ダーク・ファンタジー小説

Re: 【紫電スパイダー】 ( No.14 )
日時: 2014/02/20 23:16
名前: 紅蓮の流星 (ID: 1T0V/L.3)




「武器はそっちにある奴から勝手に選べ」

 巌が指差した方向を向くと、スタジアムの一角、端の方に武器の山があった。ある武器は傘立てのようなものに突き立ち、あるものはそのまま無造作に転がっている。剣やナイフや銃器類、モーニングスターや鎖鎌、ハンマーにフライパン、ムチに蝋燭、ハリセン、果てはロケットランチャーのようなものまで多種多様に取り揃っている。ちょっと待て今いくつか変なの混じってなかったか。
 抜き身の剣なんて今まで見たこともない。ここは本当に真剣勝負の場なのだと再確認し、一馬は高揚した。
 どれも扱うのは初めてだが、だからこそ出来れば扱いが難しそうなものは避けたい。スタジアムの端から端まではそれなりの距離があり、戦闘中に新たな武器を補充するなんていうのは当てにしない方が良さそうだ。扱いやすそうで、応用性が高そうな武器を。
 一馬が選んだのは、片刃のサーベル。刀よりも軽そうだという理由でサーベルを選んだが、金属の重みは手のひらにずしりと来る。
 武器を選び終えて、スタジアム中央に向き直る。巌は腕を組んで仁王立ちしており、一馬の準備が終わったと見るや牙を剥いてわらった。

「オッサンはいいのかよ」
「俺ぁいつも素手だ。それに要らねぇよ、お前なんかにゃ使うのも勿体ねぇ」
「言ってろ。すぐに吠え面かかせてやる」

 お互いにお互いを鼻で笑う。
 一馬はサーベルを両手で構え、巌はボクシングのようなポーズをとり。
 余裕の顔つきでせせら笑う巌。嘲り笑いと冗談を交わす観衆。ザイツェフですら、一馬がまともに巌の相手になるとは思っていない。
 ただひとり一馬は、口を真一文字に結んで相手を真ッ向見据えていた。

「ガキ、名前は何だ?」
「黄河一馬」
「だそうだ。レフェリー、コールだ!」

 そして、

『スペルビア、悟堂巌バーサス黄河一馬』

 アナウンスが響き、

『開戦(イグナイト)ッ!!』

 ——黄河一馬の闘いが、今始まった。

 一直線に駆け出す一馬。目標は巌。
 巌は一層顔に笑みを濃く刻む。
 拳を振り上げ降り下ろす。
 そして、そのイグニスの名を吼えた。

「【巨人の暴腕(ベルクヴェルグ)】!」

 地震と共に、リングの床が割れる。
 足下の隆起が蛇のように地を這う。
 それはそのまま一馬目掛けて襲いかかる。
 一馬はすばしこく右に避け、左に避け。
 ザイツェフら断罪者と追いかけっこした経験は伊達じゃない。大抵は捕まるのだが。

「まだまだァ!」

 一際強く、地面を叩く巌の腕。
 隆起した床が更に盛り上がり、弾けた。
 大玉の礫が上から降り注ぐ。
 これは避けられまい、と巌は確信。だが、

「【エルドラド】!」

 一馬は火炎を、自らの足許に放った。
 眉をひそめる巌。どよめくギャラリー。
 そして一馬の身体は反動で大きく後ろへ飛び——礫の全てを回避した。
 観客席が歓声に沸く。今のは巌の、勝ちパターンの1つだ。岩石の大雨は、喰らった相手を確実に気絶させる。そして避けることは困難。
 その大技を、一馬は初見にして見破って見せた。
 少なからず驚く巌に、一馬は反撃を開始する。
 まずひとつ、爆破。
 もひとつ、爆破。
 更に、爆破。
 爆破。
 爆破爆破爆破爆破、爆破。
 爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破。
 巌が呆気に取られるほどの乱発。
 だがしかし火炎の吹雪は、そのひとつとして彼には絣もしない。火の海になっても、火の手は巌に襲いかからない。
 巌は再び地面を叩き、先ほどのように降らせた岩石雨で火炎を押し潰して消して行く。

「どうしたあ! 下手な鉄砲なんざ幾らブッ放しても当たるかボケがァ!」

 巌が怒鳴った直後、正面の燃え盛る火の手が揺れ。
 一馬が目の前へ飛び出した。

「——あ?」

 チンピラの焼き加減まで制御出来る一馬が、これだけ【エルドラド】を放って外す筈がなかった。
 では何故1つも当たらなかったのか?
 そんなものは簡単、わざと外したのだ。巌の視界を遮り、その注意を自分から逸らすために。そして先程とは逆、自分の後方へ火炎を放っての高速特攻。それを悟られないために。
 爆発で驚異的な推進力を得た一馬。
 その体当たりが勢いよく巌に直撃。
 仰向けに引っくり返った巨体。
 上に乗る一馬。
 喉元に切っ先を当てる。 
 吹き消える火炎。
 観衆から見れば、それは勝者と敗者が決した構図。
 倒れた巌と、跨がる一馬。両者共目を見開いている。巌は今起こったことが呑み込めずにいるのだ。
 それは一馬自身ですら。
 驚愕で動けない一馬に、賛嘆の歓声が降り注いだ。

「……え?」

 照明に目を細めながら、一馬は観客席を見上げる。
 その中で一人、未だ驚き顔のままである男がいた。
 ザイツェフは我が目を疑った。
 悟堂巌は、この辺りじゃ名を知らぬ者のいない男だ。スペルビアをやらせれば、その威力と破壊範囲で随一のイグニス【巨人の暴腕】で負け知らず。
 わざと巌と戦わせ、一馬に少し痛い目に遭って貰い、世界は広く厳しいのだと実感させ多少大人しくなってもらう。そのつもりで連れてきたのに。
 なのに奴が油断していたとはいえ、不意を打たれたとはいえ——一馬は、倒してしまった。悟堂巌を。