ダーク・ファンタジー小説
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.58 )
- 日時: 2015/02/16 22:33
- 名前: 利府(リフ) (ID: ktFX/uOB)
ごうごうと風の鳴る音が聞こえてくる。
その音を聞きつつも、あたしは布団の中でがちがちと震えている。
隣に座っていたトヤマさんがとうとう溜息を吐き、あたしが潜っている
布団をゆっくりと引き剥がした。
「いいかげん見捨てなよ」
——あのガダイ君の皮を被った化物が、あたしのお母さんを狙っていると知った3日後。
つまり、死刑宣告の日。
あたしは起きてすぐ、出張中の父さんが残して行ったノートパソコンの回線を切り、
それを自分の部屋に持ちだした。
お母さんは何も聞かなかったけど、困惑した表情だった。
お母さんは何も知らないんだ。
パソコンを置いた後、再びお母さんのいる居間に出る。
お母さんに向けてあたしは言った。
「お母さん、何も聞かないん…?」
「聞かんよ。ハルミがしたいことがあるんだったら、そうすればいい」
したいこと。
あたしは、何をしたいんだろう。
あの化物からお母さんをただ、守りたいだけなのか。
3日前、トヤマさんが言った。
「君の宝物が君なら、君はカラスが守ってくれる。
影をカラスは探せない、
君が影なら君が死ぬ」
タケル君が言った。
「選んでください、俺たちが全てを守れるわけじゃないんです。
死ぬか生きるか、それは姉貴にも誰にも分かりません。
…否、殺せば、相手は死にます」
今のあたしには、難しすぎるんだ。
一人じゃ何もできない、無能には。
…
風がまだ外で鳴っている。
死ぬか生きるかが決まるまでは、近い。
トヤマさんがそうつぶやいて、風の音が突如割れる。
ガダイ君だったものが首をくくって、それが揺れて窓にぶつかってくる。
あたしは、それをとうとう見ぬままだった。
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.59 )
- 日時: 2015/03/04 20:19
- 名前: 利府(リフ) (ID: ktFX/uOB)
サイレンが窓の外から聞こえる。
あのあとにタケル君が警察を呼んで、あたしの家には数人の警官が来ていた。
「ふーん、事情聴取ねぇ。大体聞いて何があるっていうのよ、
多分ガダイは首吊って自殺、ってメドを立ててるみたいなのにねぇ」
「……どこでさね」
「本人の家のパイプよ。
まぁ口が裂けても首が裂けても、
この私が括った、……否!括りなおした、とは言えないけどね?」
あたしは部屋に籠っていたから明確には分からないが、トヤマさんが言うからには…
私の家の庭に吊るされていたガダイ君は一部が腐敗していたらしい。
そして、トヤマさんはそれを見てこう考えた。
『あのウイルスがサエズリであろうとなかろうと、サエズリの仕業に見せかけてしまえ』と。
そして、彼は火葬された。
焼かれたまま、自分の家に吊るされた。
聞くだけで吐き気がする。
そして、罪悪感に駆られた。
昨日、タケル君がメールで伝えてくれたことがあった。
『あのウイルスは人の体を借りて生きています。
この世界で悠々自適に暮らすために、自分が欲しいと思った体を奪うんです。
だからガダイ先輩をパソコンの機能で狙って、殺して、自分の体を手に入れて
俺たちに接触してきたんです』
泣きそうになった。
アイツの残虐性に。
ガダイ君はそんな理由で死んだ。
じゃあ、じゃあ。
何でモモは、一人で行かなかった。
一人で死んでしまわなかった。
代わりに死ななかった。
あの無能は、悪魔だ。
悪魔だ、
「ハルミさん?」
はっ、と顔を上げた。
ドアの前に立っていたのは女性警官、
ふくよかな体に一丁のピストルをベルトに付けている。
思春期の女だからって、配慮してくれたのか。
一人で考えさせてほしいのに。
あんな自由なトヤマさんだって、静かにしていてくれたんだけど。
「パソコンを取っても大丈夫?
あなたのお母さんが使いたいと言っているんだけど…」
「は、はい」
大丈夫だ。
警察の人がいるし、犯人対策でピストルを持ってるんだ。
…ガダイ君の身体を失ったなら、あいつはただのデータなんだし。
パソコンを手渡した。
「ありがとう。それじゃ…」
その瞬間、パソコンの液晶が音を立てて割れた。
ナイフがサーバーまでを貫いている。
「渡すなッ!!」
トヤマさんが、恐ろしい剣幕で叫んだ。
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.60 )
- 日時: 2015/03/12 21:34
- 名前: 利府(リフ) (ID: ktFX/uOB)
時間がないんだ、分かってくれるな?
今回は特に雑だぞ。いいな。
ふらぁ、と警察官さんの身体が揺れて、一瞬で落ちた。
「お、お姉さん?大丈夫さね?ごめんなさい、この子友達で…」
続きを言おうとした瞬間、トヤマさんがドアを開けた。
「ハルミ、そいつの両目をえぐって。無理ならタケルに頼むか、目を閉じさせるか」
「…はっ?」
意味を理解するまでに数秒かかった。
警察官の目は開かれていて、光がない。
そして、彼女の身体は妙に重い。
「…まさか………」
「この太っちょだから選んだんだ。死神のベースキャンプ、って役割として」
さっき、あたしが対話していたのは。
パソコンを手渡そうとしていたのは。
「…か、か、母さんが…危ない…」
「その結論に辿り着いたんだね?なら満場一致だ!
その哀れなご遺体はもう、傍観者だから」
彼女は遠回しに、あたしの言葉を正解だと言った。
頭が悪いあたしを導くため、なのだろうか。
「んでどうする、Lady(淑女)。パソコンを一瞬でも取られた以上は、
あのガキは他の媒体からでも侵入できるわよ?」
「え?」
「多分あの警察官、スマホでものんきに使ってたんじゃないの?
はぁ、だからネットワークは怖いのよねぇ…
恐ろしいものを目で見たら、それがそのまま脳内に焼き付くんだよ」
…恐ろしい仮説が、浮かんだ。
「まさ、か」
「謎解きよ。
ガダイは『他殺』だ、だがそれが『彼の脳内』によって誘導されたとしたら?
誰がガダイの『遺体』を君とモモが運び出された後に見たんだ?
『次の標的はハルミ』というメッセを見て、警察は何故あんたを守りに来ない?
そして、確定している事実を聞かせてあげるわ。
これは現在進行形。
目で見ないと分からないお嬢様には、聞かせて脳に焼き付けるのが早い!」
手を引かれて、開いたドアに吸い込まれた。
「この先の絶景は私も知らない、目で見た者しか分からないよ。
さぁハルミ、殺るか殺されるか奪われるかだ」
居間へのドアを開く。
「戦犯を『目』に焼き付けて、理解しな」
——confirmed
この世界であなたに聞く耳は無い
見る目があるだけ
指くわえて見てな、と戦犯は『言う』
『戦犯』=Hell…
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.61 )
- 日時: 2015/03/18 21:16
- 名前: 利府(リフ) (ID: ktFX/uOB)
「ママ—、あそこに投稿スピードが遅すぎる上に下手文ばっかり作る人がいるよー」
「あれは相当才能がないわねぇ…戦闘シーンが書けない典型的なクズだわ」
「もう望みもないね」
テレビの画面は、結界ともとれる文字列で埋め尽くされていた。
「手遅れじゃあないわね。
テレビの電源が付いてなかったから、手間取ってるんだ」
よく見たらノイズが所々にかかっている。
確かに手間取ってる、ということはあたしにもよく分かった。
だが、
あたしが望んでいたこの部屋の姿を神様は創ってくれなかった。
「…嘘でしょ…ぉ」
警察はそこら中に、肉片や布と化して転がっていた。
壁にはペンキの落書きのように真っ赤な血が塗りたくられていて、まるで赤い部屋。
地獄かと見紛う程に赤、赤、赤々赤々赤々。
「おかぁさんッ…お母さん…」
吐き気がおさまらない。
血とか内臓も喉まで上がっている気がしてくる。
口端をつり上げて、やさしく笑ってくれてたはずなのに。
どこにいるの。
おかえりって言ってよ。
ハルミって呼んでよ。
『ハルミがしたいことがあるんだったら、そうすればいい』
どくん。
心音が妙に重く響いて、同時に吐き気が治まった。
喉で鳴ってた心臓が、キッチリ肺の横にある。
「どうする、ハルミ?選択は無限だよ」
ふうっ、と妙に落ち着いた息がでた。
「あたしが倒す」
目を閉じて、少し前の怪我がまだ残る腕から包帯を引き剥がして。
何故か、戦うことに恐怖心が失せている。
「できるの?」
問いかけが聞こえる。
いや、聞くだけでいい。
見たらトヤマさんまで死ぬ。
「ハルミ。私も目視はできないから、姿形までは分からない。
耳で全てを見ることはできないし、目で全てを聞くこともできない私らにとっては
嫌な相手でもあるけどさ。
あたしは無能には無いプライドがある。
だから頼りな、二人分の聴力っていうもう一つの武器に」
「…もうここじゃ、無能も有能もないじゃないですか」
「はーい、無駄話、やめ。
来る。
あと5秒、と見た」
テレビから砂嵐の音が響き渡る。
「あははははははははははははは!!戦うぅ?戦うんだったらおいでよ!
おいらも待っていたから!
ずーっと!ずーっと!!」
彼の本来の声は、子供のように残酷だった。
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.62 )
- 日時: 2015/03/29 22:38
- 名前: 利府(リフ) (ID: ktFX/uOB)
わし「昔みたいに改行祭りをさせて下さい」
ミコト「こいつ参照伸びないからってごまかし戦法使うつもりだ。汚い流石作者汚い」
わし「あとハルミがひどい目に合うよ!やったねみことちゃん!」
ミコト「おいやめろ」
高笑いをしながら、少年が残像をまとってやってくる。
死をまとってやってくる。
「トヤマさん、ナイフを貸して」
自分でも驚くくらい冷ややかな声で、あたしは隣にいるトヤマさんから
ナイフを受け取った。
冷たい感触が体に走る。
人殺しの気持ちが分かった。
自分の身体が一つの感情で埋め尽くされて、
一つの目的を得て、
良心が心の奥底に埋葬される。
深い夜空に五等星や六等星が飲まれてしまうように、全てが一変する。
「ハルミ、聴力だ。二人で仲良く手をつないでたら確実に相手の一人芝居だよ。
見たら死ぬモンに対して、感触に全てを頼っちゃならない。いい?」
「…はい!!」
あたしは飛んだ。
方向感覚だけを頼りに、テレビに向かってナイフを突き立てる。
切り裂け。
砕け。
消去。
抹殺。
脳内をめぐる言葉を目的に変換して、液晶に刺さったと思われるナイフを
頭上に掲げるように、上に引き上げた。
「うああああぁぁぁぁぁッ!!」
液晶が割れる音がはっきりと聞こえた。
テレビの枠で止まったナイフを引き抜くと、あたしの足元で
硝子の欠片が床に叩き付けられる音と、もうひとつの異物の音。
どうやら中の回路まで粉砕してしまったらしい。
ばらばらとけたたましい音が鳴り響く中、あたしは短くふうっと息を吐いた。
が。
それは、慢心だった。
「馬鹿みたいだねぇ?
