ダーク・ファンタジー小説
- Re: -deviant- 異常者たちの物語 ( No.21 )
- 日時: 2013/09/19 19:51
- 名前: エンヴィ ◆3M6zglQ7Wk (ID: 9ofUG3IM)
Chapter 3.
1
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≪貴族街で8名が暗殺 犯人は『異常者』か?≫
でかでかと、そんな文面が踊る紙面。
……朝っぱらから嫌なモン見せつけてくれるな、このオッサンは。
「んで、コレが昨日の依頼なワケだな?」
俺にその新聞を見せつけてきた張本人・グラウが確認するように言った。俺は「あぁ」とだけ言って肯定し、勝手知ったる食卓につく。
以前言ったように、俺とシーニーはグラウ宅に居候していて、食う飯も基本的にシンザが賄ってくれている。今はそのシンザが奥の台所で朝食の準備中だ。そのうち匂いに釣られてシーニーも起きてくるはずだ。
例のごとく酒場で寝てきたらしいグラウは、朝のコーヒー……ではなく酒瓶片手に新聞を読んでいた。
ちょうどいい機会なので、俺はグラウに尋ねる。
「なぁ、『情報屋の知り合い』にあやかって聞きたいことがあるんだが」
「んぁ?なんだー?」
酒が空っぽになったビンを振りながらグラウが適当に返事をする。
「『ヴァイス』っていう男、知らないか?あるいは有名だったりとか」
「ヴァイス?……ちょっと待て」
諦めてビンを床に転がしたグラウは、珍しく難しい顔で黙り込んだ。何か心当たりでもあるらしいが、忘れてしまっているようだ。
割と珍しいこともあるものだ。グラウは実は、ああ見えて結構記憶力がいい。情報屋を営んでいるだけあっての特技らしい。その彼がちょっと思い出すのに時間がかかるということは、よほど少ない情報なのか、あるいは入手したのはかなり前の古い情報である可能性がある。
まぁ、でも今はそれはいい。ちょっとでも何かがわかればいいのだ。
そこに、シンザが出来上がったエッグトーストとスコーンを持ってきた。
「ほら、できたよ……って、アンタはまぁた朝っぱらから酒ばっかり!」
遠慮容赦なくシンザはグラウの頭をはたき、床の酒瓶を拾った。
「イッテェ〜……あ!おい思い出したぞ!」
シンザに叩かれたのがきっかけなのかは謎だが、グラウはやっと思い出したようだった。
ついでに、ほぼ同時に2階からシーニーが目をこすりながら降りてきた。寝ぼけて半分寝ている状態なのに、寝言で「うーん、スコーン食べたい……」とかむにゃむにゃ言っている(本当に匂いで起きたようだ)。ちょうどいい、こいつも話を聞かせておこう。
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「奴隷商人?」
エッグトーストをかじりながら俺は聞き返した。隣ではすっかり目を覚ましたシーニーが、ジャムをたっぷり塗ったスコーンを頬張りながら話を……聞いているんだかいないんだか。
新聞を畳んだグラウは「そうだ」と続けた。
「もともと腕のいい奴隷商人だったんだよ、ヴァイスは。商人の業界では結構な有名人でな、昔はとんでもねぇ大富豪だった」
「……『だった』、と言うと?」
「なんでだかな、コロっといきなり変わっちまったのよ、それが」
籠に盛られたスコーンを一つとって自身も朝食をとりながら、グラウは言う。
「何があったのかはまぁ誰も知らねぇし、こればっかりはオレも情報の収集の仕様がなかったんだが。ある日、急に人格そのものが別人みたいになっちまったらしくてな。……あくまで噂だが、妙な宗教が関連していたらしい」
「宗教?」
「ああ。やっこさん、奴隷商とはいえかなり腕はよかったから屋敷住まいでな。そこで働いていた使用人が愚痴っぽく話したらしいんだな。ご主人様……そのヴァイスって男がいきなり変わっちまうちょっと前の日に、妙な恰好の老人が屋敷を出入りしていてな。その老人がなんかの宗教の勧誘でもしていたんじゃないかー、とか云々」
サクサクとトーストをかじりながら、俺は興味深げにその話を聞いていた。
「まあ、オレやその元使用人らが知っているのはそこまでくらいだな。人格が変わったようになった後、屋敷も何もかも手放してどっかに姿くらましちまった、って話だし」
「……それで、もうその後は誰もしらないのか?」
「ああ。……あ、でも」
グラウはもう一つ思い出したように付け足した。
「一人だけ、なんか連れて行った奴がいたらしいぞ。それまで売り物に出されていた奴隷の一人だか、ってオレは聞いたが」
「奴隷を?……他の奴隷はいっさい連れて行かなかったのか?」
「ああ。そいつ一人だけ。あとの奴隷はみんな解放して、自由にしてやったんだと」
もしかしたら仕事に嫌気がさしていきなり正義感が芽生えたのかもしれんな、とグラウは締めくくってスコーンの残りを口に放り込んだ。
「んで、そのヴァイスがどうかしたのか?」
今度は俺が話す番らしい。俺は、昨日の出来事をかいつまんでグラウに話した。
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聞き終って、グラウが最初に言ったのはこれだ。
「ぶはっ、お前ら一人殺し損ねてるんじゃねぇか!」
なぜか思いっきり笑った。もともと笑い上戸なオッサンではあるが……。
「だーかーら、あの魔導師のせいだったんだっつうの。その使え魔がいきなり蹴りこんでくるんだぞ?その時の轟音でバレたんだよ」
「ガハハ!なるほどなぁ、お前が急によう知らん男について尋ねてくるから珍しいこともあると思えば……」
まぁ、この際殺し損ねてしまった1人はしょうがない。そもそも、最初からターゲットは3人のみだったのだ。だからその辺りは問題ないのだが……。
「まぁ、どっちにしろその『奴隷商人のヴァイス』と俺が会った『ヴァイス』は同一人物なのか……ってな疑問が残るんだが」
「ガハハ、オレに聞かれてもなぁ。そればっかりはオレも知らん」
ふと、そこに今の今まで黙っていたシーニーが、顔をあげた。
「あれ?アーテルは『見てなかった』の?」
「あ?何をだよ」
まるで口の周りを大怪我したようにイチゴジャムで真っ赤になった口で、シーニーはこう言ってきた。
「あのヴィオーラお姉さん、手首とか足首とか、首の周りに黒いアザがあったよ?あ、そっか〜アーテルはあんまり近くで見なかったから気づかなかったんだね」
わざわざ身振り手振りで「このあたりとココとか」と、アザを見かけた場所を示した。
俺とグラウは顔を見合わせた。
シーニーの言った箇所……首、手首、足首の3点は、奴隷が必ず錠を架せられる部分だったからだ。
つまり、そこにアザがあるということは、それは錠の跡。元奴隷であった、という可能性が高い。というか十中八九そうだ。
「……まさか、な?」
「……酒持ってくるか」
疑問が少し残りつつも、それきりでこの話題は流れてしまった。