ダーク・ファンタジー小説
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう(更新停滞中) ( No.121 )
- 日時: 2017/07/16 22:53
- 名前: 利府(リフ) (ID: SfeMjSqR)
ミコト「公立入試への恐怖」
タケル「かろうじて第一志望校に受かった成績下の下野郎」
ハルミ「高校入学が近付いて鬱になるだけの四月馬鹿」
ヘル「一人で弁当を食べた歓迎遠足」
レイ「目も当てられない結果の体力テスト」
モモ「縁のないジューンブライド」
イワン「美術の課題が終わらないのに人理修復に明け暮れる週末」
ロビン「これは前回あなたが金賞ありがとう投稿をしてすぐに音沙汰無しになった後通過したイベントたちです」
作者「はい」
ロビン「何か言い残すことは?」
作者「殺してくれ」
────────────────────────────────
「人間、兵器──?」
あたしは苦笑する。トヤマさんのその呼称は、少し間違っている、と思った。そして、今までなら口ごもっていたものの、あたしの口はとうとう勝手に動いていたのだ。それぐらいの、違和感だったのだ。
「...人間なわけないさね」
トヤマさんは脇に抱えたあたしをちらりと見て、「そうね。私も、それが人間って確証は持ってない」と言った。
あまりにも減りすぎた建物の隙間に、あたしは兵器を見つけた。トヤマさんはまだ気付いていないが、あたしはあれを敵と認識したのだ。だって、あたしはその姿に見覚えがあった。あの日、トヤマオウムの屋敷に向かう中で目にした.........得体の知れない化け物。
トヤマさんの落とした白い羽根を拾い上げ、彼女の名前を呼んだ異形。
......あれが、人間なわけがあるか。
あれを生かすことを選んだらそれこそ人類の終わりだ。サエズリケンジがおらずとも。そう、あたしの脳内が叫んでいた。
それからしばらくして、建物の消失が激しい場所に近づいてきた。すると、下から聞き覚えのある声がして、あたしが顔を下げると。
「ミス・ミコト!」
「生きてたわねロビン。ところで私の愚弟と麦藁くんは」
ロビンさんの姿を目にして、あたしは少しホッとした。流石にあの異形を捉え続けるより、見知った顔がいると安心できる。
でもさっき見た未来を伝えなければ。このままでは危険だと。いや、少しぐらいは休むべきだけど。
それで気を抜いたせいなのかはわからないが、体がふっと熱くなった気がした。...その熱は、頭に集中していく。
そこで、あたしの脳内にある情報がするりと入り込んできた。
あたしは冷や汗を垂らす。
「僕も今さっきここに到着したばかりです。...2人についてはわかりません──おや、ミス・ハルミ?」
恐ろしくなって、そのままうずくまる。
「ハルミ、能力を手に入れたの。さっき吐きそうになってたけど......何かを見たのね?」
......そうだ。見た。でもそれだけじゃない。もっとおぞましい事実を、“この兄弟の存在を脳がインプットし直した”途端、知ってしまった。
「き、聞いて、それだけじゃないん、さね......」
「......それだけじゃない?」
夕焼けの先を指さして、あたしは震える歯を黙らせたくて、精一杯に語った。
「あの先にいる化け物は───」
*****
「全く当たりませんが。まあいいでしょう、しばらく様子を見てあげるしかありませんね」
「.........っ」
タケが「零」に向かって変形した黒い翼を何度も叩きつけるが、相手はそれを見切っているかのように避けていく。零はタケのいる足場を次々と溶かし、のらりくらりと追い詰めていく。タケの翼は殴るためのものだ、そう長くは飛べない。空中移動に向いているのは...タケの姉の方だ。だからこの状況は不利でしかないだろう。
「ああ、くそっ......!」
「タケ......1人じゃダメだ、オレも戦う!」
上で戦うタケに向かって叫ぶと、タケがまた辛そうな顔をした。
...この街に、人間の死体は残っているだろうか。全部跡形もなく消されてしまったかもしれないが、もし残ってるなら、それをオレが操れば......せめて、タケの壁にぐらいはなる。
「いいや、戻れ!」
だけど、タケは否定した。オレの作戦の中身も知ろうとせずに、自分ひとりでの戦いを決め込んだ。
「なんでさ!泣いてるくせに強がんな!!」
オレは思わず食ってかかるように叫んだ。だってオレも泣きそうなんだ。しょうがないだろ、おまえが全部1人で抱え込もうとするのが悪い!
