ダーク・ファンタジー小説

3rd story ( No.4 )
日時: 2014/03/09 09:50
名前: アーク (ID: Je/H7tvl)

「ただいま戻りました」

 僕が入ると、城の者も街の者も群がって来る。
 皆、姫を殺したアーシャが死に、姫の代わりが見つかれば世界は元通りになると信じているからか。
——実際は、姫が死んで王族が終わった時点で、世界はほぼ終わったようなものだというのに。
 王族の力と同じような力を受け継いだ者などそう見つかるとは思えない。それに万が一見つけられたとしたら、アーシャの生死に関わらず世界は蘇らせることができる。
 ……それなのにアーシャの死を望むとは、愚かだ。
 まあ、世界を守る存在を殺したアーシャを処刑しようと考えることは至って自然なことなのだが。
 罪を犯した者は、罰されなければならない。
 そしてアーシャが罪人ということは、僕は分かっている。
 僕にとっては、その罪すらも愛おしいが。
 人を殺したその行為を愛おしいと思うのはおかしいことなのだろう。それで僕のことを想ってくれていたと喜ぶなんて、恋愛でラリっているどころか狂っていると言ってもいいだろう。
 それでも、そうなのだから仕方がない。

「こちらが、罪人の臓物になります」

 白雪姫という童話では、姫を殺すように言われた狩人が、姫を哀れに思って姫の臓物の代わりに獣の臓物を王妃に渡したのだという。
 僕が持ってきた臓物も、アーシャのものではない臓物だ。
 ……僕が持ってきたものは、獣ではなく人間の臓物だが。
 人間の臓物ならば、詳しく調べられたってアーシャのものじゃないだなんて分からない。
 赤の賢者を除いて。
 赤の賢者は戸惑った様子で僕の方を見ている。
 それはそうだろう。アーシャの気配はまだ彼女には感じられているのに、僕がアーシャを殺したと臓物を持ってきたのだから。
 ああ、彼女がいると面倒だ。

「赤の賢者。少しよろしいでしょうか?」

**********

 セルジュの意図が分からない。
 とても嬉しそうな顔で私に口付けたかと思うと、私を縛ってどこかに行ってしまった。
 私の不意をついて、動けなくするための作戦なのか。
 それに、私を死なせないとはどういう意味なのか。

「…………」

 導くことができた結論は、私にとっては喜ばしい事実だ。
 だが本当にそれは正しいのだろうか。
 いくら何でも都合が良すぎないか。
 それにそうだった場合、私のやったことは全くの無駄なことだったのではないか。
 姫が死んだことも無駄なことで、世界がこのまま崩壊していかなければならないのも何の意味もなかったのではないか。
 ……いや、セルジュはただ単に私を自分の大切なものから遠ざけたかっただけだろう。
 それなら、殺さなかった理由は思いつかないけれども。

「ただいま、アーシャ」

 気付けば、目の前にセルジュが立っていた。
 顔や法衣に赤黒い汚れをつけてとても嬉しそうに笑っている。
 まるで、宿題が終わった子供のような顔で。
 セルジュが私に近付く。鉄の臭いが鼻についた。

「……セルジュ。それは……」
「ああ。これか。ごめん、臭いよね」
「いや、それよりも……」
「すぐに洗ってくるからね」

 まるで聞くな、と言われている感じがした。
 あの赤黒い汚れは、臭いから察するに恐らく十中八九血だろう。
 ……セルジュ。人を、殺したの?
 どうして?
 何のために?
 そしてどうして私のもとに帰ってきたの?
 私のことが好きなの?

**********

「お待たせ」

 邪魔者は消えたのだ。
 これでようやくアーシャとのんびり暮らせるようになるのだ。
 アーシャはきっと、僕のことを好きでいてくれているのだと思っていた。だから僕と過ごせるというのはきっと喜んでくれると思っていた。
 ……それなのに、そんな戸惑ったような顔をしないでよ、アーシャ。
 ただの自惚れなんじゃないか、と不安になってしまうじゃないか。
 本当に僕のことを虫唾が走るほど嫌いなんじゃないかと思ってしまうじゃないか。

「これからここに色々ものを置いていこうね。アーシャならふわふわした部屋とか似合いそうだし」
「……セルジュ。セルジュに聞きたいことがあるの」
「ん?どうしたの?」
「セルジュは……私のことが好きなの?」

 何を今更聞くのか。
 ……ああ、そういえばきちんと伝えていなかった。
 勝手に伝えた気でいた。これは失態だ。

「大好きだよ。世界で1番愛してる。ずっと守るからね」

 心からの想いを伝える。
 すると、アーシャは僕の期待を裏切って、絶望したような表情を浮かべた。
 ……どうして?

「そう……。私も、大好きだよ」

 無理やり作ったような笑顔で、甘い言葉をくれる。
 何なのだ?何なのだこれは?
 僕の勘違いなのか?ただアーシャは僕に苛ついていただけなのか?
 僕を怖いと思うから、このように愛の言葉を口にするのか?

「違うよね?」
「……え?」
「アーシャは僕のことを好きなんだよね?」
「う、うん。大好きだよ。さっきも大好きだって……」
「僕といて幸せだよね?」
「う、うん」

 なら、どうしてそんな怯えた顔をするの。

**********

「セルジュは……私のことが好きなの?」

 勇気を出して尋ねてみる。
 するとセルジュは、今までで1番甘い笑みを浮かべて答えてくれた。

「大好きだよ。世界で1番愛してる。ずっと守るからね」

 ずっと欲しかった言葉だ。
 私はセルジュが好きだったのだから。セルジュが欲しくて、セルジュを奪おうとすると思った姫を殺したぐらいなのだから。
 それなのに、どうしてか。溢れてくるのは絶望ばかりだ。
 私のしたことは、全て意味のないことだったからか。
 セルジュは奪われることなんてなかったのに、勝手に思い込んで友達を殺して、残ったのはこんな蘇ることのない世界だけだからか。
 セルジュが呆然としたような顔をしていたので、私は慌てて言葉を紡ぐ。

「そう……。私も、大好きだよ」

 きっと平和な世界ならば、もっと心から素直に喜べたのだろう。
 大好きな人からの、何よりも欲しい言葉だ。

「違うよね?」
「……え?」
「アーシャは僕のことを好きなんだよね?」
「う、うん。大好きだよ。さっきも大好きだって……」

 違うってどういうことなのか。
 嫌いだなんて言っていない。

「僕といて幸せだよね?」
「う、うん」

 虚ろな目で私を見てくるセルジュが、何だか別人に見えてしまう。
 私の声、届いていないのだろうか。

「笑ってよ。アーシャ。お願いだから。ねえ、笑って。笑ってよ。ねえ」
「え、え……」
「僕とずっと平和に暮らせるんだよ?嬉しいよね?ねえ、笑って。ねえ」
「セルジュ、あの……」
「もしかして僕と、一緒にいたくないの?」

 光のないセルジュの目が私を見る。
 そんなはずはない。私はセルジュといたくて姫を殺したのに。
 だから否定しようとしたのに、セルジュの空洞の目を見てると何も答えられなくなる。

「僕のことが、嫌いなの?」
「そ、んなこと……」
「ち が う よ ね?」

 これは、誰だ。

**********

「アーシャ」
「これからずっと一緒だよ。嬉しいよね?」
「あれ、おかしいな」
「何もしゃべらなくなっちゃった」

~END~