ダーク・ファンタジー小説
- Re: 理想郷の通行証 ( No.12 )
- 日時: 2014/07/03 16:54
- 名前: 御砂垣 赤 (ID: 8hur85re)
幻国ノスタルジアの伝説は幅広い。
姫に恋した騎士の英雄が、実らない身分違いの恋を嘆いて狼になった話。糸紡ぎの職人の冤罪を晴らすため、処刑にかけられる覚悟で魔法使いの親友が嫌疑を晴らす話。朝日をみたい昼の神と夕日が見たい夜の神が、犬猿の仲を改めて手を繋ぐ話。怠け者の神と快楽主義の絵師が、賭け事に託けて世界に色をつけていく創世の話。
それらが、ここに記し切れないモノたちまでもが、全て幻国ノスタルジアのなかで起こったと言う伝説であった。
無論幻国ノスタルジアは今現在存在しないし、過去に存在したという記録もない。伝説に語り継がれるような地形、場所は世界中で見られるし、此処こそが伝説の舞台であると声高に宣言する場所はそこかしこにあるのだ。
そんなノスタルジアに終止符を打ったのが、「禍の子の一夜」と言う鏡話である。
ノスタルジア終末の一年間は、先の魔女狩りの終了宣言で始まる。
生き残った国民は全盛期の約二割。そしてその殆どが、今まで贅沢の限りを尽くしてきた貴族階級の者達だった。
貴族階級の者達のその他の民への扱いは、残酷の言葉の限りではない。逃れた者達は、墓場の多く建てられた辺境にまで遠く避難した。
ノスタルジア終末の一年の一月目、河月。圧政と横暴がまかり通ったその月、国の片隅で死者が生者を襲うという不穏な噂が流れる。
暗雲が目立ち始めたノスタルジアでは、そこかしこで建てられた墓が荒らされる事件が続いた。
訝しがられたのも束の間。墓が新しいものから死者が起き上がり、近隣の生者を見境なく襲っていく。襲われた生者の傷には黒い膿が生まれ、それは全身を蝕んでやがて命を奪っていった。
魔女が怒り狂っているのだ。
実しやかに囁かれるその噂を、鵜呑みにする者もいなければ無視する者もいなかった。
ノスタルジア終末の一年の二月目、雨月。国民が死者の動く夜を警戒し、光を求めるようになる。狙って襲われるのは貴族階級の者達だった。
恐怖に飲み込まれるノスタルジアの片隅に流れ着いた流浪の民。海の向こうの島のひとつからやってきたと名乗る彼らは対抗策にと、白い兎を抱える赤髪赤目の少年を辺境の集落に託した。
少年は兎を連れて真夜中に墓場を徘徊するようになる。少年は墓に祈りを捧げていた。
ノスタルジア終末の一年の三月目、霧月。少年の噂は国中に広がる。しかしてその効果は暫し現れなかった。貴族階級の生き残りが少年を懸念し始める。
少年の連れた兎が、少年を守って一生を終えた。悲しみに打たれた少年は、それでもなお人々を救う。
少年の滞在する村では人が襲われなくなった。
少年の祈りは死者を鎮め、少年の涙は膿を清める。国の者は彼を奇跡と崇め、生にしがみつく貴族階級の生き残りが少年を欲した。
「そんな田舎など捨てて国の柱たる我々を守れ」
「墓のない王都より墓の乱立する此処がずっと危険だ。にも関わらずここには圧政に追われてきた人々が沢山いる。この地を離れる訳にはいかない」
「戯言を。我々の命以上に大切なものなどありはしない」
「高慢が過ぎる。助かりたくば足を運べ」
少年は辺境にとどまり、王族は少年の言葉を素直に受け入れて辺境へ移住する。貴族階級の生き残りは王都に留まり、意地を張った。王都の者は恐怖に晒されることになる。
そして更に半月が過ぎた頃に、少年が脅威が過ぎ去った事を告げる。
国中が沸き立ち少年に感謝する中で、更に数の減った貴族階級の生き残りは少年を貶めることを画作する。
すべてを引き起こしたのは少年である。