「うるさい黙れ、さっさと逃げろ...!これ以上何もするな、お前がいても足しにならないんだよ!!姉貴たちに合流して作戦を立て直せ、...いいな!?」
...やっぱりバカだ、タケは。
タケルが叫ぶ言葉は、明らかにオレを弱っちく、何もできないかのように「零」に見せかけるためのものだった。それは彼なりの精一杯の守りで、あれにオレを狙わせないがためのcamouflageなのだろう。オレから言わせてみれば、そんなに泣くぐらいならたすけてと言えばいいのに、タケはその道を選んだ。
こいつはバカだ。あまりにも勝手にむごい道を選ばせて、その上自分はその“セキニン”を負わず死のうとするんだ。
──オレは立ち上がってから何も言わず踵を返し、走り出す。もちろん逃げるなんてことはしない。このまま兄ちゃんと合流して、作戦を話し合うことしか考えていない。
タケは今逃げているオレを見て安心しているだろうか?そんなはずはない。だってあいつは、オレの姉ちゃんをさがすために今戦っているのだから。
目的をはたしていないのに、死にたくなんかないだろ。いわせてもらうが、どうせ口先だけだ。
だから、ここであきらめて死なないでくれ。...オレにたすけさせてくれ。
しばらく走っていると、前のほうに人間よりも小さい影が見えた。首輪をつけた大人しそうな大型犬が地べたに座っていたのだ。
そいつはオレが近付くとわおーんと吠えた。この子の性別は...雌だろう。
そしてその後ろから、兄ちゃんがやってくる。
多分、兄ちゃんがオレを見つけるために操ったんだろう。オレよりも弱い力だけど、それでもやさしい動物を操るには充分だ。...理科室でタケたちにも見せたように、オレたちは互いの能力をわずかに使うことができるから。
ここまで来てくれたのだ、オレは兄ちゃんに自分の意思をしっかり伝えないとならない。
「よし、もう戻っていいよ。こんなに危険な場所に付き合わせてすまなかった、きみも...家族を大切にね」
兄ちゃんが犬をひと撫ですると、犬はくうんと可愛らしく鳴いて、そのまま別方向に去っていった。きっと、最後に「この街から離れるように」と命令されたのだろう。そして恐らく兄ちゃんの言った犬の「家族」は、恐らく犬に首輪をつけた人間ではない。...子犬だ。きっとその子犬も、街の外で母親を待つように命じられているのだ。
こういうところはとことん優しい。オレと同じぐらい、兄ちゃんは動物に対する慈愛の心を持っている。
「兄ちゃん」
オレが声をかけると、兄ちゃんは少し俯いて、それから苦く笑ってオレにきいてきた。
「......ここで帰るつもりはないんだね」
「ああ」
「...イワン。ミス・ハルミが先ほど、元々はミスター・レンタロウの持っていた潜在能力を開花させたらしい。これはミス・ミコトの証言だ」
「!」
ヘアピンの能力は、たしか「早知」だ。早く知る、つまり未来予知。それを開花させるのが上手くいったのか。すごいな、やっぱりあいつは。オレは少し微笑んだ。
「先ほどお二方と合流した。だけど、その直後、ミス・ハルミが倒れたんだ」
「.........なんだって?」
「彼女は2つのことを教えてくれた。でも、2つめの未来を教えてくれた時...このままじゃ男の子が首から血を吹き出してしまう、いやだ、こわい、こんなの見たくない......そう言い残して気絶した」
「.........」
オレは次の句が出なくなった。
“早知“によってその未来が見えたのなら、このままでは。でも、もう1つのこととは何なのか。
「1つめに教えてくれたことは、未来ではなく『事実』だ。彼女はそれを知った時にひどく動揺して倒れたんだと思う。...僕だって信じ難いけど、これは彼女が見た事実だ」
「......それは」
兄ちゃんが、自分でも認めたくなさそうに言った。
「気をしっかり持って聞いて。今、ミスター・タケルと交戦しているのは、......僕達の探していた姉らしい」
─オレは、くちびるを強く噛んだ。血がにじんで、鉄の味がしても、その事実よりは痛くもないし苦しくなかった。いつもやさしい兄ちゃんも、表情を歪めている。苦しくて仕方ないだろう。姉ちゃんが死んだかもしれないということを知ってから、しばらくの間オレよりも悲しそうにして、ときおり泣いていた。兄ちゃんも、本当はきっと姉ちゃんに会いたくて仕方がなかったのだ。
なのに、こんな。
「...彼女が見たのは恐らく、この場にいる『少年』に該当する人間に起こりうる未来。そうなる可能性が高いのは、たった1人だ。
そして僕は、どうしても姉さん......いや、彼女を殺したくはない。イワンだってそうだろ」
「.........うぅ......」
しぼり出すように出した声は、まともな訴えにはならかった。オレの意思は弱々しくなって、このままつぶれそうになっている。
「.......イワン、君は僕のことをひどい人間だと思っていい。だから、今はここから逃げよう。」
たのむから兄ちゃん、そんな顔しないでくれ。どうしていいかわからなくなるから。
オレはそう言おうとしたが、うまく声が出なかった。
これが未来だったならいい。未来は変えることができるかもしれない。......でもこれは、変えようがないことなんだな。そこらへんはいやだな、ヘアピンの能力。
タケのいる方向を見つめてから、オレは涙を必死にぬぐった。
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう(更新停滞中) ( No.122 )
- 日時: 2021/05/25 17:51
- 名前: 利府(リフ) (ID: KhKffjC.)
****
いや、見たくない!見たくない………!