フユノギハルミの無能っぷりは君も理解してるだろ、トヤマ!?」
上から風を切って、死が落ちてきた。
「ハルミぃ!!」
トヤマさんの叫びが聞こえた瞬間、腹部を激痛が襲った。
内臓を貫かれる感覚を、あたしは生まれて初めて味わった。
痛い。何なの。何だっていうの。
お母さんもこんなに痛かったの。
痛い。苦しい。
胃の中身とか血液が口から流れ出てくる。
声が出ない。
そのまま、あたしは歪んだ波に蹴飛ばされた。
「…ッ、あ゛」
骨から嫌な音がして、痛みを訴える間もなく。
あたしは壁にぶつかった。
口に残ってた血が、周辺に落ちる。
意識が落ちかけた。
ナイフが手元にない。
無能、って言葉が胸に刺さって、涙まで溢れてくる。
駄目だ。あたしには死ぬことしかないのか。
四の世界がふっ、と目蓋の裏に見えた瞬間。
「ハルミ…?」
聞いたことのある声が、あたしの鼓膜をノックした。
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.63 )
- 日時: 2015/04/02 21:04
- 名前: 利府(リフ) (ID: ktFX/uOB)
「Well Well…」
思わず先ほど見た映画のセリフを呟いてしまった。
ああ、一度死んだ上にご遺体がこの様じゃあこいつの「ご霊体」もブチ切れるだろうな。
ガダイの死体は腐りきっていて、ブルーシートから覗くのは焼けて黒く焦げた学生服。
私も見慣れてるはずなのに、そのシルエットは芸術に近しきものと言えた。
「ねぇ、ガンダム。お前が影も形もなくなる前に、ひとつ話でも聞いてよ」
物言わぬ肉塊どころじゃない、最早墨に成り果ててしまったガダイに私は語りかける。
「゛Vincent Willem van Gogh゛という名でこの世を生きていた男が、
こんな名言を残してる。
『I wish they would only take me as I am.』
真面目に美術の授業を受けていたかで回答は変わるでしょうね。
あぁ、それと。知ってたよ。
お前、私と同じで能力は持ってなかったんだろ」
本来だったら何で知ってる、って大声で返してきそうだけど、もう唇は
形を留めていないだろう。
舌も脳も損傷の嵐なんだから、きっとね。
「何で私にそろーっと近付こうとしてたのよ。
走ってくりゃ、私は簡単にオとせたのにね…」
私が何をしたって、生体と死体はねじれの関係に阻まれる。
干渉できない壁は人生の終わりにある。
当たり前の事じゃないか、
理解していれば。
「私に話しかけてくれる男なんて、この殺伐とした校内にいるとは思わなかった」
一呼吸ついて、私はブルーシートをめくってやる。
警察が来る前に、済ませておこう。
「ごめんな、私はお前を好きになれなかったし、
お前も私を好きになれなかったねぇ、蓮太郎」
人の目的がある限り、全てはこじれていくものなんだ。
だから許してくれ。
憎まれるのには慣れてるけど、私は裏切られるのは嫌いなんだ。
馬鹿らしい自分の頬を軽く叩いてから、
私は見え隠れしているガダイの骨を抜き取った。
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.64 )
- 日時: 2015/04/08 21:52
- 名前: 利府(リフ) (ID: ktFX/uOB)
作者「ヘルを倒せば 世界は救われるんだよ!」
タケル「ナ、ナンダッテー!!」
ミコト「中二でそのネタ知ってるのっておかしくないかな」
作者「イインダヨ!グリーンダヨ!」
トヤマ姉弟「それは古い」
「それで、トヤマ。こういう前座は使ってほしくなかったね。
おいらは無能が突っかかってくるのは嫌いだよ」
ヘルが遠くでケタケタと笑っている、相変わらず残酷な響きで。
あたしは泣きそうになっていた。
隣にいたのは、
「ハルミ!?無事なら返事して!死んじゃいけんよ!!」
私と同じ話し方をする、この世で一番見慣れた顔を持つ人だった。
「…お母さん……おかあさ…ぁ…!!」
涙がぼろぼろ溢れてくる。
血まで洗い流してしまいそうな程に、それは止まる事を知らなかった。
お母さんは生きていた。ここにいた。
「あーあぁ、トヤマ。突き詰めていけばお前と話をする事だけが目的だったのに、
目標から逸れちゃうじゃないか!
あはは、おいらは泣いちゃうよ」
「舌をとって食われたいのか、ヘル!?」
トヤマさんのナイフがとんでもない速さで振り回されていく。
聴力だけを頼りとしているようには思えない。
それをヘルは跳んで避ける。
どちらも最早、舞。
電波が散る音がする。
剣の残像、風を切る音。
ただ、肝心の血は一滴も落ちる音はしない。
いらついてくる。さっさと殺せ。
でないと、死んでしまう。
殺される。
『それは、誰が?』
声が響いた。
瞬間、トヤマさんがナイフを持つ手を変える。
「伏せろ、見るな!!」
その言葉にびくりと反応して、お母さんの顔を下に向けさせようとした、
その時だった。
「いっ、嫌だぁぁぁぁぁ!」
———お母さんが、突然私の手を振り払った。
聞いたこともない、金切り声をあげて。
全てが止まったかのように思えた。
「そうだろーね。フユノギアカネ、お前はお前で母親としての立場を守りたいだろ。
だけどさ、もうこの中じゃ勝つのはおいら、捨て駒はお前だって決められてるんだよ」
お母さんの瞳が、ヘルの瞳へと呑まれていった。
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.65 )
- 日時: 2015/04/13 23:19
- 名前: 利府(リフ) (ID: ktFX/uOB)
「あはっ、堕ちたぁ!!」
ぐるぐると漫画のように円を描いて、回って。
ヘルの無邪気な笑い声が、あたしの血管を千切りそうになった。
あぁ、遠い。
希望にあたしは届かなかった。
きっと今のあたしは、目蓋を開けば遠い目だ。
虚空しか見たくない。
「嫌だ、嘘だ…おかぁさ…生きてたのに…生きてたのに、駄目…」
口から勝手に言葉が漏れる。
じわじわと無くなっていく電波の流れを握るように、あたしは
くるくると手を回す。
手探りで。
時間はまだ止まっているんじゃないか、と思えるほど静かで。
「ハルミ、今度こそ言う。
見捨てろ、私はお前の命を守る事だけが目的だ」
ここまでこの世は冷酷だったのか。
こんな世界なんて嫌だ。
逃げてしまいたい。
だから、聞こえないふりをする。
嘘をつく。
そして、手をいくらかざしても、電波の鼓動はしなくなってしまった。
お母さんの声が聞こえない。
世界は音を立てて壊れるのが普通だ。
末路というのは神が決める物事だ。
四の世界に神はいないのなら。
それはとても素晴らしい事じゃないのか、
「なぁ、戦意喪失の子供は面倒だね。
神が先手をきってでも戦って欲しいな」
ヘルが呟いている。
聞いてない。嗚呼、知らない。
構わないで。
そのはずだったのに。
「まさにうわの空って感じだね」
ふと、その言葉に違和感を感じた。
聞いた事がある。
それは…
誰が、言っていたんだろう。
「…■、■■、■■……?」
脳はそれを伝えようとしてくれなかった。
腹から血が滴ってる。
考えが廻らない。
あたしは役立たずのまま死んでしまえばいい。
こんな簡単な事もろくに言えない。
でも、伝えたら何かが終わる気がする。
「ハルミ!?ハルミ、返事して!
フユノギハルミはまだ死んでないんだよ」
「そーだよ。死んでないから返事しない。死んでるなら体が脈動する。
かがみ合わせの役立たずは、死んでゴミになって焼却される運命だろ?」
脳裏に火だるまの、あどけない少年が叫ぶ顔が見えた。
あつい。
あつい。
『俺は今、どうなってしまってる?』
『あたしは今、どうなってしまってる?』
共鳴する声は、死に近すぎる呻き声としか聞き取れなくて。
あたしの意識は墜落した。
その瞬間。
厚いコンクリートの壁が破られて、影が飛び込んでくる。
そのシルエットは。
「死を覆す事は、ヒーローの役目って誰が決めたのかしらね」
ガスマスクの女が、白い骨の欠片を軽く回していた。
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.66 )
- 日時: 2015/04/17 21:55
- 名前: 利府(リフ) (ID: ktFX/uOB)
あたしは、目を開けたまま。
その人物を見ている。
「遅い」
トヤマさんがいつになくイライラした様子で言う。
その矛先は、あたしが求めていない人物だった。
「本日二度目のゴメンナサイ。あー、独り言含めて二回目。謝罪会見かっつの」
「世間話はいいですよ。戦況を頭に突っ込んでくれないか、モモ」
強制はしないけど。
そうトヤマさんが続けて言うと、モモはガスマスクで隠れていない瞳だけでにっこりと笑った。
それはどこか、狂気を孕んだ瞳を細めて、隠しているようで。
そして。
モモはなぜか、その瞳を開かないまま。
まさか。
「ハルミなら戦いやすいでしょー。孤立した役立たずは、自分に責任持たせたくないのよ」
「あ、あんた、何を言ってるの…」
「ば————————か、ばかばかばぁか!
