ダーク・ファンタジー小説

Re: ゴールデン・デイズ ( No.1 )
日時: 2014/02/18 15:40
名前: 六 ◆BbBCzwKYiA (ID: 9i/i21IK)

プロローグ:「夢を見た夜」


僕は寝付きが悪い。
いきなり何を言い出すのかと思われるかもしれないが、僕というのはとことん布団に入ってから眠りに落ちるまでが長い人間で、それと同じように眠りも深く、いわゆるレム睡眠というのは今までほとんど体験したことが無かった。つまり夢を見たことが無いのだ。友人に話したら信じられない、と言われたけれど、それこそ物心のついた時から今の今まで。
そんな風だから当たり前のように昔から寝不足に悩まされていて、目の下に陣取る濃い隈のせいでただでさえあまり良いとは言えない目つきが更に悪く見えてしまっている。友人と呼べるような存在だって、先程僕の夢の見なさ具合を信じられないと言った一人くらいしかいない。仮にも青春と呼ばれるような年齢であるのに嘆かわしい事だとは思うけれど、こればかりは僕のコミュニケーション能力の低さも比例されるのだから仕方が無い。友人が一人でもいるだけマシと言えるようなものだろう。

そんな僕がどうしてこうも長々と自分の記憶を反芻しているのかと言われたら、それは今現在僕が置かれている状況の特異さが一番の理由として挙げられる。
気付いたら僕は、真っ白な空間に立っていた。
辺りを見回しても人っ子一人見当たらない、それどころか建物や道らしき物もあるようには見えない。文字通り真っ新で真っ白な空間に、どういうわけだか学校の制服を着て、僕は立っている。
ここに居ると認識する前の最後の記憶は自分の部屋の布団の中だ。今日は珍しい事に夕方から眠気が襲ってきていて、久方振りに、——もしかしたら初めてすんなり眠れるかもしれない、と少しばかりの期待を胸に帰路についたものだった。
そうして家に帰ってから風呂に入って、寝間着に着替えて部屋へと戻ったのは覚えている。要するに、そこから先の記憶がないのだ。どういう事なのか自分でも分からないけれど、少なくとも今僕が着ているのは学校の制服ではなく寝間着であるはずで、今居るのはこんな何もない場所ではなく部屋の布団の中であるはずなのだ。
ならばどうしてこんな所にいるのかと自分で少し考えてみる。自分の記憶がないうちに別世界に瞬間移動した。流石にそんなSF的な展開はある訳がない。あったとしても瞬間移動しただけなら服が勝手に変わっている説明がつかない。こんな馬鹿げた可能性を真面目に否定しなければならない程、もしかしたら今の僕は混乱しているのか。
ならば残る現実的な可能性は一つだ。ある意味では非現実的なのかもしれないが、それを論じる意味はないとして。

今僕は、夢を見ているのだろうか。

物心ついてからほとんど体験した記憶がないから定かではないけれど、こんなに唐突によくわからない場所に飛ぶような現象は、どうやら夢を見ているのだと思うしかないようだった。
もう一度、辺りを見回す。先程と変わらない真っ白な空間に一つ溜め息をついて視線を正面に戻せば、誰かが立っているのが見えた。
顔は見えない。姿もはっきりと見ることはできない。おそらく人の形はしているだろうとだけしか分からないその人物を視界に入れた時、不思議と僕はあまり驚く事はなかった。これも夢の中だから、と言う事なのだろうか。

「……ええと、」

真っ白な空間に何かが表れたからと言って、それ以外には大した変化は見られない。そもそもそれが僕と同じ言葉を話せるのかどうかもわからない。果たしてどうしたものかと思案しながら小さく声を上げれば、目の前にいる誰かが一歩、こちらに歩み寄ってくる気配がした。

「お前は」
「ん?」

声が聞こえた。喋る所を見た訳でもないのに顔が見えない誰かがそう言ったのだとはっきりとした確信を持てた理由までは、僕には分からない。
収まったかと思えた混乱がもう一度湧き上がってくるのに僅かばかりの頭痛を覚えている僕をよそに、誰かは言葉を続ける。

「お前は、一週間後に死ぬ」

え、と声を上げる暇さえ与えられなかった。真っ白だった空間はその言葉と共に少しずつ黒に染まって行き、そうしてただ立っていただけの足元がぐらついて不安定になる感覚と共に意識も少しずつ薄れて行って、そして。



暗転。






「………、夢?」

寝間着が汗でべたつく気持ち悪さと共に目が覚めた。それと同時に先程まで見ていた光景が夢であるという確信を得て、今は何時だろうかと枕元に置いた時計を見る。
三時二分。今まで寝ていた時間より、少し遅い。
それを見た僕は思わず起こしていた上半身をまた布団へと横たえて、もう一度眠りにつこうと目蓋を下ろした。ひどく恐ろしいものを見た感覚に少しだけ震える身体を無理に押さえつける目的もあったけれど、
何より、ひどく眠たかったのだ。