ダーク・ファンタジー小説

2nd story ( No.2 )
日時: 2014/03/09 09:52
名前: アーク (ID: Je/H7tvl)

 最初に彼女を放っておけない存在だと思ったのはいつだったのだろう。
 彼女の父親が死んだ時か。それとも日々の生活の中でか。自己紹介の時か。
——もしくは、彼女を一目見た瞬間からか。
 僕の彼女に対する感情は、今でも良く分かっていない。
 幸せになって欲しいのか、それとも僕を必要としてくれているのならば何でもいいのかすら。

**********

 緑の賢者になったばかりの僕の日課は、城を回ったり、たまに姫様と話をしたり、あとは緑の賢者として精進するために勉強をすることだった。
 あとは、ちょくちょく青の賢者と話をするぐらいか。
 赤の賢者はなかなか自分の部屋から出ないので、話をする機会がないのだ。
 青の賢者は主に、自分の娘について話してきた。主にというか、話のほとんどは娘の話題だと言ってもいいだろう。

「ウチには娘がいてだな」
「青の賢者。娘さんがいらっしゃることはもう耳にタコができるほど聞きましたよ。今日は娘さんがどうなさったのですか?」
「おう、もうそんなに話していたか。いや、実は娘が城の中を見て回りたいとかで城に来てだな……」
「それは……難しいんじゃないですかね?」

 城の中を回ることができるのは、基本城の者だけだ。それは姫様に近付く良からぬ者であってはならないということで決まっていることらしい。
 自分達に豊かな生活を約束してくれる姫様に危害を加える存在などいないと思われるが。

「それがだな……。姫様が許してしまったから娘はもう城を回ってるんだよな……。はあ、せっかく娘には立派な仕事をしていると教えてきたのに、何もしていないってところがバレちまう……」

 基本賢者というのは自由だ。平穏でない世の中が来たら活躍しなくてはならなくなるのだが、そんなものは僕の前の賢者の時も、その前の賢者の時も、その前の前の賢者の時もなかった。
 姫様が神に祈って存続しているこの平和な世界と、その平和な世界を壊すなど愚かな考えだと思う人々で構成されているこの世界は、ほぼ永遠の平和が約束されているも同然だ。
 そして賢者が永遠に働かないことも意味している。
 賢者の仕事には姫様の補佐というのも入っているのだが、姫様が祈りを捧げる時にできることなんて何もない。むしろ1度誰かが何かをして手伝おうとした時、邪魔だと言われたらしい。
 それにしても、姫様を守るために城に迂闊に人を入れないという規則ができたのに、その姫様が中に入れたがるとは。

「……まあ、あの姫様らしいけどね」

 それにしても、青の賢者の娘さんというのはどんな子なのだろう?
 青の賢者というのは子煩悩で何となくしっかりしてそうだけど抜けているところも多くて、熊のような見た目をしている。そしてなかなかに人懐っこい。
 その青の賢者が、俺に似てすごく可愛いんだぞ!と言っているぐらいなのだから、熊のような見た目で人懐っこい女の子なのだろうか。

「青の賢者。娘さんは今どこにいらっしゃるのか分かりますか?」
「分かってたら、見つからないように隠れてるって……」
「うーん、分かりませんか……」

 まあ当然といえば当然なのだが。
 それならば自分で探すしかない。というわけで自分が最初に城に来た時に回ったルートを回ってみることにする。
 娘らしき見慣れない女の子を見つけた場所は、城の真ん中にある大きな庭だった。
 色とりどりの花が咲いた花壇を、何となく顔をほころばせて見ていた。
 全然似ていない、というのが第一印象だった。
 熊のようなごつい女の子どころか、華奢で消えてしまいそうな印象を持った。まだ女性になりきれていないというあどけなさの残る顔つきが可愛らしい。

「貴女は……話に出ていた、青の賢者の娘さんかな?」

 声をかけると、訝しげな目をこちらに向けてきた。
 誰だよお前、といった様子だ。
 綺麗な顔をしているのに、突然声をかけられることに慣れていないとは珍しい。

「はい」
「そうか。じゃあいずれは僕と一緒に姫様を守ることになるんだね。よろしくね」
「お世話になります。緑の賢者」

 あれ、分かってたのか。
 それにしても本当にナンパに慣れていない感じの子だ。にこりともしない。
 笑ったら、どんな顔をするんだろう?

