ダーク・ファンタジー小説

Re: 【紫電スパイダー】 ( No.5 )
日時: 2014/02/18 20:06
名前: 紅蓮の流星 (ID: GFkqvq5s)




 一馬は首を横に振った。そして、聞いたことのない単語に怪訝な表情を浮かべる。
 ザイツェフはそれを見ると、一度タバコを深く吹かしてから、また話を続けた。

「人に向けてイグニスを使ってはいけない、てのは常識だ。一馬、わかるな?」

 一馬は無駄に反論せず、頷く。茶々を入れたり反発しないのは、ザイツェフの目が真剣だったからだ。
 それに、危険だから人に向けて使ってはいけないという道理くらいは、一馬にだってわかる。本当の意味でその法律に反対するつもりはない。……ついついカッとなった時に、やってしまうだけで。

「だが法律なんて約束事だけで、そういった犯罪を減らせると思うか?」

 ザイツェフの言葉に対し、どういうことだ、と疑問が沸く。現に効果があるからその法律は保たれ……それに、俺のように破るやつが現れたとしても、断罪者がいるじゃないか。そう考えた。
 なぜ、そんなことを問い掛けるのか? わからないと訴える一馬の心中を見透かしたように、ザイツェフは更に続ける。

「法律が施行された当初は、意味を成していなかった。当時は断罪者ですら、形だけの組織に過ぎなかったって話だ」

 一馬はアホみたいに口を開けて話を聞いている。本当は高校で習う内容なのだが、彼は中退したので知らなくても仕方ない。
 「特殊能力の発動と使用に関する制限法案」、通称イグニス法が制定された当初、その法は名ばかりであった。イグニスによる犯罪は横行し、抑止力は抑止力として機能しない。——力のみが正義と呼べるような、暗黒の時代があったのだ。

「じゃあ、なんで今は至って平和なんだよ? 断罪者が強くなったとか?」
「それもあるだろうが、その前にひとつ」

 ザイツェフは一馬の前で人差し指を立て。

「一馬、ここに刀があるとしよう。紛いなき名刀だ」
「おう」
「それを貰ったとしたら、どうしたい?」
「どうって、そりゃあ振ってみたいけど」
「……更に欲張るならば?」
「……何か斬ってみたい、とか?」
「そういうこと。つまり、イグニスは刀だ」

 あれば使ってみたい。振るってみたい。——試してみたい。出来れば、何らかの相手に向かって。
 武器もイグニスも、それは同じだ。だから、イグニスによる犯罪は横行したのだとザイツェフは言う。それはわからなくもないが。

「だけど、それがなんでイグニス犯罪の抑止に繋がるんだよ」
「原因がわかっているのなら、対処法は簡単だ。力を振るう場所が欲しいのなら、力を振るう場所を用意すればいい。存分に、遠慮なく、忌憚なく」
「だから、その力を振るう場所が無いって——」

 言いかけて、一馬はザイツェフの思惑に気付く。
 ——もし、そんな場所があるとしたら?
 ザイツェフはそう言っているのだ。

「……まさか、それが」
「そう、スペルビアだ」

 ——もし、そんな場所に行けるとしたら?
 ザイツェフはそう示しているのだ。
 一馬は口角を吊り上げ、ぶるりと身震いした。



   3



 ザイツェフが一馬を連れて訪れたのは「パンドラ」。セントラルシティの大通りから外れた暗い路地の一角、そこの階段を下っていった扉の向こうにある、小さなジャズバーだ。
 金メッキのドアノブを捻り店の中に入ると、まず二人を出迎えたのは陽気なサックスの音色。酒の臭い。野郎共の喧騒。そして鼻の下に髭を湛える、スキンヘッドのバーテン。

「……らっしゃい、ザイツェフさん」

 ザイツェフは何も言わず会釈、一馬もそれに合わせて、軽く頭を下げた。バーテンは何も言わず、じろりと頭の先から爪先まで品定めするように目を動かした。それからまたザイツェフに視線を戻す。

「……そちらの子は?」
「例のガキだ。連れてきた」
「てぇことは……今日は奥で?」
「ああ、頼むよ」
「はいよ。……もう、始まってますよ」

 バーテンの声を聞き届けたザイツェフは既にバーの奥へと向かっており、片手を上げることで応答した。一馬も後からついてゆく。

「にしても、いいのかよ。スペルビアなんて」
「ダメに決まってるだろ。全書でもしっかり禁止だと言及されている」
「ダメなんじゃねぇかよ!」
「だが、実際は黙認されている。理由は……」

 店の一番奥、扉の前でザイツェフが振り返る。そして顎で、自分で開けろと合図した。

「自分で、確かめろ」



 ——歓声。



 扉を開けた瞬間に飛び込んできたのは、歓声。それから強い照明の光と、観客席からの熱気。
 スタジアムだった。裏通りの地下にあるジャズバー、その奥の扉をくぐった先にあったものは、すり鉢状のスタジアムだった。
 一馬は次に、スタジアムの中央に視線を奪われる。対峙しているのは二人の男。
 筋骨隆々とした色黒い男が、スタジアムの大地を拳で強く打ち付ける。すると岩石の塔が次から次へと生えて伸び、もう片方の長身で細身な男に迫る。
 長身の男は、細身に似合わぬ無骨で大きなハンマーを担いだまま、軽妙な動きでひらりひらりと迫る岩石を避ける。そしてハンマーを振り抜き、その軌道から幾本もの氷柱が現れ、飛ぶ。

 正真正銘、イグニスを使った真剣勝負だ。