ダーク・ファンタジー小説
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.85 )
- 日時: 2015/07/07 23:44
- 名前: 利府(リフ) (ID: ktFX/uOB)
——空は、イサキチヅルという女が片目を失ってからというもの、ほとんど淀む事がない。
それでも世の中というものはよく保つもので、人はどこからでも命の源である
水を奪い、また奪い、飲んで、流して、また飲んでを繰り返して、単独で進化を続けている。
ただ、その永久とも思われた枯渇は、数十日前の僅かなこじれから潰えた。
あの、淀んだ戦争特有の黒い雨と、神の如き白鳥、トヤマミコトによって。
———そして、とある廃ビル。
「イサキちゃん、へローへローお調子いかがですかぁ」
シンザワサソリという人間が、鈍色のトランシーバーを手にしてふざけた調子で話す。
その声を受けた相手はただ、いい、とだけ口にして一方的に通信を切った。
シンザワはあれー、と何も発さない機械に対して呆れ声を吐くが、無論返答はない。
しかし本人はそれをやる前から分かっていたようで、ふう、と一息吐いてから
トランシーバーを投げ捨て、片足で潰した。
数秒後、微かな爆発音を聞いたシンザワは上を見上げ、そこからの音ではないと察知すると
体重を掛けただけで崩れてしまいそうな階段へ向かい、唯一無傷の手すりを駆け上って行った。
3階と思わしき場所で、シンザワはぴくりと肩を震わせる。
聞き慣れた音がして、瓦礫が積み上がった地面を跳ねるように進み、一つの扉を開けた。
「よっしゃ、電源死んでねぇ」
とはいっても、それは素人目にはもう故障以上の状態と化しているものだった。
数機のパソコンを吟味した後、シンザワは端にあったものに目をつけて慣れた手つきで電源を入れる。
液晶はボロボロだったが、まだ中身は滞りなく動いている。
ページが表示されたところで、シンザワは恐るべき速さで一つのページのアドレスを出す。
開けば、そこはマップのようなものが書かれたページであった。
シンザワは目を瞑る。
(…イサキちゃんは多分、ここか)
胸ポケットから取り出したテープとマジックペンを両手に持ち、シンザワはマウスにまず
テープを少し伸ばして張り付けた。
スクロールバーが動かなくなるのを確認して、今度は少し間をおいてから
ペンである一点を塗る。
その下に彼女の名前を記し、シンザワは再び耳を澄ました。
真上で、銃を構えている。
ガラス瓶が割れる音。液体がぴしゃんと落ちる音。
イサキは、まだ、4階への階段を上っている途中。
「よっしゃあ、勝ちィ!」
シンザワが軽いガッツポーズをし、一つのキーを力強く押した。
瞬間、爆発音が上で聞こえた。
天井の崩落と共に、瓦礫がどんどんとシンザワのいる部屋を叩いている。
シンザワはすぐさま立ち上がり、扉を開けて廊下へ出た。
飛び出した先には眼帯の美少女が立ち、くいっ、と指を使ってこちらへ来るよう指示している。
シンザワはおうよ、と叫んでから彼女を持ち上げ、軽く飛んで崩壊するビルを窓から出た。
どしゃん、という打ち付けられる重い音と、ガラスが落ちる音が響く。
顔を上げ、後ろを振り返ると、ビルは大きな音を立てて崩落していっていた。
前方では大喝采。
よくやった、探偵がここまでよくやってくれたと。
共に落下した二人は顔を見合わせ、一瞬間を置いてからハイタッチをした。
「任務終了、イサキチヅルは無傷。シンザワサソリの安否を問う」
「大丈夫だっつーの。さっさと帰ってフユノギのプリン食べようや、イサキちゃん」
二人は、探偵と、テロリストの子孫である。
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.86 )
- 日時: 2015/07/11 17:23
- 名前: 利府(リフ) (ID: ktFX/uOB)
「どうもぉ」
突然ぽん、と腕を叩かれ、ヤシロはびくりと肩を震わせた。
彼が振り返って周りを見回すと、薄手のブラウスとデニムパンツを身に付けたミコトが見えた。
当然ヤシロはぎょっとして、その可憐な姿の少女を引きつった表情のまま突き飛ばす。
「…ってぇ」
「てめぇ、何でここにいるんだ。どうしてあいつの家の場所を知ってるんだ!?」
ヤシロが怒鳴る中で、ミコトは小石を落としつつゆらりと立ち上がる。
その表情は悪戯を成功させた子供の様で、ヤシロは余計に畏怖の感情を抱く。
ミコトは静かに笑い、震えるヤシロの腕を今度はぎゅっと握りしめてくる。
当然その手は振り払われるが、揺れる動きのままにミコトの指は一点を指差した。
そこは小さなカフェ。
ヤシロは一瞬戸惑う表情をした後、やってしまったとばかりに口元を押さえた。
「私って甘党なんですよ、センパイ。ああいう店とかは暇があれば入るんですけど、
本当に早朝に行かなきゃ食べれないパフェがあるって聞きまして、今ここにいたんです。
で、今。センパイが家から出てくるのが見えて、挨拶しに行ったんですよ?
