ダーク・ファンタジー小説
- Re: 【紫電スパイダー】 ( No.35 )
- 日時: 2014/05/14 19:55
- 名前: 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE (ID: 3dpbYiWo)
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黄河一馬がザイツェフ・エストランデルに啖呵を切った三日後、パンドラという店は潰れた。
あの荒くれ者たちも、スキンヘッドのバーテンも、憎き悟堂巌さえもが皆——砕かれ、ひしゃげ、千切られ。
血液と臓物と人骨で、赤黒く前衛的に彩られ。
連日にぎわうワイドショーでは「暴力団同士の大規模な抗争」だとか「客同士の諍いが発展して、誰かがイグニスを使用した結果」だとか「単なる痴情のもつれ」だとか憶測が飛び交っている。
スペルビアという単語こそ出ては来なかったものの、専門家と名乗る若い青年が一人、こんなことをテレビで話していた。
全国各地の繁華街には、賭場が隠されている。そこは暴力とイグニスをぶつけ合い、勝敗を決める場所。そんな都市伝説がある——と。
そして犯人は筋骨隆々で、2メートルもある大男で、肌は浅黒く、山の熊みたいな髭をぼうぼうと生やし、眼光は血走った野獣の目みたいだとかと言われていた。
結局のところ、誰も真相に近づけてなどいない。
今日も今日とてシブヤセントラルシティが誇る巨大モニターは、センセーショナルで耳当たりの良いヘッドラインを垂れ流すだけ。
「ぷっぷっぱーら、ぷっぷっぱーら。らったー、るっぷっぷっぷぱらっぱっぱるっぷーぱーらぱっ。ぷっぷっぱーら、ぷっぷっぱーら。らったー、るっぷっぷっぷぱらっぱっぱるっぷーぱーらぱっ」
夜空の下。雑踏の中。少女が歩いていく。
「ぴりぴりぴりぴりぱすたるたん。ぴりぴりぴりぴりぱすたるたん。ぴりぴりぴりぴりぱすたるたん。ぴりぴりぴりぴりぱすたるたん」
雪のように白く絹みたいに繊細な髪を、自らの背丈ほども伸ばした少女だ。肌も髪と同様に白く、整った顔立ちと相まって人形のよう。黒いワンピースを身に纏っており、両脚には靴の代わりに包帯が巻かれている。白と黒のコントラストだけで構成されたような少女は、瞳と首元のリボンだけが鮮血のように紅い。
この辺りは、奇抜なファッションを自慢げに見せつけて練り歩く若者も多い。しかしそれらと比べても尚浮くほど、少女の異質は際立っていた。通りすがる人々が皆、その美しさと奇妙さに一度は振り返る。
「もうどうっでもいいじゃんって、切り捨てコギャル。マゴギャル担いじゃって、ぱっぱっぱーら」
誰も知らない。彼女が手からぶら下げている大きな楽器袋のようなものの中には、巨大なノコギリが仕込まれているなどとは。
「どうっでもいいじゃんって、切り捨てコギャル。マゴギャル担いじゃって、ぱっぱっぱーら」
誰も気付かない。彼女が、あの悟堂巌ら屈強な猛者どもをたった一人で圧倒し、惨殺したその張本人であるなどとは。
「あいらぶゆー、あいうぉんちゅー、あいにーぢゅー、何度もゆー、愛してる」
ワイドショーの話題を掻っ攫う、今を時めく愉快な素敵な現代アート的解体ショーを繰り広げた犯人は、髭を生やした熊の擬人化でもなんでもない。この可憐で華奢でお人形さんのようで、ちょっと頭のネジが外れた年頃の乙女だった。
「君と出会って十数年。休憩なしでノンストップ、にゃー」
しかし誰も気付かない。誰も知らない。まっとうに生きてさえいれば、生涯気付かない隣の闇。世の中には知らない方が良い事もある、なんていう誰かのセリフは的確に本質を捉えている。
「隠しー事はひとつだけ。二の腕のタトゥー、実はサインペン」
だが、別の誰かはこうも言った。あなたが深淵を覗いているとき、深淵もまたあなたを見ているのだ——と。
「だからその、結婚してくだ&%&#&%……噛んじゃった」
リズムよく歌詞を口ずさむが、表情一つ変えない白髪の少女。彼女は不意に歌うことを止め、ひとつ呟いた。
「——次こそ見つけ出してやる、藤堂紫苑。差し当たっては、まだ生き残っている黄河一馬。それからザイツェフ・エストランデルとやらを探ってみようじゃないか」
そしてとぷん、と。
ビルとビルの隙間、影で覆われた闇の空間。彼女は一瞬で、溶けるようにそこへ消えてしまった。
誰にも気付かれず、まるで最初からいなかったように。
——これは、イグニスという力がある世界の話。
陽射しが当たらぬ裏の社会に生き、スペルビアに興じ殉じる命知らず共と——後にその世界で、伝説として名を馳せる男・藤堂紫苑の物語。
#1【パンドラ】了
※オレンジレンジ『DANCE2(feat.Soysauce)』より歌詞を一部引用