ダーク・ファンタジー小説

1st story ( No.1 )
日時: 2014/03/07 22:24
名前: アーク (ID: Je/H7tvl)

 好きな人が笑っていてくれたらいい。
 それこそが本当の愛なのだろう。
 道徳の授業だって、愛とは他者の幸せを祈ることだって言っていた。
——私のあの人への気持ちは、愛になれなかった。

**********

 私のいる国は、3人の賢者と王族によって平和が保たれている国だった。
 王族が神へ祈りを捧げることによって大地に自然が溢れ、人々は心穏やかに暮らせるのだそうだ。
 らしいというのは、私が聞いたのはただの伝説である可能性もあるからだ。実際に王族が祈ることによって自然が満たされているところなんて見たことがない。
 そして、3人の賢者というのはとても強い魔力を持った一族の中でも特に強い魔力を持った者で構成されていて、王族の補佐をしたり、良からぬことを考える輩が万が一現れた時に王族を守るために存在するのだそうだ。
 現在は私の父と魔法薬作りの老女、そして先日賢者の任に就いたばかりのまだ若い青年で構成されている。
 老女のところは、孫が魔法を安定して使用することができるようになったら継承するらしい。老女の子は、賢者になれるほどの強い魔力を持っていなかったそうで、腰が曲がるほどの老齢になるまで続けなくてはならなかったんだそうだ。
 父は、私が成人したら賢者の座を私に譲る気でいるみたいだ。父から直接聞いたわけではないが、親戚中からそのように言われ、期待をかけているという言葉をいただいた。
 期待をかけられているならば、それに応えたいとは思っている。私は元々脳天気なのか、別にその言葉をプレッシャーと捉えてはいない。親戚にとってはプレッシャーを与えたいのかもしれないけれども、そんなものは知らない。
 賢者になったら城勤めになる。今のうちに城を見ておくと勤める時に迷わずに済むだろう。
 普通は城勤めにならないと城には入れないそうだ。でも、私がそのように希望を出すと、現在国を治めている姫君は快く城に入ることを了承してくれた。

「どうして民を入れてはいけないのか分からないわ。それに、貴女はいずれはわたくしのもとに来てくださる存在。追い返す必要なんてどこにあるのです」

 それにわたくし、同年代のお友達が欲しいの。誰に反対されようとわたくしは貴女を迎えますわ、と笑って姫は私を受け入れてくれた。
 穏やかに笑う姫は、彼女に仕える者として見ても敬愛できる存在と思えたし、友人としても優しくて大好きな存在だった。
 ……本当に大好きで、彼女を守りたいと、彼女と共にこの世界を守っていきたいと思ったのだ。

**********

 あの人と出会ったのは、お城の中を回っている時だった。
 就任したばかりのまだ年若い賢者だったあの人は、物腰が柔らかだが、いつ見ても覇気が全くなく、頼りなく見えた。
 こんな人に賢者が務まるのかと思ったぐらいだ。

「貴女は……話に出ていた、青の賢者の娘さんかな?」

 賢者は青と赤、緑に分類されている。正直どういう基準で色が決められたのかは不明だが、とりあえず私の父は青の賢者らしい。

「はい」
「そうか。じゃあいずれは僕と一緒に姫様を守ることになるんだね。よろしくね」
「お世話になります。緑の賢者」
「うーん、何て固い子なんだ……」

 固いも何も、まだ平民でしかない自分と、賢者だ。普通の態度ではないのか。

「賢者って呼ばれるの好きじゃないから、セルジュって呼んでよ」
「はあ……」
「セルジュって呼ばないと、緑豆食べさせるからね!」
「なぜ緑豆なんですか……」
「え、脅しにならない!?青の賢者は緑豆嫌いだから君も嫌いだと思ったんだけど……」
「私は何でも食べられますが……」

 固定観念の激しい青年だ。まだ年若いうちからこれで、本当に大丈夫なのか。

「と、とりあえずセルジュって呼ばないと怒るからね!」
「分かりました、セルジュさん」
「さんつけたら駄目!ついでに丁寧語禁止!」
「かしこまりました」
「ああ!とりあえず敬語全般的に禁止!あと君の名前は!?」

 実に馴れ馴れしいと思った。私の周りには少なくとも初対面でこんな馴れ馴れしい輩はいなかったので新鮮極まりなかった。
 嫌じゃなかったけれど。

「……アーシャ」
「アーシャかー。可愛らしい名前だね。よろしくね、アーシャ!」
「可愛いかどうかは分からないですが、よろしくお願いします」
「ああ!また丁寧語!」