「うーん、何て固い子なんだ……」

 もっと歳相応の態度をとってほしいというわけで言ったのだが、更に機嫌の悪そうな顔をされた。
 何を言っているんだお前、という様子だ。
 それにしても分かりやすい子だ。いつも笑顔を崩さない姫様よりも、断然感情が伝わってくる。
 ……楽しい。

「賢者って呼ばれるの好きじゃないから、セルジュって呼んでよ」
「はあ……」
「セルジュって呼ばないと、緑豆食べさせるからね!」
「なぜ緑豆なんですか……」
「え、脅しにならない!?青の賢者は緑豆嫌いだから君も嫌いだと思ったんだけど……」
「私は何でも食べられますが……」

 青の賢者は、一体娘のどこを見て自分に似ていると言ったのだろう。

「と、とりあえずセルジュって呼ばないと怒るからね!」
「分かりました、セルジュさん」
「さんつけたら駄目!ついでに丁寧語禁止!」
「かしこまりました」

 丁寧語が駄目なら謙譲語とは……。
 誰だ!最近の子はゆとりで、敬語が使えないとか戯言を言ったやつは!

「ああ!とりあえず敬語全般的に禁止!あと君の名前は!?」
「……アーシャ」

 思ったよりあっさり名前を言ってくれたのが嬉しかった。
 何で名前を言わなくてはならないのか、という反応も実は来るかと思っていた。

「アーシャかー。可愛らしい名前だね。よろしくね、アーシャ!」
「可愛いかどうかは分からないですが、よろしくお願いします」
「ああ!また丁寧語!」

 この後アーシャと会う度、毎度毎度敬語を指摘していたら、そのうち諦めたのかアーシャは普通に名前で呼んでくれて、普通の口調で話すようになってくれた。
 ちょくちょく笑ってくれるようになったのも、すごく嬉しかった。
 何となく距離が縮まったのが、嬉しくて仕方がなかった。
 どうしてか分からないけれども、アーシャに近付けるのが、たまらなく楽しかった。
 自分の粘り強さを誇らしく思った瞬間だった。

**********

 青の賢者が、死んだ。
 以前から、娘をよろしくと言われていたのはこういうわけなのか。
 自分の死期を悟っていたわけなのか。
 でも、よろしくと言われたって、僕がアーシャに何をしてやれるのだろう。
 彼女の家族の代わりになど、なれっこないだろうに。

「アーシャ……」
「……セルジュ。私は、これからどう生きていけばいいの」

 すがるような目を向けられ、僕は彼女を抱きしめたい衝動に駆られた。
 弱った彼女の支えになりたかった。
 その感情の意味は、考えないようにしていた。
 笑って欲しいとか、そんな綺麗なものだけじゃない気がした。

「1人ぼっちになったのに、生きていかなくちゃいけないの?」

 しかし、そんな弱った彼女に僕の感情をぶつけていいのだろうか?
 友達と思われていたら、迷惑なだけだ。
 むしろ、友達が1人減って更に悲しませることになるだけだろう。
 結局僕がしたことは、アーシャの頭を撫でたことだけだった。

「大丈夫。大丈夫だよ」

 アーシャは、1人じゃないよ。
 僕がいるから、というのは押し付けがましいだろう。
 それに、アーシャは姫様との方が仲がいい気がする。
 姫様がいてくれるから、といった意味で受け取ってもらった方が元気が出るのではないか。

**********

 姫様の元を訪れたのは、アーシャのことを頼むためだった。
 姫様はアーシャが来てから全く訪れなくなった僕を見て、物珍しそうな顔をしていた。

「わたくしが呼んでいない時に貴方がいらっしゃるなど珍しいわね」
「いえまあ……。姫様も僕の相手は面倒でしょう?」
「逆でしょう?貴方がわたくしの相手をそこまでしたくないと考えていたと思うのですが」
「そのようなことは……」

 図星だった。実際、僕は姫様の相手はそこまで好きではなかった。
 基本感情の読みにくい相手と会話をするのは苦手なのだ。嫌われているのではないかという考えも少しあるから。

「まあその貴方が来てくださったということは何かあるのでしょうね。で、何かしら?」
「……青の賢者を亡くしてから、アーシャが元気ないということはご存知でしょうか?」
「当たり前のことね。それで、どうしてアーシャの話を?」
「アーシャは姫様と仲がよろしいみたいなので、どうか姫様にアーシャを元気づけていただきたいと思いまして……」
「……ふうん。貴方、アーシャに恋慕してますの?」
「ふぁっ!?」

 情けない声が出てしまった。
 まさかそんな指摘をされるとは。
 予期しなかったことを言われ、一気に顔が赤くなる。耳まで熱い。酒を飲んだ時みたいだ。

「な、ななななななぜですか……?」
「貴方分かりやすいわね……。告白はしませんの?」
「……告白なんて」

 一気に嫌われるかもしれないのに。
 アーシャに一生近付けなくなるぐらいなら、今の関係を続けていたい。
 下を向いていると、姫様に手を握られた。

「貴方は、アーシャが告白をしたぐらいで嫌いになるような子だと思っていますの?」
「いえ、そんなことは……。ですが気まずくなる可能性は……」
「そのうち我慢できなくなって、無理やり唇を奪う、とかいう事態になる方がよっぽど気まずくなる気がしますけど?」
「く、くちびる……」

