ダーク・ファンタジー小説
- 第一話「塩崎智子」 ( No.8 )
- 日時: 2013/09/05 15:58
- 名前: 幻灯夜城 (ID: .DDflOWn)
——太陽が地平線の果てにその顔を沈めた丁度その頃
「……はぁっ、はぁっ。」
今日に限ってやけに一通りが少ないこの商店街を、制服姿のまま智子は走っていた。未だ足取りも掴めない、クロキモノドモの姿を追って。
先ほど聞いた話が真実であれば、"若い女性ばかりを狙った"犯行は、クロキモノドモ同士が連携をとっていたということになる。
…何のことはない、"複数の被害が同じ時間に起こるわけが無いのだ"。
昨日の夜中、自分が手をかけたクロキモノドモは結婚詐欺師の記憶を奪っていたらしく、生まれ持った美麗な容姿まで奪い取れたソイツは狡猾にもそれを利用する形で"女性ばかりを狙い、記憶を奪い取った"。
そして、今日聞いたニュースも同じ話。若い女性ばかりが次々と行方不明になるという事件は、表向きには知らされていない記憶を抜き取られた人間がどうなるか、という性質を考慮したうえで、奴等の仕業であることがはっきりと分かっていた。
"ロスト"、"消滅"
ロストメモリー症状の患者の間ではこう呼ばれており、一般的には記憶をすべて奪われた死体は"世界という意志に忘れられる"。これだけ言うと何が何だか分かるわけが無いのだが、こう考えてもらいたい。
人間を人間たらしめるのは、その内に存在する経験や思い出。
ではそれらの元となっているものは何か?
それは、"記憶"である。
記憶無しには経験も存在できないし、思い出も存在できない。
そして、世界という箱の中にはその"記憶"が詰まった"人間"がおり、それらが大量に集まって社会のシステムなり何なりを構築している。
では、そのうちの一つでも中身を失った木偶人形になってしまったらどうなるだろう。答えは簡単、世界は不要なデータとして"処分"する。
仮説に関しては由緒あるようだが、こちらも有力な説の一部だ。
最も、普通の記憶喪失と同じように中身を失った木偶人形という"名無し"ができあがるだけだと提唱する学者もいるのだが。
話を戻そう。
クロキモノドモは記憶を抜き取り、抜き取られた人間は"消滅"する。
結果死体は消え失せ、その人物が存在したという証拠は無くなる。
結果、死体は遺棄されてもいない、捨てられてもいない。
だが、無いということは殺したという証拠も無くなってしまう。
だから警察も"行方不明事件"としてしか捜査することができないのだ。
無論、強盗等でも働いていればまた別なのだが。
だから、智子は連続行方不明の件を聞き、一瞬でクロキモノドモによるものだと察した。そして、奴等の特徴——これは後に述べる"偏食"という性質で、若い女性の記憶を欲するという結婚詐欺師と同じ獲物であったならば、狡猾なやつらのことだ、きっと協力するに決まっている。
数分。一秒が長く感じる。
こうしている間にも、誰かが毒牙に捕えられているかもしれないのだ。
放っておくことなんてできない。
守らなきゃ、守らなきゃとその足が速まっていく。
—あれ、何でこんな感情抱いているんだっけ。
——正義のヒーローに憧れていたわけでもないのに。
———私は無くした"中学生時代"に何かに巻き込まれたのだろうか。
- 第一話「塩崎智子」6 ( No.9 )
- 日時: 2013/09/11 12:35
- 名前: 幻灯夜城 (ID: .DDflOWn)
——私には、力がある。
—みんなを守るための力が。
だけど、私には記憶がない。
みんなと過ごしていたはずの楽しい"記憶が"。
中学校には私は確かに通っていたはずなのだ。勉強もそこそこがんばれていたし、友達も……多かった"はず"。
だけど、そんな毎日の中で培ってきた友情も、汗水たらしてがんばってきたはずの部活も、優しかったはずの担任の記憶も。
全部、無くしてしまった。
