ダーク・ファンタジー小説

Re: 紫電スパイダー ( No.4 )
日時: 2014/03/10 10:40
名前: 紅蓮の流星 (ID: OSct4JfX)




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「随分とご機嫌斜めだな」

 話しかけてきたザイツェフを、一馬はブスッとした表情で睨み付ける。元から目付きが悪い一馬の顔は、そのお陰で尚一層悪人面に見えた。この歳でここまで鉄格子が似合う少年も中々いないだろう。

「ザイツェフさんよ、早く出してくれよ。暇でしょうがねぇよ」
「暇てお前……全く反省してないな?」
「だって俺悪いことなんもしてないもんよ。ああもう、タバコ吸いてぇ!」

 格子の向こうから猛抗議。まるで駄々をこねる子供のようだと評したいが、正直まだ子供の方がクソガキより可愛いげがあるとザイツェフは頭を抱える。てか未成年の喫煙もダメだ、ボケナスが。
 確かにこいつは悪気があってやったわけじゃない。現場で保護した少女の証言と、その近くで身柄を確保した4名(内、1人は火傷を負って気絶していた。無論一馬の仕業だろう)の自白からも裏は取れている。一馬はただ単純に、通りすがりの少女を助けようとしただけだ。
 だが、それとこれとは話が別。

「一馬、お前のイグニスは?」
「あ? 【エルドラド】だけど?」
「その能力は?」
「黄色い火を出す」

 いきなり何だと眉をひそめる一馬に、ひとつため息を吐いてから。

「……例えばどっかに引火して、火事にでもなったらどうする?」

 う、と一馬は呻く。それから弱気な顔で弁明、いや、言い訳を取り繕おうとする。

「で、でもよ……今日びイグニスに対策していない家なんてほとんどねぇよ」
「だがそういう家もあるのは知ってるよな? 特に、ああいう簡素な住宅街チックな所は」

 痛いところを突かれたように、もうひとつ呻き声。今度は、反論の術すら思い付かない。

「お前のイグニスは特に危険なんだからもうちょっと頭を使え、あ・た・ま・を!」

 ザイツェフは一馬の目の前まで顔を近付けると、4回一馬の額を小突く。「ふがっ」と間抜けな声をあげ、ダメ押しを食らった一馬はすっかりしょぼくれる。全く、これだから想像力のないガキは。
 ともあれ、これで少しは大人しくしているだろう。 パイプ椅子を引っ張り出してきて、深く腰掛ける。それからトントン、と小さな箱を叩いて口先でタバコを取り出した。火を点し、深く息を吸って、頭上に吐く。それを一馬が羨ましそうに見ている事には、勿論気付いている。知っててわざとやっている。

「全く、断罪者に無駄な時間を取らせるなよ」

 断罪者(レークス)。それは、イグニスによる犯罪を取り締まる者たちの通称だ。正式名称は警視庁特殊犯罪対策課。警察に所属しながら、独立した指揮系統を持つ一課。
 黒い口ひげを蓄えたこの伊達男、ザイツェフ・エストランデルはその一員である。
 一馬がどこかで問題を起こす度、ザイツェフは必ずどこからか嗅ぎ付けては彼を捕まえる。そんなことを10回ほども繰り返しているうち、二人は顔見知りになった。捕まる側と、捕まえる側の関係だが。

「にしても、毎回よく飽きねぇな。この街にいる限りお前が何やったってお見通しなんだよ、一馬」
「……っとに毎度ムカつくなこのヒゲガンマン……」

 舌を出して白目を剥き、両手の指をチロチロさせて一馬をおちょくるザイツェフ。一馬の顔には分かりやすく青筋が浮かんでいる。

「大体、17そこらのガキが真夜中のシブヤセントラルシティを闊歩してんじゃねぇよ。タバコの味も、お前にゃまだ早ぇ」
「……だって、つまんねぇんだもんよ」

 一馬が視線を落とし、ぽつりとこぼす。何を察したのか、ザイツェフもおちょくる手を止めた。

「家に帰ったってつまんねぇし、高校はやめちまったし、友達だって、最近よそよそしいし……」

 らしくなく塩らしくなる一馬を、ザイツェフはただ見ていた。
 何度かやり取りする中で、彼の生活背景はある程度まで知っている。
 一馬に両親はいない。現在、名目上彼の保護者になっているのは遠縁の親戚だ。聞けばその男も、どうやらあまり褒められた人間ではないらしい。
 高校を辞めた理由も、本人は「つまらないから」と言っていたが、本当は「お金が無いから」だということぐらい察しはつく。保護者は支援するつもりもなく、本人も誰かの手を借りるつもりもない。バイトをしても追い付かないので、高校を辞めた。……その分浮いたお金でパチスロってのもどうかと思うけど。

「で、只でさえイライラしてるところに……あいつらがつまんねぇことしてやがったんだ。だから、頭がカーッてなって……」

 そして今回に至る、と。
 ザイツェフは、黙って一馬の話に耳を傾けていた。
 一馬は、根は悪い奴じゃない。彼が騒ぎを起こすときも、それは彼が何らかの筋を通している時だ。やりすぎなのは否めないが、今回のようにそれで度々救われる人が居るのも事実。
 だからザイツェフは、あまり強く言えずにいた。只でさえ追い詰められているのに自分まで強く当たってしまえば、それこそ歪めてしまいかねないから。
 きっとどこかに、自分は一馬の支えになっているという自負があった。失態を見せているからこそ心を許せるというのは、よくあることだ。
 だけど、危険なのは変わらない。
 さてどうしたものかと思索するザイツェフは、予てより考えていたアイデアを伝えることにした。

「……なあ一馬」
「んだよザイツェフ」

「——スペルビアって、知ってるか?」