ダーク・ファンタジー小説

Re: 紫電スパイダー ( No.3 )
日時: 2019/08/27 09:36
名前: 紅蓮の流星 (ID: xEKpdEI2)




 一馬はフェンスを乗り越え、塀の上を走り、屋根に飛び乗り、まるで野良猫のように逃げる。我ながら身体能力はかなりのものだと思う。小さい頃から、こういうのは得意だ。
 さしあたっては、さっき【エルドラド】で火柱を出した場所から離れるのが先決。現場から離れて人混みにでも紛れてしまえば、いくらでも誤魔化せる。
 ——あいつに見られたりしていない限りは。
 ああ、なんで俺は逃げる羽目になってんだ。本当、誰かに関わろうとするとロクなことにならない。そもそも俺はあの女の子を救い出しただけで、特に逃げなきゃいけないような悪事は働いてない訳で。
 ……何だか冷静に考えたら無性に腹が立ってきた。
 そもそも「人に向かってイグニスを使ってはいけない」なんて法律がおかしい。
 断罪者や医者などの資格を持つ人間以外は、イグニスの対人使用が禁じられている。理由は言わずもがな、「危険だから」だ。
 さっきのシャブさんとやらにしたって、俺が本気を出せば消し炭になっていただろう。それは比喩や例えでなく、本気で。
 ……あれ、そう考えると禁止はむしろ正しい事なのか?
 まあ、ひとまず。ここまで逃げれば安心だろうか。
 そう思って別の路地裏に降り立つが——どうやら、その見通しは甘かったらしい。
 少し遠くから、こちらに歩いてくる影。暗くてよくは見えないが、足音をたてて間違いなくこちらに近付いてくる。
 断罪者か? わからない。
 わからないなら、警戒するに越したことはない。
 足音を立てずに、足音から遠ざかるように歩く。何も、断罪者とは限らない。いくら人気のない路地ったって、たまにゃ誰か通るだろう。
 ——それも、楽観的過ぎたようだ。
 先程とは反対側にも、人影。しかもこちらへ歩いてくる。暗い中、迷うことなく。

「……マジか……」

 思わず言葉をもらす。
 挟まれた。
 ……まだそれが断罪者かどうかはわからない。だけどさて、どうする。素知らぬ振りをしてどちらかの隣を通るか、バレていること前提で突っ切るか。……断罪者相手ならば、どちらも止めた方が良いだろう。
 歩こうが走ろうが、向こうはプロだ。せいぜい容易く捕縛されるのが関の山。
 だったら、こうだ。
 隣の塀に手をかけ、ジャンプした反動で飛び越える。挟まれたならば、横に逃げればいい。
 さあ、あとは道なき道を縫って撒いてやれ。
 そう、思ったら。

 視界を、鋭い光が埋め尽くした。

 一馬は目がくらみ、手元のバランスも崩して落ちる。フェンスは越えたものの腰をしこたま打つ。
 混乱しながら悶絶する。尾てい骨折れたんじゃねこれ? 折れたんじゃねこれ?

「〜〜ッ、クッ、ソ痛ってぇえぇええぇよバカ!」

 痛みのあまり、誰に対するでもなく罵倒。
 芋虫のように転げ回る一馬。
 彼を見下ろし、手に懐中電灯を持った男が言う。

「やっぱりまたお前か、一馬」

 硬直する。
 一馬はその声に聞き覚えがあった。
 ぎぎぎ、とブリキのロボットのように、その声の方へゆっくりと振り向く。
 視線の先に居るのは、黒いコートに袖を通した男。目鼻立ちはくっきりとし、黒いあご髭をたくわえたダンディな出で立ち。コートの下にはスーツを着込み、右手には懐中電灯を握っている。
 そして左手には断罪者の証たる、紋章が刻印された手帳をかざしていた。
 一馬はひきつった笑顔を浮かべる。

「……ザイツェフさん、これ王手スかね?」
「チェックメイトだな。
 イグニス法違犯の現行犯で逮捕する」

 黄河一馬、人生で通算12回目の留置所送りである。