ダーク・ファンタジー小説
- Re: 紫電スパイダー ( No.2 )
- 日時: 2014/03/09 19:21
- 名前: 紅蓮の流星 (ID: LHB2R4qF)
#1【パンドラ】
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雑踏が、遠い。
狭い夜空、並び立つ摩天楼、頭上を飛んで行く車、淡く発光する街路樹、スクランブル交差点を行き交う人々。ここはトーキョー。ここは眠らない街シブヤ。
一馬はハチコーオブジェの前でしゃがみこみ、人混みをぼんやり眺めていた。特に誰かを待っている訳でもなく、タバコくわえた口を半開きにして、只のアホみたいに。
くだらねぇと思う。
何のために生まれ、何のために死ぬ?
どいつもこいつも、何でも知ってるような顔をして、何にも考えちゃいない。どうせいつかは皆死ぬのに、何ですたこらせっせとバカみたいに汗水流して朝から晩まで働いてんだか。流行りだ仲良しだなんだと、何をバカみたいに騒ぎ立てているのか。
一馬にとっては、人々の足音や声が、酷くどうでもいいものに感じられた。
彼には友達がいない訳ではない。しかし、それすらもがくだらない。ただ話を合わせて互いのご機嫌を伺って、そうして神経をすり減らしてまで他人と付き合うことに、意味があるとは到底思えない。だから、高校も途中で辞めたのだ。
「くだらねえでやんの」
黄河一馬、17歳。悩める金髪の少年は、星ひとつ見えない夜空に煙を吹かす。
さて、どうすっか。バイト代はさっきパチスロで粗方スッちまったし、家に戻れば面倒臭いのが酒かっくらって寝転んでるだけ。ダチを呼ぶ気分にも、今はなれない。嗚呼つまらねえの。
どっこらせと腰を上げて、ハチコーオブジェを後にしながら思考をさまよわせる。どこをどう歩いても、人が多くて嫌になる。ヘッドフォン忘れたのが悔やまれる、などと考えながらあっちをぶらぶら、こっちをぶらぶら。
していたら、人気のない、暗い路地へ出た。
どうやら無意識のうちに人混みを避けていたら、こんなところまで辿り着いたらしい。
つか、どこだここ。
携帯のGPSを使って居場所を調べようしたら、ウンともスンとも言わない。充電切れてんじゃねぇか。
落胆。溜め息。肩を落とす。そういや充電器家に忘れた上、3日くらい帰宅してないので、その間丸々充電していないことになる。
コンビニで充電器でも買うか、なんて考えた矢先。
路地の奥から、声が聴こえた。
ちょうどいい。誰か居るのならコンビニの場所でも訊こうと思い、一馬は路地を進む。
そして角を曲がり、陽気に声を張り上げ。
「すんません、そこ誰か居る?」
目に飛び込んできた光景は、衣服の肩らへんを破られている少女と、それを取り囲む4人の男。
「……あ? 何だ、お前」
男の1人が、一馬を怪訝な目で睨みながら言う。髪は短めで、極めて目付きの悪い大男だ。
クッソ面倒臭い現場に遭遇してしまったと、一馬はげんなりした。充電切れるしパチスロじゃ大負けするし、挙げ句は痴情のもつれ的な現場に遭遇するし。ついてないわ。今日絶対かに座12位だわ。
「や、俺は只の通りすがり的なそれでして……」
面倒臭い、嗚呼面倒臭い。め・ん・ど・く・せ、めんどくせ。適当に誤魔化して逃げちまおうと算段を立てる。構ってられるかっての。
——だが、その時横目にちらりと見えたのは、少女の動揺と混乱が入り交じったような、しかし何かにすがるような表情。よくよく見れば、顔は涙に濡れていた。
それを見て、深く溜め息。それから、いかにもお楽しみ中を邪魔されて不機嫌といった感じの大男を、真っ向から見据える。
ああ、マジでめんどくせぇ。——自分の性格が。
そんな顔で見られて、放っておけるかっての。
「焼き尽くせッ!【エルドラド】!」
直後、路地裏を黄色い火柱が照らした。
ああ、畜生め。またやらかしちまった。これで断罪者(レークス)との追いかけっこ確定だバカヤロウ。内心で悪態をつく。
そして目付きの悪い大男は、浅黒く丸焼きになっていた。
気を失って倒れる大男。
3人の男たちは、驚きに目を見開いていた。酸素が足りない金魚のように、口をパクパクさせている。
「コイツ! イグニス使いやがった!
街中で! 人に向かって!
イグニスを使いやがった!」
「あぁ!? 犯罪者はお互い様だろうが!
テメェらが今そこの女に何しようとしてたか
言ってみろ! ボケが!
今更チキッてんじゃねぇよ! あぁ!?」
叫ぶ男たちに、一馬は怒号で応じる。溜まりに溜まったフラストレーションのせいか、それは17歳のガキとは思えぬ気迫であった。大の男が3人雁首並べても、気圧されている。
立て続けに、遠くからざわめきとサイレンの音。爆音を聞き付けて野次馬と断罪者が来たのだろう。
「や、ヤバいよアボやん! 断罪者が来るよ!」
「とにかく逃げろ! 早く!
シャブさん抱えて逃げろ!」
男たちはあわてふためきながら、シャブさんと呼んだ男を肩に担いで逃げ去る。一度躓いて転んでから。
一馬は後を追わず、その間抜けな後ろ姿を指差して爆笑していた。どのみち、シャブさんとやらも殺してはいない。男たちが逃げ去れば充分だった。
「うっし、じゃあ俺も逃げるか」
「え、あの……」
一頻り笑い転げた後言い放った一馬に、少女はおずおずと声をかけた。一馬は少女の方へ振り返る。
「……助けてくれて、ありがとう……」
それを聞いた一馬は、
「どういたしまして!」
とだけ笑顔で返し、夜の街へと繰り出した。
眠らないトーキョーの街へと。