ダーク・ファンタジー小説

Re: 地下の帝国 ( No.7 )
日時: 2012/05/25 20:19
名前: 呉羽 (ID: MrVVEkO0)

ー忘れたころの夢ー



赤い。

その色だけが目に焼き付いて離れない。

薄暗い部屋の中でその色はやけにはっきりとしていた。


そう…。

赤い。赤いんだよ。目の前には赤しかない。赤なんだ。一面赤が広がってるんだって。赤いよ。赤いんだ。赤くて目がいたい。赤いな。赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い




少年はただそこに立ち尽くしていた。

肩に下げていたカバンがずり落ちて鈍い音を立てる。
その中から教科書類がはみ出した。
でも、そんな音すら少年の鼓膜に触れることはできない。



一面の赤。


その中に倒れてうごめいているのは?


もう動かなくなってしまっているのは?


一人そこでナニカを貪っているのは…?




真っ赤な花が咲いた薄暗い部屋。

笑っているのは…

              誰?







彼の現実はとても歪で、————壊れていた。







地下帝国 第2区


2つの影が廃墟の街を歩く。
…止まることなく、ただ淡々と。


一人は黒いスーツを着た整った顔立ちの青年だった。

いや、その面立ちは青年というには少し幼いかもしれない。
しかし、少年というには大人びた空気を纏っている。

時々隣を窺うようなしぐさを見せるものの、歩くスピードは少しも変わらない。

その動きはとても無造作で機械的に見えた。


もう一人は幼い少女。
兄妹なのだろう、よく似た整った顔立ちをしている。

しかし、かすかに微笑を浮かべたそれは隣を歩く影と正反対に明るい印象を受ける。


黄色い子供用ワンピースに身を包み、
手には少女の体の半分ほどもある大きなカバンを持っていた。
が、中身は空なのか、片手で軽々と持ち上げている…。


無機質な青年の横を子犬のように歩き回る少女。

肩に届くか届かないかまでのココア色のショートカットが
足を前に踏み出すごとにリズミカルに揺れた。



一見、仲の良い兄妹が散歩をしているようにも見えるその光景。

そこに、異様な点が一点。


青年の左の手首と少女の右の手首。

それを繋ぐ歪な鎖…。


手錠のようなそれは遠目に見ればブレスレットにでも見えたかもしれない…。

しかし、それは紛れもなく一つの拘束具の形をしていた。


地面に引きずられる鎖の音がジャラジャラ、ジャラジャラと音を立てて不気味に揺れる。



奇妙な金属音が響き続ける…。


ジャラジャラ、ジャラジャラ、ジャラジャラ、ジャラジャラ、ジャラジャラ、ジャラジャラ、と。




「おい。」


その音を遮るようにかけられる一つの野太い声。

青年が立ち止まり振り返る。


すると待ってましたとばかりに数人の強面の男が二人を丸く取り囲んだ。


すばやく状況を把握し、さっと妹を自分の背に隠す青年。
その後ろで少女が不思議そうに首をかしげた。


その行為を見て自分たちを恐れているのだと判断したのだろう。

男の中の一人が煙草をふかしながら下卑た笑みを浮かべる。


「ちょっと、ボクたち〜?ここがどこだかわかってンのかナぁ?」

「迷ってきちゃったんでちゅかぁ?」


男たちは明らかに相手をなめている口調でげらげらと笑い声を立てた。

青年はそれを光のない目で少女は首をかしげながら見つめている。


「なぁ?聞いてるんだけどぉ?どうなの?ここが二番区ってコト知ってんの?」


2番区。地下帝国にいくつか存在する区の中でも最も危険といわれる場所。
殺人狂のたまり場。


男たちの挑発じみた言葉に青年は答えない。
眉ひとつ動かすことなく黙っている。

それは、男たちの目に怯えているように映った。


だから、彼らは気づけない。
青年の瞳に自分たちが映っていないことに。


「なぁ、どうなの?殺されちゃうとか考えなかったぁ?」

男たちがどっと笑う。

青年はただ、それを見つめている。


————彼らは気づかない…。



そこに重たい空気を全く感じさせない声が混じった。


「ねぇ、にぃ。2ばんくって怖いところなの?」


無邪気に好奇心だけで訊いている少女。
そこには、男たちに対する恐れなど微塵にも感じない。

男たちが眉をひそめる。

そんなことは気にも留めない様子で青年は少女に笑いかけた。

「怖いといえば怖い。だけど怖くない時もある。  椿は今、怖いか?」

まるで、世間話をするような落ち着いた声音。

…それは、学校帰りに今日あったことを話すような日常的な色さえうかがえる。


そして、青年の問いに椿と呼ばれた少女は勢いよく首を振った。

「ぜんぜん!!」


男たちの空気が固まる。

「あ゛…?」

一気に殺気立った空気。

しかし、青年は妹に柔和な笑みを返した。



「なら、そういうことなんだよ。」



「なめてんのか!ゴルァ!!」

殴りかかった一人の男。
その拳が青年の顔面をとらえる。


そこにいる誰もが、次の瞬間に青年の骨の折れる音を想像した。


青年の後ろにいた少女以外は。



ぱんっ。



乾いた音が鳴り響いた。



男の巨体がぐらりとよろめく。



そこにいた誰もが、状況を把握できないまま固まった。

鼻をつく硝煙のにおい。
倒れた男の額から流れる————赤。


いつの間にか青年の手には拳銃が握られていた。
その銃口から、白い煙がゆらりゆらりと揺れて宙を踊る。



沈黙が流れた…。



青年が口を開く。


「そういえば、椿。もうお昼の時間だね。お腹すいただろ?」


いきなりこの場に似つかわしくない言葉を発する青年。

しかし、何をされるか想像がついたのだろう。
男たちの空気が凍りついた。


兄のその言葉に椿の目が無邪気に輝く。


そして大きく頷いた。


「うんっ!もうおなかペコペコ!!」



男たちが後ずさる。


ようやく彼らの「異常」に気づいたのだ。


青年がずっと品定めするような目で見つめていたこと。

先ほどから少女がずっとカバンの中を弄っていたこと。



————少女の目が赤く染まっていたこと。




「うわ゛ああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛。」




「いま、調理するからね。」


男たちの悲鳴と乾いた音が廃墟の隅で混ざり合い…


————溶けた。