士、例の"ロストメモリー"患者がまた出ました。脳波、及びCTスキャンでも脳に異常は見られません。ですが・・・」
「ある時期の記憶だけがすっぽり抜け落ちている、そんな患者だろう?」
「え、ええ・・・。」

文也の言葉を次ぐように、東雲は受け取ったクリアファイルの中の資料を取り出しながら答える。

"ロストメモリー"

一昨年から確認され始めた奇病で、脳に腫瘍ができているわけでもなく、ヘマトームができているわけでもない。
頭部に損傷があるわけでもなく、脳波に特別異常があるわけでもない。それなのに、"一部分の記憶だけを失っている患者が出始めたのだ"。
学会では、患者に共通しているのが"思い出が消えている"という症状になぞらえて、この病気に"ロストメモリー"という安直なネーミングの名をつけ、現在治療法を探している。
だが、全くもって手がかりがつかめないのが今の現状。


「とりあえず、近親者がいたらケアをしてやるように言い渡すんだ。」
「わ、分かりました。」

東雲は、資料の置いてあるテーブルに差し入れといわんばかりに茶の入った湯のみを置いた文也に対して対応を言い渡す。
用事はこれだけであったのだろう。文也は了承の意だけを示し、入ってきた扉を開けて部屋から出て行った。


「・・・ふぅ」

一人になったことで、再び静寂が流れ出す。
彼から受け取った資料へと再び目を映す。


「・・・"異能"なんて我々の生きているこの世界で本当に見れるとは思わなかったがね。政府もよく対応できたものだよ。」

そう、"ロストメモリー"患者の一部には、奇妙な現象を引き起こせる存在が出始めたのだ。それは老若男女問わず、引き起こせる人間と引き起こせない人間がおり、いわば"超能力染みた"現象である。

何も無いところに火を発生させた。
虚空から重火器を取り出した。
物体を瞬時に転移させた。

等々、常識では到底受け入れられないような現象ばかり。
一人や二人であれば政府は力づくで揉み消そうとしたのだろうが、それが10人、いや50人、いや100人、いや1000人。いや、それ以上もの報告が挙がってきているとなると下手に抑えることもできなくなる。そこで、政府は対策本部を設置し、法律も整えた。

"異能者特別法"

詳しいことを話すと長くなるが、用は"異能者がいられる社会を作る法律"である。警察署にそれ専門の課の設置を義務付けたり等など。

・・・長く、なってしまったようだ。
夜の帳。窓に張り付いた、蛾。


「・・・しかし、彼らは"何故戦うのだろう"。」

ロストメモリーの中で、"異能者"となってしまった存在は何故か戦おうとするような傾向が見られている。我々に認知できない何かを殺しに、夜の裏路地を走り、ビルの屋上を飛び交う。
最近増えた誘拐事件と何か関係があるのだろうか。考えすぎかもしれないが、彼らが現われた時期と誘拐事件が発生した時期は偶然かそれとも必然か、ほぼ一致しているのだ。

そして、各地の警察署から聞く内情。ロストメモリー対策課の妙な動き。夜間捜査や、署員の独断行動。
謎が、多すぎる。

湯のみに入った茶をすすりながら、資料とにらめっこ。


数分経過。


・・・やめた。

「・・・まぁ、考えるのは明日でもいいだろう。さて、今日は早めに切り上げるとするかな。」

今日はこれ以上考えても何も出てこない。そう確信した東雲は、窓に張り付いている蛾を一瞥し、資料室の電気を消して部屋から出て行った。

静寂の闇の中。
窓の外から見える景色の中に、学生服の少女が走っている姿があった。
だが、東雲はそれに気づくことは無かった。