ヒント教えるんじゃない、ばぁか。
あは、はははは!」
壊れた緩い空気をさらにばらばらにする、聞き慣れた声。
目には、血走ったような電波。
お母さんはそこには居ない。
ただ、死で潰れた命が操られているだけだった。
そいつは、一息置いて。
お母さんが一度だって出さなかった、否、出せなかった、出す気もなかった声を。
「お嬢ちゃま、お前、…ずーっと。
可愛いこのマザコンクソ豚が痛ぇ痛ぇ、ママ、ママって言ってるの見聞きしてたんだ?」
まるで難しい言葉を翻訳するかのように。
ヘルは見下すように、微かに笑っている。
あたしの全てが砕け散る音がした。
もう、こいつのことを何も信じてなかったのに。
全てが叩き潰された。
「吹っ切れた?じゃあ戦ってくれ。前哨戦を」
ことん、と何かが落ちる音がして、あたしは少し目を開く。
そこには、見覚えのない、少し焦げている小さな骨が転がっていた。
あたしの震えが一気に体を駆け上がってくる。
「なん…っっで、そんなことができるんさね、あんたはぁぁ!!?」
声を荒げて叫んでも、モモは覆い隠された表情を変えない。
にこやかに目だけで笑っている。
「そうだよ。私はミコっちゃんの命令をしっかり受け取った。
やるべきことをやって、
見捨てた」
——いつから、庶民は王に従うようになったのだろう。
あぁ、四の世界が欲しい。
こんな世界はいらない。
あたしの手がナイフを掴む。
殺意をモモに向けて、あたしはなぜかちょっぴり微笑んだ。
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.67 )
- 日時: 2021/11/06 21:07
- 名前: 利府(リフ) (ID: eQHJlJim)
良かったぁ〜更新できた。(外で雷が鳴ってやがった…)
スコンスの炎が燃える下で、この家の御曹司の一人であるタケルは歩いていた。
赤いカーペットにはシミ一つなく、使用人もいないのによくもまぁここまで
綺麗なもんだ、とこの前来た゛彼の友人゛(トオル)は言っていたが。
重苦しい音が響いて、だだっ広い食堂への扉が開かれる。
まず目に入るのは白いテーブルクロスに包まれた縦に長いテーブルと、その中心に
堂々と置かれたりんどうの花。
そして席の端には、椅子に座って優雅にステーキを切り分ける女の姿があった。
「また花を変えたのよ」
女はタケルを認めると、薄ら笑いを浮かべながら彼に向かって呟いた。
対するタケルはドアを閉めた後、足音を立てることなく彼女のもとへ近付いていく。
その表情は俗に言うしかめっ面で、女は少したじろいだ後に今度は呆れた顔を見せた。
「お前は何をやっても満足しないの?ああ面白くないわ。どうしてミコトに似ないのよ」
「似ているはずなのですが。度が強めの眼鏡でも必要ですか」
タケルの目が少し細められる。
これを馬鹿にされたと受け取った女は、表情を薄ら笑いに戻した代わりに
眉間に大きくしわを寄せた。
「お前の為に用意した花だったのに。何なのかしら。デザート、なしにされたいの?」
とうとう怒らせてしまったらしい。
が、タケルはそれを抑えさせる言葉をかける事は微塵も考えていないのだ。
だって、今彼が聞きたい事は。
「あなたは鳥の女王でも何でもない。王者でもない。なら俺の問いに答える
義務があるはずです、゛トヤマオウム゛」
「それを断る義務があるとしたら?」
どん、と雷が落ちるような音と共に、テーブルにヒビが入る音がした。
「うるせぇ」
タケルの拳がクロスの一部分を破いていた。
ステーキに刺さったままのフォークがびぃん、と揺れて、ナイフが落ちていく。
カランと響く音と同時に、オウムと呼ばれた女が下げていた顔を上げた。
「そうか。台風がお前の敵の中にいるんだね?聞いているよ、ヘルの事は」
その声に、今度はタケルの方も驚いて表情を変えた。
「何で、知っているんだ」
「ミコトがお前に心配をかけたくないという建前で言ってきたの。
今は皆様方、フユノギさんのお宅かしらね。
もう、あの家の血筋は途絶える頃かな?」
女が妖しく微笑んだ瞬間、タケルはナイフを手にして部屋から飛び出した。
「ドアは閉めなさいって、ミコトにも言われただろうに」
オウムが笑顔を捨てて、席を立つ。
そのままテーブルの中心に向かい、そこにある一輪のりんどうの花に触れた。
「正義を望むのは馬鹿しかいない。私はヘルを尊重したくもあるけどね…」
食べかけのステーキを置いたまま、オウムは電話のある玄関に向かっていった。
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.68 )
- 日時: 2015/05/04 15:27
- 名前: 利府(リフ) (ID: ktFX/uOB)
執筆BGMはDiscord。
So take your tyranny away!
「見物客として、おいらはここに座るべきかな?」
ハルミの母親の顔をしたヘルがわざとらしく微笑んだ。
その表情は硬く、どこか恐ろしさを感じているようだった。
私は彼から目を逸らしつつ、一本のナイフを投げた。
からんと乾いた音が鳴る。
ちゃんとあたるように狙ったのだが外してしまったらしく、
ヘルのけけけ、という声が聞こえる。
チッ、と軽い舌打ちをしてから私は威圧をかけるように言った。
「居座るだけでも害になる虫はどこにでもいるのよ」
このまま戦いが始まってしまうなら。
私は、ヘルの動き一つ一つをけん制しなければならない。
真面目にヘルと戦うよりはマシな仕事だが、無能同士の戦いを観戦しつつ
゛客゛の暴動にまで気を使う事になるとは。
「殺す…!」
笑みを浮かべるハルミは、いつもの言葉のボキャブラリーの多い女じゃない。
ただそれしか言わない本物の無能だ。
それでもただ意識だけは保っているから、タチが悪いんだよ。
私はそれが戦況に目を向けているのを確認してから、そちらを向いた。
その方向には、こいつは多重人格者かと思えてしまうほど、先ほどの表情が
さらに険しくなっている死神がいる。
「トヤマ。お前とおいらは審判にでも成り下がるべきだ」
「何を言っているのよ。この状況を止めるのが私にとっての審判なんだけど」
「じゃ、真似。
死神を否定するなら、人の生死に干渉する事も否定するべきだと思うんだけど。
…っふふふ、違うなら黙ってて欲しいけどさ」
ぐい、と腕を引かれる。
驚いて短い悲鳴を上げると、モモがこちらを向いてヘルの行動を止めようとしてくる。
それを狙っていたのか、にぃっとハルミが口の端をつり上げた。
「モモ!!」
ハルミが握っているナイフは、別に能力者にだけ効くものではない。
刃は普通のナイフ、持ち歩いていることがバレればそれは警察にしょっぴかれる。
でもここでは法律も裁判も後の祭りだ、戦いなのだから。
だからハルミは今、殺す気なのだ。
馬鹿げてる話だが。
体が地面に落ちていく。
生身の温かく華奢な腕が、女性にあるまじき力で私の腕を引く。
モモ。来ちゃならない。
私は、こんなの簡単に退ける事が出来るんだって。
お前とは違うんだよ。
だから、
「やめてよ…!」
刃が制服に触れる。
スローモーションで引き裂かれる白いシャツ。
モモが一瞬だけ、ガスマスクに包まれた顔でこちらをちらりと見た。
そして、目元だけで笑って。
「お気持ちだけ、頂きます」
あの夕焼けの病室が脳裏に浮かんだその瞬間、全てが消し飛んだ。
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.69 )
- 日時: 2015/05/04 16:50
- 名前: 利府(リフ) (ID: ktFX/uOB)
書きたかったシーンですよ奥さん。私の現実でのあだ名は奥さんです。
認めてませんけど。
BGMは前と同じくDiscord!
夏の午後なら学校でくたびれてるか夏休み満喫中です!
羊水の中で揺られているようだった。
穏やかに水面が動いた後に、はっきりと周りの景色が見えてくる。
私は…
この中で誰かさん達に、見られている?
「ミコっちゃん」
ガラスで囲まれている透明な水の中で、私はモモがそこにいる事を漸く理解した。
彼女は死臭が漂うタイルの上にいて、血飛沫を纏っている白衣に付着させている。
いつものガスマスクも、その研究者のような姿に似合っていた。
「…ここは、私とミコっちゃんの空間だよ」
「その割には私だけ隔離されているじゃない」
私が苦笑いをしながら囁くと、モモはたじろぎもせずに切り返す。
「私とミコっちゃんだけとは言ってないじゃない。第一それは、あんたも
分かってるはずだと思いますけどー」
何もかもを知っているような口ぶりだった。
それに違和感を感じて、私は思わずその疑問を訴える。
「私が白鳥になった理由を知ってるの?」
モモが少し首を傾げてから、突然自分のガスマスクに手を掛けた。
露わになった顔は先ほどと打って変わり、どこか悲しそうで。
音を立てて転がるマスクが突然砕け散るのと同時に、モモは自分の顔に手を伸ばす。
突然何をするのか、と考えた瞬間。
ぎし、という嫌な響きと共に、表情を歪ませながら両耳を引き裂いた。
その行動への衝撃で、私は久々に恐怖心を感じる。
水に浮かぶ体をよじらせ、まるで私の方が耳を裂かれたような反応が出てしまった。
対して向こうは息切れを起こす事は無く、ただ下を向いたままだった。
「ミコっちゃんがこれをやっても、精神的な痛みしか感じない事だけは知ってるわ」
「それ以外、は?」
「本当にそれだけ。なんなら弟君に聞いてよ、身内に嘘発見機があるなんて羨ましい」
それが嘘にしか聞こえない。
こいつの能力は無い、という事は分かっているけど。
「今はタケルがいない。ここで聞こうとしても、私には分からないのよ…」
「はは。トヤマ姉弟は8:2くらいでできているとでも言えますねぇ」
その言葉にどくん、と胸が激しい音を立てた。
それは…
私と、弟の、データ上の正式な比率。
モモは、法螺話を言っているのか。
それとも、知っていつつも道化師を気取って話しているのか。
「顔色が悪いよ、ミコっちゃん。大丈夫?」
「っ、モモ!!
…あんた、本当に。
能力は、無いのよね」
「弟君、つまり王子様が来る。ここから戻って、次は二人揃って病室に行けるなら。
また前のように話そう、私の武器の事も。あの子がいない、嘘を付けない状況下で」
゛あの子゛は、きっとヘルの事である。
私がそう理解したときには、
ガスマスクを失ったモモがくすり、と笑い、コンピュータが再起動するように。
空間が一変し、水もタイルもガスマスクもモモも、虚空へと消えてしまった。
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.70 )
- 日時: 2015/05/08 23:03
- 名前: 利府(リフ) (ID: ktFX/uOB)
前の話に伏線盛り込みたかったのに足りない!!