 何て破廉恥なことを言う人なのだろう。世間には清純派で通っているのに。
 勇気が出ないだのグダグダ言っていたら、そのうち睡眠薬を飲ませてその隙に既成事実を作ってしまえとか言いそうだ。

「——……——」

 扉の外から声が聞こえた。
 姫様がぱっと手を離し、懐から取り出した手巾で手を拭きながら扉に向かって行く。
 ……汚いと思うなら触らないでくれよ……。

「……あら?アーシャ、いらっしゃっていたのでしたら早く入ってくだされば良かったのに」

 扉の外にいるのは、アーシャだったのか。
 ……もしかして、姫様に手を握られているところを見られた?
 勘違いされたら、どうしよう。
 それで、もしおめでたいことなどと思われたら、ちょっと立ち直れそうにない。
 全然おめでたくなどない。

「ああ、お邪魔したら悪いですからね……」

 アーシャの態度は、どことなく機嫌が悪そうなものに見えた。
 ……僕が姫様に手を握られていて、機嫌が悪いの?
 それは……嫉妬なのかな?僕のことを少なからず好いてくれているって、期待してもいいのかな?

「?お邪魔って何のことかしら。ずっと貴女を待っていたのに。ではセルジュ、頑張ってくださいね」
「ひ、姫様……」

 何だか、脈はありそうだから頑張りなさい、と言われているように感じた。
 ……感謝はしますけど、うるさいです。姫様。

**********

 平和な生活が崩れたのは、それから間もなくだった。
 姫様が、殺されたのだ。
 姫様がいなくなったことによって、神に豊穣の祈りを捧げる者がいなくなり、一気に大地は枯れ始めた。
 僕は、賢者の任を果たさなくてはならなくなった。
 祈りを捧げる王族が不在時の賢者の役目は、代わりになれそうな者を探し当て、王族にすること。
 そして、今回の場合は姫様を殺害した者を消すことだ。
——すなわち、アーシャを殺すこと。
 姫様の代わりの者は、赤の賢者が探し出すことになった。
 本来は役割は反対だった。探索能力は赤の賢者の方が優れているので、アーシャが移動しても探しやすいから。
 そこを頼み込んで、僕がアーシャを探す役割に就いた。

「……アーシャ」

 アーシャは緩慢な動きで僕の方を見る。
 何となく、疲れたような顔をしていた。
 そして、最初に出会った時よりも、ずっと無表情になっていた。

「どうして君は姫様を……。君は、姫様と仲が良かったんじゃなかったのか!?平和な世界を愛していたんじゃないのか!?」

 アーシャが姫様を殺した理由。これが全然分からない。
 見ている限り、アーシャは姫様と話をした後はすごく楽しそうな顔をしていた。僕と違って本心から姫様と話をすることを楽しんでいたように思える。

「……そうだね。私だって、自分がおかしいと思ってるよ」
「どうして……」

 アーシャは僕の顔を見て、良く分からない顔をしていた。
 泣きそうに唇を噛み締めているのに、なぜか嬉しそうなのだ。
 これは、どういう意図なのだろう。

「虫唾が走るんだよ。セルジュを見ていると。その平和ボケした顔を見ていると」
「え……」

 アーシャが暗い笑みを浮かべた。
 目元が笑っていないが、口元だけ弧の形を描いている。
 アーシャらしからぬ、無理やり作ったような笑いだ。
 吐き出された言葉よりも、彼女の表情の方がずっと気になっていた。

「だからね。セルジュの大切なもの全て奪ってあげたら、どんな顔するのかなって。まだまだ足りないみたいだけどね」

 アーシャが小さな細い手で髪を掴んでくる。
 力いっぱい掴んできたようで少し痛かったが、そもそもの力がそれほど強くないので顔を歪めるほどには至らない。
 髪を掴んだまま、顔を近付けてくる。少しこちらが顔を動かせば、鼻が当たりそうな距離だ。

「私を殺さないと、セルジュの大事なもの、全部なくなっちゃうよ?」

 にっこり笑う彼女の顔は、嬉しそうだけど、すごく悲しそうだった。
 僕が大好きだった、あの平和好きの柔らかい雰囲気の彼女はもういないのだろう。だって、あの子はこんな言葉は絶対に吐かなかった。
 こんなことになってしまったことを呪うべきなのだろう。でも、完全に彼女を敵とみなすことができなかった。
 それどころか、完全にこの状況を憎むことすらできていない。
 僕に興味を向けてくれていることを、嬉しく思っているのか。
 僕にどこか執着のようなものを抱いてくれている彼女を、愛おしいと思っているのか。

「じゃあ、アーシャは死なないといけないね」
「そうだよ。さあ、殺しなよ。セルジュ」
「意味分かってないんだ」

 アーシャの腕と頭を掴み、そのまま口付ける。
 目を見開いた彼女の顔は、彼女が別の人間になっていたわけではないことを語っていた。

「まあ、死なせないけどね」

~END~