センパイ、“あいつの家”の場所なんて、知りませんけど。…もしかして、それってここ?」
ミコトが妖艶に首を傾げ、目を細めると同時に、彼女の体は一撃の拳で吹き飛んだ。
壁に叩き付けられる直前でその背から水がうねり、クッションになったが。
ヤシロが怒りの表情のままにその体にまた一撃を加え、ミコトは僅かにうめく。
次の一撃は腹に当たったが、ミコトの不遜な笑いは消えることなく留まっている。
それがさらにヤシロの恐怖を煽り、遂に彼は声を荒げながらその頭部を蹴り飛ばした。
普通なら死んでいると彼も分かっていたのだろう、動かなくなったミコトを見て
深呼吸をしながらもう一発蹴りを入れた。
ミコトの口元から血が落ち、壁にも一滴、二滴の赤い痕が残されていた。
(…頼む、死んでてくれ。ユリに頼めば、どこにでも埋められるんだから)
彼は踵を返し、ふらつきながら歩き出す。
が、その足は数歩で止まった。
「…ヤシロセンパイ?」
その呼び方をするのは、彼の友人に一人しかいない。
「あぁ!よかった、ちょっと今から学校に行くんですけど、センパイも来ませんか」
「タ、タケ…」
長髪を束ねた中性的な少年は、紛れもなくミコトの弟であるトヤマタケルだった。
「えっ、あ、姉貴…?セ、センパイ、これって、何なんですか」
「俺は…知らねぇよ」
「知ってるからそんなに戸惑ってるんでしょ!?俺に能力使わせないで下さいよ!!」
タケルが表情を歪ませて、叫ぶ。
ヤシロは思わずミコトのいる方向へ後ずさり、ちらりと先程出てきた家を見た。
石でできた表札には、「神崎」の名がある。
(…ここでユリを呼べば、何とか出来る)
自嘲を込めて笑うと、ヤシロはその家を見上げた。
この思考を認めるという事は、犯罪を犯すというのと同意義だと分かっていながら。
彼が口を開いた。
「…ユリ!!敵だ、今すぐこっちに能力を使ってくれ、はや…」
「だれが、敵なんですか」
——ヤシロが一滴、冷や汗を落とした。
ゆっくりと振り返ると、冷たい真顔でミコトがトオルの顔を覗き込んでいる。
そのまま音なき悲鳴を上げて、彼は道の向こうへと走り去って行った。
「…姉貴、トオルセンパイは信用できない。近付かない方がいいと思う」
「いやよ。
近くで一緒にいた時期があるから、私はあの人と、ハルミを守りたいんだってば」
「それで姉貴が死んだら、俺も皆も死ぬぞ。和平も何もねぇよ」
「和平ぃ?そんなの一度もクソ人間がやれた事がないじゃない。
どうせ人間、毎日どこでも戦争やってるんだし。
私は、あの二人をそれから少しでも遠ざけたいだけ」
タケルが不満げに「馬鹿姉貴」と呟くと、ミコトは「知ってるくせに」と笑った。
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.87 )
- 日時: 2015/07/14 22:13
- 名前: 利府(リフ) (ID: ktFX/uOB)
「暑い…」
校門の向こうから、この季節にはよく聞く呻き声が聞こえた。
あたしはその時に花壇の右に生えていた花をじっと見ていて、声の主の姿は見られなかったが。
空は相変わらず真っ青で、夏らしさがようやく出てきたという感じだ。
入道雲が大きく見えて、もうあの「どろどろの雨」の欠片などどこにも残ってはいない。
「…この暑さで学校に呼ばれるなんて、正気の沙汰じゃないさね」
ふらりふらりとクーラーが効いているはずの校内を目指し、幾度か力尽きかけつつも
じんじんと暑い校門をくぐる。
最早ここまで来ると上下左右の理屈が頭から消え、もう方角さえ考えなくなった。
ぐらんと揺れる視界に呑まれそうになりながらも、何とか石の地面を踏みしめる。
お母さん、元気ですか。
あたしなんとか歩けてますか。いやむしろ、ここって地面だよね?