あたし、見えた、見えたんよ、
男の子が首から血を噴き出してしまうのが────
あああ、いやだ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッ、そんな!!そんなこといやだ!認めないッあたし、こんなの認めないッ!!今まで一緒に頑張ってきたのに、あの子は何にも悪いことなんかしてないのに、どうして彼が死ななきゃいけないんさね!?どうして誰も彼を救ってあげられないんさね!?
────ああ、誰か、タケルくんを…………
「────ト、ミス・ミコト!聞こえていますか!?」
息が詰まる感覚と一緒に私は顔を上げた。心臓がばくばくと脈を打って、額に浮かんだ冷や汗が絶望的に鬱陶しい。加えて眼前には必死な顔をした誠実そうな眼鏡男がいて、思わず顰め面をしてしまいそうになる。
「大丈夫ですか」
「……聞こえてるよ優男。肩から手を離して」
「しかし、立ち尽くして動かない女性を心配してはいけない理由があるとでも…」
「は、私を舐めるな」
そんな悪態を返しながら、私は地面に倒れ伏すハルミを横目で見やった。どうやら私は彼女の言葉を反芻して貴重な時間を費やしていたらしいけど、そんな自分を自嘲する暇もない。
「気絶しているだけね。頭を強打してもいないし、いずれ起き上がるけど、君はそんなハルミを心配する余地もないでしょう」
私の言葉を聞いてロビンが複雑な表情を見せたが、私は彼の心の荒みを宥めるものではない。そんなことは当たり前だ、目的が違う。こいつが守るものは別にあるのだし、私が守るものはここにあるのだから。街によく似た虚無の片鱗の中で、互いにそれはよく理解しているつもりだ。そして、そよ風が生暖かく頬に触れる中で、私は逆光の内に光る少年の決意の目を見たのだ。
「ミス・ミコト。イワンは僕にたった1人残された家族です。イワンには母親がいると聞きましたが、もう、僕には他に誰もいないのです。“そういうこと”になってしまいました」
「君が無感情に見えて、家族想いで胸がはち切れそうなことぐらい知ってるわよ。私と似ているね」
「…そうですか。ミスター・タケルを守ろうとしない貴方が、家族想いなのですか」
さすがにこの発言は彼の地雷を大いに踏みつけたらしく、場の雰囲気は身に染みて分かるほどに険悪となった。
確かに、ここで私が「タケルは見捨てない」と正義に生きるような発言をすれば、お互いの目的は相反しながらも相互への共感と親愛を得る、不可思議な関係が形成されたのだろうけど。私はその関係に欠片の興味もないし、私が彼を自らの理解者などと認識することは一切有り得ない。
ロビンは私をその柔和な瞳でじろりと睨み、私はロビンを嘲笑するように首を傾げてみせた。
「行けばいいよ優男。タケルを殺せば家族を救える。人間兵器を前にして、いずれ全てを蹂躙する異物を前にして、君はどうするのかを私は知りたい」
「……貴方がそう言うのなら、ミスター・タケルはいずれ死んでしまっても構わないのですね。彼は貴方にその程度としか思われていないのですね?」
「そう。ハルミがその口で体現したように、事実は変わらないよ。事実を書き換えるなんてこと、君ら人間では及ばない領域のことだから。まあ、せいぜい頑張って、前衛はタケルに任せてさっさと撤退してきなさい」
ロビンはそれ以上何も口を開かないままだった。ただ黙って私を見ていたが、それが彼にとっては見下げ果てたということだったのだろう。
やがて優男は踵を返し、暗い路地裏へと向かっていく。遠くへ歩いていく彼を止めようとは思わない。だって、私がタケルにしてやることはないのだ。タケルを救おうとする手を叩き落とすこともしないが、奈落に落ちる運命にある私の愚弟の翼と、哀れに沈む烏に構ってばかりいる人間の手を繋ぎ合わせてやることもない。
暗い路地の中から犬の遠吠えが聞こえた気がして、私はまた乾いた笑い声を出してしまった。なるほど、“化学”と“科学”。科学という広い世界の一室に住まう、モノの変遷と変貌を担う機関。2つは繋がっている。繋がってこそ成り立つ。互いが互いの能力を扱えるというのも納得というものだ。
しかし、それは後の敗北の断末魔か勝利の雄叫びか。それを見届けてまでふざけた面を浮かべるつもりは無いが、あの兄弟はこの前哨戦を終わらせる切っ掛けとなるのだろうか。私たち姉弟が、幾度も幾度も本戦を戦い抜いてきたように。