ただひとつ。今でも思い出せることといえば私は冬位に入院したということだろうか。全身打撲の内臓破裂。医師も、あの状態からどうしてここまで回復できたのかが不思議で仕方がないと言っていた。
お父さんお母さんは泣いて喜んでいた、だけど私は喜べない。
みんなといたはずの記憶が無いのだから。
ただ、中学のことを聞こうとしても父さんと母さんは何も答えてくれないし、アルバムとかも意図的に隠されたりしてしたのか見つからない。
ただ、その時から私は力に目覚めて、"守らなきゃ"という思いに駆られているのは確かなのだ。
走る、走る。
悲鳴が聞こえたときにはもう遅いと私は私に叱咤する。
虫の集まる街灯が、閉められたシャッターが、人の少ないこの商店街の道が、夜の寂しさと孤独感を演出してくれる。
そんなものだから一層私の不安が高まっていくのは言うまでも無い。
他者の痛みは私の痛み。
私が、私が全部守って、あいつ等を刈りつくす。
他の誰にも任せたくない、私が守るんだ。
妄執、
智子の中の心情は"護る"ことに固執した何かといっても過言ではないのだろう。誰にも任せず自分が守る、そこまでの感情を抱くことは少年漫画等では時折見かけるが、現実では"異常"の領域。
「……あいつ等の気配も無い…っかしーな、確かにここら辺にいるはずなんだけど。」
不安と焦燥に駆られて走った当てにならない自分の勘だけを頼りにしてこの商店街を走りまわる智子。
その時であった。
「い……いや……来ないで……!」
はっきりとした声が聞こえた。若い女性の声だ。
どこだ、どこからだ。聞こえたということはこの近くのはずなのだ。
周囲を見回す智子、だが時間と場面転換は非情なものだ。
「げへへ…いいじゃねぇかねぇちゃん。ちょっと、触らせろ、な?」
下卑た声。聞くのも汚らわしい男の声であり、女性の敵。
自分の敵。そして、この声で彼らがどこで揉めているのかがはっきりとわかった。わずかな反響からしておそらく狭い場所。
ということは。
「……あそこだ!」
そう言って智子が走り出した先は"建物と建物の間"。
立地の関係上どうしても隙間が出てしまい、できるこの空間の中から男女の声は聞こえてきた。ならば、そこにいるというのは十中八九あり得るというものだろう。
走る、
走る、全力で。
- 第一話「塩崎智子」7 ( No.10 )
- 日時: 2013/09/12 12:26
- 名前: 幻灯夜城 (ID: .DDflOWn)
「——下賤なる行為。たった今この私が見たからには逃がしてはおけない。そこの男、婦女子に暴力を振るおうとした罪、あの世で後悔するといい!!」
確認せずに、路地裏の闇の中へ声高らかに宣言する。
さぁ、ショータイムだ、とかなんだとか、よくヒーロー物で見受けられるいわば"処刑宣言"のようなものを真似てみただけなのだが。
それでも、そういった言葉というものはやましい人間の心に響いてくるものがあるらしい。今まさにその女性の服を脱がさんとしていた男はうろたえ、目の前にいる謎の少女、智子に対して声を荒げる。
お決まりの、悪役の台詞。
「な、なんだてめぇ……やんのか?お前も"人形"にしてやるよ、ああ!?」
そして男がその手に出現させた獲物、それは——"針"。
予想は的中していたようだ。奴はクロキモノドモの内の一体。多分、数日前から騒がれてた誘拐犯の一人でもあるだろう。
そして……男は決定的な一言を発する。
「……てめぇ、その面どっかで見たと思えば……■■■を殺ったガキじゃねぇか!!ちくしょう、あいつからの最後の通達が来てたかと思えば…女攫って廃墟でいい思いのまま殺されたのはさぞかしあいつもうれしかったんだろうな、ああ!!?」
とりあえず目の前の智子を威圧できればそれでいいと考えたのだろう。
名前のところは不明瞭になってて聞き取れなかったが、今全部ぶっちゃけてくれたおかげでこの男が自分が殺した男とグルであったのが判明した。静かに、陽炎のように揺らめく殺意をかもしだしながら智子は壁に寄りかかったまま震える女性を一瞥し、そして男に問いかける。