 頼りなさげな雰囲気に、妙な性格、というのが第一印象だった。
 少なくとも私の好みではなかった。
 ファザコンと言われるかもしれないが、私の好みは父親だった。父親のようにしっかりした、包み込んでくれる人がいいなと思っていたのだ。
 それなのに、本当に不思議だ。

**********

 セルジュと会う機会というのはそれほど多くなかった。
 セルジュは一応、いざという時に立派に任を果たせるように、懸命に勉強していたからだ。
 そして私がセルジュと会う時、セルジュは大方疲れた様子で歩いていた。
 それでも、先輩賢者の意地なのか、私の存在に気付くと元気そうな振りをしていたけれども。

「やあアーシャ。今日は姫様と遊ばないの?」
「姫は、今日は大切な会議があるそうだから」

 何日もすると、私はセルジュには砕けた口調で話すようになっていた。
 敬語を使うと、セルジュがうるさいからだ。セルジュはまあ飽きもせずに私に訂正を求めてきて、私の方が心折れてしまった。

「ふーん。じゃあ、僕と遊ばない?」
「今にも倒れそうな様子で遊びに誘うって……。死にたいの?」
「僕のどこが疲れてるっていうんだよ。ほらほら、行こう。実はね、アーシャが好きそうな場所を発見したんだよ」

 私の好きそうな場所とどうして分かるのか。
 私はセルジュには、自分の好きなもの、嫌いなものについて何も話していない。逆に私もセルジュのことを何も知らない。
 お互いに自分のいいと感じたものをいいと思うかすら分かっていないはずなのに。

「……まあ暇だから行くよ」

 私が承諾すると、セルジュは嬉しそうに笑う。何がそんなに嬉しそうなのか分からないが、まあ喜んでくれているなら何よりだ。
 セルジュが連れてきた場所は、この自然豊かな国の中でも、一層自然を堪能できる場所だった。
 色とりどりの花が咲き乱れ、果実の実った木々が立ち並んでいる。動物達は人間に警戒心を抱いていないのか、私達が近付いても逃げようとはしない。ただ、客人のために場所を空けてくれる気はあるようで、ゆるやかに移動していた。

「うわあ……」

 確かに、好きな場所だった。私は自然の美しさが好きだ。
 でもどうして、自然が大好きだと分かったのだろう。不思議だ。

「セルジュはどうして私が、自然が大好きって分かったの?」
「んー、何となく?」

 何となくで分かるほど滲み出ていたとも思えないのだけれども。
 何だか、言葉を濁された気がする。

「……まあいっか」
「どうかな?気に入ってくれたかな?」
「んー。まあまあ、かな」

 何となく完全に肯定するのが癪だったので曖昧な言葉を返す。
 そんな私を見て、セルジュはとても優しい笑みを浮かべる。
 普段浮かべることがない笑みに、思わず見惚れてしまった。
 不覚にも、綺麗だと思ってしまった。
 男の人に綺麗というのも変な話かもしれないけれども。
 思えば、彼を好きになったのは、彼のことを欲しくなったのは、この時だったのかもしれない。

**********

 突然、父が亡くなった。病気だったんだそうだ。
 本当に突然の出来事だった。
 父子家庭だった私には、父が唯一の家族だったのに。
 悲しいというより、私はどうすればいいのかという気持ちしかなかった。
 私がすべきことは分かっている。父の跡を継いで青の賢者になるのだ。
 住居だって城の中の一室を与えられる。衣食住に困ることはない。
 でも、家族がいなくなってどう行きてゆけばいいのか。

「アーシャ……」
「……セルジュ。私は、これからどう生きていけばいいの」

 1人ぼっちになったのに、生きていかなくちゃいけないの?
 セルジュに言っても仕方がないのに、セルジュを見てしまう。
 セルジュはどう反応していいか分からない顔をしていた。
 ごめんね、と答えようとしたら、何となくぎこちない手つきで頭を撫でられた。

「大丈夫。大丈夫だよ」

 アーシャは1人じゃないよ。
 その言葉を、勘違いしなければ私は元の私のままでいられたのに。
 どうして私は、セルジュにすがってしまったのだろう。
 どうしてセルジュは、私の心の拠り所になってくれると思ってしまったのだろう。

**********

 青の賢者になってからも、私のやることは特に変わらなかった。
 大体お城の中を徘徊したり、姫の元に赴いておしゃべりをするという生活だ。
 これで生活を保証してくれるのだから、賢者というのは何と楽な仕事なのだろう。
 その代わり、いざとなったら体を張らなくてはならないのだが。
 ここ数百年、この世界は平和が続いている。賢者が本領を発揮することもなく何百年も経っている。事実無職で何不自由ない生活ができているということになるので、民の怒りを買わないのが不思議なぐらいだ。
 今日も私は、姫と話をするために姫の元に赴こうとしていた。
 いつも姫は、私と話をする時間になると紅茶やらクッキーを用意して待っていてくれている。おかげで姫の元に行くようになってからやけに脂肪分が増えた気がする。

「失礼します。……?」

 中から話し声がしたのが不思議だった。
 大体姫は私が来る時間になったら1人で待っていてくれているのに。
 大切な話だと悪いので、扉を少し開け、隙間からそっと覗く。

「……!!」

 姫といたのは、セルジュだった。
 セルジュは姫に手を握られて赤い顔をしていた。
 ……ああ、セルジュは姫が好きなのか。

「……嫌だ」

 また私から奪うの?
 また私は、1人になるの?

