ダーク・ファンタジー小説
- Re: -deviant- 異常者たちの物語 ( No.49 )
- 日時: 2013/09/24 19:28
- 名前: エンヴィ ◆3M6zglQ7Wk (ID: Q4WhnRbg)
Chapter 5.
2
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ルーフスの家の中は、典型的なログハウスだった。
寝床と食事用テーブル、簡易な調理場があるだけである。
他にごちゃごちゃしたものはあまり置いていないが、食用にするらしい鹿の死体がつるされていた。
適当に座っているように言われたので、とりあえずテーブルにつく。
「ん?」
俺は、テーブルの上に置いてある物に気づいた。
花籠だった。
器用に編まれた黄色の小さな籠に、ピンクや紫、青色などの小さな花がこんもりと入っている。
(……多趣味なやつだと思ってはいたが、また随分と乙女チックなモンに手ぇ出したな)
男が一人暮らしをしている家にはあまり似つかわしくないように思えるが、逆にその花籠はそんな殺風景な室内をさりげなく飾っているようにも見えた。
もともと、山奥のログハウスなのでこういった物が一つ置いてあるだけでもなかなか見栄えが良く見える。
「子の方は山羊の乳でいいかの?」
「シーニーは適当に砂糖でも溶かせば何でもいい」
「なんか酷くなーい?」
そんなやり取りにルーフスはシシッ、と笑いながら飲み物を用意した。
俺に出されたのは、山の中で採れたハーブの茶だ。
毎回ルーフスは目分量で適当に作るので、味の保証はあまりない。
一口飲んでみた。うむ、今回は『アタリ』だったようだ。美味しい。
俺はテーブルに立てかけていた剣を、ルーフスに渡した。
「これ、グラウが治したヤツな。今日はアイツがここに来れなかったから、俺が代わりに届けに来た」
「そうかえ、ご苦労さん。それにしても、おぬしもなかなか冷たい者よのう。使いでも頼まれなければ友人に会いにさえ来ないのかや?」
俺は苦笑して答えた。
「だから、お前が町に降りてくれば問題ねぇんだろうが。遠いんだよ、しかも山歩きって町育ちにとっては結構疲れるんだぞ」
「何を言う、おぬしほどの若人ならこの程度露ほどの疲労にすらならないじゃろうて」
朗らかに笑いながらルーフスは、やはり流暢な『老人言葉』で話す。
シーニーは先ほどから、ルーフスのそんな話し方に興味津々で、ミルクの入ったカップを両手で掴んだまま飲まずに聞き入っていた。
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ルーフスは、実のところグラウより年上だ。つまり立派な『爺さん』である。
本来彼は、すでに80年をこの世で生き、そして老衰で死んだ。
家族……妻、子供たち、孫たちに囲まれた中、実家で看取られたらしい。
しかしその直後である。
まるで巻き戻し再生をしたように、80歳の老体は急速に若返り——0歳の赤子になってしまった。
しかも、驚くことに知能や記憶はそのまま受け継がれていたのである。
周りはおろか、本人も驚くどころの騒ぎではない。なんせ、それまでの80年間、彼自身も周りも完璧に『ルーフスはノーマル人間である』と認識していたからだ。
そう。ルーフスはディヴィアントである。
能力は『輪廻』、一度死した肉体を0歳に巻き戻し、そこから再びまた成長して生きはじめることができる。
この能力は1回きりしか効果がないのか、それとももう一度死んでもまたこうなるのかはわからない。当たり前だな、それを確認するには死ぬしか方法がない。
4歳ほどまでは、親戚や家族が育ててくれたらしいが……。
5歳ほどになったころ、ルーフスは独り立ちをして、この山にこもって住むようになったらしい。
ディヴィアントだとわかった途端、家族や親せきの態度はすっかり変わってしまった。ぎこちない家庭になってしまったそんな状況に、耐えられなかった——彼はそう言う。
俺と知り合ったばかりの頃、ルーフスはそんな過去を俺に話してくれた。
まるで若いころの馬鹿話を語るように、笑いながら明るく話していた。
だが、その時のルーフスの笑った赤い瞳の奥には、やはり寂しさと悲しさが少しだけ宿っていた。本人が自覚していたかどうかは知らないが、少なくとも俺はそのことをずっと忘れないでいるつもりだ。
とんでもない歳の差でも、友人であることに変わりはない。それを覚えていることが、友人としての義務だと俺はなんとなく思ったからだ。
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ま、そんなわけで。
こいつがここまで爺さん口調なのは、その80年間での経験を引きずっている事が原因だ。
初めて会った時は本気でびっくりしたぞ、7歳のガキが『儂』だの『おぬし』だの言うんだからな。
閑話休題。
シーニーは、ルーフスの剣をまじまじと見つめながら尋ねた。
「ルーフスお爺ちゃんって、その剣振り回せるの?」
「当たり前に決まっておろう。儂がまだ三十路の若造じゃった頃に師匠から受け賜った物じゃ。再度生きるはめになった時も手放さずに持ってきた、儂の宝じゃからの」
見た目は16歳の若造が『三十路だった頃』と言う、かなりシュールな状態だがシーニーは全く気にせず「そっか〜」と言っていた。
「ルーフスお爺ちゃんにもお師匠さまがいたんだねー?」
「まぁのう。もうずいぶん懐かしい出来事じゃがの」
遠い過去を懐かしむように、ルーフスは目を細めた。
累計で100年近く生きているだけあり、16歳とはいえやはりその貫禄はオーラのようににじみ出てくるようだ。
ふと、話題を変えるようにルーフスは俺に顔を向けた。
「そういえば、アーテル。おぬしがしばらく顔を出さん間に、面白い事が起こったぞい」
「ん?なんだよ、動物にでも懐かれたか」
「クックック、まぁ近いのう」
心底楽しそうに喉を鳴らすルーフス。どうやら当てっこクイズでもしているらしかった。
「なんだよ、さっさと教えろ」
「まぁまぁ、直にわかろう」
どういうことだ?
と、思っていた時だった。
ガチャ、と玄関のドアが勝手に開き、誰かが家に入ってきた。
「ただいまぁルーフスさんっ!ごめんねー、あんまりきれいなお花が咲いていたからちょっと寄り道しちゃって……」
そう言い訳しながら上がってきた人物。
俺はソイツを見て、少なからず衝撃を受けた。
「お、お前……あの時の『使え魔』!?」
「え?」と振り返ったソイツ。
背中まである金髪に、きれいな紫の瞳。
いつか会った、あの純白の魔導師の、使え魔の女にソックリだったのだ。