BGMはLife。熱帯夜にそろそろなりそうですけどね。冷たい夜はヒーターだ。
苦し紛れの展開注意。いや、だって、タケ君をぶち込む方法思いつかなかったもん…
あと、ミコトの本格的な能力初活用。遅いぞ。
私は戦場へと、一瞬にして戻っていた。
先ほどの空間は一つの名残も残さず消えて、後には生活感が満ちたフローリングの
部屋だけが残されている。
そして、状況は何も変わらないままで。
唯一の変化は、私の手がモモの指に掴まれていることだけだった。
目を開いて。
冷や汗を滴らせて、ヘルの形だけは優しげに覗く目を気にする事もなく。
再び制止の言葉を掛けようとした瞬間、ふわりと浮いていた体が
勢いよく落ち、そこで初めてヘルの纏う電波が離れていた事に気付く。
とっくに彼は私の対処など考えておらず、逆に新たな脅威を察したかのようだった。
(無能を舐めているという事は、敗北に繋がると踏んでいたが…)
モモが、動き出した。
ガスマスクを着けたまま、ハルミの攻撃をするりと避けて、時に動きで惑わして。
戦場で戦う女兵士のようだった。
華奢な体で、反逆者の子供を力の差で説得する。ひゅう、と息を鳴らして。
それは一瞬の賞賛で、その1秒と経たない間の後に、遂に彼女がハルミの腕を取った。
「殺す、離せ!!はなせ、っ、人殺し、外道!堕ちてしまえ、燃えて…」
それでも抵抗するハルミを見て、一瞬モモが戸惑う。
だが、慈悲を見せるなんて考えは毛頭ないらしい。
一度はトオルさんを抑えつけた革靴で、相手の唇ごと顔面を蹴り飛ばした。
唖然とした。
こいつは、才能なのか。
いや、そもそも。その力を理解して…?
ハルミがフローリングに叩き落とされ、気品もなく汚い呻き声を上げる。
顔には跡が残っているが、そこまで強くは喰らっていない。
モモの方が加減したのだ。
それとヘルが動き出すのは、同時だった。
電波をたぎらせ、うねる蛇のような腕を作り上げていく。
瞳は加減を知らないほど開かれている、どんな鈍い人間でもこれが人間だと思うまい。
くすりと心の中で嘲笑い、私は静かに手を伸ばし。
ぐるり、と水飛沫が円を描いた。
たちまちヘルの身体は水の膜に覆われ、人の肌だけが目視できる状態になる。
そうだ。
真水は、電気を通さない。
だから、こいつは今この時、「武器を持って」動けない。
これが私の“白鳥”が、こいつに勝てると確信させる理由だった。
本来、私の水による攻撃は、有害物質を集わせて相手にそれを浴びせる
ことで成り立っていたのだが。
まさかこう使うとは、とお前も思っちゃいないか。
「タケル!!」
ずっと律儀に待っていたわけじゃないだろう、多分これは
オウムに助言でも貰ってから来たな。
廊下へと繋がるドアを開き、私の弟が駆け込んでくる。
「姉貴、取り逃したら頼む」
タケルが覚悟を決めた表情で、黒く染まった翼を広げた。
そのまま距離を詰め、闇を振るうが如く羽が散る。
嫌な響きと共に、それは薙ぎはらわれた。
「…ここまで来て、それかぁ」
最後に吐かれた負け惜しみと共に、外側だけの腰元が砕ける音。
吹き飛んだ体から血が溢れ、フユノギアカネは血を流しながら動かなくなる。
「謝罪よりその体を返せ。センパイが、報われないんだよ」
遠くでサイレンの音がした。
救急車か何かでも来たらしく、人がどよどよと集まってくる音も聞こえた。
ここまで来てこんな医療に頼るとは思ってなかったな、と思う。
何も知らない癖に、野次馬にだけはなりたがりやがって。
笑みをこぼす。
と、後ろでかちゃりという音が鳴った。
遠くで息切れを起こすハルミが、表情を歪ませてナイフを再び手にしたのに
気付いたのは、その数秒後だった。
まだ、血筋なんて、「どっちも」途切れてなかったのだ。
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.71 )
- 日時: 2015/05/12 23:21
- 名前: 利府(リフ) (ID: ktFX/uOB)
作者「次回からネタを微量に入れます」
ハルミ「ふざけんなどんだけあたしバーサク状態のままさね」
作者「今回まで」
ハルミ「うわネタバレしやがったこいつ」
——私は無能を何だと思っていたのだろうと、一瞬考えてしまった。
「働かない」?「実績がない」?
この戦争に身を投じてから、そういったものを戦いに巻き込む気もなくした。
俗に言う役立たずなのだから、何事にも関わろうとしない奴が多いはずだ。
オウムに聞いた、それなのに、何故だ。
これは共食いとも言うべきなのか、いや、
…どちらも、“それ”に値するのか?
「センパイ…?」
間抜けな声を出して、タケルが動きを止めた。
さっきまではヒーローの顔をしてたくせに、異常に気付いた途端すぐこれだ。
たらりと汗が垂れて、サイレンが響く室内に水の音が響く。
ヘルはピクリとも動かなかった。
それはすなわち、元の身体であるフユノギアカネの死を意味している。
「お母さん、死んじゃった」
ふらつきながら立ち上がって、ハルミは呟いた。
先ほどまでの動揺が嘘のように、頬に残った革靴の泥を叩き落してから。
彼女が下げていた顔を上げた瞬間、タケルが小さく悲鳴を上げて仰け反った。
「ッ、ひ…センパイ」
———幼いころ見せてもらった記憶がある。
麻薬を服用して廃人になった男を、被検体としてテーブルの前に置かれた時。
私の心が形成された。
相手が私に喰らい付きそうな勢いで見ていたから、まだ注意深さという物を
持ち合わせていなかった私はその瞳を不用意に覗きこんだのだ。
その瞬間、銃声と共に男は息絶えた。
何故殺したと聞けば、危険だったからと周りにいた研究員たちは言った。
はっきり覚えているそれと、寸分違わぬ瞳だった。
「モモ、離れて。私がケリを付けるから」
これは手に負える代物ではない。
さっきのクリティカルヒットがまぐれであっても、私が彼女を戦争に引き込んだのが悪いのだ。
強さに関係なく、私が止めなければならない。
私とハルミの目が合っても、ハルミはこっちに攻撃する気など毛頭ないかのように
安定感0の戦闘態勢で立っていた。
(だからといって、モモをおとりに使うわけにはいかない!)
タケルに制止のハンドサインを出して、私はナイフを構えた。
相変わらず動かない身体を見て、「これ」は私と戦う気はあるのかと失笑を溢す。
ハルミのたじろぎもしない瞳は、ある意味吸い寄せられそうな色合いだ。
覚悟を決めて、走り出す。
「モモ、退け!!」
どかなければ蹴り飛ばすくらいの気持ちだった。
それに気付いたのか、普段それを受け入れない彼女もぐるりと器用に旋回して避ける。
その瞬間、ハルミのナイフの矛先がこちらに向く。
睨む瞳、怒りを滲ませた歯軋りの音。
タケルの思いがようやく分かった。
これは、ハルミ…?
『君は私の知ってるハルミじゃないんだね』
あぁ、それは前から分かっている事だった。
馬鹿みたいだ、と自分で自分を笑った瞬間、細い指にポニーテールの部分を掴まれる。
隠していた髪留めの部分を暴かれた。
タケルが目を見開き、走ってくると同時にポニーテールを掴む手を折る。
嫌な音が響いて、だらりと垂れる白い肌は直視できなかった。
それでもハルミの片手は止まらず、それはモモの方向へと向く。
脳天に近付いていく。
いけない。
タケルも制止の言葉を叫ぶだけで動かない。
私は手を伸ばす。
「だめ、避けて!モモ!!」
刹那、モモが軽くしゃがみこんで、足元の白い骨を拾い上げた。
その動きは先程より俊足と呼ぶに値するもので、その動きを読んで追ってくる
ナイフをしっかりと目で捉えながら彼女は動く。
早い。
ようやく刺さった例のナイフは、鈍い音を立てて骨に食い込んだ。
咄嗟に構えたそれは盾代わりだった、というわけだ。
ガダイの骨を拾ってきたのはこのためだったのか、と我ながら感心する。
「Fear always springs from ignorance!!」
重い音と共に、ハルミの肩と頭に一撃が叩きつけられた。
崩れ落ちる。
動きを止めたその体の目元にくっきりと残る皮膚のしわ、そして肩には
変色したナイフ。
「これは、能力なの…?」
ガダイの能力は、モモが詐称したものだと言っていた。
それなのに何故。
身体をよじらせて呻くハルミと、血を垂らしたままの彼女の母親。
タケルが力を無くしたように膝を落とし、吐き気があるのか口元に手を寄せる。
そしてノイズのかかったような重い声で言った。
「…血筋も何もあるか、こんな救われない現状で…、ねぇ、モモセンパイ」
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.72 )
- 日時: 2021/12/07 23:17
- 名前: 利府(リフ) (ID: 6i18Tf8q)
今回から(非)日常編!
暫く事件は起こらないようだよ!(ウソ)
目を開けば、無機質な白い天井が見えた。
上にある蛍光灯はあたしを淡く照らして、ゆっくりと掲げた右手がじわりと痛む。
違和感に気付いて関節を曲げようとすると、さらに大きな痛みが右肩を襲った。
「いった…」
「やめなさいお馬鹿———!!」
「うわ—————!?」
突然の訪問…否、闖入者(ちんにゅうしゃ)はシンザワさんだった。
漫画級のスピードで駆けてきて、そのままアクション映画級のスライディングで
この部屋にやってきたのだ。
かくかくと口を動かしていると、シンザワさんがふらりふらりと寄って来た。
完全にグロッキーだ。走りで。
「ハァルゥゥミィィィ…」
「あっえとその、えっ何がどうなっているんさねシンザワさ」
「物分かりが悪いんじゃね!?あっし泣けるね!!あぁもう泣く!我々の苦労!苦労!」
「つまり何なんさね!?日本語じゃないとあたしは分からんよ!?」
「アホンダラぁ!!わさび寿司食わせますよあっしはぁ!!」
「はぁ!?ちょっ、誰か助け…」
ごすぅ、という音を立ててシンザワさんが沈んだ。
その後ろにはまぁ、予想通りと言えば予想通りの彼女がいるわけである。
「おはようフユノギハルミ。無事で何よりだ。
そしてシンザワサソリ、今は何時だ?現行犯逮捕ものだぞ」
「い、イサキさん。何か、いろいろと済まないさね…」
無地の黒い眼帯の紐をくいっと上げ、シンザワさんの頭から手を離してから、
さながら探偵のようにメモを持つ。
重要かどうか分からないが、どうやら今起こったことをきっちりと記録しているらしい。
彼女の能力も、あれば人生をバラ色に染め上げる素晴らしいものなのに。
間違った方向に使っているとしか見れない。
「すまない。後で謝罪の文を送らせてもらおう、関東名産も添える」
「いや、あたしそこの出身じゃないさね。ふざけんな」
流石にいらついた。
どこまであたしを生粋の方言っ子と思っているのか、ホント。
「……さて、気を取り直すか。目覚めたのはいつだ?
