ダーク・ファンタジー小説
- Re: 【紫電スパイダー】 ( No.8 )
- 日時: 2014/02/19 22:49
- 名前: 紅蓮の流星 (ID: GFkqvq5s)
筋骨隆々とした男が、大きく足元を踏み鳴らす。彼を中心とした周囲が隆起し、岩の壁が出来上がる。岩壁は飛来する氷柱を阻む。
岩壁はすぐに粉砕した。細身の男が振るうハンマーによって。風ごと引きずり回すような一撃が、凍てつく軌道を率いて大男に迫る。
細身の男を、岩石の拳が打ち抜いた。
細身の男がハンマーを振り下ろすより先に、大男の掌が地面を叩いていた。地面から生えた岩石の拳は相手の顎を見事に捉え、そのまま突き抜ける。
弧を描いて吹き飛ぶ。リング端の壁に叩き付けられる。ずり落ちる。手からハンマーが落ちる。細身の男は、立ち上がらない。
決着の瞬間だった。
『勝者、悟堂巌ッ!!』
アナウンスと同時に、スタジアムの空気が震えた。ある者は歓喜に沸き上がり、ある者は落胆に声を上げる。悲喜こもごもの歓声を、真ん中で一手に浴びるは筋骨隆々の色黒男、悟堂巌。
その光景に一馬は目を剥き、笑みを浮かべた。
ザイツェフが言うには、競馬、競輪、競艇に近いらしい。ただし競うのは馬でもなく2輪車でもなくボートでもなく、自分たち自身。そして競うのは速度ではなく、強さ。
観客は、闘技場で戦うどちらか一方、或いは誰かに金を賭ける。自分が金を賭けた奴が勝てば儲け、負ければ損失。
そして、戦うのは自ら名乗りを挙げた者達。これと同時に賭ける金額や物品を宣言し、負ければ失い、勝てば相手の賭けたものを総取り。
勝敗を決める方法は単純。力を、戦略を、武器を、イグニスを駆使して、相手を降参させるか、戦闘不能に追い込んだ方が勝者。この場合の戦闘不能には「死」も含まれる。
生死問わずのイカれた宴。——それがスペルビア。
現在では、表立つことが無いとはいえすっかりその規模を広げているスペルビア。もし本格的な取り締まりでもしようものなら、逆に断罪者が痛手を負いかねない。なにせ、そいつら全員が武闘派な上に数が多いときたもんだ。
それに、スペルビアのお陰で犯罪の……表面的な減少に繋がるならば、下手に藪蛇を突く必要もない。
だから断罪者はスペルビアを黙認している。
……とザイツェフは一馬に説明しようと思ったのだが、彼はスタジアムに向かって目をキラキラさせており、こっちの話を微塵も聞きそうにないのでやめた。
逆にやってる本人らは常に生命の危険が付きまとう訳だが、いくらここの荒くれ者どもと言えど、ガキ相手にそこまでムキにはなるまい。むしろ今の内に少し痛い目を見ておいた方が良い経験になるだろう。そう思って、一馬をここに連れてきた。
「なあザイツェフ、あれどうやったら俺も出られんの!?」
その本人が、これから散歩に出る犬の如く期待した眼差しでこちらを見てくる。見た目通り、いや見た目以上にガキだ。
「元気一杯に声を張り上げてみるとかどうだ?」
ほら、と指差す。ザイツェフが示す先には、勝利に酔いしれる巌の姿があった。巌は雄叫びを上げ、更なる挑戦者を求める。
「オラァ! どうした、俺に掛かってくる奴はいねぇえぇぇえぇのかあぁああぁあ!?」
それを見た一馬は、ひょいひょいと観客席を飛び越え一直線にスタジアムの中央へ。
「はい、はぁーい! 俺! 俺やりますっ!」
「あ? ガキ? しかも見ねぇ顔だな」
子犬のようにハイテンションな一馬に、巌は顔をしかめた。巌だけではない、場違いな子供の乱入に場内がざわめきを起こした。人が死ぬことさえあるこの場所は、文字通り「ガキが来るような所ではない」。
「お前、パンドラに来るのは初めてか」
「おうともさ」
「サムズアップすんじゃねえ。……スペルビアは?」
「内容はだいたいわかったけど、初めて!」
「……一応聞くけどよ、お前金持ってんの?」
「はえ?」
すっとんきょうな声を上げる一馬。
「だからぁ、金だよ! やるにしたって金なけりゃそれ以前の問題だろうが!」
「ああ、ちょっと待ってな」
財布を取りだし、
「——487円!」
一同総ズッコケ。
「ナメてんのかおまっ……親指くわえて『ダメ?』みたいな目で見つめてくるんじゃねえ! 男がやったって気持ち悪いだけだわ!」
つまらなさそうに唇を尖らせ小声でブーイングする一馬。
「いいじゃんか悟堂! やらせてみろよ!」
「天下の悟堂巌が、まさか素人のガキ相手に、怖いってこたないよなぁ!?」
「あああ!? 当たり前だろうが、ナメてんじゃねえぞ! いいぜ、やったろうじゃねぇか!」
「メチャメチャ単純だなアンタ!?」
先ほどから観客席の皆様が笑いを堪えていることに、一馬と巌は気付かない。ザイツェフなんかは腹を抱えてうずくまっていた。
だが、巌の宣言で会場は再び動揺と歓声に包まれる。それは、賭け金の宣言。
「悟堂巌、賭け金は100万円だ!」
どよめきの波。一馬も面を食らった。だが、すぐに破格な金額の理由に気付く。負ける訳がないと、巌は言外に言い切っているのだ。
それは至極当然の驕りだと、ザイツェフは思った。たかだか喧嘩に強い程度のガキと、スペルビア経験者——しかも、あの悟堂巌なのだから。
「……ほぉーう?」
だが世間知らずのガキは、ただ自分が見下されたという事実に憤る。口許がひきつり、額には分かりやすく青筋が浮かんでいた。