玄関まであと二歩、あと1歩。
ようやく辿り着いたその場所で強化ガラスが張られたドアノブを引く。
はぁ、これでようやくクーラーのある場所へ…
がちゃん、と音が響く。
「…うそ」
鍵が開いていない。
あたしは絶望感のままに崩れ落ちた。
おいおいウソだろ。いや待て、暑過ぎて頭冷えてきた。頭食って体冷やしたいんですが。
嘘だと言ってよタケル君。大体呼んだのあんただろうが。ざけんな。
意識が混濁していく。
葬式どーしようかなーと一人走馬灯を見ている中、突然腹部に激痛が走った。
「っだぁ!?誰!?」
蹴られたと一瞬で分かった。
思わず立ち上がり、攻撃をやめたその影に目を向けると、その表情は驚愕の色に染まっている。
が、今度はそれが腕を伸ばし、突然自分の頬に向かってひゅうっと手のひらを向けてきた。
往復ビンタ確定である。
すぐさま屈み、今度はその腕を察知されないように取った。
パシンという軽い音と共に相手の表情は歪み、そのまま「ごめん」と言って頭を下げる。
ただしその言語は、英語で。
「の、No problem…」
ハイ。
忘れていないだろうか。
あたしは帰国子女だ。それも、アメリカからの。
久々に発した英語だったので、舌をうまく使えなかった気がするが。
それでも相手にはバッチリ伝わったようで、その言葉を聞いてぱぁっと明るい顔を見せた。
「Thanks!…Still, are you all right?」
(ありがとよ!…だけど、ホントに大丈夫だよな、アンタ?)
と思ったら心配そうな顔でこちらを見てくるので、バリバリ外国人といった感じを
見せつけられたような気がする。
コロコロ変わるのには何年たっても付いていけない。
「I'm OK!!」
(大丈夫だってば!!)
「Is that true?」
(本当だよな?)
「うっさい!!元気さね、あたしはぁ!!あんたが何度も聞くからまた暑くなってきた!!」
キーンと甲高い声が響いたところで、影は「Oh」と軽い声を上げた。
さらにいらついて一歩踏み出し、影との距離を縮める。
息を大きく吸い込んで、烈火のごとく叫んだ。
「なぁにが、Ohだぁぁぁぁ!!」
———これを木の隙間からタケル君に見られ、拳骨を喰らったのはこの数十秒後の話である。
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.88 )
- 日時: 2015/07/20 00:04
- 名前: 利府(リフ) (ID: ktFX/uOB)
「姉貴…」
「どうした弟」
タケル君が合流したトヤマさんに悲しそうに呼び掛け、ハンカチを持ってメソメソと泣いていた。
これこそ前に先生に話していた例の親の顔ではないか。ていうかあたし、こんな顔してたのか。
タケル君の様子にトヤマさんが何かを察したのか、「ん?」と言ってタケル君の頬に
顔をゆっくりと近づける。
彼は真剣な表情でトヤマさんを見て、大きく息を吸った。
一体どれだけ重要な案件なのだろう…と思っていると、タケル君の口が開かれた。
「ハルミセンパイが英語喋れてた…」
「おいコラ帰国子女なめんなさね」
———教室に集まったのはあたし、トヤマさん姉弟、そして先程会った外国人だった。
彼は黒に少し茶色がかったショートヘアーをぼさぼさに乱して、その上に麦わら帽子。
そしてうちの学校の制服を脱いで、タンクトップ一枚にショートパンツ。
おまけに少し焼けた肌。
ここでまず違和感を抱くのは、彼は本当に外国人なのかということである。
「ワッチュアネーム」
「What?」
(え?何だって?)
あっ、やっちまった。ていうかやられた。
突然トヤマさんが彼の名前を聞いたが、残念ながらバッチリカタカナ英語である。
あたしは「任せて下さい」とトヤマさんを窓際に誘導し、とりあえず万が一の為
見張りを頼んでおくことにした。
あたしは彼の座っている席に自分の椅子をくっつけ、相手の表情を窺いつつ
ゆっくりと椅子に座り、向かい合った。
(…何だか、覚えがある。これは)
あの時は、後ろに夕焼けが見える窓、前にはモモ。
だけどこの情景とあの時の「繊維」との邂逅は違うし、大体その事実は
トヤマさんやタケル君は勿論、モモだって知らなかった可能性がある。
誰にもそれを悟らせてはならない、とあたしは彼の顔にじっと目を向けた。
「…えっと。What's your name?」
(君の名前は?)
「My name is Ivan!」
(オレはイワンだ!)