太陽が弱々しく立つビルの後ろに差し掛かる。太陽は嫌だ。貫くような光ばかり誇示して、いつも嫌気がさしそうだ。あそこにタケルがいたというなら、まあ何となく、理由も分からないではないけれど。
しかし、ハルミは今さっきの私の台詞を聞いたら、肩を震わせて泣くだろうか。トヤマさんは酷いと。あんたは何一つ変わりやしないと。確かにその通りだろう。元々酷いのを、自分が守りたいものの前だけでは覆い隠したいと思っていただけだ。
私はミヤマやマツリバに並び立つほど心が弱いし、寧ろ見栄を張ることを好きにでもならないとただの人間にすら弱みに付け込まれて私を制す余地ができてしまう。
好きな人の好きなものになりたい。煩悩も甘えも捨てて守りたいと思ったものの前でも、そんな本性は露呈してしまう。ついさっきも、思い返せばとんだ失礼な態度をとってしまったものだ、私は。あとで詫びられればいいのだろうが、私はそんな状況を招けそうにない。きっといつまでもそうなのだろう、と自覚はしているのだけど。
ぼんやり考え込んで突っ立ったままハルミの顔を見ていると、ポケットの中で携帯が震えた。
取り出してみると電話の主はチエリと表示されており、私は特に気にもとめず親指で応答ボタンを押す。
「もしもし?よかった、よかった!繋がったね」
「先生。どうしたの、問題発生?」
「そう、そう!ちょっと困ったこと!ご名答、トヤマさん!!実はね…」
「……どうしたの?随分テンション高いわね」
「えっ!た、高くて、高くてダメな意味あるかなあ!?」
きっと受話器の向こうで自慢げに胸を張ったりあたふたと取り乱したり苦笑したりで忙しいのだろう、と非常にわかり易い声の主に。
…どうしてなのか知らないが、僅かに違和感を覚えた。
「あのさぁ、先生、ロビンから電話は受けてない?」
「えっ、何かあったの?タケルくん、タケルくんが…見つかったとか!?」
「…うん。見つかったわよ。麦藁くんからお兄ちゃんへの報告を聞く限り五体満足で」
「ええっ!?もっ、もちろん五体満足じゃないと私イヤ、イヤなんだけどね!?ああでも…見つかったならよかった……!早く学校に帰っておいでね、職員室のクーラー、いっぱいいっぱいに動かしておくから!」
自分の表情筋をこんな会話の中で冷静に分析したくはなかったが、涙ぐむような先生の声に、おそらく私は怪訝な表情を浮かべていた。
私はカマをかけた。イワンは一言もタケルの容態を「五体満足」などとロビンに伝えてはいないのだ。だから、先生は恐らく、タケルの現在の状況を一切把握していない。
しかしロビンならば確実に、私へ連絡を届けたあの時の前後に先生への報告を済ませているはずだった。
私はあの優男の底を既に見た。特に欠陥も面白い要素もなく、親愛なる人間に自らの誠実さを示しながらも、敵の垂らした釣り針には憎悪やら失望やらで茹だった頭で食いつく頭足らず。
彼は扱いやすいものだと、そこまで理解してやっているつもりでいたのだが、まさか彼は人の煽りに顔を真っ赤にして物事の肝要までもを取り逃がす、人間社会に有りがちなただの愚か者であるというのか?
「ああ、それで、それで、困ったことっていうのはね」
「……うん」
「さっき、さっきから…イサキさんのお家に電話が繋がらないの。聞きたいことがあったんだけど……捜査中なのかなあと思ってかけたイサキさんとシンザワさんの携帯もダメ、電波が悪くなっちゃったのかなあ──」
「……ああ。だいたいわかった」
ぞわりと手が震えた。
私は冷や汗を垂れ流しながら電話を切っていた。
……そうか。そういうことか。
ロビンは確かにチエリに電話をかけた。かけたが、繋がらなかったのだ。
そして今、偶然のタイミングでチエリから此方にかけられた電話が通じた。奴がもう必要は無いと判断したから。
これは電波の異常とみなして正しい。正しいが、その電波の規模はハルミの人生を狂わせた地獄にまで繋がる。ハルミを無能から有能に変容させた切っ掛けが、モモの喉元にまでその牙を近付けた少年が、今、“ここから離れている”。
彼はこの地域にいた人間たちの連絡手段を絶ち、あの人間兵器と共に救援を求めて逃げ回る人々を殺戮したのだろう。その名残を残しながら彼は用済みの街を立ち去った。だからロビンの電話はギリギリの所で通じなかったのだ。だって奴は電波だ、電気に依存した人間をねじ伏せて喜ぶ畜生だ。
…まさかイワンが「太陽に近いビル」の場所を突き止めたのは、人間を吸ったあの男が一丁前に助言なんてものをしてやったからか?