流浪の民が蒔いた種である。
自作自演に過ぎない。
その証拠に少年は使者を鎮める方法を知り、病を治す方法を知っていた。
兎は古くから悪魔の使いである。
考えても見ろ。“彼が来なければそもそも人々は死なずに済んだのではないか”。
民の感覚は狂っていた。手を貸したのは、魔女狩りの復讐を企む一人の魔女である。
赤い髪は禍の子だ。
赤い目は禍の子だ。
禍の子は国を滅ぼしにやってくるのだ。
民は再び湧き上がる。
王は少年を捉え、遂にその首をはねた。
ノスタルジア終末の一年の終わりの月、雪月。最後の日。
「おれがなにをした」
血の涙を流す少年は、怒りのままにノスタルジアを均す。
貴方達を、脅威にさらさなければならない理由などどこにもなかったのに。
怒り狂う少年は一晩のうちにノスタルジアを更地に戻す。
禍の子を鎮める方法は、白い兎を称えて雨を降らせることだよ。
そんな昔話。
「──落ち着いたか」
「──はい。すみませんでした」
「──いい」
素っ気のない受け答え。
マグを手渡したギルは、間の空いてしまう問答の末にどっかりと腰をおろした。ライブラリは制裁済み。その頭に、フードは乗っていない。
柄にも無く少々焦ったとギルは思う。
昔から、何度かあった事だ。それこそ、ライブラリと出会った頃は属していた集落から離されていたこともある。その数週間後に二人で師と仰ぐ者に拾われ、暫くは俗世と接することもなかった。フードで外観を隠すことを覚えたのはちょうどその頃だ。
師の元を離れてからも、周囲には警戒して今までを過ごしてきたのだ。なのに。
不覚。
油断した。
慣れていたのに、
前にこうなったのは何ヶ月前だろうか。
間が空きすぎて忘れていた。
不意打ち、だったのだ。
「…………………………すみません」
再度ラキが呟く。
渡されたマグに口も付けず、ずっと睨み付けていたのに今更気付いて少々目を開いた。
「気にしてねぇよ。お前が初めてって訳でもねぇ。それに俺は……」
それに、と次に続く言葉を紡いでしまってから、ギルはしまったと思った。
不自然に途切れた文を訝しんでラキが顔を上げる。
いらん口を開いたか、と後悔はしていた。
「……餓鬼の言葉に易々と揺すられる程若かぁねぇよ」
「ガ、ガキっ?! って、ギルいくつなんですか!」
「さあな。教えてはやらん。お前が俺を抜かしたら教えてやらんでもない」
「不可能です!」
意地悪しないでください! と餓鬼が喚く。マグを置いて机に乗り出さん勢いのラキを視界の端に、喧しい奴だと片眼を閉じた。
じゃあ二十。
「じゃあ?! 今じゃあって言いました?!」
「ざかしい。いくつなら納得するんだ」
「真偽が怪しい限り納得するわけないじゃないですか!」
喧しい。五月蝿い。姦しい。煩い。
だが、少なくとも調子は戻った様に見えていた。
「君達、暫く一緒にいたら?」
「はあ? ボケたか?」
「別に惚けてはいないんだけどね。でも妥当だとは思わないかい?」
「……初心者の五文字と経験者の二文字か?」
「そう」
「え、でも……」
「大丈夫大丈夫。同行者の一人や二人増えたところで、こいつの懐には全く響かないからね」
「お前の財布も開けろよ」
「うそぅっ?! ……まあその話は置いといてさ。ギルの実力はラキちゃんも知ってるところだろ? ギルも手が増えるわけだし、困る事はないんじゃない?」
「それは…………そうですけど」
「俺は嫌だがな」
「そう言わず。試しにちょっと試験期間ということでさ」
「お前、面倒臭くなってきたんだろ?」
「…………そんなことはないのさ」
「どーだか」
the ignorance is a crime=無知は罪なり