ダーク・ファンタジー小説
- Re: 「血相契約」〜小説大会【小説大会銅賞&更新再開!】〜 ( No.55 )
- 日時: 2016/09/16 00:06
- 名前: 黒hana ◆tr.t4dJfuU (ID: 7WYO6DME)
第15話
この建物に正面入り口なんてない。それ以前に玄関というものが存在していないので入り口というドアがあるわけがない。私は暗く狭い廊下をゆっくり歩いていった。目の前にはドアなんてなくそのまま直通で外へとつながっている。最初見た時は警備ガバガバすぎじゃないかと思ったがこの世界にもう常識を持った人なんていないんじゃないかと思ったのでその話題は頭から消すことにした。それに人間には慣れという言葉がある。非常に便利な言葉だ。私はこんなガバガバ警備にすっかり慣れてしまった。何かあれば自分たちで解決する、自分の身は自分で守れ、某大国の方針だった気がする。最近その言葉がぴったりと心に収まったのはこの状況を理解できたことの証拠なのかもしれない。
外への道を潜り抜けると自分の視界に写ったのは先ほどとなにも変わらない星空だった。真っ黒な壁にきらきら光る砂をぶちまけたような、そんな表現がぴったりなほどここの夜空はひどく映えた。率直に綺麗だと思った。向こうの、自分たちの世界とは大違いなのだ。こんなに綺麗な夜空を向こうの世界で拝めるのか、答えはNOに限りなく近い。それほどここの世界は綺麗なのだ。今は廃れ汚れてしまっているけど、数年前はもっともっと綺麗だったのかと思うと複雑な気分になってしまう。この世界は誰の手にも冒されることなかったのに一瞬にしてその美しさは奪われた。
(もったいないなぁ……。)
誰もこの空に手を出してはいけない。そんな威厳を夜空は感じさせてくれた。瓦礫に座りながらため息をつき私は目線を下に降ろした。夜風が少し強めに吹いてきた。髪の毛やスカートが大きめになびく。
「うわっ……。」
夜は少し冷える。今吹いてきた風も微かに寒さを含ませていた。寒さが体の中にしみこんでくる。上着を持ってこればよかったかもしれないと思うがもう遅い、今からとりにいく気力もないしこれはもう耐えるしかない。意地と言うわけではないが今建物の中に入りたくないというか黒夜と一緒の空間にいたくないのだ。嫌っているわけではない。ただ単に気まずくて逃げ出してきただけなのだからすぐに戻るのはなんとなく嫌なだけなのだ。
「やっぱ向こうもこっちも気候とか似てるんだね……うっ……くしゅんっ。」
半そでの服から伸びている腕は既に冷たくなってきている。それを手でさすりながらぼんやり空を見上げているとスッと後ろから何かがかぶせられた。
「……?」
かけられたものを触るとふわふわしている。どうやらひざ掛けのようだ。不思議に思い後ろを見やると普通の人なら飛び上がって逃げ帰るような光景が目の前に広がっていた。かわいらしい、どこか幼げな少女がふわふわと自分の一個上のところで浮遊していたのだ。少女はニコニコと嬉しそうに笑いながら腕を後ろに組んでいる。よく見知ったその顔に自然と緊張でこわばった顔がほころぶ。発した声も心なしからず温まっているように思えた。
「ノアちゃん。」
ノア、と呼ばれた少女は自由な体でその場で一回転した後私の隣に腰をおろした。肌は生気を感じさせないほど青白く、真っ白なワンピースから伸びた足も下半分が空気に溶け込んでいる。反対に髪は強めの風が吹いているのにもかかわらずにゆるく揺れている。その姿は彼女が生を持ち合わせていないことを示す十分すぎるほどの証拠だった。
『寒いでしょ?よかったら使って。』
「あ、ありがとう。」
彼女は生者ではない。物に触ることは不可能なのだ。物に触ろうとすると透けて物の中に溶け込んでしまう。よって彼女が物を触るためにはその物に憑依しなくてはならない。傍からみたら物が自由自在に浮遊しているようなものだ。幼げな彼女は私のほうを向き、口元に手をあててクスクスと幼げに笑う。
『意地っ張り。』
その言葉が発せられた瞬間体中から沸きあがった熱が顔に集っていくのを感じた。なるほど、さきほどから笑っていたのは私の滑稽な姿を笑っていたのか。彼女の言葉は今の自分に驚くほど当てはまっていて言い返すことなんてできなかった。言い返したって事実なので結局私に勝ち目はないのである。純粋に恥ずかしい。もっと顔に熱が集る。少女はそんな自分のころころ変わる姿を見てもっと笑った。優しい笑みなのにそこに含まれる本当の意味は他人の嘲笑なのだ。
「み……みてたの……?」
『当たり前でしょっ。』
二人があまりにも嫌な雰囲気出すから部屋に入れなかったの。と少女は言い放つ。
『っにしても、本当に二人とも大人気ないんだから。』
「うっ。」
自分よりずっと幼げな少女に言われ心に直接言葉の棘が突き刺さる。
「だって〜……嘘つかれるのはだれだって嫌でしょ?」
目の前の少女に投げかけると少女は呆れ顔で確かに。と言った。が、
『だからってあんな言い寄ることはないでしょ?黒夜にも考えはあるかもだし。』
まぁノアにとってはあんな奴どうでもいいけど。隣で呆れ気味に笑う少女はなぜか黒夜のことを毛嫌いしている。過去に何故かと聞くと『えっ!?まさかあんなまっくろくろすけを信頼してるの!?』とガチな顔で聞かれたので私も何もいえなかった。あそこまで人を毛嫌いしている人は生まれて初めて見たと思うそれほど彼女は黒夜を嫌っているのだ。ここまで嫌われるなんて一体黒夜は何をしたんだとという疑問はずっと私の中で不完全燃焼のままになっている。
『もう少し、黒夜に時間を与えてあげたら?』
ノアはそういって呆れと優しさを含ませた笑みで空気に溶けていった。彼女はきっと今の自分よりもずっと大人びている。それほど彼女の放った言葉は自分の中で抱えていた問題をストンと落としてくれたのだ。
「そっか……。」
もう少し黒夜に時間と猶予を与えてあげよう。それがきっと今ある選択肢の中で一番の最善策なんだろう。今のところこれが一番の解決策。見逃すわけではない。時間を与えてやるだけなのだ。いつかきっと全部話さしてみせる。その時が来るまでゆっくり待ってあげよう。きっとその時が回ってくる時どんな現実をたたきつけられても受け入れられるほど私も成長しているはずだから。
「……とりあえず中はいろ。」
夜の冷えは微かに緩まり、強く吹いていた風は遠いところへ過ぎ去っていた。