ダーク・ファンタジー小説

Re: 「血相契約」〜【小説大会銅賞&参照1000大感謝!】〜 ( No.63 )
日時: 2016/05/29 23:35
名前: 黒hana ◆tr.t4dJfuU (ID: wGslLelu)

第19話


紫苑さんは思ったよりもずっと早く戻ってきた。ガチャリと扉が開く音がし自然と皆の視線は音がした扉の方へ集まる。私は新しい同居人達がどんな人達なのか微かに期待を膨らませながらみんなと同じ様に扉へと視線を移すがそこにいるのは困ったように苦笑いを浮かべる紫苑さんただ一人。後ろにも横にも誰もいないということは要するに新しい同居人達は今ここにいない。その瞬間私の中で膨らみかけていた期待が音をたてて萎んでいくのがわかった。期待して損したとはこの事を言うのだろう。皆も私と同じ様に期待をしていたかのかは分からないが少なくともそこにいるべき人たちがいない事に落胆はしているのが空気でわかった。コップの中の氷がカランと涼しげに音を立てる。

「どうした紫苑……?美織達は?」

誰もが思った事を代表して言うかの様に景都さんが口を開く。質問を投げられた紫苑さんは一つ小さなため息をつくと再度苦笑いを浮かべた。

「なんかねぇ美織ちゃん達、いま手が離せないから行けないって言って動こうとしないのよ。」

ごめんなさいね、と紫苑さんはその動きたがらない美織ちゃんに変わって謝ってきた。そしてそのあとすぐにどうしましょうと小さく呟きながら悩む素振りを見せる。それを聞いて私達は自然とお互いの顔を見合わせる。珍しく皆の意見が一致した証拠瞬間だった。じゃあ、と私は代表するかの様に口を開く。

「私達がその美織ちゃん?達の所に行きましょうか?別に強制的に動いてもらう必要性もありませんし。」

私の意見は予想通り満場一致で賛成を貰った。


————————————————————…………。


歩くたびにコンクリートの床によって作り出された心地の良い靴音を聞き流しながら私達は涼しくも暗い廊下を歩き続けた。この拠点は見た目よりも相当大きそうで現に今歩いている廊下も沢山の部屋へと通じている。慣れるまで何回迷子になるか今度数えてみよう、そんなどうでもいい事を頭の片隅で考えながら私はみんなの後ろについてまわった。ふと先頭を歩いていた紫苑さんがとある部屋の前で足を止め一度チラリとこちらを確認したあと目の前の鉄製の扉をリズム良くノックし部屋の中にいる美織ちゃん達に向かって声をかける。

「美織ちゃーん、あと直也くんもー入るわよう。」

どうやら美織ちゃんの他にも直也君という人もいるらしい。紫苑さんは返事も聞かずに躊躇なく扉を開けた。扉の先の部屋はどうやら電気がついてないらしく暗めだと言われる廊下よりも暗かった。しかし、なにやら青白い光が沢山さしこんできていて十分なほど照明の役割を果たしていた。なんだこれと思っているとふと隣にいる樹が小さく「モニターか……。」と呟いた。 

紫苑さんは一度中を確認するかの様にドアの隙間に上半身を入れた。中の人達に一言二言何か言葉を交わしたあと私達を部屋の中に招き入れるかのようにドアを大きく開けた。私は生唾をごくりと飲み込んだあと先頭を切って一歩踏み出す。謎の緊張が後ろの皆にも伝わったのか最後尾の景都さんの「まるで兵士が戦地に向かうような背中だな……。」という呟きが小さく聞こえた。

「あんた達が紫苑姉が言っていた駒達??」

踏み込み一発で駒という名の罵倒を受けた瞬間であった。

「…………え……。」

流石に困惑する。己の目の前にうつった光景は大きな普通の人間の何倍もある巨大なモニターの青白い逆光によって黒く染まった小さな存在。その黒い小さな塊はこちらにてくてくと歩み寄ってくる。足音と黒い存在が同時に近寄ってくるとともにその存在の姿形がはっきり見えるようになる。その姿は己の予想していた以上に……。   

「………………可愛い……。ちっさい……。」

可愛らしい、世間一般用語で言えば少女であった。少女は私のぼやきを聞いた瞬間、白餅のようなほっぺをぷくーと膨らませた。彼女の黒いおかっぱの髪の毛が光に照らされツヤツヤと光り本体に合わせて揺れる。

「ちっさくないわよ!レディーに向かって失礼ね!!」

なんなのこの女!と少女は私を指差し紫苑さんに向かって声を荒げる。どうやら彼女は見た目に合わないほどおませさんらしい。紫苑さんも流石に対応しづらいのか彼女に向かって苦笑いをするしかなかった。

「落ち着け、美織。」

ふと横から低めのハスキーな声が聞こえた。モニターの照射位置から離れている暗がりからこちらへ向かってくる足音が聞こえる。その姿は少しずつ露わになった。

「……い、いけめんだ……。」

目の前に現れたのは、その名の通りのイケメンだった。スレンダーな細身かつ引き締まった体。髪の毛は肩まであるが、それもまた彼の魅力を引き出している。顔の影から徐々に覗く目は綺麗な金色をしていた。まさにイケメンである。もちろん黒夜含む他の男性陣もイケメンだが彼も負けず劣らずの美形だった。 

「直也!!酷いの!この女がわたしの事をちっさいとか言うのよ!」

少女は現れた男性に泣きつくかのように声を上げ、男性の足にしがみついた。直也と呼ばれた男性は一つため息をついたあと少女の頭に手をのせ、ポンポンと少女の頭を撫でた。そして私を見る。

「……美紀と言ったか。」

「あ、はい。」

「気持ちはわかるが、こいつは周りから子供扱いされるのが嫌いでな。」

できればあまり小さいなどと言うのは控えてやってくれ。……気持ちはわかるが。彼はなぜか二度も同じフレーズを繰り返した。やはり彼も私と同じ印象を彼女に抱いてるようだが彼女にその台詞は地雷らしい。見事に地雷を踏み抜いちゃったな、と少女が男性に抗議を上げる姿をボーッと眺めながら私は頭の片隅で思った。