ダーク・ファンタジー小説
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう(更新停滞中) ( No.124 )
- 日時: 2022/05/07 00:32
- 名前: 利府(リフ) (ID: 5nVUckFj)
『鳥になりたいなあ』
軍人は夢を見る。
体育館の格子窓越しに青空を眺めながら。
理想は、炎を携えて飛んでいく鉄の鳥。
切っ先を地表に向けて、空に向けて、
殺戮と滅亡のために飛んでいきたい。
大規模で短い戦争をしたい。
人類の歴史なんて終わってしまえばいい。
軍人はそう常々思っていた。
自然を食い潰して、動物を食い潰して、
世界のながれを滅茶苦茶にしたくせして、
中途半端に生き長らえすぎなんだ。
早いところ機械みたいに完璧になるか、無能のガラクタになって滅べばよかったのに。
それでも、進み続けるならまだ許容できた。
可能性があるなら、僕も信じていたかった。だけど、本当に人間ってどうしようもなかった。
あんまり神様の名前なんて呼びたくないけどさ、こうなってしまったらもう人の手に負えないんだ。どうか助けて欲しい。
『何考えてる?』
男が呻くように呟いた。ぬるく湿った温度の室内、僕は立っていて彼は座っている。その視線は何かを見上げるようではあったが、見ているのは僕ではなく天井だった。
声色だけで僕に問いかけているのだ。
かたやカッターシャツの襟元で首筋に垂れてくる水滴を拭って、かたや無の表情で天を仰いでいる。ランニングの後の休憩時間のようだった。
『……逃走の経路と、この後のことかな。神様が助けてくれないかなとか』
続けざま、「いま鬱陶しいと思って拭ったのが血だった、襟元が汚れた」という話題を出した。彼は笑い返してくれた。
お互いに血塗れではあったが、それらは全て他者の血である。互いに生きている状態だったから、どことなく僕の心には余裕があった。この男もきっとそうなのだろうと思っていた。
格子窓に新しい血が散った。一瞬遅れて人の腕だったものが足元に叩き付けられる。よく飛んだな、ともっともらしく微笑んでみた。
『ねえ。君もここで死にたい?』
僕はナイフを握ったまま、いたずらに問う。
まさか、と言ってほしくて聞いたのに、返ってきた言葉はあまりにも空虚に響いた。
『そうさせてくれ』
未だに、ずっと響いている。
誰のせいでこうなったか分かっているのに、これからどうしようかと考えを巡らせていたのに。世界は希望に満ち溢れていたのに。
そのたった一言で、胸が異様に苦しくなった。
戦争の始まりの日であった。
***
現実の中に佇んでいる。
夕暮れ時は、空が燃えているから居心地が良い。
僕は、終末にしか生きていられない人種だから。
僕の伸びた影の向こうに異物が見える。
探偵たちの屋敷の裏口で、人らしきものが倒れていた。無抵抗に、何が起きたかも分からないといった表情で。
性別は女、恐らく屋敷の使用人だろう。遺体ではあるが、形だけはしっかりと残っている。あとは眼球だけがただならぬ状態にあるくらいか。
瞳が露骨に上向いているのだ。遅刻して出ていった学生の慌てようみたいで、それなりに面白い。そんなに慌てるような計画なのか、そもそもそういう性格なのか。
まあいい、事を進めよう。
考察と解体、どっちも似ていて僕は好きだ。
遺体の内側がじぃじぃと焦げ、然るべき処置を急かす。
ナイフをそっと当てて人体の皮を剥いだ。必要なのは顔の皮。焦げた頭蓋と肉が煙を上げて、沸騰した血が溢れ出ていく。そうしたら、皮の裏側に残った焦げ跡を削ぎ落として、洗濯し終えたハンカチのように広げて終わり。
弾けるように飛んでいく血飛沫を見て、うっかり母親の背姿を思い出した。こういうことをしている時、あの人は全てに絶望した顔をしていた。
父親に何もかも任せ切りにされて、惨たらしい有様で生き続けて、男女共同参画の精神が完全に追いつく前に夭折した。
「この女にも家族がいたのかなあ……」
おもむろに立ち上がって両眼を瞑り、両手で顔を覆う。指が触れた箇所から、じりじりと僕の表皮が焦げていった。
丸焦げになった顔の上につややかな面の皮を被って、煤のようになった手をだらりと下ろす。
そこに倫理も命も問う必要は無い。そういう時勢は終わっている。
サエズリケンジの心と身体に痛覚はない。
結った白髪を振り乱すように下ろして、生え際の焦げ目を隠した。見下げた血溜まりに女の顔をした何かが映り込んでいた。
片方の靴先を冷めた血に浸し、裏口の石畳の上にがりがりと文字をなぞっていく。こういう試みは初めてで緊張した。
「紙はあるが、まあ静かな方がいいか。この家にはそういうテロリストが棲んでいる」
体育館の虐殺、スズノミヤマの圧死、マツリバヤシの焼死、あとにもまだまだ増えていく。死神の件については向こうの自己責任に過ぎないが、看過できない行為も増えてきた。所詮、私と同じ手段で、私と別の目的を目指すものだったということだ。
それならついでに、私の目的まで巻き込んでもらおうじゃないか、ヘル。
殺しをしてでも成したい悲願があるのだろう?
戦争は、たくさんの願いでできている。
烏滸がましい自他の願いに殺され、振り回され、震える身体で妥協し、それでようやく生き残る。
その癖して飽き足らない。こんなはずじゃなかったとまた願う。行き着く先は絶望だ。
我々の思考の差異はその先なのだろうから、いつか語り合いたいな。
私はここを出ていく。君もここを出ていけますように。血も涙もない因果応報が、君の心臓に追いつかないうちに。
ああそれと、ヘル。
君が裏口で殺した女の目玉と電子機器、まとめて潰して悪かった。
──君の退路を潰したのは私の私情だから、恨むなら私を恨めよ。