「この街はついでに破壊しに来てやった、レベルの話か……」
嘘を見抜くタケルの能力は、擬態も含むヘルの常套手段と分が悪い。ハルミの家で黒い翼をもって叩きつけられた時、あの矮小な電波は悟ったんだろう。
やるなら奴から殺しておくか、と。
そのうえで。
“積眼”、イサキチヅル。眼に重きを置く彼女の能力を剥奪しに来た。
ヘルの最終目的はさっぱり解りはしないが、奴の行く道程に彼女の殺害、彼女の持ち合わせる情報の回収が含まれているとするなら、それは──
「……こっちの損害がでかくなる前に」
ハルミが目覚めたら、人間兵器の側へ向かうとしよう。
隠していた戦力を投下したのだ。それ相応の成果を求めて、奴らは宣戦布告を仕掛けている。
あとは、シンザワサソリがどう出るか。
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう(更新停滞中) ( No.123 )
- 日時: 2021/11/06 12:05
- 名前: 利府(リフ) (ID: qyjkJIJL)
何年ぶりですか?これ
ほんとすみません お楽しみください
***
『おとうさん……』
電話の向こうで人間が震えている。
性別の転換を迎える前、その未成熟な声色で告白が響く。
『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃ……』
守れなかった。だめだった。彼女に一生残る傷を負わせてしまった。
拙い言葉でたどたどしく語られたのは、そういった詫びの言葉と単純な結論だった。
僕の娘を守る。そう誓った人間が、今回それを果たせなかっただけの話である。
「──そうか」
『う、う…………』
「泣くな。君が気に病むことじゃない。ほんの少し歯車が狂っただけで、もう今は回りだしているんだよ。あの子だって気丈に報告を寄越してきた」
『いや、ちがう、悪いのは、わたしなんだっ……まちがえた、失敗したんです……!』
「うん。そうか」
『おとうさん、ゆるさなくて、いいですから、わたしは、わたしのことを、もう一生ゆるせませんから……』
「それはもう分かったから。僕が聞きたいのはそういう話ではない。人の悲しみばかり啜って進化する生物でもない。だから、もういいよ」
本当に、本当にもういい。
僕としてはそういうの、本当にやめてほしい。
まるで懺悔室にふたり立たされているかのようで気分が最悪だった。聞きたいことがあるのはこっちだというのに、相槌の余地も与えず延々と僕の娘を口説いているに等しい。
肘掛けを無意識に指で叩いていたことに薄ら気がついて、まあいいやと行動に割く思考は放棄して。嗚咽だけが響くようになるまで少し待って、次の質問を投げかけた。
「非道に聞こえるか?」
「ぃ、…いい、え……」
「よく答えてくれた。なあ、もうひとつ僕から聞いてもいいかい」
「……………」
「君は、どうして悲しんでいる。それを口にしてほしい」
壁を隔てた先で息を呑むような気配があって、むしろ安堵したのが僕の方だった。
はあ、はあ、と受話器の向こうで息苦しさに喘ぐ音が響く。それに混ざるように、しゃくり上げる喉の音。情けなく鼻水をすする音。
それだけで電話の相手の言葉、そして心は信頼を持つに値する。
だが僕はどうしても、その感情を言葉にしてほしかったのだ。
『あの子の、片目が、えぐられて……あの子が、もう、ふつうの幸せを得られなくなってしまって、』
「君は、娘の未来を案じているんだね。娘よりも」
『…………未来?』
揺らいでいた水面がゆっくりと静止する。
『……わたし、は』
今の僕が対話をしている人間というものは、自らのこころに触れられることでひどく冷静になる人種だった。
生まれた理由が最悪に満ちていたからか、自我というものに疑いを持ち続けている。自分はなにを望んでいるのか、なんのために生きているのか、そういう話をされることを酷く嫌っていた。
『……わたしは、そう見えますか』
答えは出ている。
僕は、君が千鶴のために尽くす姿を見てきた。君が君自身に迷う様を長く見てきた。
ましてや今の君のしおらしさともなれば、誰が見てもそう思うだろう。
逃げ回る蝶を標本に突き刺すように、たった一つの真実を突きつける。
「長らく見てきて確信したことではあるが。君は彼女のために生きているんだよ、深澤蠍」
***
「イサキちゃん、どう?見つかりそう?モノクル似合ってるねー」
自宅の書斎でページをめくる最中。
そろりと扉を開けたシンザワサソリが、間髪入れずに堂々と声をかけてくる。そしてこう言った場合の開口一番は、往々にして与太である。
私がノールックで手渡した地図帳をパブロフの犬の如く手に取り、パラパラ流し見をしだすところまでが与太だ。分厚い紙束としか認識していない段階で手に取るな。
「トヤマミコトとフユノギハルミの両名ともに、隣町に向かった、か」