「……あら?アーシャ、いらっしゃっていたのでしたら早く入ってくだされば良かったのに」

 扉の前で立ち尽くしていると、姫が扉を開けて声をかけてきた。
 姫の隣にいるセルジュは、私を見て曖昧な笑みを浮かべている。
 ……私に幸せな一時の逢瀬を見られたからか。

「ああ、お邪魔したら悪いですからね……」
「?お邪魔って何のことかしら。ずっと貴女を待っていたのに。ではセルジュ、頑張ってくださいね」
「ひ、姫様……」

 セルジュがにこやかに手を振る姫を見て、顔を赤くしている。
 心が、闇で満たされる。

「さ、入りましょうか。アーシャ」
「……はい」

 部屋に入り、鍵を閉める。
 私の考えていることなんて分からない姫は、私に呑気な顔を向けた。

「今日はわたくしの大好きなお菓子が手に入りましたのよ。貴女もきっと気に入ってくださるはずよ」
「……姫、申し上げたいことがございます」
「あら?どうしたの。かしこまって……ごぶっ!?」

 腹を押さえ、口から血を吐いた姫が倒れる。
 姫の腹に魔力の塊をぶつけたのだ。腹から背中にかけて大きな穴を空けた姫は立っている気力すらなくなった。
 神に愛されし王族といえども、しばらく再生はできないレベルだ。
 ……再生などさせるつもりはないので、このまま放っておくわけがないのだけれども。

「……ど……して……」
「申し訳ありません姫。私は……私の居場所を奪われたくないのです」

 今度は姫の口に向けて魔力の塊を放つ。
 姫の顔は内部から破裂し、もはや誰なのかが判別できないレベルのものになった。
 肉や血の他に脳みそらしいものも飛び散る。私の顔に姫の体の断片が付着した。
 吐き気がするぐらいに無惨な光景だ。常人ならばこの光景に耐えられないだろう。
 私は、そんなことよりも、セルジュが愛したこの綺麗な顔を潰してやりたかったのだ。
 姫のことも本当に大好きだったはずなのに。
 今の私にとっては、ただの邪魔なものでしかなかった。

「……さて、どうしようかな」

**********

 姫を失った世界は、荒廃を始めた。
 姫が神に祈り自然を呼び寄せているという伝説は本当だったようで、姫を失った世界は破滅の一途を辿っていた。

「……アーシャ」

 どこから、私の居場所が分かったというのだろう。
 そして私を探しているということは、姫を殺したのが私だと分かったのか。
 ぼーっとしていてもさすがは賢者と言うべきか。

「どうして君は姫様を……。君は、姫様と仲が良かったんじゃなかったのか!?平和な世界を愛していたんじゃないのか!?」
「……そうだね。私だって、自分がおかしいと思ってるよ」
「どうして……」

 泣きそうな顔をしているセルジュを見て、胸が痛む。
 本当は、胸が痛むだけのはずだ。
 でも、なぜか嬉しいという気持ちも存在した。
 セルジュの大切な人はもういなくて、セルジュは私のことを気にかけてくれているからか。
 もっと、もっと見ていて欲しい。
 ずっと私を。
 どんな感情であっても。

「虫唾が走るんだよ。セルジュを見ていると。その平和ボケした顔を見ていると」
「え……」
「だからね。セルジュの大切なもの全て奪ってあげたら、どんな顔するのかなって。まだまだ足りないみたいだけどね」

 セルジュの髪を掴む。柔らかな彼の髪の毛は、私の手にすっぽりと収まった。
 髪を掴んだまま、顔を近付ける。初めて間近で見た 彼の顔は、やっぱり綺麗だった。

「私を殺さないと、セルジュの大事なもの、全部なくなっちゃうよ?」

 にっこり笑うとセルジュが戸惑ったような、絶望したような顔で睨んでくる。
 私が好きになった、あの笑顔の面影などどこにもなくて、また少し胸が痛んだ。
 それでも、私を見据えるその目が、愛おしいと思えてしまった。


 私の歪みは、いつ直るのだろう。

~END~