ダーク・ファンタジー小説

Re: 【紫電スパイダー】 ( No.29 )
日時: 2014/03/26 14:40
名前: 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE (ID: VB7Q11rn)




「舐めてんじゃねぇぞ」

 一馬の一言。
 不意に放たれた声は更にオクターブが低く、ガキのものとは思えぬ威圧感を孕んでいた。断罪者であるザイツェフが眉をひそめ、言葉尻を止めてしまう程に。

「さっきから聞いてりゃあよ! ザイツェフてめえ何様のつもりだ! 最初から負けると思ったから連れていった!? はあ!? バカにすんのも大概にしやがれ糞が! それで俺に『井の中の蛙でしたねドンマイ☆』とでも言うつもりだったのか!? つかテメエは何だ俺の親か!? んなこと言われる筋合い無いんだよマザフ●ッカー!」

 恐ろしい剣幕で捲し立てる一馬。中指まで立てて憤慨する。ザイツェフですら、これには面を喰らってしまった。逆ギレしたガキって怖ぇなあ。
 一馬の溜飲は下がらない。火がついたかのように回る舌は、更に追撃を続ける。

「それに、俺ぁ見たぞ! ああ見たとも! 居たろうが! 俺と同い年くらいのガキが昨日! 紫色の髪した奴がよ!」

 はっとした顔を浮かべるザイツェフ。てっきりあの時既に一馬は、巌によって深手を負い、気を失っていたものだと思っていたのだ。
 それは、一馬が巌によって戦闘不能まで追い込まれた直後のこと。
 最早声を発することすら出来ない一馬と、一馬を抱えるザイツェフ。そして怒気を露に、一馬をリングまで再び下ろすよう要求する巌。

『もう勝負は着いたと思うが』
『まだだ、まだ足りねえよ。屈辱を晴らしてねえ。まだ溜飲は下がってねえ! 殴り足りねえ! 殴り足りねえんだよクソが!』

 片や岩石仮面の奥から吠え、片や剣呑に見据えて。距離を隔て相対する二人の間に、ひとつ声が割り込んだ。

『——ガキ相手にみっともないぜ、オッサン』

 声の主は少年。一馬とさして変わらぬ齢であろう、紫髪の少年だった。

「その後から記憶が無いんだがよ。あのあとどうなった?」

 まだザイツェフを強く睨み付けたまま、一馬はザイツェフに問う。ザイツェフは視線を落として、少し間をおいた。それから再び一馬の目を見て告げた。
 あの紫髪のガキが勝ったよ、と。
 悟堂巌は強い。スペルビアをやらせれば、その持ち前のイグニス【巨人の暴腕】で負け知らず。そして奴が岩石を全身に纏った時の戦闘力は、正に圧巻。たとえ爆撃だろうが意に介さず、一方的に相手を蹂躙する。だからいつだってBETは奴に片寄る。
 しかし過去に一人だけ、その悟堂巌を完膚なきまでに叩きのめした少年が居た。

『——賭け金は1000万』

 そして、そいつは昨日もパンドラに現れた。かつての日と同じように、無造作に開いたアタッシュケースから札束をばら撒いて。
 少年は先ず、発狂と紛うほど逆上した巌の装甲を粉砕。一体何をしたのかさえ、悟らせる暇もなく。
 続いて降り注ぐ岩石の雨を軒並み避け、自らのイグニスを披露。悟堂巌に、二度目の敗北を与えた。
 それから少年は、ひとつの宣言をする。それはその場に居た誰もが、耳を疑うような言動だった。

『10人でも良い。100人でも良い。この場にいる全員でも良い。まとめてかかってこい。俺の首を取った奴に、この1100万をくれてやる』

 そして、彼の挑発に乗った総勢439名。——彼はその全てを一掃し、パンドラを去った。

「……そいつの、名は?」

 一馬は唾液を飲み込み、訊く。

「藤堂紫苑」

 ザイツェフは簡潔に告げた。
 藤堂紫苑。あの悟堂巌を事もなく打倒し、あまつさえ何百名も相手に、たった一人で完全勝利した男。
 その名前を、一馬は小さく復唱する。

「……俺と同い年の奴は、皆それぐらい強いのか?」
「いや。——あれは、化け物だ」

 藤堂紫苑。一馬と同年代にして、ザイツェフに、断罪者にそこまで言わせる男。
 一馬は、笑んだ。

「だったら、そいつを倒せば文句ねえよなあ?」

 藪から棒に放たれた言葉で、ザイツェフは呆気に取られて目を丸くする。

「そいつを倒せば、つまり俺はそいつより強いってこった。ザイツェフも俺のこと舐めた目では見られない筈だよなあ!」

 鬼の首でも取ったような顔で迫る一馬に、ザイツェフは何か言うのもバカらしい。そして唐突に吹き出し、声を上げて笑った。
 何がおかしいんだとでも言いたげに、怪訝な顔をする一馬。ザイツェフはまだ笑いつつも口許を手で覆い、一馬に言う。

「わかった、わかったよ。その通りだ。やれるもんなら、やってみろ」

 手の奥で口角を吊り上げるザイツェフ。一馬はザイツェフに向かって、獰猛に笑んで吐き捨てた。

「上等だ。今に見てろよ、そのヒゲ面をあっと言わせてやる」