「……一つ、問おう。お前は"何故女の記憶を欲する?"」
「んなもん決まってるんだろうが。"美味いからだよ!"」
存外、単純で奴等らしい答えであった。
所詮人間をくらってのっとったとしてもその本能はまさに"獣"。
美味しい食い物にありつけば何をしてもいい。
冷めた視線を男に送る。
そして、笑顔を一つ襲われかけていた女性に送り、
「目を…閉じていてください。」
「え…は、はい。」
言われるがままに目を閉じる女性。智子は彼女の方へと手をやり、即座に"能力"を発動する。
"短距離瞬間転移"
その瞬間であった。閉じていた女性の姿が"消えた"のだ。
智子が喋っているその隙をついて女性を持ち上げようと忍び寄っていた下種の男は、その勢いでへたり込んでしまう。
「てめぇ…何をしたあぁっぁぁぁ!!?」
だがその束の間、男は自分の料理を食われたことに憤慨して針を持ったままこちらへと飛びかかってくる。
1m、30cm、10cm。
「遅いんだよ。」
智子が一言つぶやくとともに、"智子の姿"も消えた。
男の針は宙をむなしく掻っ切るだけに終わり、肝心の智子は——男の背後に回る形で"転移"する。物質であれば制約を持たない単純にして強力な能力であるこれは、自分自身も転移させることが可能であった。
そして、智子は自らの両手に"ナイフを出現させる"。
『Memory Weapon』——これが彼女の武装であり、殺傷能力の低さを高い機動性と異能でカバーしている代物でもあった。
- 第一話「塩崎智子」8 ( No.11 )
- 日時: 2013/09/13 13:53
- 名前: 幻灯夜城 (ID: .DDflOWn)
「ちょこまかと——!」
当たるどころか掠りもしなかったという事実と己のプライドが響き合い、怒りのハーモニーとして男の感情を揺るがす。
何だ、何だこいつは。どうしてこうちょこまかと動き、そして俺の針をかわしきってみせるのだ?
このクロキモノドモの能力は"刺した相手に毒を流してその相手を人形に変える"というもの。性犯罪者であった人間の願望、渇望が"弄びたいという"形で食らったクロキモノドモがそれを具現化した。
その能力の性質故に、
"当てれば必殺級の威力をもって相手を無力化できる"。
だが、裏を返せば——。
「動くなっつってんだろぉがぁ!」
怒りのままに針を背後にいる智子に突き出す男。
だが、またもその寸前で"智子の姿が消えてしまう"。
「遅いって——さっきから言っている!」
次に現れたのやはり男の"真後ろ"。このまま遊ぶ気なのか、いや…おそらくそうではない。この下種な存在と遊んでいる余裕など智子には無いし、あまり時間をかけ過ぎても次の日に支障が出てしまう。
短期決戦か、いや違う。転移という能力の性質上は一撃必中という精度の高いまねなんてリスクが成果と比例しないのであまり使いたくない。
転移に成功した智子。やはり憤慨して針をつきだしてくる男。
だが、その時にはもう既に終演の秒読みは始まっていた。
「っ!?があぁぁ!!?」
再び振り返り針を突きだそうとした男が突如苦しみ始める。腹部を押さえ、まるでそこから何かが突き破ってくるのを押さえるようにもだえる、もだえる。見苦しい。哀れみの意味で見ていられない。
ならば、せめてその醜悪な顔のまま"死ね"。
——ぶしゅうううううぅっ!!
コミカルにも聞こえてくるその音。何か、そう水がたっぷり詰まった風船に穴が開いてそこから一気に水が出てくる音に似ているだろうか。
そんな音が男の腹の中から外へとぶちまけるように響いてくる。
男にも、何が起きたのか分からなかった。
急に、"腹を何かでえぐられるような痛み"を覚えたかと思ったら、急にその痛みが無くなり、そして腹を見たら……
「あ。がああぁぁあああっぁぁぁああぁぁあ!!!?」
"破れた自身の腹から大量の黒い水が噴き出していたのだから"。
それを視認すると同時に男に痛みの感覚が戻ってきてさらなる醜い悲鳴を上げる。ああ、痛い痛い痛いいたいいたい!!!!
