ダーク・ファンタジー小説

Re: 「血相契約」〜【小説大会銅賞&参照1000大感謝!】〜 ( No.66 )
日時: 2016/11/04 17:01
名前: 黒hana ◆tr.t4dJfuU (ID: 7WYO6DME)

第21話(アルファナス視点)


「欲しい。」

外の大粒の雨が城内を湿気と僅かな不快感で包み始めた頃、ぬるくなった紅茶を口の中に流し入れている俺の隣で己の容姿と瓜二つの弟がふと口を開く。その声は雨の中で大きく反響したかの如く俺の耳にすんなりと入ってくる。

「何がだ。」

何となく予想できる回答を隣でひたすら無心に窓の外を見つめるアンビシャス、他の物達からはアンと呼ばれている男に視線も投げずに問う。アンはその言葉を聞くと待ってましたと言わんばかりの口調で俺の目の前に立ち口元を僅かに緩めて答える。

「決まってるだろ。あの"血約者"ちゃん。」

やっぱりか。その回答が出た瞬間から俺は心の中で自己完結したがアンはそんな俺の様子に気付いてるのか気付いてないのかわからないが嬉々として話を続ける。俺は無視して紅茶を啜り続けた。

「良いよなぁ、あんな変わった血約力持ってる奴滅多にいねぇ。」

おまけに可愛いしなぁ。

スッと目を細めアンの方に視線を移すと口角はつり上がり目は大きく開かれていた。その目には雨に打たれそれと同様の大粒の雫が滴っている窓が彼の黄色い瞳に彩られながら写っている。しかしその中は黒く大きな欲望と感じとれぬ程の僅かな嫉妬で埋め尽くされているのを俺は既に知っている。

「あんな可愛い子、黒夜の野郎にはもったいないとは思わねぇか?」

俺なら全部全部、可愛がってやるのに。

その言葉を聞いた瞬間俺はカップから口を離し皿の上に音を立てずに置く。ぬるく冷めきっていた紅茶はまだ微かに残っており皿の上に置いただけで僅かに残った香りをこちらにまで運んできた。

「なんだお前、あの女をそういう目的で狙ってるのか?」

アンは欲望にまみれた瞳をチラリとこちらに向ける。

「さぁ?想像にまかせる。まあ俺が言いたいのはそういうの関係なしにあの子自体が黒夜のモノだってのがもったいないって事だ。」

「ふうん……。」

勿体ない等かどうかは余り考える必要は無いだろうが少なくともあの強力な魔力を持つ黒夜と血約者が手を組んでいるとなれば俺達のほうからしたら脅威になることに代わりはない。脅威は可能な限り減らしておきたいのが組織としても俺個人の意見としても正しいだろう。

「なあ。」

アンはニヤニヤと口角を上げながらゆっくり俺の目の前に立つ。その笑みは俺が今考えていたこと全部が奴の頭の中に流れ込んでいるのではないのかと思うような余裕を浮かべた笑みだった。俺は無意識にもその笑みを睨み付ける。

「何だ。」

「とぼけんなよ、兄貴だってわかってるんだろ?」

「……。」

こいつがこんな笑みを浮かべているということはこいつの頭の中はろくな考えを持っていないと思っていたが、どうやら当たりらしい。俺はまたしても無意識の内に足を組み替えていた。

「……お前、やるつもりか?」

「そうした方が兄貴にとっても良いことづくしなんじゃねえの?」

「んなこといって俺をダシにして自分がやりたいだけだろーが。」

さらに睨みをきつくして目の前の弟を視界にとらえる、が奴は一瞬怯むようなフリをしたもののすぐにくるりと身を翻して目の前の窓辺に戻っていく。アンの笑みが暗闇を縁取る窓に写る。

「どうせ、主もあの子を手中に収めたいと思ってるだろうしな。俺は契約者手に入れられるし、兄貴も得するし、一石三鳥じゃねえか。」

「もし捕らえられたとしてもあの娘がそう易々と言うことを聞くとは思えないぞ。お前、アイツが抵抗してきたらどうするつもりだ?」

アンは俺の問を軽く蹴り飛ばすような嘲笑を浮かべる。

「させなきゃいいんだよ。俺の魔法の得意分野だ。」

アンは急に体の方向を転換させたかと思えば俺の隣を素通りし扉へと歩みを進める。フッとアンから硝煙と血が混ざった匂いが微かに漂い俺はその匂いに一瞬顔をしかめる。

「……もういくのか?」

「ん?あぁ。善は急げって言うだろ?」

「お前が今からやろうとしていることはたとえ百歩譲っても善とは言えないぞ。」

「だろうな。まぁそんなこと無理矢理にでも善に変えてやれば良いだけの話だろ。」

アンが金の小さな装飾が施されたドアノブをひねると扉はガチャリと音をたてて開いた。無機質な廊下の冷たい空気が部屋に入り込んでくる。アンは歩みを止め閉まりかけのドアの隙間から狂気を潜ませた目線だけをこちらに向けた。

「一度ほしいと思っちまったもんはしょうがねぇ。必ず手にいれてやるさ。」

たとえあの、黒夜から奪うことになったとしても。

アンの姿が見えなくなった瞬間扉がバタンと音をたてて俺とアンとの間に隔たりを作る。部屋の中は再び静寂に包まれた。足音が少しずつ遠のいていく。

「……はあ。アンも困った奴だ。」

俺は小さくため息をつくと、傍らにあったティーカップを手に取る。そして微かに残っていた最後の紅茶が喉に流し込まれた。

「アンは一度決めたら必ずやる奴だが……、さて、どうなるのかねぇ。」

ゆっくりとティーカップをテーブルに戻し目線を上にあげると、目の前の窓には先ほどよりも大粒となった雨が強く打ち付けられ無限に滴となってつたっていく。心なしか外の雨風の音も強くなっているようだ。


————嵐の予感がする。