身体の不調は目に見えて分かる、そちらは語る必要はない」
「い、今さっきかな。そこんところはまぁ、シンザワさんに聞けば真偽は分かるさね」
「そーですよぉイサキちゃん!名探偵イサキちゃん!この分からずやは先ほど」
「うるさい。お父さんばりにうるさい」
「はい」
きっちりと姿勢を正した(正させられた?)シンザワさんが静かになったところで、
イサキさんがふうっと息を吐いて覚悟を決めたように話しだす。
「早めに告げておこう。フユノギハルミ、君がいるのは北方領土の病院だ」
「うん、病院…」
「北方領土の病院」
「ほ、北方領土。え、え?」
「ロシア所有の土地にあたる領土の──」
「うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
しかし。
さらに衝撃的な事実が告げられるのは、その後であった。
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.73 )
- 日時: 2021/12/07 23:20
- 名前: 利府(リフ) (ID: 6i18Tf8q)
「フユノギハルミ。モスクワに行った経験はあるか」
「なっ、ないにきまっとるさね!!あたしんちはそんな裕福じゃない!」
キーっと八重歯をぎらつかせて威嚇するように叫ぶと、シンザワさんがぷぷぷと笑いだす。
「アメリカ育ちの典型的な特徴…ハードな性格…ぷぷぷぷ、その通りだ…」
「へっ、偏見持ちすぎなんだよ!シンザワさんもやめてさね!」
「私はある」
何気に発されたその言葉だっだが、数拍置いてからあたしが吹き出した。
モスクワにイサキさん…?モスクワに…?
ミニテーブルに頬杖をついてにやつくシンザワさんと、平然としているイサキさん。
「あっしらがモスクワに行ったから、こんな安全なとこで療養できるんだぜぇ。小鳥ちゃん?」
「自分で自分をおだてるな。最近依頼が来ないのは誰のせいか言ってみろ」
「あっしでしょう」
「減給」
あたしがまだ口をパクパクと動かしている間にも夫婦漫才もどき。
何だこの状況は、とたらたら冷や汗を垂らす。
「ま、待って!療養…?」
痛む体で間に入ると、二人が顔を見合わせた。
「…分からず屋よ、単刀直入に言うけど。覚えてるの?覚えてないの?」
「微かに…なんか、途中から記憶がぶつんて切れて、……」
血の色。
戦っている少年とトヤマさん。
お母さん。
お母さんは、…
「————うぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!」
思い出したくなかったものが急に噴き出してきた。
あたしは…
あたしは、モモをあのまま…?
お母さんは、死んだ?
「殺した?…殺しちゃったの、……じゃあ…待ってよ…」
二人が憐れんだ目で見てくる。
首をぶんぶんと振っていると、乱れたあたしの髪を押さえてぐいっとイサキさんが
こちらに寄って来た。
顔が近い。
真っ黒な眼帯と綺麗な目が見える。
それと自分の目を合わせると、暫くしてからゆっくりと顔を離した。
「大丈夫。トヤマミコトが言ったように、フユノギハルミはまだ死んでいない」
「こ、殺したのに?死刑に、ならない?」
声が震える中、シンザワさんがにっこりと笑った。
「あっしらがちゃんと調べた。有能な連中が分からず屋を守った、
だからお前は誰も殺さずに済んだ!これが結論!」
恐怖とは違うものが胸に押し寄せてきて、ぶわっと涙がこぼれる。
久々に見た空はただただ、全てを忘れる事ができるほどに青かった。
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.74 )
- 日時: 2015/05/28 22:02
- 名前: 利府(リフ) (ID: ktFX/uOB)
深夜病棟、カップを取る。
そのまま持参のティーバッグを一つ湯の中に入れ、シュガーではなく角砂糖を一つ。
スプーンのみは盆の中にある貸出用のものから拝借する。
混ぜ終えると、月によって輝く紅茶が揺らめいた。
黒い雲が歪む。
手に当たる青い光がよく映える。
「どこでもあなたは、何かを口にしてらっしゃいますね」
タケルが隣に座るのを見て、オウムはくすくすと微笑んだ。
それは以前の怒りを込めた笑みとは違い、本当に優しいものである。
「逆にお前もミコトも、その髪飾りは外さないのがポリシーらしいわね」
オウムがゆらりと青い手を伸ばす。
彼の方はというと、たじろぎながらも拒否はせず、動かない。
——キューブの形状をした髪飾りが露わになった。
彼の長い髪を結わえるのは安いゴムでもなく、ましてや美しい紐でもない。
それは、ただただ白に染められた汚れなき髪飾り。
「触らないで下さい。見るだけなら俺は拒否しませんけど」
「はは。面白い事言うわね、お前————
……ああ、そうだ」
彼女は腕をポケットに入れ、小さなガラスのケースを取り出す。
その中には、先ほど目視できないまでに溶けたはずの角砂糖がある。
細く、美しい指でそれをつまんでから、彼女はタケルの眼前にそれを置いた。
「お前とそっくりね」
「はぁ!?」
タケルが大きな声を上げる。
遠くでのナースの足音が止まった気がして、やば、と小さく呟く彼を見て、
オウムは何がおかしくなったのか笑いだした。
「きゃはははははははは!」
「わっ、笑うとこじゃないですって!だからもうあなたは」
「なんなの君ら、うるっさいんだけど」
え、と両方が間抜けな声を上げて顔を上げると、先ほどまで話のダシにされていた
ミコトが腕を組んで仁王立ちをしていた。
それはまさに王者の風格で、タケルともなると歯をがちがちと鳴らしている。
「こちとらナースコール押されて土下座した経験もあるんだよ!!
血ぃ混ざってるなら危機感感じろアホ!!」
「あ、姉貴、あの、空気がシリアスだったのに入ってくるのもどーかと」
ダブル拳骨の音が響いた。
タケルとオウムはそれぞれ左右に吹っ飛び、特にタケルは続く蹴りで壁に叩きつけられる。
「オウムの前では姉様だクソカラス!!」
白目を剥いてK.Oされている二人の首根っこを掴んで、
月夜の中を王者が歩いていく。
ナースの足音はもうどこからも聞こえない。
無音の空と病棟が、三つの影を見送る。
ミコトは腕に力を込めながら、ハルミの病室へと向かって行った。
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.75 )
- 日時: 2015/05/31 23:02
- 名前: 利府(リフ) (ID: ktFX/uOB)
「こんばんは皆さん!!こちら我が家族の面々です!」
「ギャ—————————————ッ!!」
トヤマさんと、ゾンビに見えるほどボコボコにされた男女二人の入室にあたしは
今朝のダイナミックお見舞いより衝撃的な悲鳴を上げた。
イサキさんが事もなげに「こんばんは」と手を振り、シンザワさんは居眠りを続行している。
モモはいつもの如く薄い笑みをガスマスクの中から見せていた。
「ちょっとお前!離しなさいよ、せめて首根っこ掴むのはナシにして!」
トヤマさんの手により首根っこを掴まれている女が、ばたばたと暴れる。
下手したら近くの花瓶に当たりそうで、あたしはベッドの上でただハラハラしている。
が、トヤマさんが冷酷な表情で女の顔を見たとき、それもぴたりと止まった。
悲鳴は上げなかったが、何かを察して冷や汗を流す。
「飛んでお屋敷にお帰り下さいクソババア!」
瞬間、とびきりの絶対零度スマイルでトヤマさんが女を病室の外に投げた。
もう一つの手の中にいるタケ君が言葉にならない悲鳴を上げて、
身一つ動かすことなくがたがた震える。
それに対しては周りも無対応ではいないらしく、起きたシンザワさんが「うわぁ」と呟いた。
…呟いて、静寂。
「なっ、なぁっんでみんな大きな反応はしないんさねぇ!?」
「いや、一応今から話す事は真面目だから」
これのどこが真面目なんだよ!!