黒い水、それは"クロキモノドモ"の血液に他ならない。
外見は人間であっても、中身は奴らそのものなのだから。
路地裏に響く悲鳴、絶叫。
これだけ響いているのにも関わらず周辺住民が出てこないというすばらしいまでの静けさ。戦場にはおあつらえ向きだ。
——パシッ、
「泣け、苦しめ。それがお前が今まで奪ってきた命の痛みでもあるのだから。」
無慈悲に、普通なら黙って去ればいいものを言わなくてもいい言葉を苦しみうめく男にかけてやる。
何を、したのか。そう、智子は腹の中をイメージしてナイフを男の腹の中に"転移させたのだ"。『Memory Weapon』の性質の内の一つに、"持ち主の元に戻ろうとする"というものがあるが、智子はそれを応用したのだ。腹の中に転移したナイフ。それをたぐり寄せる智子。ナイフはそのたぐり寄せられる動作に従って動く、動く。寄生虫が腹の中を食い破るかのごとく動く、動く。
やがて、その薄皮を見つけて外へと飛び出すナイフはさながら"蝶"のように、蛹から成虫になるのだ。
——このまま放置すれば、男は死ぬであろう。砂となり、惨めに。
- 第一話「塩崎智子」9 ( No.12 )
- 日時: 2013/09/17 15:48
- 名前: 幻灯夜城 (ID: .DDflOWn)
——だが、
「てめええぇあああぁぁ!!?」
男はしぶとく生き残っていた。悲鳴にならない無様な悲鳴を上げ、その醜態を晒しながら。手に持つは己の武器である"針"。
たかがナイフ一本。だがそのナイフに己の腹を食い破られ、臓物を滅茶苦茶にされているのだ。普通立てている方がおかしい。
だが現に、痛みで、うめき、目の前の女への怨嗟を喚き散らしながら男、いや"クロキモノドモ"は立っている。不屈の執念?だろうか。
「許さねぇ…ゆるさねぇ、ゆるさねぇゆるさねぇゆるさねえああぁぁああああああ!!!??」
次の瞬間だった。
「あああああぁぁああぁあアァァアアアァァアアア」
突如男の体が膨れ上がる。人間では考えられないような異常な身体の膨張。それはさながら"本当に中から何かが食い破らんとしている"ようでもあり、そして醜悪にしてグロテスク極まりないものでもあった。
膨れ上がる男の体。それを冷めた目で見つめながらも内心智子は焦っていた。何が、起きている。人間の皮を、はがそうとしているのか?
男の体は膨れ上がる膨れ上がる。
一歩、また一歩と智子は下がる。
そして、
「キアアアアァァアァァアァ」
もはや人間のものではない"奇声"。
それがあがったと同時に——"男の体が破裂し、中から得たいの知れないクロイ何かが跳びだしてきた"。
- 第一話「塩崎智子」10 ( No.13 )
- 日時: 2013/09/18 17:27
- 名前: 幻灯夜城 (ID: .DDflOWn)
——なんだ、あれは。
驚愕。ただその一語の尽きる。
人間の皮を被った化け物がその正体を現す。それに、ここまでの違いがあるなんて思っていなかった。精々、どこかのライダー物の化け物のように、人型を保った化け物のままだと勝手に思い込んでいた。
だが、あれは一体何なのか。
手であるべき部分には三つの巨大な砲塔が。
足であるべき部分にはキャタピラ。そしてそこから飛び出す、奇怪で見る物の心を怖気だたせる狂気の触手ども。
そして顔は——顔面が三つに割れ、その中から黒い一つの瞳がこちらを覗き込むという醜悪なもの。
そしてその全体は——"黒く光っていた"。
総合していえば——"ただの悪夢"。
信じがたかった。
生存本能というものは、時に馬鹿みたいな力をこちらに与えてくれる。
日本語の中にも、"火事場の馬鹿力"というものがあるだろう。
それに似たような物、だろうか。
それにしても目の前の悪夢はあまりに異質だ。
これが部分部分で色分けされていようものならまだ、吐き気を催す程度で済んだのではと思う。だが、その色が全て"黒"である。
それがまた、人間…智子を恐怖させていた。
どうする、どうする。
あの悪夢が、どんな手でこちらの心、記憶を食らってくるのか分からない。そのキャタピラから生えた触手でこちらの脳髄をすすりつくし、絶望の果てにその記憶を頂くのか?
