ダーク・ファンタジー小説
- Re: 理想郷の通行証 ( No.2 )
- 日時: 2014/03/28 08:38
- 名前: 御砂垣 赤 (ID: mazIWFF0)
0,only orthodox story
「すまんな」
低くしわがれた声が響く。
私とお爺ちゃんしかいないこの部屋だ。お爺ちゃんの声に決まっている。
けれど、その本当に申し訳なさそうな声を本当にお爺ちゃんの物だとは思えなかった。
失礼だけど。
「…………どうしたんですか。貴方らしくもない」
うつむき加減のお爺ちゃんにそう言えば、お爺ちゃんは俄かに顔をあげて恨めしげにこっちを見る。
小さい頃は睨まれると足がすくんでしまったが、そろそろ威厳は無くなってきている。あんまり怖くない。
「言ってくれるな、チビ餓鬼」
そしてお爺ちゃんはいつもどおりに戻った。
それがなんとなく嬉しくてつい胸を張ってしまった。
「それでこそ、何時もの貴方です」
「…………そこに直れ」
直るわけないじゃないですか。
お爺ちゃんはごほんと一つ咳払いし、ぽつりと零した。
「しかし…………本当にすまなかった。本来ならばこんなことはしたくはないのだが──」
「仕方が無いのですよ」
慚愧懺悔が始まりそうになったので慌てて声を重ねた。すこし上擦ってしまったが、目的は果たせたのでよしとしよう。
この人は本質的に優しすぎる。それこそ、マフィアのボスなんて似合わないくらい優しい人なのだ。良心の呵責がどれだけのものか、口を開かずとも伝わってくる。
「仕方が無いのです。このような能力、気付けなかった私にも罪はありますし、なによりあなたに責任があるとは思えません。これは私の問題です」
「……しかしだな」
「しかしもなにもありません。寧ろ感謝しているくらいです。こんな檻のような場所を抜けて、外の世界で自由に過ごせるんですから」
もちろん外に出て順風満帆、謳歌謳歌と過ごせるなどとは思ってはいない。“名前”をもらった以上一般人には想像もつかないような現象が待っているだろうし、なにより今から漕ぎ出す世界は怪物揃いの危険な場所だ。
一説によれば“そこ”の平均寿命は成人に満たないとか。
しかし、
「私は、今まで育てて頂いて、あなたに感謝しているんです。笑顔で見送っていただけませんか?」
するとしわがれた老人は、静かに瞠目して静かに微笑むのだった。
「口が達者になったな」
「あなたの影響です」
「口が減らなくなった。嗚呼そうか、こいつは親の感情か」
「ふふ、いつかにジジくさいと言っていたのは撤回しましょうか」
「む?」
なので私も、頷いてから微笑み返すのです。
「ただの親馬鹿です」
「……そうか」
不器用な親へ。
私は、あなたより長生きすることであなたを見返し、あなたに孝行して見せます。
only orthodox story=オーソドックスなだけの話