ダーク・ファンタジー小説

Re: -deviant- 異常者たちの物語 ( No.17 )
日時: 2013/09/17 19:49
名前: エンヴィ ◆3M6zglQ7Wk (ID: 9ofUG3IM)

Chapter 2.

4

- - - - -

目の前を飛び散っていく、シーニーの肉塊。
残された、立ったままのシーニーの下半身は、腹の中間あたりでちょうどブッツリと斬られていた。斬られた胃腸の断面がくっきり見え、次の瞬間にはジワッ、と思い出したように鮮血が染み出す。
そのままシーニーの下半身は、フラフラとバランスを崩して、倒れこんだ。
反射的に俺は、床に置いていた夜食を引き寄せて、自分ごとシーニーの下半身を避けた。
だが、結局夜食のサンドイッチには若干シーニーの血が飛び散ってしまっていた。ああくそ、俺まだ喰ってなかったのに……。

それにしても。
夜食とはいえ、食事中に見て愉快になる光景ではないな、これは。
はぁ、とため息をついて俺はサンドイッチを箱に戻し、立ち上がった。
そこでやっと、『何か』と共に吹っ飛ばされたシーニーを振り返る。

「アイテテ……、もう、いきなり体の半分がなくなっちゃうからさすがにビックリしちゃったよー?」

かろうじて壊れなかった、しかしヒビだらけになった屋敷の壁に、身体を半分埋め込めたような状態でシーニーは平然と言った。
もちろん、千切れた箇所などとっくに蘇生し終わり、パキパキと音をたてながら壁から身体を頑張ってひっぺはがしていた。

「おい、大丈夫か?サンドイッチ」
「いやさすがにそこは僕を心配してよね」

屈託なくケラケラ笑いながら、シーニーは俺の冗談に答えた。
ちなみにもちろん、サンドイッチは見事にふっとばされて跡形もない。全くもったいないな。誰だ、こんなことをしたのは。食べ物を敬う気持ちがないのか。

「主。始末に失敗しました。対象はディヴィアントのようです」

ここにいた。

シーニーのすぐそばには、女がいた。
……しかも、なぜか女の片足は壁に突っ込んでいて、まるで釘を打ったように見事に『刺さっている』。女はそれを、片足の力だけで引っこ抜いた。強靭そうな、貴婦人が好むようなヒールの靴が見えた。

女は背中まで伸ばした髪は薄い金髪だが、その瞳はまるで猛毒のような澄み切った紫色をしている。と、いうかかなり美人だな。関係ないが。

そして、女がさっきから『主』と呼んでいるらしい人物は、俺の背後——今いるこの部屋の、入口に立っていた。
振り返って、興味本位にそいつを見てみることにする。

(——?)

俺は、そいつを見た瞬間、何かよくわからない違和感に思わず眉をひそめた。
そいつは、銀髪……というより純白と言ったほうが正しいくらい、真っ白な髪をしていた。瞳もまるでガラス玉のようだ。
女に負けず劣らずとんでもない美形……なのだが。

(……やけに『作り物』めいているな、コイツ)

機械族か何かか?と思ったが、今の時代、とくにこの辺りの地域ではここまで正確に人間に似せたロボットなど作れるはずもない。せいぜいが水車のような『カラクリ』が精いっぱいだ。

やっと壁から抜け出してきたシーニーが、ちょこちょこと俺のほうに寄ってきて、尋ねた。

「アーテル、この人たち誰?」
「知るか」

俺は即答してやった。

すると、『純白』の男は俺たちを無視して、『紫目』の女に話しかけた。
否、『命令』した。

「ヴィオーラ、もう戻っていい。やっぱ私が話す」
「承知」

どこかぞんざいな口調で言ったにも関わらず、女は至って素直に従っていた。
と、

ヒュンッ。

風を切るような音がしたかと思うと、次には女がいきなり、俺たちの上から床へと着地した。そのまま素早く純白の男の一歩後ろへ移動し、控える。

——要するに、あの女は今、俺たちの頭上……真上を脚力だけで飛び越えて移動した、ということだ。
貴族の部屋とはいえ、助走ができるほど広いわけでもないし、できたとしてシーニーはともかく俺の身長をジャンプで超えるのはとんでもない脚力が必要になる。いや、これはすでに人間の脚力の問題ではない。

