ダーク・ファンタジー小説

Re: -deviant- 異常者たちの物語 ( No.51 )
日時: 2013/09/25 18:44
名前: エンヴィ ◆3M6zglQ7Wk (ID: UdOJ4j.O)

Chapter 5.

4

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すぐに帰ってしまうのも何なので、俺とシーニーはしばらくルーフスの家で休むことになった。
いっそのこと泊まっていけばいいと誘われたが、場所が足りなさそうなので遠慮しておいた。まぁ、日が出ているうちにギリギリ下山はできるだろう。

床に座り込んで、籠から好きな花を選ぶシーニーとアマレロ。
楽しげに花飾りの作り方を教える彼女を眺めながら、ルーフスは俺にだけ聞こえるように、急に話してきた。

「真夜中にな。転がり込むようにやってきたんじゃよ。もう半年くらい前のことかのう」

主語は言わなかったが、アマレロのことだとすぐにわかった。
俺は少し疑問に思ったことを尋ねた。

「人間不信のお前が、よく初対面の女を居候させることを受け入れたな?お前だったらにべもなく突っぱねると思ったんだが」
「シシッ、儂はそんなに冷酷に見えるかの?」
「冷酷、っつうより『引きこもり』だな」

よく、いろんな奴にルーフスは『気のいい爺さん的存在』と認識されがちだ。実際その通りでもあるが、ルーフスはそれでも、他人との距離の置き方にやはり過去のトラウマが影響している。
自らがディヴィアントだとわかった途端、手のひらを反すように態度を変えてしまった家族。
あらかさまにそうする者はあまりいなかったが、それでも居心地の悪さは何も言わずともにじみ出るものだった。
ヒトを目の前にすると、その気がなくともどうしても、その時のトラウマを思い出してしまう——ルーフスはそう話していた。
俺だってもちろん例外ではない。時折、俺と普通に話していても急に黙り込んで目に影が落とされることもある。そういう時、俺の場合はルーフスの気分が優れるようになるまでこちらも黙って放っておいている。

だからこそ、ルーフスはこんな山奥で独り暮らしをすることを選んだのだ。
町に降りてこないのは、必要以上にヒトと関わるのを避けるため。俺やグラウといった例外は存在するが、本当にほんの一握りの人間だけである。
もちろんタッグもいない。そもそもルーフスはディヴィアントとはいえ、『死んだときに0歳児に戻る』以外はなんの特殊能力もないのだ。あえて言えば、剣の腕前がかなりのものだが、やはりそれもノーマル人間となんら変わりない。なので、彼はクエストも受けないしタッグも探さない。

そんな彼が、いきなり尋ねてきた見ず知らずの人間を住まわせるとは……。

「色情事しか思い浮かばないぞ、理由が」
「無垢な少年が下品なことを考えるようになったものじゃのう、悲しいぞよ儂は」
「うっせぇ」

ワザとらしく茶化すルーフスに殴るジェスチャーをしてみせると、笑ってかわされた。
ふと、ルーフスは真面目な顔に戻る。

「そりゃあ、ただの人間なら儂もとっくに追い出しておるわい」
「……?」

アマレロはシーニーに笑いかけながら「ここはこうやると綺麗に編めるよ」と教えている。それに習い、シーニーも一生懸命花を編んで冠らしきものを作っている。
ルーフスはそんな光景を飽きもせず眺めながら続けた。

「あの娘はのぅ……『逃亡者』なんじゃ」
「逃亡者?……まさか、前科か?」
「なわけなかろう、たわけ。——奴隷商じゃ」

それだけで、俺は大体何があったのか理解した。
ルーフスを見返すと、無言で軽くうなずき、補足するように説明される。

「姉と共に囚われて、売りに出される寸前じゃったそうじゃが……その姉に助けられて、どうにか錠を取り付けられる前に逃げ出した、と言うておる」

錠を取り付けられる前、か。なら、首や手首にもアザはできていなくとも理由になる。
……アマレロ自身が嘘をついていなければ、の話だが。
と、思っているとルーフスは、

「あの娘のほうが嘘をついているかもしれない、と思うたじゃろう?」

先を読んだようにそう言ってきた。

「んぁ?あー、いや何ていうか……」
「クックック、別に今さらごまかす必要もなかろう、儂とおぬしの仲じゃ」

ルーフスは優しげな眼差しでアマレロを眺め、言った。

「……儂が人間不信におちいってから、もう16年の歳月が流れた。いい加減、そこまで引きずり続けるほど儂も頑なな老いぼれではない。——1人くらい、信じてみてもよいかと思うてな」
「……そうか」

ずずっ、とルーフスは茶をすすった。

(爺さんだろうが、見た目が16歳だろうが、……コイツも少しずつでも変わってきているんだな)

感慨深げに俺はそう思った。

- - - - -

「できたー!」
「できたね!すごーい、上手だよシーニー君!私より上手いじゃない♪」

すっかり仲良くなったシーニーとアマレロは、そう話しながらお互いに作った花の冠をかぶせ合った。

「わぁ似合う〜♪アマレロお姉ちゃんかわいい!」
「ありがとう、シーニー君も似合ってるよ〜」

そういって笑う2人。
平和な空間がこの家には満ちていた。

アマレロは、いったん花冠をかぶったままルーフスと俺のほうを向いて話しかけてきた。

「じゃぁ、次ルーフスさんとアーテルさんの分作りますね!」

いや俺もかよ。

「あー、今アーテル断ろうとしたでしょ?駄目だよ〜、アーテルも冠かぶるの!」

なぜかシーニーにそう諭された。と、言われてもなぁ……。

「俺には似合わんと思うが?そういう綺麗なヤツは」
「遠慮しないでください、アーテルさんも絶対似合いますよ!私が似合うのを作って見せます!」

そう言って、逆にアマレロは意気込んでしまった。
「ま、ありがたく受け取っておきんさい若人よ」といたずらっぽく笑いながら言うルーフス。……ったく、他人事だと思いやがって。

「あ、そういえば」

また花を何本か手に取り編み始めながら、アマレロは俺のほうを向いた。手元を見ないで編んでいるあたり、さり気なくプロだなコイツ。

「アーテルさん、私を最初に見た時誰かと間違えましたよね?『使え魔』がどうとかって……」
「え、あぁ……あれはまぁ、本当にそっくりだったから、」

そこで、俺は思わず口をつぐんだ。
シーニーが「ん、どしたの?」と覗き込んでくる。
が、俺はそれどころじゃなかった。

俺は、一つの可能性に思い至った。
恐る恐るアマレロに尋ねてみる。

「なぁ、アマレロ……お前さ、姉妹がいるってルーフスから聞いたんだが」
「!……ええ、いますよ。お姉ちゃんが一人」

過去を思い出したのか、答えるのに少し間が空いたがアマレロはそう言った。
ルーフスが「何を問うている?」と言いたげに見てきたが、俺はそれにも構わず再度尋ねた。

「その姉貴の名前……もしかして、というかもしかしなくとも『ヴィオーラ』って言う奴……じゃないか?」






——瞬間、アマレロの目つきが変わった。