そう言うと彼はにっかりと笑い、「Nice to meet you!」(よろしくな!)と
言ってあたしの肩をばんばんと叩いてきた。
微妙な痛さで顔をしかめていると、彼がぎょっとして「Sorry」と申し訳なさそうに呟く。
変わる表情を見ているとイライラもするが、何かそれ以上のものが
あたしの胸の中で生まれたような気がした。
(何だか、…タケル君とは違う。けど、これって)
無垢な子供。
決して嘘に揉まれることなく生きてきた、純粋な少年。
タケル君は無垢の部類には入るけど、いかんせん発想が姉と同じようなものに囚われている。
タケル君とは違った、信頼を抱ける。
そう考えると、簡単に質問が出来た。
「How old are you?」
(歳はいくつなの?)
「sixteen years old!」
(16だ!)
「Where are you from?」
(出身は?)
「Russia!」
(ロシアだ!)
隣でぼそぼそと姉弟が話している。
「無能の力ってすげー」
「姉貴…俺も今はそれに同感だよ」
流石にその偏見に痺れを切らして、あたしはイワンと名乗った少年を制止してから席を立った。
「何か質問したいなら言えばいいさね、通訳するから」
こう言ってやると何故か二人は縮こまった。
トヤマさんに至っては「外人っていうか人外だわ、君」と囁く始末である。
まぁ無能が出来る事はこれくらいしかないのだが。
「…あー、緊張する。じゃあ聞いていい?イワン君」
「May I ask you somethi…」
「別にいいぞ!」
ん?
今この子流暢な日本語使ってなかった?
聞き間違いですか?
ん?
「自分の能力答えてくれれば助かるんだけど、分かる?」
「ああ!オレ、すげぇ能力持ってこの学校に来たんだ!兄ちゃんと一緒にな!」
「なっ、何で日本語話さなかったんさねぇぇぇぇぇぇぇ!?」
あたしの絶叫に目もくれず、タケル君がそろりそろりとこちらに近付いてくる。
そしてあたしを心配そうに見守るイワン君の手を取って、あたしを指差しながらこう言った。
「No matter,She is friendly eccentric.」
(気にするな、あの人は親しみやすい変人だから)
ぼかっ。
教室に本日通算二回目の拳骨の音が響くと同時に、いつの間に入ってきた
シンザワさんが「お熱いこった」とけらけらと笑っていた。
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.89 )
- 日時: 2015/07/25 15:47
- 名前: 利府(リフ) (ID: ktFX/uOB)
空き教室へやって来たのは、「仕事」を終えたシンザワさんとイサキさんだった。
特にイサキさんの姿を見て、「かっけぇ!」と騒いだのは初対面のイワン君である。
「いーやぁー、イサキが嘘ついてさぁ。こんだけタケル君の能力が欲しいと
思った事はないですよ、ねぇ分からず屋ことハルミ」
「分からず屋じゃないさねー。能力手に入れたさねー。…ん?嘘?」
シンザワさんの嫌味に反論しようとしたが、一つの言葉があたしの中で引っかかって
自然にそれが疑問へと変わった。
するとイサキさんがシンザワさんにちょいちょいと指で促され、仕方なさそうに
前に出て薄いスカートの裾をゆっくりとめくる。
「こいつ、怪我したってのに自分は無傷って報告書出しやがったんだよ」
「…右足を負傷した。包帯は使うほどではなかったが、また次に異変が起こった際は
標的に直接攻撃を加えられない可能性もある。…すまないと思っているよ」
あまりにも無表情に告げられた事実だったが、負傷したと思わしき部分は
青紫色に染まってただただ痛ましい姿へと化していた。
「…Does this hurt?」
(これ、痛ぇだろ?)
