ダーク・ファンタジー小説

Re: 理想郷の通行証 ( No.13 )
日時: 2014/07/27 22:11
名前: 御砂垣 赤 (ID: jBnjPLnI)

 3,foreign person

 リスタレクから海沿いに街三つ南下すると、そこは港街から一変、工場の立ち並ぶ場所になっている。
 工場街アズル。
 港街に近く、且つ海沿いにある事から立地も重宝されており、その裏にある鉱山からは良質な石が出てくる。
 これ以上ない好条件。かつて、職人、鉱夫はこぞってアズルへ移住した。
 だが。
 煙突から吹き上げる煙が空を覆い、張り巡らされたパイプと路地が縦横無尽に駆け巡る。
 以前のような活気などまるで感じられない工場街。
 全体的に錆び付いて見える街並みに、ラキは目を輝かせて背伸びをした。
 役目を終えた街、アズル。

「なんだか……思ったより静かな街ですね」
「……そーだな」
 やる気の感じられないギルの返答。フードの奥に潜む目は半眼に収められ、口は無表情を装うつもりで固く閉ざされている。時折思い出して引き攣る以外は、どこをどうとってもご機嫌斜め急降下中の触らなければ祟のない神である。
 その原因はラキの預かり知る所ではあるが。
 聞くも阿呆らしく、語るも憤慨させること間違いなし。元凶たる彼は現在女性の群れから逃げているのだろうか。
 無論その逃走劇をつくった原因たるはギルである。
 そしてお察しの通り、ギルの不機嫌を作ったのはライブラリである。
 ──遡る事三時間ほど。
 舞台は“名前”を持った人間の生命線であった。
 屋根が三つ折り重なった形の独特の外観。ログハウスの様な外壁。赤い塗料の塗られたドアベル。
 アンティークを思わせる見目の、それなりに大きな建物。軽く大きな食堂以上の規模はあるか。屋根も高く、宿泊施設もある場所だった。
 仕事の仲介所、“はしたか”。
 黒塗りの、今にも飛び立ちそうな鷹の彫刻が出迎える外玄関。かからんとドアベルが鳴れば、すぐそこにあったのは賑やかな喧騒だった。
「ここが…………」
 “鷂”屋内。
 ログハウスの見た目に反する頑丈な石畳の床。安定感の保たれたそれに合わせられた、テーブルとイスの数々。入って右奥の厨房のカウンターのとなりには、その更に奥の階段を背に構えたカウンターがあった。
 一仕事を終えたように、重い荷が降りたように、暫しの別れを惜しむように、戦いの傷を癒すように。多種多様な人種が揃い、多種多様な理由で此処にいる。
 この、“理想郷”の“鷂”に。
「何でしたっけ?」
「“は・し・た・か”。お前の頭は随分優秀なようだな?」
「い、いえ。褒められるほどではないですよ」
「成程、褒められた頭だ」
 決して本心から照れたわけでもなく、適当にあしらってもらえることを確信しての演技。存外に真面目な顔で返されてしまい、なんだか腑に落ちないラキであった。
 そんな二人を少し離れてみていたライブラリは、日頃の報復を込めてオーバーに肩をすくめて見せた。
「お二人さん。あんまり“鷂”でイチャイチャしてると、独り身を嘆いてるオーナーに目をつけられちゃげふっ」
「誰がいちゃいちゃしてるんですかっ!」
「眼科行って来い。金は出してやる」
「“盗書館司書”。あんまり嘗めた口きいてると出禁にするわよ」
 が、予想通りに。
 後方右から土足、後方左から手刀、前方カウンターから現実的にキツイ言葉がそれぞれ打ち込まれる。
 後方右、前方からの攻撃くらい予測はしていたが、まさか昨日知り合った今日でラキがギル側に回ったとは思っていなかったライブラリ。まあ、そうは言ってもギルの土足が一番遠慮なく、且つ痛かったので微々たるものだが。それでも。
 四面楚歌。
 が、正鵠を射る。
「いってぇー…………。あんまりだよ」
「因果応報だと思うけどねぇ」
「……にしてもだよ、オーナー・シャーナ。出禁なんて食らったら、僕ら“名前”を持つ者がどうなるか」
 そんなことされたら困るじゃないか、とカウンターに手をかけて立ち上がる。
 恨めし気に顔を現したライブラリが見る先には、細身の煙管を弄ぶ女性がいた。
 紫がかった銀髪を朱塗りの簪で纏め、上向かいにあげて下ろす。毛先が仄かに染まり始めたように紺色の光沢が伺えるその髪は、大人を体現するような形容し難い雰囲気を作っていた。色気、とも呼べるだろうか。
 シャープに整った顔立ちに流れるような銀髪。それら全てを台無しにしそうで、実は台無しにしていない灰色のつなぎ。
 彼女はつなぎの上を脱いで腰に巻き付け、その下に黄色のTシャツを着ている。
 名はシャナイア、呼び名はシャーナ。
 “きん”の名を冠する一文字で、この“鷂”を所有するオーナーである。全世界を見渡して 五人しかいない一文字で、唯一“名前”よりも名前の方が圧倒的に知名度の高い人間であった。
「とか言っといて、どうせあんたは仕事持ちかけたってやらないでしょ? 何に困るっていうのよ」
 どうせ仕事しないくせに、と嫌味も込めて言う。煙管を一回、二回と回して圧力をかけてやれば、件の“盗書館司書”はわかり易く狼狽えて目を泳がせるのだ。
 最終手段。
「それは……あはっ」
「あはっ。じゃないよ阿呆垂れ」
 小首を傾げて恍ける。
 無性に腹のたったオーナー・シャーナは、煙管を獅子脅しよろしく垂直に、且つ手首を利かせて振り下ろす。竹ではないし石でもないが、それはこおんっと言う素晴らしい音を掲げた。
「……あのね。煙管って中々に凶器だと思うんだよ。ね?」
「知らないわよ。……で? そちらのお嬢様は?」
 しゃん、と煙管で示した先にいるのは、仏頂面のギルと未だに目を輝かせて周りを見るラキ。無論ギルが『お嬢様』であるなどとんでもないので、その対象はラキだととれる。だが本人は露知らず、目の前の光景に変わらず見とれていた。
「…………そこの、君よ君。貴女よ貴女。……ねぇちょっと。聞こえてないんじゃない?」
「うーん。えーっとねぇ。……ギル」
 呼びつけた上でよろしく、と言外に頼むと、幼馴染みは一溜め息をついて応じてくれた。
「……田舎者」
「失礼な!」
 田舎に住んでいたわけではないですよ! と噛み付いたラキを見て、オーナーは面白いものを見たかのようにへぇ、と息を吐いた。
「リードでも握っているのかしら?」
「お前も眼科に行ってこい」
「冗談よ。さて、貴女の名前を聞いてもいいかしら?」
 至極楽しそうに目を細め、オーナー・シャーナが微笑む。
 煙管が引っ込められたのを見てどこか安心したラキは、そう言えば自己紹介をしていなかった事に気付いて服を正した。