「うん。白鳥の制服の襟に突っ込んどいて正解だったねー、あっしの常備品の発信機。なんかマジで迷いなく飛んでいってるけど、大丈夫かな分からず屋は」
「大丈夫だろう。彼女らは仲良しになろうと試みている」
「……その言い方だと人心がちょっとわかる哀しき猛獣みてえだな、白鳥」
発信機をつけたタイミングだが、これはシンザワサソリの独断だった。
『そんな面構え続けるなら、お前の弟でもあっしらの仕事に巻き込んで、化けの皮剥がしてやろうか』
この手で胸ぐらを掴み、この口でそのようなことを述べながら、発信機をちょちょいのちょいしましたであります──とは我々がトヤマミコト達を残して教室を出た直後のシンザワサソリの発言だ。
何もかも測定不能に喧嘩を売るような行為である。トヤマミコトは気がついただろうか、いや、気がついた上でフユノギハルミを連れ回しているのだろうか。
「彼女らが向かった周辺地域の地図は頭に叩き込んでいるが、トヤマタケルが向かいそうな場所がまだ絞り込めん。だが校外に出たのは間違いないだろう、高校内の人探しときて一番に捜査すべきである職員室に入室すらしていないんだ。その先を推理するとなれば、まずロシアの兄弟が言う『姉』の痕跡を辿った方が早いか」
「うーん……確かになあ。えっモノクル無視?」
「少しは推理をしろ」
くだらない身なりの話にかまけている場合ではないのに、ことある事にシンザワサソリはそういう話を持ちかけてくる。こいつに交渉事や情報戦は向かない、と何度も他者と討論を重ねてきたが、大概当の本人が割り込んできてなあなあにされていた。悔やまれる。
「あの時の私はどう形容したか……突然背後から髪櫛を持って現れ、有無を言わさず髪を梳かしにかかるような態度……」
「いや何の話よ。あっ、暇そうな使用人が何人かいたからさ、目についた異変はすぐ報告するようにーって言ってきたよ。当たり前だろシンザワ〜って返されたけど」
「それはありがとう。彼らまで皆殺しにされては困るからな、施錠は常々心掛けているだろうが」
「こんなところにまでヤベー連中が来るかもって心配?」
「予防策だよ。私が親しい人の死を恐れていて、お前達がそれに応えてくれただけだろう」
そうだね、とシンザワサソリが目を細めて頷く。些か私も安心した。
私は今回の事件のような、訳も分からぬまま全てを呑んでいく渦のようなものが、本能的に苦手だった。
動機にも目的にも確信が持てず、言葉の刃が曖昧になるのを歯痒く思うのだ。どれだけ道行く学友のことを記憶していようと、原型を留めない形にされてしまっては推理をすることすら恐ろしくなるように。
私があの体育館の中を覗いた時、そしてへルと対面した時に得られたのは──これまで漠然と存在していた未来というものは、もう二度と到来しないのかもしれないという冷えた喪失だけだった。
「ケンジもクソ電波少年も、どうしてまぁ立て続けに暴れるもんかねえ。この高校に恨みがあるのかな。ほんとに世も末ってやつだ」
地図帳を早々に返却し、ほかの使用人から預かってきたマスターキーの束を指で振り回しながら、シンザワサソリが愚痴るようにつぶやく。概ね私も同感である。
フユノギハルミが入院していた頃、サエズリケンジを名乗るものから連絡が入った。
何故シンザワサソリにのみその連絡網が開通したのか、なぜお前を選んだのか、その理由に心当たりはあれど断定はできない。
ただ、もしそうならばお前は、あの時の体育館に何を見たのだろうか。
──私達はサエズリケンジと面識がある。
シンザワサソリに至っては同じクラスに所属していた。
能力名とその性質も把握している。測定不能には無論至らなかったことも、しかしその座に手をかけるような精度の業であったことも。
クラスの前を通りがかった際は一人でいることが多かった。一方的に断定するならば、つまらなそうな顔をしていた。
だがそれ以上の接点はない。シンザワサソリが彼にどう接していたのかさえ、私にとっては不明だった。
私の相棒は、私が言うのも何だが、イサキチヅルに関する話以外を口にしない。
「今日見た書類にはサエズリケンジの名もあったが、記録上あれは男で間違いがない──あれの能力は性質上、発火能力に近い。性別については前に会った時もそうだと認識したし、シンザワサソリも流石に記憶しているだろう」
「そうそう、髪長くて見た目もなよっちい野郎って思ってた。能力もそれで合ってんじゃない?呪頼も燃やされたし。でもなあ……」
「どうした」
「なんかね、思い切りが良すぎるなってさ。あいつにしては」
関わりがあったのか、という驚きの言葉はどうにか口に出さずに堪えた。
疑問を抱えたささやきに私は首を傾げる。シンザワサソリはそれにまっすぐ向き合い、「いやね、」と途切れた言葉の続きを述べた。
「おかしくない?そもそも発火能力と体育館の虐殺はかなり趣向が違うでしょ、それとも能力を2つ持ってるとか?なんかあいつ、そういう超人的抜け駆けができるタイプじゃないと思うんだよね。偉い人に頼み込む根性はあると思うけどさ」