イワン君がイサキさんの足元に近付いて、屈むようにしてその傷をじっくりと眺めている。
シンザワさんが眉間にしわを寄せて「おい」と制止の声を掛けたが、
彼はそれも気にせずそこを見たあとに、うーんと低く唸ってから音もなく立ち上がった。
タケル君が駆け寄って心配の目線を向ける中、イワン君は神妙な顔つきで腕を組む。
「…ちょっと、ヘアピン」
「ハルミさね。ニアピンでもなんでもねぇよヘアピンって」
「このガッコにオレの特別教室のセンセがいるんだ、チエリっていう」
「…チエリ先生なら知ってるけど、先生がどうしたんさね?」
「チエリに頼んで“リカシツ”のカギを取ってきてくれ。えっと、“ソーキュウ”に」
イワン君がにっかりと笑って、「頼む」と言う声と共にあたしの頭をぽんと叩く。
残念なことに彼の言葉の発音はまだ外国人感がほんの少し残っている
(さっきの「ソーキュウ」が完全に「So Good」と同じイントネーションだった)
が、それでも言葉からは真剣さが滲んでいた。
あたしは頷いた。
「わかったさね、何をするかは分かんないけど。持って来る…」
教室を足早に出て、職員室がある2階へと階段を下りて向かう。
理科室は1階に二つあるのだから、この場合どっちも借りた方がいいだろう。
そう考えながら、職員室の扉を開いた。
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.90 )
- 日時: 2015/07/28 18:22
- 名前: 利府(リフ) (ID: ktFX/uOB)
がらりという音が響くと同時に、クーラーのきいた職員室内の空気が廊下に流れ込む。
肌にひやりとした風を受けて、あたしはその涼しさにつられて呆然としていた。
「…ハルミさん!どうしたの、どうしたの…って、あ。もう行くの?」
チエリ先生の癖がある声が、突然別の方向を向いた気がした。
あたしもその方向を向いてみると、奥側の扉へと歩いて行く人影が見える。
その人は切り揃えられた前髪にあたしと同じくらいの長さの後ろ髪、そして眼鏡を掛けていた。
少年だろうか。が、その容姿に覚えはない。
ただ、纏う雰囲気が誰かのものと似ている気がして、あたしは思わずその影を凝視してしまう。
影は鍵置き場へ手を伸ばし、金属音を鳴らしながらその鍵の内のひとつを手に取った。
「See you again tomorrow.」
(ではまた明日)
そして流暢な英語で言葉を述べてから、日光が射す廊下へと向かって行く。
白い肌といかにも優等生らしい顔立ちがようやくそこで見えて、あたしは、はっと息を止める。
突然入って来たあたしに目もくれず、少年は扉を閉めていった。
ほんの少しの静寂の後、あたしはチエリ先生に恐る恐る声を掛けた。
「あの人は?」
「き、聞いて、聞いておどろけ!」
「そんな重要な人なんさね!?で、誰!?」
「うん、転校生!!」
「大体察したのと同じだったわ、考えて損さね先生」
本人は顔を輝かせて言っているが、まったくもって自分が考えてたのと同じパターンである。
となれば、あの二人は何か接点があるのだろうか。
うーんと唸りながら考えていると、今度は大きな音を立てて扉が開かれた。
「おい!ヘアピン!!」
「ハルミ!!My name is Harumi!!Not hairpin!!」
(あたしはハルミです!!ヘアピンじゃねぇさね!!)
「遅いから見に来たら、カギ取ってないな、アンタ!やるって言ったコトはやれよ!」
「うわっ忘れてた、…あれ?」
イワン君に怒鳴られて視線を移したその先は、鍵置き場だったのに。
第一理科室の鍵がない。
「…どうしよう。さっき来た人に、第一理科室の鍵取られちゃったさね」
「バカかアンタ。なんで止めなかったんだよアンタ。もー」
「…イワン君、イワン君、麦わら帽子は?」
「あっ、チエリ!帽子は教室にいるヤツらに預けてきたから安心しろ!
それとアンタ、カギを誰が取っていったか知らないか?」
チエリ先生の姿を見ると彼は花が咲いたように笑い、年相応の表情で鍵の行方を聞いた。
するとチエリ先生はえっ、と驚いたような表情を見せ、廊下の方向を指す。
あたしとイワン君は両方とも目をぱちくりとさせ、「え?」と声を揃えて言った。
「か、鍵は、鍵は、君のお兄さんが取って行ったよ」
イワン君は心底くたびれたような表情をしてその場にへたり込んだ。