……なるほどな。
俺は何となく把握してきた。

「その女もディヴィアントか。能力は『脚力』……いや、『美脚』とでも言っといたほうがふさわしいか?」
「黙れ世のゴミが」

思いっきり不愉快そうな表情で女に言い返された。全く、冗談くらい通じないのかね。まぁ、すでにお互い『敵』だと認識している時点で、俺としても友好的に接しようとも思わないが。

シーニーが唇をちょっと尖らして文句を言った。

「お姉さん酷いよねぇ、いきなり蹴らなくてもいいじゃんか。遊びたいならそう言ってくれれば、一緒に遊んであげるのに」
「自分は主の命令に従ったまで。貴様と戯れるつもりなど毛頭ない」

先ほどの俺の見解を少し訂正。男だけじゃなく女もかなりぞんざいな口調だった。はっきり言って、男の方よりも上から目線過ぎる。第一印象は誰からしても最悪だろうな。

と、そこでその男が軽く片腕を女の前に出して、合図した。何もしゃべるな、という意味だろうか。女は小さく咳をついて黙った。
俺の注目も男に向けられる。
そいつは、如何なる感情も一切感じさせない、陶器のような無表情で俺たちに話し始めた。

「突然の無礼、すまない。私は人見知りなので知らない方を見かけるとつい使え魔に始末させる癖がある」
「……そりゃまた、ずいぶん物騒な人見知りだな」
「自覚している。だから謝ろう。すまなかった」

頭を下げるどころか会釈もせず、本当に言葉のままそいつは『謝った』だけだった。なんつうか、また変な奴らと遭遇したものだ。

そんなことより。
やっと本題だが、こいつら、——この屋敷の者なのだろうか?
男の言葉の端々には、やや気になる点もいくつかあったが(女を『使え魔』と呼んだり、人見知りが云々など)、それより俺はまず最初の質問を優先した。

「お前らは、この屋敷の住民……なのか?」

男は即答した。

「そう見えたなら私も捨てた物じゃないのかもしれん」

……要するに『違う』という答えか。
いったい何なんだ、こいつら。

Re: -deviant- 異常者たちの物語 ( No.18 )
日時: 2013/09/18 18:11
名前: エンヴィ ◆3M6zglQ7Wk (ID: 9ofUG3IM)

Chapter 2.

4 side rosso -ロッソ-

- - - - -

「ぐはっ、ぐぁ……この……下賎な『異常者』め……!」

目の前の、壮年の貴族の男はボクらを睨んでそう罵った。

「褒め言葉として受け取っておくよ」

もう聞こえないだろうけど、ボクはそう言っておいた。
隣にいるルージュは、その男を殺した途端すぐに興味をなくしてしまい、ポイッと肉切り包丁を放り投げてしまった。すかさずボクは、その包丁を念じて『消失』させる。
ついでにルージュに軽く文句を言っておいた。

「終わった途端すぐに得物を投げるの、やめなよー?ポイ捨ては環境に悪いと知らないのかい」
「その環境に悪い『ゴミ』を作ってる張本人が言うセリフか、っての」

全く反省せず、ルージュはシシシっ、と笑った。

「全く……ボクの作る武器がゴミってこと?」
「ンなわけねーだろ。そこで寝てる『死体』だよ。埋めるのもめんどくさいし、放っておくと臭くなるんだから立派な『ゴミ』だろ」
「言うねぇ」

相変わらずルージュは面白いことを言う。唯一の肉親、というのもあるけれど、それ以上にボクたちがタッグとしてやっていけるのはこういう『意見の一致』も理由に入る。アーテル辺りの人とかだったら、真っ先に顔をしかめる冗談ばかり好むからね。ボクたちは。