…という表情を表面に強く出してみるが、モモがはっ、と笑うのを見て余計キーっとなる。
「いやいや、季節の記憶にも関わる事だし。まぁ、気張っときなよ」
それを聞いてハッとした。
そうだった、と頬をぱんぱん叩き、開き直った面持ちでトヤマさんに向き直る。
女を置き去りにして扉を閉め、ロックを掛けつつトヤマさんがこちらを見た。
「…あ、忘れてた。まぁ別にそのままでも別条ないけど」
「何がだよ姉貴!俺死んじまうよ!!」
息を荒げているタケ君がようやく床に自分の力で座ってから、シンザワさんも
欠伸をしつつ立ち上がる。
そのまま、ズボンのポケットから取り出したイルカのシールつきの携帯で
彼女は誰かに電話をかける仕草を見せた。
何回かのコールの後に、「ほら」という声と共に画面がこちらに向けられた。
『…こんばんは、そっちは、そっちは、夜だよね?』
久々に見る黒髪に、あたしはわっと声を上げた。
「チエリ先生!!」
『ふ、フユノギさん。久々、久々ってとこかな。みんなも』
テレビ電話に出た先生は、自宅と思わしき場所でクッションに腰掛けていた。
風呂上がりのバスタオルを首元に巻き、まさに市松のような表情ではあったものの、
その姿はやっぱり安心できるものである。
「んで、センコーにもよく聞いてほしいんだけど。理研以外にもさぁ、
敵が増えた事は存じてるでしょ?」
「うん、うん」
「それでさぁ!先生、あっし調べたんだよ、んで敵のうちの片方に接触も取れた!」
シンザワさんが割り込んで来るようにモモを押しのけ、携帯をテーブルに置いてから
胸元に手を入れ、ギラリと光る物を取り出す。
あのナイフ。
「理研から説明を得たんだよ、これの存在価値のね。これは相当な進歩だとあっしは思うね!」
月明かりに照らされて、変色した刃先が嘲笑うように輝いた。
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.76 )
- 日時: 2015/06/03 21:37
- 名前: 利府(リフ) (ID: ktFX/uOB)
「か、価値?…それ、人を傷付けるためのナイフじゃないのさね?」
確かにそれは迷彩柄とも言えず、アメーバのような模様とも言えず、
とにかく奇妙なウェーブを描く変色したナイフである。
「私もそうだと思っていた。
いや、トヤマミコトとトヤマタケル以外勘付いてなかった、っていうのが正解か」
イサキさんが手を伸ばし、ひょいとシンザワさんの手の中にあるナイフを取った。
シンザワさんは何すんだよ、とばかりに不満げな表情をするが、イサキさんの真剣な表情を見て
溜め息を吐いてから親指を立ててOKサインを出す。
どうも、と言う代わりにそっと目くばせをしたイサキさんが携帯を取った。
そしてそれを画面の向こうにいるチエリ先生の前に掲げる。
「…どこに、どこにあったの?そんな、怖いものが」
「あっしとイサキも探偵の端くれ的なやつだしな、ヘルが体育館に現れた後
ナイフを躍起になって探した。
んで、証拠押収。マスター、一本頂きますとばっかりにですわ」
タケル君が咳き込んで、汗を一筋流してからイサキさんの手を取った。
近くで見ると少年ながらも無骨で力強そうで、やっぱり男の人の手だと身に染みて思う。
「それ、最初に見つけた姉貴が判断して俺に渡してくれたんです。
最低限戦うのは私とお前だけだ、って…まぁ、俺も嬉しかったですけどね」
「そうなの!?うわぁ、ごめん。何か好意を無下にしてたわ、あっしら」
大げさにイサキさんの頭を下げさせた彼女がイサキさんに鉄槌(拳骨)を下されたところで、
うろたえていた先生がもごもごと口元を歪ませ、小声でつぶやいた。
「…シンザワさん、イサキさん、話して、話して。その方が、皆が助かる、かも」
「分かりました。じゃあ、盗聴器の類があったら嫌だから探して、皆で」
「もう俺の能力で昨日の深夜から確認しましたよ、大丈夫です」
「あっしより仕事はやっ!…頭痛ぇ、うぅ」
数秒してからシンザワさんが再び口を開く。
深夜病棟の、戦争討論が始まった。
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.77 )
- 日時: 2015/06/05 22:33
- 名前: 利府(リフ) (ID: ktFX/uOB)
「原文を自分で加工した文で行くけど、ご容赦願えますかね?」
「まぁいいけど。せめてこの私、馬鹿モモさんに伝わる程度にしてくれれば助かる」
了解、と言ってシンザワさんが目を閉じた。
「『これは当初能力を奪うものじゃなくて、ただ単に命を奪うために用意したものだった。
うん、自分の意向で変えたんだ。
それと、製造方法は教えられない。きみの力ではコピーできないだろうけど、念のため。
さて、本格的な話に入るけど、オーケー?…』
いい?分からず屋も含めて全員そこまでは呑み込めてる?」
全員がこくりと頷くと、シンザワさんは先程よりも真剣な表情になって
再び話し始めた。
「『これはきみの様な能力者に突き刺すことで、能力を吸い取れる代物だ。
能力を吸ったものは普通の状態より変色して、見分けもちゃんと付くだろ?
切れ味もグッド、きみにだってフユノギにだって効く最高の兵器さ。
それでここからは素晴らしい情報のオンパレードだ!いいかい、よく聞きなよ。
これを使えば、スラムの住人だってミコトの様な王者になれるのさ!』」
な、と思わず驚きの声が口から漏れた。
全員の目線がこっちに向くが、あたしは理解できないと主張するように首を横に振る。
携帯の画面の向こうから「ハルミさん、ハルミさん?」と、先生の心配する声も聞こえた。
「いや、だいじょうぶさね…続けて、いいよ」
モモが心配する目線を向けていたが、あたしの了承を聞いてOKサインを出した。
「『能力を吸ったナイフを自らの身体に刺せば、その能力を新たに自分のものにできる』」
「…そ、そんな魔法みたいな事ができるって、サエズリが言ったんですか!?」
今度はタケル君が声を荒げる。
「言わなきゃあっしも言えないってば。…続けますよぉ?あと白鳥、寝るな」
「フガッ」
呑気すぎる!と心の中で愕然とするが、なるべく平常心を取り繕う事にした。
タケル君が困惑した表情のまま項垂れて、シンザワさんが口を開く。
「『能力の通り道は全身の血潮、そこを全てが経由していく。
ナイフも能力を宿してなければ折れるまで使えるし…おっと!
大事なことを忘れてた。
能力を吸ったナイフの刃を折れば、能力も折れたも同然。
なので…』」
「そういうこと、か」
「そう、イサキのお察しの通り。
『星の数ほどある能力の歴史から、宿っていた能力と永久の別れ…つまり、消え失せる!』
シンザワさんがナイフを突然、あたしに差し出した。
あまりにも唐突で意味が分からず、あたしは時が止まったかのように固まる。
そのナイフはよく見てみれば変色はまだ薄く、月光の下でぎらりと輝けるほどだった。
「分からず屋。今朝、右手に痛みを感じてたよね?
それはこのナイフに宿っていた能力を吸った時の傷跡、モモに刺された時の傷なんですわ」
あの時、モモを殺そうとした時。
してしまった時。
『Fear always springs from ignorance!!』
——恐怖は常に無知から生じる。
あの時、あたしが持ったナイフは、あたしがトヤマさんから借りたもので。
あの時、あたしがモモに刺そうとしたナイフは、モモが一つの骨で防いで。
あの時、モモがあたしに突き刺したナイフは、あたしから奪ったもので。
———あの時の骨は、ガダイ君の血肉が付いていた。
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.78 )
- 日時: 2015/06/08 13:25
- 名前: 利府(リフ) (ID: ktFX/uOB)
「…じゃあ、今あたしの身体には、ガダイ君の能力があるってこと?」
唇が震える。
あたしは心臓に手を当てて、早まってきた呼吸を抑えるように服の上からぎゅっと握った。
「まぁ、そうなるんだよ。ごめんね、季節」
「っ…あんたに謝ってもらう義理はもうない!あんたなんか信じられない、黙って!!」
突き返すがごとく声を荒げて、あたしはモモに嫌悪感だけを主張した。
友達じゃないなら憐れみはいらない。あたしは心の中のつっかえ棒をなんとかしたい。
そう考えた上での結論だったが、モモがははっと笑う声を聞いて頭に血が上る思いだった。
痛む体を気にせずとも、罵詈雑言が喉から湧き上がろうとしている。
そこで携帯の中から、「だめ!」と叫ぶ声が聞こえた。
「ハルミさん、ハルミさん!私、調べたの。ガダイ君の能力。彼の能力は、…なかった」
そんな馬鹿な。
なんでそういう結論になるの、と握り拳を作る。
「そんなことありえんさね!!だって、モモが、全員分の能力をまとめたメモを」
「季節」
今までと違って、泣きそうな声で囁かれた。
だけどそれは紛れもなくモモの声で、あたしは愕然とする。
そして彼女は突然頭を下げ、今度は少し大きな声であたしに言った。
「やっぱ信じてるんだね、季節。
あれは、ガダイの能力は大嘘だよ」
「…え」
「ごめん、初めて嘘ついた。下手糞な嘘で、騙してごめん」
現状が信じられなくて、あたしは青い顔で俯いた。
…が、新たな疑問がわくと同時に再び口を開く。
「あたしの体に、能力は今…ないの?」
イサキさんが顔を歪めて、うーんと唸るような声で言う。
まるでそれだけは伝える予定がなかったかのようで、全員がだんまりを決め込んでいた。
——暫く静かになった後、トヤマさんが小さな声量で呟く。
「タケルと先生は、分かってるはずだと思うけど」
タケル君がはっとしたように顔を上げ、複雑な表情をする。
「…姉貴、俺には無理だ、こんな事」
「わっ、私が!!」
画面の向こうで叫ぶ先生の声が響いた。
市松のような黒い目に決意の色を混じらせて、教師の顔をして。
「私が、私が…調べたら、ね。ハルミさんみたいな能力がない人と比べて、ガダイ君は、
潜在能力っていうか、そういう、そういうものがあって、あと少しで開花させられるって、
上層部の先生がデータを大量に保管してたの…」
がさがさ、とノイズがかかった紙をあさくる音が聞こえた後、先生が一枚の髪を掲げた。
「『賀台蓮太郎。出席番号3番、潜在能力保持者、推定能力名、“早知”(さっち)』」
胸がどくん、と音を立てて鳴った。
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.79 )
- 日時: 2015/06/12 23:27
- 名前: 利府(リフ) (ID: ktFX/uOB)
自販機から缶が落ちる鈍い音がして、あたしはそれを拾い上げた。
相変わらず右肩は痛むが、医者が気にしていた傷が開くという事はこの2度目の早朝までなかった。
取り越し苦労だったね、とジュースを買うための駄賃を渡してくれたトヤマさんも笑う始末だ。
一口飲んでから久々に蜜柑の味を口内で噛み締めた。
病棟に人の足音が聞こえていなければ、感嘆の声を口から漏らしそうになるほどおいしい。
『ハルミ、リンゴジュース買ってあげようか』
突如頭の中に響いた懐かしい声を聞いて、あたしは思わず額を抑えた。
前にユリさんにやられた時の跡は残っておらず、ただ今あるのは頭痛と痺れだけだ。
脳が焚き火であぶられているようで、目に涙が染みる感覚が辛い。
「お母さん……」
前髪をかき上げて、それを掴んでからすり潰すようにぐしゃぐしゃと指の腹で擦る。
こうでもしてないと、この発作もどきに殺されるかもと考えてしまうのだ。
遂にしゃがみこみ、涙をこらえるようにしゃくり上げた。
「だ——か———ら—————!!