あたしの方は先程出会った人物を「お兄さん」と仮定したが、イワン君の行動に違和感を抱き
溜め息を吐く彼の耳元でぼそぼそと聞いた。
「…お兄さんって?」
「ん、教えてなかったか?兄ちゃんの名前はロビン、Robinだ。覚えとけよ、
オレの大好きな兄ちゃんだからな!わっはっはっは!」
イワン君は肩を組んで大笑いすると、突然あたしの二の腕を掴んで
扉を豪快に開けてから暑苦しい廊下へと飛び出した。
冷たい空気が一瞬にして薄れる中、職員室の中では先生が無表情で手を振っている。
なにこれ。
え、どういう状況なの。
彼とあたしの足は先程の空き教室がある階へと向かって行き、階段を上るごとに
スピードが加速していく。
全段上った時にはへろへろで、項垂れながら相手の走りに身を任せるしかなかった。
腕と両足が痛い。あっまずい腰がぐきっていった。
やがて加速が弱まって行くと、イワン君は空き教室の扉をがらりと開けた。
イサキさんが「フユノギハルミ、大丈夫か」と心配そうに言ったが、生憎答えを返す気力がない。
ぜぇぜぇと息を吐いていると、イワン君がふふんと笑ってこう言った。
「アンタら全員、第一リカシツに来い!オレと兄ちゃんとで面白いジッケンしてやる!」
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.91 )
- 日時: 2015/08/02 14:47
- 名前: 利府(リフ) (ID: ktFX/uOB)
この暑苦しい廊下を歩くというのは、今までではあまりありえなかったことだ。
この学校では一部にしかクーラーは設置していない。
そのうちの一つが玄関だ。
勿論授業中にはどんな能力を持った生徒であろうとも滅多に玄関には出ないので、
いわば登下校する生徒を冷やして励ますような役割を担っている。
あとはコンピュータ室、図書室、それとあたし達が使っている離れの寮。
職員室はチエリ先生がいるので確実にフル稼働。
では教室はどうかというと、実は教室ではクーラーを使う必要がないよう学校がある事を考えたのだ。
——水か氷の能力を持つ生徒をクラスに一人ずつ入れる。
これは逆も存在し、火の能力がある生徒も一人ずつ。
なのでこの二人を学級委員同士にするクラスも少なくなく、ごくまれに
その二人がカップルになったという噂も耳にするのだ。
きっとまぁ、水は炎を、炎は水を愛せるとかそういう理論なのかもしれないが。
「…着いたぞ。ここが第一理科室だ」
イサキさんがその位置を指で示すと、イワン君は体を乗り出して感嘆の声を上げた。
「すげー!おいアンタ、タケルだっけ?ニッポンの周期表はどこかしこにあるんだな!」
「…あ、ああ。そうだな。あと俺ら同年代だぞ、イワン君」
イワン君は両手を広げてぐるりぐるりと回り、地味にシンザワさんを突き飛ばしてから
「空が青いぞ!」とぴょんぴょんと跳ね始める。
アホの子か。
巻き込まれたシンザワさんが悶え苦しんでいると、イサキさんが無表情のまま手を出した。
「…シンザワサソリ、床は冷えていて気持ちいいだろうが、立たねば人間としての尊厳はないよ」
「立ちたいけど立てねぇんだよあっし。あーでもイサキちゃんくらいしか優しいのいないな…」
「君らなんなの、付き合ってんの。トヤマさん羨ましいです馬鹿ップル」
狙ったのかは知らないが、何故か俳句もどきで愚痴っているトヤマさんを見て
あたしは眉間にしわを寄せた。
相変わらず目の前ではイワン君がはしゃぎ、タケル君が「目的地そこなんだから早く入れよ」と
それをたしなめている。
するとイワン君は表情を歪ませ、「はぁ?」と今までにない形相でこちらを睨んできた。
あたしとタケル君がぎょっとして身を引くが、相手の表情は一切変わる事はない。
代わりにトヤマさんが「どーしたの」と軽く聞いたのが幸いだったのか、
イワン君は一つ溜息を吐いてから仕方なさそうに言った。
「今は入れないぞ」
「へ?そ、それはどういう…」
あたしの言葉を遮ったのは、轟く爆発音だった。
驚いて室内を覗こうとするが、生憎理科室の窓は全てブラインドがある。
わずかに見える風景に、あたしとタケル君、そして飛び込んできたシンザワさんはぎょっとした。
…水滴があちこちに散ってる?
「Ah...」
室内で悲しそうに響いた声を聞くと、イワン君は嬉しそうに扉へと飛び付いた。
「兄ちゃん!!失敗したんだな!?やったぁ、オレの勝ちだ!出てこいよ!」
なんですと?