「んで、これで何人目だっけ?」
「えっとねー、2人目だね」

冷水をかけた両手を幽霊のようにプラプラさせながら、達成したクエストノルマ(殺した対象の人数)をカウントした。
玄関の前にいた番犬はとっくにルージュが蹴散らし終わり、ボクたちはすでにアーテルたちのクエストの手伝いに入っていた。
ちなみに今殺したのは、この家の当主。まぁ、ライバル貴族の父親だね。さっきは母親を殺したので、これで両親はどちらも終わった。

「あとは息子……は、アーテルたちがやるから、」
「アタシらは他の4人を適当に当たるってワケか」
「そうだね」

他の4人の特徴はボクが覚える担当だ。ルージュにこういった記憶に関することを任せてしまうと3秒で忘れるので、ボクが管轄している。戦わない分、このあたりがボクの役割だね。

- - - - -

と、まぁ順調に仕事は進んでいく……と思ったんだけど。

「うわー、早いなあいつら!もう3人も殺してたのかよ」

ルージュは感心したように言った。
今、ターゲットの4人のうち3人の部屋をそれぞれ回ってきたのだけれど、彼らは全員すでに始末された後だった。目撃してしまったらしい不運な使用人も、何人か潰されていた。つまり、ボクもルージュも出番はゼロ。

「……何かおかしいな」

ボソッ、とボクは呟いた。

「あ?どうしたよ、ロッソ」

前を歩いていたルージュは、半身を反らせて頭を逆さにし、こちらを見た。それ、やりすぎると頭から床に突っ込むから危ないと思うんだけど。

「気づかなかったかな、ルージュはやっぱり」
「だーかーらー、勿体付けてねぇでサクっと言えや」
「『殺され方』だよ」

ボクは、これまで見て回った3人の死体を思い浮かべながら言った。

「アーテルのことだから、いつもの通りシーニーに小動物の死体でも持ってこさせて、それで殺すはずだ。でも、さっきの死体はなんだか、そんなに生々しい傷が付いていなかった」
「……全然わかんねぇんだけど」
「だと思った」

ルージュに説明しても意味はないので、ボクはいったん一人で分析した。
先ほどの死体は、3人とも首を切断されていた。
それも、その切断面はあり得ないくらい滑らかで、どんな剣豪が素早く剣をふるっても、どんなギロチンが速く刃を落としても、ああはならないくらい滑らかな傷口だったのだ。

(刃物……いや、それ以前に人間業でもない。まさかとは思うけれど……)

ほんの少しだけ、ボクは不安というか不審に思った。

「ルージュ。いったんアーテルかシーニーを探して合流しよう」
「んぁ?まーいいけど……どうしたんだよ、ホント」

仕事は終わるまで落ち合うこともとくにないだろうと思っていたけれど、状況が変わってきた。

アーテルの能力『移し身』のことを考えると、ヒトを殺す際に用いる動物などは、できるだけ手間のかからない、それでいて身体は繋がっている殺し方で殺したモノのほうが都合がいい。
頭などが分離してしまっている死骸だと、小動物でも持ち運ぶことがちょっと面倒だからだ。片手で持つこともできなくなる。

それでいて、あの死体は斬殺体。




やはりこの屋敷には、『居る』。




——ボクたち以外のディヴィアントが。




そうと決まれば行動はさっさとしよう、と思ったその矢先だった。

ズガアアアァァァァァァァンッ!!!!

「のわぁっ、なんだよ!?」
「っ!?ルージュ、急ごう!」

ボクとルージュは、轟音の聞こえた2階へ向かった。


それにしても厄介なことになった。こんな轟音を真夜中にたてられたら、暗殺どころか使用人全員を叩き起こしてしまうじゃないか。
……というか、すでにこの近所一帯に気づかれたかな。はぁ、もう。