それとも、その顔面を割ってこちらをのぞき見ている目の中に口でもあって、こちらをかみ砕いて記憶ごと食らうのか?
考えれば、考えるほどロクでもない妄想が出てくる。
不安、という名のそれらを振り払い、智子は正面を見据える。
落ち着け、落ち着くんだ。いつも通りにやれば、いけるはずだ。
そう、このときまでは心のどこかに余裕というものを持たせられていたのだろう。いや、持たなければ押しつぶされるという不安から強制的に持たされているものであったりもするのだが。
とにかく、まずは自分の能力であの眼球を潰す。
智子の瞳は、顔面を割ってこちらを覗く化け物の瞳に向けられている。
——そして、
「てやああぁっ!!」
その手にナイフを出現させ、そして"投擲する"。
一直線に化け物の瞳めがけて飛んでいく刃。
そして、化け物の瞳まで後1メートルに辿り着こうとしたその瞬間。
—"ナイフが、消えた"。
(これで…!!)
たった今、ナイフは智子の能力により指定した座標近くへと"転移"するのだ。そう、ナイフは消え、そして次は化け物の顔面へ…。
——いかない。
「……え…。」
気のせいだろうか。化け物の割れた顔面が、その割れた部分から覗かせている巨大な瞳が、"笑った"ような気がした。
まずい。全身に走る悪寒。逃げなければ。自分の中の何かが、これはまずいと直感する。逃げろ、心が体にそう命令する。
だけど、
「……あ、がああぁぁあぁ!!!?」
痛い、痛い。痛い痛いいたいいたいいたい!!!
激痛。急に右肩に走ったそれに目を向けてみれば、肩に突き刺さっていたのは——"転移したはずのナイフ"。
それは化け物の顔面ではなく、智子の右肩を抉りそこに詰められていた肉、血液をぐちゃぐちゃにかき混ぜてその体より溢れ出させる。
意味が、分からない。何で、転移したはずのナイフが?
事故…なはずはない。だって、私はみんなを守るための能力を暴発させたり失敗させたことなんて、一度も無いはずなのだから。
だけど、思考を巡らせている暇は無い。
現実は、無情にも智子に対して次の痛みをあたえてくれる。
右肩の痛みに悶え苦しむ智子の様子を眺めながら、化け物は右手"だったものを"をこちらに対して突き出す。そこに取り付けられ——いや存在しているのは、三連装の砲塔。
そこに、光が走り、
「ご…がぁっ!!?」
"撃たれた"。今度は腹だ。
一瞬の後に放たれた三連砲。
それは、目にもとまらぬスピードで化け物が狙いを定めた位置は"腹"へと飛んでいく。もちろん、今の智子にはそれを回避する余裕なんてない。動けぬまま、その体に風穴を開けられると同時に、焼き尽くされるような痛みを覚えさせられる。
痛い、痛い。
痛い、痛い。
痛い。もうそれしか考えられない。
化け物、のことなんかモうどうでもいいかもしれない。
痛みは人の思考を鈍らせる。
もう、立ってすら居られなくなったのだろう。へたりこむ。
もう、力が入らないのだろう。彼女の股の間より地面に溢れ出て、そこに溜まっていた血に混ざってさらなる異臭を放つようになった液体。
二撃、三撃受けたはずなのに、その体と精神はもう限界を迎えていた。英雄、そんなものじゃない。人間だから"当たり前"。
それは人外になったとしても同じ事。
- 第一話「塩崎智子」11 ( No.14 )
- 日時: 2013/09/19 16:25
- 名前: 幻灯夜城 (ID: .DDflOWn)
思い出の崩壊。
記憶は、消える。
砂のように散った自分の記憶を取り戻す、はずだった。
この力で、人を助けるはずだった。
"今度こそ"英雄になれるはずだった。
…だが、何だこのザマは。
目の前の人の皮を破り出てきた化け物に対して、何もできない自分がいる。肩を使い物にならなくされ、腹に風穴を開けられて、心をずたずたにされている自分がいる。
悔しい、と思う反面、もうどうでもいいやという諦めもあった。
人はどれほど人の域を外れて人外に達しようと、最初から人外である化け物の前には手も足もでないのだ。