白い目でイワン君を覗きこむと、彼はしたやったりといった表情で腕を組んでいる。
すると第一理科室の扉がゆっくりと開き、ふふふと微笑む青年が現れた。
「…I shouldn't have done it.」
(…失敗したよ)
間違いない。
確かにこの姿は。
髪色は栗のように淡い茶色で、イワン君とは違うストレート、切り揃えられた前髪。
あたしと同じくらいの長さの後ろ髪。
そしてシックな黒ぶち眼鏡。
先程職員室で見た、この外国人は。
「………日本語、話せる?」
恐る恐る問いかけてみると、青年はにこりと笑って口を開いた。
「話せますよ。僕はロビン、そこにいるイワンの兄です」
容姿は、ヤシロ君と同じくらいの身長にすらりとした足。多分3年生くらいだろうか。
文句なしに綺麗だ。
「兄ちゃん!まだ水素残ってるよな、次に貸してくれよ!な!な!」
「はいはい」
イワン君をあしらいながら理科室内に全員を引き連れていく彼は、水素の名が
書かれたスプレーを抱えている。
ここでイサキさんがぐっと目を閉じて、ぼそぼそとシンザワさんの耳元で囁くのが聞こえた。
「危惧しろ。…兄弟揃って、相当な能力を持っていると見た」
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.92 )
- 日時: 2015/08/09 19:14
- 名前: 利府(リフ) (ID: ktFX/uOB)
「もしもし」
——トヤマ家の屋敷に電話がかかって来たのは、丁度家主のオウムがいつも食事を取る
大広間へ入ろうとした時だった。
この屋敷の廊下は広い範囲まで音が響き、ビー玉を玄関で落とせば寝室にもかすかに音が聞こえる。
これはれっきとしたあるトヤマ一族の考案からできた小さなエゴだった。
「ここで戦う事があれば」という戦闘しか考えない脳筋の理論にオウムは真っ向から反対したが、
こんな見苦しい内戦で争うわけにもいかず渋々屋敷を一部改築した。
電話の音なんて聞こえなかったらよかった、とオウムは小さく舌打ちをする。
不機嫌さを表すため大きく足音を鳴らしながら、オウムは受話器を仕方なさそうに取った。
がちゃんという音が響くと同時に、待っていたかのように電話の向こうにいる相手は話し出した。
「ご用だけお聞かせ下さい。今忙しいのよ」
「…トヤマさんのお母様ですね」
ピクリとオウムは肩を揺らした後、ほう、と楽しげな声を出した。
彼女は我が子からの電話であっても内容がつまらなかったらすぐさま切り上げる。
これは典型的な短気と言えるが、彼女の権威という名のわがままを考えてみれば
「遊びよりも仕事をやりたがっている」「邪魔するのはいけないことだ」という
自分の正当化を自分が関わる人間すべてに教えているのだ、という理解の仕方が正解だろう。
それでも彼女は受話器を落とさなかった。
相手が相手だからだ。
「先日はそちらから電話を下さったので、今度は私から掛けた方が礼儀としてはいいかと思い」
「…市松先生、口調がまぁ変わったようで。で、それで何の用です?」
「ありがとうございます。お母様、一つ質問をさせていただきたいのですが」
「はぁ」
オウムが間の抜けた声を上げて続きを促すと、電話の向こうのチエリが言った。
「今回転入してきた生徒二人の親ですが、その方の違法実験の隠蔽は何度なさったのでしょう?」
「————————は?」
オウムの表情に困惑の色が浮かぶ。
口を開ける気がわかないのか、暫く受話器を握りしめて彼女は立ち尽くしていた。
「もう一度聞きます。
隠蔽は何度なさったのです」
「5回」
何ともないような声音でオウムは言った。
今度はチエリが息を呑み、オウムは喉の奥で音にならない笑い声を上げる。
今回オウムがチエリの電話を取ったのは、我が子が今この屋敷の中にいないからである。
タケルの能力を行使した盗聴もどきで聞かれることもなく、それは大きな安心とも言えた。
そして電話の内容もある程度察していたオウムは、このタイミングだから話したのだ。
「市松先生、あんまり知ると死ぬか存在自体を消されるから、少しだけ言おうか。
5度目の隠蔽はイサキチヅルの片目を使った検証実験のリーダー、
この件については本人とシンザワサソリ、そしてそいつらの父親代わりが知ってる。
1度目は後々そちらの教え子さんがた全員も知るかもしれない実験だからあえて伏せる。
それ以外は私にだけ教えられた機密実験、特に4度目は教えた瞬間
何人の首が飛ぶか分からないし、知ってる人間は誰にも殺されない自信がある奴だけでしょうね」
「…誰が知ってるっていうの!?」
「生徒に聞かれてるかもしれない時とそうではない時に口調を使い分ける。
こちらは分かりやすいから助かる、市松先生は嘘がうまいね。能力も相当なんだろう。
でもそれを、サエズリケンジが許すかな?」
冷たい声でオウムが呟くと、チエリが受話器を叩き付けて席を立つ音が聞こえた。
誰もいない受話器の向こうをオウムが笑うと同時に、チエリがまた受話器を手に取る音が響く。
(脅しのつもりで言ったのだけど、本気にされたか)