俺は駄菓子を買う金もないんですよ!?無理言わないで下さい、切ります!!」
「ひうッ!?」
何か変な声が漏れた。
まぁそれはいつかのピンポンダッシュの如く、自分の脳内を蹴るようにやってきたのだが。
「…あ」
「……タケル君、一晩中起きてたのに元気だね」
あたしが皮肉を込めて笑うと、タケル君はとてつもない速さでへこへこと頭を下げた。
「す、すすすすいませんでした!!センパイ!!」
——こっちの方が心境は荒れているのに、それを吸い取るようにタケル君の
モチベーションはメーターの如く目に見えて下がっていった。
なんかここまでくるとこっちが悪い事をした気分になるので、できる限りの
母性本能で肩をぽんぽんと叩いて、「気にしないでいいよ」と
精一杯の笑みを浮かべて言ってやると、タケル君はようやく顔を上げる。
「俺、センパイ探してたんですけど…オウム、ほら、あの花形の刺青した女から
電話があって、それで…」
相変わらずしょぼくれた表情のままだったが、事情は話せる程度にはなった。
中々母性はあるのかも、と陰でくすくす笑っているあたしには気付いてないらしいが。
「大丈夫よ、タケル君。あたしも何か、吹っ切れたさね。
そうね、皆の役に立てるんだ…って思えてきた」
「…センパイがそれ以上怪我したら、姉貴にも俺にもセンパイに合わせる顔がないです」
二人揃って泣き顔だ。
あたしだってセンパイって呼ばれてるのに、これ以上泣いたらこっちこそ合わせる顔がない。
数粒こぼれた涙を拭ってから、あたしは胸を張るように言った。
「このハルミセンパイ、ようやく役に立つんだから。皆と一緒に、たたか……」
むにぃ。
いきなり頬に感じた違和感は、タケル君の指によるものだった。
「だ〜〜〜〜め〜〜〜〜で〜〜〜〜〜〜す〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
「うぇ!?ふぇ!?ひゃけるくん、いひゃい!いひゃ…ふぇ、何するんさね!?」
頬を掴まれてぐりぐり、まるで悪戯っ子にやるような仕置きである。
勿論自由に話す事は出来ず、無様な声を出した後に解放されたあたしの口元は
噛みつくように叫んだ。
「絶対駄目です。ま・だ!潜在能力ですよ、しかも一度も能力出してないでしょ!?
測定もしてません、まだセンパイは守られる立場です!ほら、ジュース飲んだら行きますよ!?」
「ち、ちょっ待って!強引さねタケル君!!…あ、タケル君携帯鳴ってる」
「何なんですかもう…ん?」
『モモと一緒に見てたけど、きみらいつの間にそんな親密になってたんだよ by姉貴』
メール画面に記されたその文字を見て、あたしはタケル君と顔を見合わせてから
「行き先決まったね」と怒りの足取りで彼女らの気配を探ることにした。
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.80 )
- 日時: 2015/06/14 22:33
- 名前: 利府(リフ) (ID: ktFX/uOB)
「んで愛しくもない我が弟よ、どうしてこんな奇行に突っ走ったのかを“君だけ”に問いたい」
「いっでぇぇぇぇぇ!!やめてくれ腕!腕ぇ!!姉貴許してくれ!頼むからぁぁ!!」
ごきごきごき。
凄惨な音が響く中で、なにゆえか報復が軽い(彼女にとっての)チョップで済んだあたしは
悶絶しているタケル君に手を差し伸べる事も出来ずガタガタと震えていた。
「いっでぇ!やめてくれってぇぇぇぇぇ!!」
——何故こうなったかというと、まぁこういう経緯だ。
二人で話してたところを見られ、あたしら二人は無謀にもその場のノリで
あの測定不能(オールレベル)、「白鳥」(しらとり)の力を持っているトヤマさんに
奇襲という名の復讐を誓ったのである。
何故かって、その弟である「黒烏」(くろがらす)がいたからだ。
が、タケル君惨敗という結果と共に、3分間の作戦会議で積み上げた野望は崩れた。
んで、もう説明する意味もあるまい。
コレである。
「せめてカラスに変身してから来れば頬を突っつくくらいの事出来たでしょ—が。
この脳筋。お前の本体は何ですかぁ?お前がたまに掛けてる眼鏡かぁ?」
「うっせぇ!つかあの眼鏡を前に叩き折ったのも姉貴だろーが!第一俺がそれをしてた理由は」
「勉強のためってそれ言ってたけど、それ私にカッコイイとこ見せるためでしょうが」
「姉貴ぃぃ!!俺の日記読むんじゃねぇぇぇ!…いだだだだだだだ!!」
どうやら自分が不利になると実力行使に出るらしい。
ギブギブと唸るタケル君をよそ目に、トヤマさんはあたしに向かってにこりと笑ってこう言った。
「ハルミ、お疲れ。君は病室戻って冷蔵庫のヨーグルト食べてていいよ」
「戻れるわけないさねこんなプロレス技が繰り広げられてる中でぇぇぇぇぇぇぇ!?」
——とりあえずお仕置きはタケル君が息絶えかけたところでやめになり、
あたしとトヤマさん、そして苦労続きのタケル君は病室に戻った。
「あ、あの…トヤマさん…?」
「別にミコトでいいって前から言ってるじゃん」
けらけらと笑っているつもりらしいが、何か目が笑ってません。怖いです。
そうこっちは表情で訴えかけてみるが、床に放り捨てられたタケル君を見て即座にやめた。
ごめんタケル君、そうなりたくはない。
「えっ、えーっと!いろいろ聞きたいんさね、だからちょっといろいろ…あはは…」
心の中で自分の苦し紛れの台詞に絶句した。
何にも聞きたいことなんてないのである。
(ばかばかばかばか!あたしの馬鹿!
…あ、そうだ)
「トヤマさん、ヘルは…どうなったんさね?」
そう。
聞きたかった事なのに、何故か今この瞬間まで抜け落ちていたのだ。
敢えてそれを「お母さん」と称さなかったのは、結論を理解しているから。
死んだのだ、どこで死んだといわれても分からないが。
死んだのだ。
優しいお母さんは。
…これ以上考えたくなくて、あたしはその言葉を最後に黙り込んだ。
「…モンスター・ペイシェント」
トヤマさんが、予測もできない単語を発す。
「……えっ、は?
Monster・patient?」
「今、モモが自主的にあいつのいる校内区へ向かってる。
あいつは、手術を嫌がってメスを奪い、患者の名の元に安楽死を振り撒いているの」
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.81 )
- 日時: 2015/06/19 20:51
- 名前: 利府(リフ) (ID: ktFX/uOB)
街頭の景色は、彼女がこの間目にしたものとは変わらなかった。
飲食店にはたくさんの学生が集い、昼食にがっつく一人の男子生徒はおかわりを要求し、
モデルの様にすらりとした体型の女子生徒3人ほどが部活動のミーティングを行っている。
その喧噪のなかでモモは、たった一人席に座って自分の制服のリボンをいじくっていた。
その顔には暇という文字が大きく書いてあり、まるで遊び道具を取られた子供のようにも見える。
モモは突然顔を上げると、目をぱちくりさせてから一つの方向だけを見だした。
視線が向かっているのはただ一点、中規模な病院の窓である。
周辺の誰一人それに気付く事はなく、ただ自分なりの目的に集中していた。
その窓の先で小さな人影がするりと通っていったのを見て、モモは静かに立ち上がる。
もつれ一つないロングヘアーを揺らして、足取りは軽く出口へ向かって行く。
それを見た学生が「なぁ、あれ能力高校の制服じゃないか?」と
彼女の姿を見送った後に呟いた。
喧騒がさらに増した店内をよそ目に、その騒ぎを起こした張本人であるモモもまた、
目的地である病院へと歩調を強めていった。
———————————————————————————————————
「…まだヘルは、生きてるって」
あたしは瞠目した。
そんなの信じられない、と目で訴えるが、トヤマさんはそれを見ることもなく
次の言葉をあたしに言う。
「頼むからタケルは責めないでよ。本体を殺して、あいつの動きを封じる事が
あの時の最善策だったからね、私が見ても」
「…本体?っ、ふっ、ふざけんな…あたしのお母さん…もう、そんな扱い?」
自嘲気味にあたしは笑った。
あんだけ言ってくれて、終われば道具みたいな言い方か、と。
ふざけるな、という話だった。
「お母さんは前まで笑ってたのに!あんたらのせいで死んだんさね!?
ふざけんな、…ふざけんな!!」
髪をかき乱す。
目頭が今までより一番熱くなって、温い涙が頬を伝っていく。
横目で見たタケル君が、がたがたと震えていた。
それに何の影響を受けたのかは分からないが、あたしは無意識に頬に爪を立てる。
痛い。全部痛い。
激痛が走って、生きてられない。
ベッドに血が混じった涙が落ちていく。
「お母さんはあたしの太陽みたいな人だった!たった一人のあったかい温もりだった!
それを何でタケル君は殺したの!?あたしが死んだ方がよかった!