捕食者の前にひざまづき、その足その腕その顔を食われる定めでしかないのだ。今、自分はこの黒く巨大な異形を前にしてようやく認識した。
世間知らずも、いいところだ。
井の中の蛙は所詮大海を知らない愚か者。
じゃり、
じゃりじゃりじゃり、
気味の悪い音を立てながら、キャタピラを動かしてこちらへと迫る化け物。膝を地面に付けたまま、動けない智子。
とめどなく溢れ出る血、恐怖を通り越してもはや感情を放棄してしまった瞳から溢れ出る涙。
ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ、
ぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅ、
キャタピラから生える黒い触手が、獲物を目の前にしてざわめき出す。
どんな風に、食われるのだろうか。やはり、触手に絡め取られて、口元まで運ばれて頭から食らわれるのだろうか。
でも、もうどうでもいい。
勝てないのだから。
——キャタピラから生えた黒い触手。
—それは、智子の四肢に絡みついて彼女を拘束し、ゆっくり、ゆっくりと持ち上げていく。
ごきり、持ち上げる課程で彼女の肩が外れた。
ばきり、持ち上げる課程で彼女の足が砕けた。
痛みを感じる。
でも、もういい。
ゆっくり、ゆっくりと化け物は触手を使って、自らの口である部位に智子の体を運んでいく。そう、ぎょろりとうごめく巨大な"瞳"へと。
ああ、死ぬんだ。
最期にふと感じたのはそんな単純な事で。
瞳の元へと辿り着いた触手は、大口を開けて(?)獲物を待つ瞳の元へと智子の体を投下する。その瞬間、今まで割れていた顔面が一気に閉じて、
ばきり、ばきり、
ぐちゃ、ぐちゃ、
ばきばきばきばきばきぐちゃぐちゃぐちゃ!!!
人間が砕かれる音が響いた。
骨、歯、眼球、肉、脂肪、子宮、大腸、小腸、膵臓。
その全てがぐちゃぐちゃにされる音と、間間にテンポよく咀嚼の音が混ざり合い、それは不協和音としてこの誰もいない街中に響いた。
——そして、化け物は食事を終える。
一頻り智子の体を咀嚼した後、化け物の割れた顔面が閉じて元の人間の顔へと戻る。キャタピラから出ていた触手も、キャタピラの中へしまわれる。砲塔となっていた両手も元の人間の形に戻っていく。
粘土でもいじっているかのように不気味にうごめきながら人間の形を作っていく化け物。やがて、全ての部位が人間らしくなった時。
「——"ふぅ、手間掛けさせてくれる"。」
——"食われたはずの智子の声が響いた"。
その声の主は、確実にあの化け物であった。
その化け物が口を開き、言葉を発したのだから。
そして、それをきっかけとするかのように…化け物の体が不定形へと逆戻りする。その場で狂ったように蠢く不定形。
やがて"人間サイズへと縮んでいき"、手が作られ、足が作られ、胸のふくらみが作られ、顔の輪郭が作られ、
「まさか、記憶狩りの連中につきまとわれるなんてな…後一歩遅ければ死んでいた所だ」
——"塩崎智子"となった。
塩崎智子の姿をした"何か"は自分の体の感覚を確かめるように手を握ったり開いたり、遠くを見たり近くを見たりする。
そして、「うん」と納得のいったような表情で頷いた後、
「…ま、いいさ。特上の記憶を食えたのだから。
しばらくは、食事をする必要もなさそうだ。」
さて、これからどうしようか。
こいつの記憶は"大体把握した"。
学校の事も、家族のことも、そして"対価として奪われた記憶の事も"。
しかしながらこの世界は意地が悪い。奪われた、と奴らの間では流布しているらしいが、まさか…な。
…これ以上思考を巡らせる必要はない、か。
とりあえず、まずは家へと帰ろう。
智子の姿をした"何か"はこの路地を後にする。
絶望の果て、少女の記憶は食らわれた。
少女の姿をした者はいれども、"少女自身はこの世界にはいない"。
——第一話「塩崎智子」
—これにて、閉幕。