ダーク・ファンタジー小説

Re: 「血相契約」 ( No.3 )
日時: 2014/04/04 14:57
名前: 黒hana ◆JEhW0nJ.FE (ID: CFE7lDA5)

第3話



グサッ



……?



何かを突き破るような音。いや、切り裂く様な音。その音がなった瞬間、私の思考はさまざまなもので埋め尽くされた。色んな物が思考の波に飲まれてくるくるぐるぐると私の思考を奪っていく。その思考の中のかすかで聞こえた男のうめき声。ズルッというのかグチャッというのか柔らかい物から何かを抜く音。そのやわらかいものが男の身体ということを理解するのにそう時間はかからなかった。

そして——そのぬかれた物が男の血で真っ赤に染まった人の手だということも。

「あっ……ぅ……ぁ……」

私の手首を押さえつけていた男の手に力が無くなり、どんどんと緩んでいく。目の前には腹に穴を開けた男が口をパックリとあけ、ゆっくりと地面に吸い込まていく。私は地面へと倒れていく男から目が離せなかった。下へと下へと、男の身体は下がっていく。私の視線も下がっていく。下を見たときに私は自分の服が真っ赤に染まっていることに気がついた。男の血で真っ赤に染まっている。頭の中がクラクラした。意識が飛ぶんじゃないかと思った。必死に必死に糸のような意識をつなぎとめる。


ドサッ……——。


男は悲鳴もあげずに力なく地面に倒れた。


一瞬の出来事なのに何十時間の時を感じた。
目の前で人が死んだ。それを見た。
ショックなんてものは無く、私はただ立っているだけだった。震える足で自分の体重を支えていた。今思えば自分はこんなに重かったのか。と埋め尽くされる思考の中でかすかにそんな呑気なことを思った。

ザッ……——。

自分に影が重なった。
震える視界を目の前の人物に重点をあわせる。今目の前に立っているのは、ついさっき自分を犯そうとした男をたった今殺した人なのだ。そう殺した人。殺した人。殺人犯なのだ。
殺人犯は私をただただ見つめていた。何も言わず。ただただ私を見つめていた。

「…………」

不思議と怖いなんて感情はなかった。確かに目の前の男は私の目の前で人を殺すという名の罪を犯した。男の手と服にべったりとついた真っ赤な血がそれを重々に物語っている。しかしその感情と怖いという感情は別に思えてきた。今は頭が狂っているから判別がつかないだけかも知れないが。とにかく私は男に恐怖心を持ち合わせていなかった。すると男は口を開いた。男がしゃべるために息をスゥと吸ったことにも大げさに肩を揺らしてしまった。

「大丈夫かよ。」

………………………………え。

相手の男は私が喋りたくないと思ったのか眉間にしわをよせ、もう一度「大丈夫か?」と聞いてきた。
ただでさえでも訳のわからないこの状況で狂いに狂った頭でこの男が言った意味を理解するのにはとてもといえないほど時間がかかった。大丈夫?何が?私が?それとも私の頭が?何が。どうして。どういうこと?私が思考の海に沈んでいると男は怒ってしまったのか私のすぐ横の壁に手を突いてきた。ダンッと重く響く音からああ、怒っているんだ。とうすうす認識した。

「なぁ、聞いてる?」

「…………ぇ?」

のどを振り絞ってやっと出てきた言葉はかすれていて小さく、みっとも無い音だった。

「大丈夫かって聞いたんだけど。」

「……あ、はい…………」

というか今思えば顔がとても近い。初めて会った人にここまで近くするかああ、そうか、常識はずれだからか。そりゃそうか簡単に人殺して、それで普通に人に話しかけるんだから。

「あっそ。」

男は私が小さく返事するとそっけなく私の前から退いた。その瞬間、私はずっと固まらしていた全身の筋肉が糸が千切れるようにぷつんとなくなったような気がした。当然そこに座り込むわけで。ぺたんと男の目の前で座り込む。座り込んだ目と鼻の先にはさっきまで生きていた男が真っ赤な血の池の中でもぐるように沈んでいる。そこで私は何があったのかようやくうすうす判断できた。いままでずっと思考の海にまぎれていたくせにさっきまで考えていたことはどうでもいいことだったんだと、さっきの自分に渇を入れたくなった。

「お前そんなとこに座ったら汚れるぞ」

ああ、もう、うるさいな。ほっといてよ。もう今訳わかんないんだよ。汚れてもいいからもう何でもいいから。早くどっか行ってよ。頭の中で毒づいても男は知らん顔して私に近寄る。

「ここ、怪我してんぞ。」

男はそういって私の手首を持ち上げた。そこにはうっすらと赤い線を引いたようななにかが食い込んだような跡があった。きっとさっき男が私の手首をつかんだとき、男の爪が食い込んだのだろう。その傷からは血がたれており、床にポタッと赤いしみを作った。

私は何も言わずにゆっくり瞼を伏せる。







もういいよ。頼むから。もう、ほっといてよ。


もう、疲れた。






私は男が目の前にいるのに、外なのに、死ぬように意識を落とした。
目が覚めたら全部が夢だったと言うことを信じて。






















































なにか生暖かく柔らかいものが傷口にあたったような気がした。