あたしがあっ、あたしがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
慟哭だった。
髪を振り乱して、赤い涙がそこら中に音をたてて落ちていく。
いつも起こる発作を抑えていなかったら、こんなのが日常茶飯事になるのか。
「太陽がないこんな世界なんて、嫌だ…」
そう小さく呟いた瞬間、首元に突然無骨な手が叩き付けられた。
視界に白い火花が散って、意識が急スピードで落下していく。
落ちたくない。頭が冷える。寒い。
全部嫌だ。
太陽がない世界が、四の世界だとしたら。
そんなの、嫌、だ。
「…俺の太陽なら、ここにいます」
足元に冷たい感触がした。
見てみればそれは大粒の涙で、タケル君があたしの首を白い壁に押さえながら泣いている。
最後に見た、目の前で真っ赤に染まったタケル君の目は。
太陽が滲んでいるようだった。
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.82 )
- 日時: 2015/06/25 23:15
- 名前: 利府(リフ) (ID: ktFX/uOB)
暗い路地をただただ、歩く。
モモは薄暗い道の先にある鈍い光の元へ、とん、とんと歩いて行った。
足取りは軽いとは言えず、どちらかというと何かを確認するかのように抜き足差し足で
進んでいるようにも見える。
無論周りにはゴミが散らばっており、プラスチック製のまだ使えそうなものから
真っ黒に焦げてひしゃげた大きな釘のようなものも落ちていた。
モモが次の一歩を踏もうとすると、かしゃんと軽い音が路地裏に響いた。
「…この病院、元からダメダメなのでしょーか」
それはSDカードだった。
医療用施設で使われたと思わしきもので、表面にはひびが入っている。
黒い手袋で覆われた指がそれを拾い上げると、きらりと輝いてその破片が落ちていった。
「こんなもんより、武器がましだろーけど」
モモが持参したビニール袋に突っ込まれたSDカードは、袋ごと彼女の制服の
胸ポケットに入れられた。
ちゃり、と音が響く。
それがカードの破片が擦れる音ではないと悟ったモモは、音の方向である前方を向いた。
「おかーさん!!」
音を立ててモモの胸に飛び込んできたのは、まだあどけなさが残る病衣を着た子供だった。
7、8ぐらいの歳であろう少女は、違和感に気付いたのか戸惑うモモの顔を見上げる。
「…おかあさん、じゃなかった!ごめんなさい!」
そして、真っ赤な顔でぺこりと頭を下げた。
モモはその行動に警戒心を解き、はぁ、と溜め息を吐いて少女の頭をぽんぽんと叩く。
呆れたような表情だったが、内心彼女はくすくすと笑っていた。
(私、こんなにちゃんと子供らしい子久々に見た)
モモががらりと表情を変え、「こっちに行こう」と微笑んで言った。
手を引いて、路地を来た道の方へ戻る。
瞬間、その方向に太陽の光が見えない事にモモは狼狽した。
そしてそれを隠しているのが、だぼだぼの白い制服であることに気が付いたのだ。
「おーおー、キミ。俺らの基地で何してんのぉ?」
モモはそれに驚き、少女を背中に隠した後に少しばかり安堵した。
口調、制服、髪色。
しかも制服が近隣の評判が悪い高校のものであることに気付くと、それは確信に変わる。
…不良。
どよどよと集まってくる少年たちの足音が途絶えた所で、モモは待ってましたと
ばかりにガスマスクの向こうで不遜な笑みを浮かべた。
「お前らが私の領域に入ってきたんだろうが。能力高等学校の肩書き舐めてほしくないね」
「あ?ざけんな、アーミー女」
モモが笑みを深めた。
「能力高校2年、モモ。感情だけで動くお前らとは違う、畜生とは関わらない人間だ」
そう言い終えた刹那、モモは自分に向かってくる拳を腰を落として避ける。
そのまま手袋を片方のみ脱ぎ、少年たちへ一呼吸ついてから手のひらを向けた。
「出て行ってもらうぜ、クソ女!!」
足音が鳴る。
モモの背中で、ばちばちという音が響いた。
それに振り返ると、後ろにいた少女の身体は醜くしわだらけの肉塊に変貌し、
その代わりに見覚えのある電波が彼女の目から周りへ飛び散る。
『はぁい。出たよ、“おいら”』
驚愕した顔でモモが落ちていく少女の身体を抱えると、ぼろりぼろりとその体が
地面へ音もなく落下していく。
まさか。
『こんっにっちわぁ————、お嬢ちゃん!毎度、おいらぁ。ヘルだよぉ?』
モモが正面を向き直すと、先ほどまで活気にあふれていた少年達が無残にも
血を噴き出してその場に倒れていた。
その周りには、ブレードの様に輝く電波。
「…そっちからお出ましになるとは、私もミコっちゃんも予測してなかったね」
一点に集う電波があの無邪気な少年の形を作り上げたとき、少女の身体は消えた。
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.83 )
- 日時: 2015/06/29 23:31
- 名前: 利府(リフ) (ID: ktFX/uOB)
「何?私を殺しに来たの?」
モモは静かに戦闘態勢に移り、1本しかない貴重なナイフを右手に持って構えた。
彼女の真剣な表情を見て、ヘルは一瞬真顔になってから、くっ、と喉を鳴らして
その一瞬の間の後にげらげらと笑いだした。
『あっはははははははははははひゃひゃひゃっひゃっ!はひゃひゃ…』
モモがその瞳を睨むが、相手はこちらを見ているのにもかかわらず
たじろぎもしないでただ狂ったように笑みを広げて高らかに笑う。
そこで、ある事に気付いてモモは愕然とした。
(…なんで目が合ってるのに、吸われない?)
記憶に新しい、窓から覗き見た衝撃的な光景。
たった一人の少年が、ハルミの母親の命と体を奪った瞬間。
———ヘルの能力と言って、間違いないものだった。
今モモの目にある防御策と言えば、ガスマスクに付属していた目元の薄いガラスカバーだ。
しかしこれだけでは完全ではないと自覚していた彼女は、手に黒い手袋を付けている。
それほど慢心というものを知らないモモは、いつだって明るい笑みを絶やさない。
それが相手の慢心と、疑いを呼び起こすとも知らずに。
『お嬢ちゃん。おいらはね、利用価値のあるものはいくら絞っても絞っても
価値を絶やすことなく存在すると思うんだよ』
「それで何が言いたいの」
『そう。ヒントを要求して、自分で最良の道を探すのがお嬢ちゃんの素晴らしさ。
どこの探偵より探偵らしいや、
ね〜え?おねえちゃぁん』
甘ったれた声だった。
それに油断していたのだろう、胸ポケットからかしゃんと音を立てて落ちた
SDカードにモモの反応は遅れた。
前方からヘルの姿が消え、じりじりと電波のうごめく音が鳴る。
どこだ。
どこにいる。
構えたモモの背中で、ぺたんと冷たい音が聞こえた。
振り向くと、先ほど崩れ落ちたはずの少女がにっこりと笑ってモモの肩を
するり、するりと撫でている。
「しってる?わたしはね、病院からにげたかったんだって。
だから死神さまの作戦につきあって、それで病院のひとみんな手術したの」
モモの背筋がわずかに震えた。
常人なら崩れ落ちてしまいそうな恐怖だろうが、かろうじて彼女の両足は
コンクリート製の血が飛び散った地面に真っ直ぐ立っている。
「だから、おねぇちゃんもさぁ、やめてね。わたしをおいまわすの。
そんなの不躾だよ。
まぁ、“きみ”だから仕方ないか。
じゃあね、おいらはまたこの世の中を駆けずりまわるよ!』
肩を撫でていた手が外れ、恐ろしい速さでモモの目元にその小さい指が向かって行った。
数瞬の間を開けてモモは短く唸りながら指をナイフで切り落とす。
指は、ガラスに小さな穴を開けていた。
「…いてぇなぁ」
ヘルが冷ややかな表情で微笑み、ふわりと少女の姿で「おかあさぁん」と
呟きつつ路地の外へ駆けていった。
モモがふう、と溜め息を吐いた直後、彼女の足元に透明な水が散った。
驚いた彼女が見上げると、グッドサインで割れた窓際に立っているミコトがいる。
「おっつー」
「なにがおっつーじゃミコっちゃん。途中から来てるんだったら来い馬鹿白鳥」
ミコトはヘルよりかは短く笑い、水を少年たちの死体に吹きかけながら飛んだ。
そして慣れたが如く短く浮遊しながら地面に着地し、真顔のままであるモモの手を掴む。
「よくやったよ。無能らしくないよねぇ、きみも」
「…そりゃありがとーございました、神から嫌味を言われるとは思ってないよモモさんは」
ビルの隙間に覗く真っ青な空は、雲一つなかった。
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.84 )
- 日時: 2015/07/03 23:30
- 名前: 利府(リフ) (ID: ktFX/uOB)
「…あれ?」
ゆっくりと開けてきた視界に違和感を抱き、あたしは垂れてくる前髪をかき上げる。
そういえば、いつも付けているはずの赤いヘアピンが額の近くにも横髪にもない。
いつも肌に当たってひやりとする、いつもはうざったらしいものなのに。
どこに行ったのだろう。
見回すと、自分の病室であることを示す名前入りのカードが目に入った。
そうだ。
あの時タケル君たちの前であんなに暴れて、それでタケル君に押さえられて…
「タケル君は…どこ…?」
室内はただ、無人であることを表すかのように音がなかった。
外に青空が見えるが、しばらく見ていても鳥一匹も見えやしない。
痺れを切らして、金属製の手すりを支えにしてゆっくりと立ち上がった瞬間。
「ハルミさぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!?」
「来ると思ってたけどって早ぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」
凄く見慣れた黒髪が、とにかく台風に揺られているかのようになびきつつやって来た。
その手には花束が握られていて、あたしはぱぁっと目を輝かせる。
「…初めてちゃんとお見舞いの品と呼ばれるものを頂いた…うっ、涙が」
「どっ、どうして泣くの!?先生、先生だって!
ほら、もうたくさんあるだろうけど。お花、お花!綺麗でしょ、ね?」
「すいません一個目さね」
感動の涙をこらえつつ、とにかくチエリ先生を小さな椅子に座るよう促した。
「卒業式で泣くのを我慢する母親ってこんな顔してますかね、先生」
「イエス」
突如アヒル口になった先生がぐっと親指を立て、あたしもそれを返した。
やばい。これ小学校低学年の子供と遊ぶ親だ。
「んで、先生どうしたんですか?あたし今寝起きで…」
寝起きというのは嘘である。ていうか気絶からの起床である。
それにもかかわらず、あたしは事もなくそうさらりと言えたのだ。
あたしは軽く微笑みながら、嘘をさらりと言えた自分の唇を疑うようになぞった。
湿っている。
「んっとね、んーっとね…そう!私、みんなに伝えたい事があって」
「……」
嘘をついた。
唇は湿っている。
あたしは、嘘だけでこの唇を動かしている?
そんな仮説が頭の底から湧いて、あたしは下を向いて唇を指で開く。
そのまま喉へ、指をするりと入れた。
「…ハルミさん!?」
先生の声と同時に、あたしは身震いして指を引き抜いた。
むしろ声に怯えて抜いたのではなく、喉の中で何かを触った気がして。
ちくり、とくる何かに。
「ハルミさん、本当にもっといいお医者さんに診てもらった方が、いい。いいよ。
その人がもうすぐ、学校に来てくれるから。すぐ、すぐね」
花束をぽすん、と額に当てられた。
見てみれば品種も違うであろう花がずらりと円状に並べられていて、七色にも見える。
合弁花から離弁花まで、赤から紫まで、それはもう種類も言い当てられないほど。
その中に一つの紙切れを見つけて、あたしはチエリ先生の手から花束を奪う。
目をぱちくりとさせる先生の横で、その見覚えのある文体を読み上げた。
「『Wait a bit!』……?
先生、この子…生徒なの?」
しばらく待ってて、と紙には書かれていた。それも、英語で。
「う、うん…うん。生徒。もうすぐ、来るの。
私がこの病院を用意する時に使った“つて”があって、
その人の子供が、二人」
third chapter end.
Red,death.