「……そうか」
私は密かに衝撃を受けていた。
シンザワサソリが他者に興味を示すことはかなり珍しいことだったし、思い返せば彼を拾った義父のことすら気にしていたかも怪しかった人間である。
他者を語る相棒のことばは、重大な証言だとかそういうのを抜きにして、何となく、自分の事のように穏やかな気持ちになるものだった。
「……そうか。親身に話していた記憶はないが、いつの間に」
「あ。いや、ごめんイサキちゃん。まだあいつとロクに接したことないわ。あっしが先手取って第一印象で語っただけです。イサキちゃん知らない?あいつ偉い人とパイプあったっけ?」
──そういうところなんだお前は。
「知らんッ!!」
「いった!!あーッ、脚技禁止だって言ったでしょ!靴跡すごっ!」
「怪我してない方の脚だ!お前なあッ!私がちょっと……嬉しかったのに!誇らしかったというのに!」
「ウッフフ……ごめん……だって隣の席の子の名前も覚えてないんだよあっし……」
ふざけるな、ラベリングすら難しいタイプの嘘をつくな。机をダンダン叩いて抗議したというのに、こいつ笑っていないだろうか。
……シンザワサソリと共に生きていると、聞いた私が馬鹿だったという後悔を常々知らしめられる。それでも一人の人間の素性を勘繰り続ける私もどうかとは思うが、とりあえず今は開いていた資料を勢い良く閉じることで怒りを分散させた。頭が痛い。
「おいシンザワサソリ、じゃあ連絡相手に選ばれたのは完全な偶然なのか」
「なんででしょうね。あっしがアホだから?」
「否定しづらくなってきたぞ……」
「おーいチヅル、今入っても?机を叩くまで怒ってるのが珍しくて茶々を入れに来てしまった」
うわ、と我々の声が揃ったのを気にするまでもなく「おーい」と呼ぶ無遠慮。
しまった。
結果として、全てを結果として面倒臭くするお父さんが来た。
「茶々を入れる程度ならばお帰りください!」
「よぉし失礼!」
「お父さん!!」
バァン、という破裂音が室内を劈く。右手に1つ、左手に2つ、マグカップを携えた不埒者がやって来た。よりにもよってパジャマ姿で。
……更によりにもよってだ、裸足で扉をブチ破って入ってきたのか、この実父は!シンザワサソリが驚愕のあまり床に延びているだろうが!
「やっほーシンザワサソリ、君ね、僕の愛娘に珈琲も淹れずに立ち話かい。ここの給湯室は停電中でも使えるぞ?死神くんが来ても安心だ」
「なッ、なんですって、くっ……お義父さまこそノックぐらいしなさいよ、睦言の最中だったらどう責任をとったんです?」
「最中だったら君を全裸のまま追い出していたが!?」
「お父さん、喧嘩でしたら外でされてください。よく晴れていますよ」
「そんな汚らわしいものを見たみたいに……いやそもそも、僕はシンザワサソリに用があって来たんだよ。娘がドラミングを繰り返すゴリラのようだったから面白くて来たとかじゃないよ」
「腕を出してくださいお父さん。一瞬で済ませます」
死に急ぎにも程があるぞこの実父。
珈琲を持っていなかったら即死だと思え、とばかりに睨みつけたが、その為に珈琲を持ってきたんだよという顔でウインクされた。本当に頭が痛い。
「どうどうチヅル、珈琲どうぞ。お父さんを許しておくれ。シンザワサソリに話があるのは本当なんだよ、連れて行ってもいいかい」
「はい、あっしはいいですけど。イサキちゃんオッケー?調べ物ならあっし抜きの方が捗るよね」
「構いません、どうぞ。話し相手がいなくなるのは残念ですが」
そんなことを今更聞くのか、と思わんでもない。2人だけの話というのはままある事だ。特にそこに感慨深さも動ずる理由もない。
過去に2人揃ってどんな深い話をしたのかと探りを入れたところ、イサキ家の家族構成を学ぶ勉強会でしたなどと返されたことがある。多少いざこざがあった程度のことなのに、よくそんな事に一晩中という時間を消費した。
そして、イヤーッツンデレ、あっしのイサキちゃんがツンデレー!僕の娘が柔和ー!などという奇声が傍から聞こえるが、そもそも人が素直になった時の感情を茶化さないでほしい。私とて心はあるぞ。
「じゃあねーイサキちゃん、行ってくるね!終わったら白鳥達の動向次第ってとこ?」
「そうしよう。行ってこい」
ひとつ分の珈琲を机に置いてふたりは出ていった。しばらく帰っては来ないだろう。茶菓子を持ち出してする会話となれば、多少の時間を要するだろうと予測できる。
使用人は警戒態勢とはいかずとも張り詰めた雰囲気にある。静まり返った空間は、久々に得ると心地が良くて頭も回る。
“積眼”で記憶した書類から「姉」の記憶を辿ろう。──それで私も捜査に煮詰まったら、お母さんの所に寄って息抜きをすべきか。
いや。
それより、何かを忘れているような気がする。
何か、大事なことを、お前の───
痛い。
痛い。頭ではなく、
──熱い?
