ダーク・ファンタジー小説

Re: 地下の帝国 ( No.9 )
日時: 2012/05/25 20:19
名前: 呉羽 (ID: MrVVEkO0)

ー白を夢見た黒ー



地下帝国 6番区


「———と、いうわけです。犠牲者は合わせて6人。
 どれもナイフなどの小型の刃物で千切りとられたような傷があります。」

眼鏡のよく似合う女性が静かにその写真を差し出す。

それを受け取ったのは白い服を着た青年。
頬杖をつきながらつまらなそうに写真を見つめた。


オフィスビルのような建物の中。
青年は机に向かってだらしなく座っていた。

その机を挟んで相向かいになっている女性は静かに青年を見つめている…。


女性のほかにも何人かの男女が彼の周りを取り巻くようにして整列していた。
ずらりと並んだそれらは、若い女から強面の男まで不規則な面立ちをしている。

その全員が彼と同じ白い服を身にまとっていた。
胸には黒い刃に青い火がとぐろを巻いたような紋章が張り付いている。

その紋章は部屋のあちらこちらにも確認することができた。


女性は続ける。


「…。三日前にも同じような死体が発見されています。
 同一犯とみて間違いないかと。」

「ふ〜ん。」

青年はやはりつまらなそうに相槌をうつ。

手の中では先ほど手渡された写真が弄ばれていて、
そこに写る赤黒いナニカが見え隠れしていた。


室内には女性と青年の声しか響かない。
以外の誰もが沈黙しているのだ。

その様子は、何かを待っているようにも見える。


「いかがなさいますか?」


女性が問う。

その問いに、やっと青年がまともに言葉を返した。


「いーんじゃない?エリの好きにして。」


やる気のないようにも取れるその言葉に、
エリと呼ばれた女性、港 恵梨佳はすっと目を細めた。

冷ややかな威圧感を感ぜずにはいられないその視線。

しかし、そこには俄かに熱が込められている。


「と…いいますと?」


女性の二度目の問い。


そこにいる者たちの空気も彼女の瞳の奥の熱によく似たナニカを醸し出す。

何かを期待するような———目。


彼女のその問いに答えたのは青年ではなくその中の一人。

サングラスをした金髪の男だった。


「本当はわかってるんだろ?恵梨佳。
 なら、わざわざ聞く必要はないだろうが。」

「そうですね。やることは一つだけですから。」


恵梨佳が無表情にほほ笑んだ。
それは、狂気に満ちた笑み。真っ黒な笑み…。

隣にいる金髪の男もまた、似たようなものを顔に浮かべてた。


「まったくだ。わかりやすくていい。」


くつくつと笑う男。

名はリオット・ティルダ。
強面の彼の笑みは映画に出てくるようなマフィアのそれを連想させる。



恵梨佳は淡々と言葉をつなげた。


「この地下帝国で唯一の自警団。地下帝国の裁き人。
 帝国の「秩序」と「法律」そのもの。

 『秩序』を乱す者には正義の鉄槌を。」


「黒き刃は青の炎に焼かれ地獄に落ちる…。ってな。」


青年がポケットからライターを取り出す。

そこにいる誰もがそこに現れた火を見つめた。


「『秩序』を壊す罪人には消えてもらわなきゃだろ?」


ボッと小さな音を立てて赤い写真に灯がともる。

それがあっというまに燃え尽きるのを見て、
青年の口が三日月のように歪む。

周りの「白」も同じように口元を歪ませた。


暗い部屋の中。
その白は闇に包まれ、黒く映った。




:::::



「…。張り切ってたな〜。
 それを表情に出さないからさー余計怖いんだよなぁ…。エリは。」

「まぁ、あいつはな。根っからの戦闘狂だからな。」

「あはは。そうだな。犯人君、ごしゅーしょーさまぁ!!」


女性の出て行った部屋で二人分の笑い声が響く。


けらけらと笑うそこには、
「自警団」という名に込められる正義の色など微塵にも感じない。


それでも青年は笑顔を崩さない。


しばらく笑い合っていた二人だが、
ふと、リオットが思い出したように彼に問いかけた。



「そういやぁ、燦。この前の棒使いのガキ、結局見つかったのか?」

「ん〜?」


それに、しばらく意味深な間をおいて自警団の長、邦芳 燦(クニヨシ サン)は微笑んだ。


「ああ、あの後ちゃ〜んと見つけた。
 逃げ足はやくてさぁ…。ちょっと手こずっちまったよ。」

「ほぉ…。まぁ見つけたんならいいんだ。——ちゃんと仕留めたんだろうな?」

大げさにため息をつく金髪の男。
あまり興味がないような抑揚のない声でそういうと、煙草に火をつけた。

しかし、彼の言葉に燦は少し気まずそうに頬を掻く。

「?どうした?」

リオットが煙を吐き出しながら燦に視線をやる。

すると、彼は気まずそうに眼をそらした。


「…。仕留めは…しなかった。」


「あ゛あ゛!?」


リオットがサングラスの後ろでその眼をギラリと光らせた。

燦は殴りかかりそうなリオットを制するように手を胸の前にかざした。


「そう怒るなよ。落ち着いてくれ。」


今にもとびかかってきそうな強面の男に苦笑いを返す。


「あいつがなにしたか…忘れたとは言わせねぇぞ?」


目をつり上げるリオット。
しわが寄った眉間が彼の威圧感を一層盛り立てた。


「何って…。別に大したことはしてないじゃん。
 ただうちの連中とちょいと揉めてボコッただけだろ?」

「それで死人がでちゃあ、ボコッたってことじゃ済まねえだろうが!!」


怒鳴り声がしんとした部屋に響き渡る。
それに、数人のメンバーが肩を震わせた。

部屋中の空気が冷たく変貌する…。


「そりゃ、てめーらがあいつより弱いのが悪い。そうだろ?」

 
燦が細く瞳を光らせた。


「…っ!」


その返事に、リオットが言葉につまる。
しかし、すぐさま冷静に燦を睨み返した。


「だが、そのあと———。」


「リオット。」


なおも言い募る男を遮り、どこか威厳を感じさせる低い声が発せられた。

それは、今度こそリオットの喉を完全に凍らせる。




声は、リオットの目の前にいる青年から聞こえた。


「俺が決めたことだ。口を出すな。」


確かにそれは、今の今まで口論していたはずの青年の声だ。

しかし、それは陽気に笑っていた青年のものとは違う。



————そう、それは『自警団の長』の声。



リオットは静かに舌打ちすると一歩下がった。

しばらくの沈黙が薄暗い部屋を覆った。


ふと、燦はいつも通りの微笑みを浮かべ、立ち上った。
そして、静かにリオットの横を通り過ぎ、歩く。

コツコツと小気味のよい靴音が静かなこの部屋での唯一の音となる。


ふと、燦は景色のよく見える大きな窓の前で足を止めた。
その窓から見えるそれを楽しそうに見つめて歪んだ笑みをこぼす。


「あいつ、結構面白いからさ。しばらくとっておきたいんだ。それに…」


そうつぶやくと燦はくるりと踵を返す。
そして、いまだ不機嫌そうなリオットに向けて悪戯っぽく言った。


心底どうでもいい言い訳を。
 

「行きつけの喫茶店の店長さんに一週間タダでいいなんて言われたらさぁ…

 断れないだろ?」


白い青年は笑う。


————笑う。