眼の中が酷く痛んで、燃えるような、
***
「で、お義父さん、なんの話をなさるんですか?」
「確認したいことがある。大した話じゃないけど、事前に聞いておきたいかい?」
父親代わりが耳打ちのジェスチャーをしたので、養子にあたるあっしはよろこんで応えることにした。廊下の真ん中でする話なので、恐らくだれかにバレちゃってもオッケー的な話なんだろう。
お義父さんの声はイサキちゃんの声に似ている。当然のことだけど、だからあっしはお義父さんもお義母さんも好ましかった、
「君、チヅルに黙って人を殺しちゃいないか」
それを聞いて。
あっしの口から漏れたのは、「えっ」とか「そんな」とかそういう感嘆ではなくて。
そうか、じゃあ、もう隠さなくてもいいかな、と何処となく落ち着いて。
「なァんだ。意外と鋭かったな」
「思い出したぞシンザワサソリ!!!」
──背後からドカンという破裂音が響く。
「先程の調査の件だがまだ間に合うか!」
「ギャーーーーッ!!!!」
「ヒーッびっくりした!親子揃って扉の扱い!」
──父の部屋に入る前だった、どうにか間に合った。痛みなんぞを突き破って、嫌な予感がしたのだ。
ここで語っておかなければひどく後悔する、そういった類の。
「思い出したって、今思い出したの、イサキちゃん」
「ああ。何だか、記憶に靄がかかっていたようで……それが突然晴れたような……」
「ど、どうしたチヅル。僕もいた方がいいか?急にふたりで青春するわけじゃないよね?」
「ついでです。お父さんも聞いていてください。自室で準備があるならそちらを優先していただいても構いませんが」
「じゃあ、うん、聞いてから行こうかな」
ぴゅうと駆けながら私のデスクの前に戻ってきたシンザワサソリが爛々と目を輝かせる。いつものことである。
それに続いて緩慢な足取りで戻り、後ろ手で扉を閉めた父の表情は曇っていた。早く済ませてほしいということだろう、変なところで人の悪さが滲み出ている。
──用が済んだらそれまで、時が過ぎたらそれまで。その本性を表面に色濃く示すほど、私は冷酷にはなれない。
「イサキちゃん、先程ってなに?学校の?」
「そうだよ。……お父さん、きょうは校内で捜査を行いました。現在我々の担任を務めているチエリ先生に許可を得て、校内ほぼすべての生徒の個人書類を確認し記憶することに成功しています」
「うん。よく許可が下りたな」
「我々生き残りが追加した目標は、トヤマタケルの捜索。そして、今回転校生として校内を訪れた兄弟の……姉探しです」
「姉?」
「はい。兄弟は測定不能の能力を所有しており、その姉も同等の力を所持しているのではと考えられましたが、少なくともあの虐殺以降は消息不明と言うしかない状態です」
「またそれか。サエズリとやらもとんだ惨事をやらかしたものだ、尾を引きすぎる」
まるで見てきたかのように、お父さんは閉じた扉に寄りかかってひどいため息をつく。
虐殺に限らず、私が仕事に関わる話をする度に、お父さんはいつもむず痒そうな顔をした。何か打開策があったのではないか、打つべき手があったのではないか、と。
「虐殺のこと、前にも聞いたけれども。生存者の捜索を心の問題で放棄してしまうレベルの有様だったなら、万に一つの生存者とかはありえそうじゃあないか?ただの職務怠慢で真実を逃してはいけない」
「それについては、申し訳ありません」
「謝るこたないよイサキちゃん。体育館の中が一帯ミンチをぶちまけたような惨状だったのに、初見でさて誰が誰かなァって一々探せるわけないでしょ。それができるのは人でなしだ」
「……むう。ごめんチヅル、話が逸れたな。話したいのはそれだけじゃないだろう」
お父さんが降参とばかりに肩を竦めて、ふんすと息を鳴らしたシンザワサソリが私に向き直る。
そこまでしなくていい、と諭すのは後にしておく。──シンザワサソリは私をいつだって守ろうとするが、お父さんも真っ直ぐな正論ばかりを言うわけではない。人は悪いが、目指すものはお前と一緒だ──と告げてもなかなか納得しないのが常である。
それでも結局は付き合いを続けるのだから、よき家族に値する、と思う。……お母さんが当たり前のようにそこに居た頃から。
「シンザワサソリ。お父さん。私は全面的に貴方がたを信用しています。……だから、今から話すのは、単なる情報の共有です」
「……あれ、イサキちゃん?痛いの」
何なのだろう、先程から頭が焦げるように熱い。いや、眼が痛いのか。こんなにねじ伏せるような痛みは初めてだった。まるで、思い出すなと言いたいようじゃないか。
探偵が自制をかけて何になるのだ。
疑問も策も尽きないままに死んでたまるものか。
私はそれだけは絶対にごめんだ。
「……シンザワサソリ。全校生徒の数と比較して、保管されている書類が1人分足りないと言ったな」
「うん、それがあの理科兄弟の姉ちゃんの分でしょ?」
「そう思うか、本当に」
「え?」
お父さんは何も言わずに私を見下ろしていた。大丈夫か、どうした、そんな配慮の欠片も見せずに、私の言葉を待っている。
──大変有難い。
私の性格は、あなたにもお母さんにも、シンザワサソリにも似た。知りたいことを知り、言いたいことを言うのでしょう、私たちは。
口をできるだけ大きく開けて、ただただ鋭く言い放つ。
「一度で聞け、あまり口にしたくはない」
「……うん」
「シンザワサソリの能力調査票だけが、無い」
お前、誰かに嵌められていないか。