オウムが軽く笑った。
「いい、お前。この世はね、変わり者から消えていくの」
「……変わり者?」
「お前の知る者に、そいつが何人いるかで、今後死んでいく最低減の人数は変わっていく。
忠告よ、探偵は気取るな。じゃあね」
先に落ちたのはオウムの受話器だ。
音が暫く反響するのに耳を傾けた後に、オウムは大広間へと浮足立って歩き出す。
廊下は、まるで迷路のように曲がりくねっているようにも見えるものだ。
「…りんどうは枯れていないけど、もうルピナスは用意できてるから入れるべきかしらね」
誰もいないけどたくさんの灯がある廊下は、心情を表しているんだろう。
オウムは嘲るように笑って、すうっと自分の頬にある刺青の花をなぞった。
———————————————————————————————————————————
伏線たっぷり突っ込めたので満足気味
オウムの言ってる花の花言葉がある事を表してます、検索どうでしょう
イサキとシンザワこのチャプターからメインのはずなのに出ねぇじゃねぇか
リア充が短編でいちゃついてるシーンだけ公開する人こと利府です
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.93 )
- 日時: 2021/03/20 22:43
- 名前: 利府(リフ) (ID: FODM/zWG)
「水素ってのはなぁ、水を分けて、分けて分けきって出るものなんだよ」
理科室に入って早々、イワン君はあたしとタケル君を強引に準備室に引きずり込み、
棚の奥に眠っていたビニール包みの水素入りスプレーを取り出した。
「あれ?ロビンさんが使ってたのでいいんじゃないん?」
「分かってないなヘアピン。これはオレの…んっと、『policy』。
兄ちゃんの実験とオレの実験は、同じ内容でも答えがどこか違ってくるんだぜ」
さっぱり分からない、とあたしは悪態をついてやったが、イワン君は「ボンジンだな」と
一言返してくすりと笑った。
あたしの方は体が熱くなってしまい、今にもその頭を殴りそうな手をタケル君に止められたのだが。
「黙ってるタケルはいい奴だな、兄ちゃんみたいにオトナだと思うぜ」
「あ”ぁ!?じゃああたしはなんさねぇ!?」
「センパイ!ここ準備室ですから!危ない瓶とかありますから!というかセンパイ自体が危ない!!」
ぎゃんぎゃんと騒いだ後に般若の顔をしたイサキさんに蹴り技を受け、
体を酷使した事で動けなくなった彼女を見たシンザワさんにも3発ほどビンタを受けた。
理不尽すぎる。
「ヘアピン、オレは頬が痛い」
「うん。あたしも痛い。で、なんの実験するの」
脚が傷だらけの黒い机に置かれているのは、確か理科の先生が使っていたような記憶がある軽そうな棒。
その隣に新品のマッチ、小さな袋、そしてイワン君の手元には先程手に取っていた水素スプレー。
あたし達はそれが並べられている机からは隔離され、「5mくらい離れて下さい」と
ロビンさんに優しい口調で促された。
先程までとはまた違った表情だったが、うっすらと柔らかい笑みを浮かべて
イワン君は手元にあるスプレーのビニールを破っていった。
そのまま机の下にある小さな台に破ったビニールを入れ、今度は小さな袋を
慣れない手つきで棒の端へと結び付ける。
「なぁ、タケルの姉ちゃん」
突然、イワン君が口を開く。
その目線は入り口付近で廊下の監視をしていたトヤマさんに向けられていた。
「ミコトって呼んでほしいんだけど」
「ん、ゴメン…いや、さぁ。チエリから教えてもらったんだけどさ、ミコトの能力。
水を操って、飛べるって。“フカシギ”だよなぁ、オレも兄ちゃんも仕組みがわかんねぇ」
「……分からなくていいんじゃない」
「オレはバカだけど、兄ちゃんはアタマがやわらかいから、二つの考えで答えを出せる。
兄ちゃんが分からないコトはオレが答えを出してやりたいけど、最近それができない。
ムカムカする。だから、分からないコトだらけのミコトに、オレたちの能力を見せてやる」
袋の開け口にスプレーの管が突っ込まれ、しゅー、という音と共に水素が袋の中へ注がれた。
管を抜いてからすぐに開け口を棒に結び付けた紐できつく縛り、棒に袋をぶら下げる。
そして棒を置き、マッチが軽い音を立てて火をその身に纏う。
「みんな耳ふさげ、目はこっちを見てろ!」
叫びに驚いたあたしは瞬発的に耳を塞ぎ、その方向をじっと見た。
ばん、と袋が割れると同時に、頭を揺さぶるような轟音が響いた。
これは確実に、ロビンさんが教室のなかにいたときと同じ、あの爆発音である。
水滴が一瞬、散るのが見えた。
「まだふさいどけ、こっからが“ホンバン”だから」
イワン君が鼻で笑い、大きく手を振り上げる。
その動きに合わせて、日光で輝く何かが天井へ上ったのを見てあたしは愕然とした。
「……水滴が!?」
次々に昇る水滴の一つが、再び轟音を響かせて破裂した。
そこからまた水滴が散り、爆発の音が部屋中にけたたましく鳴る。
どこもかしこも水に濡れて、思わずあたしも引き下がろうとしたその時だった。
水滴よりも大きな粒が、トヤマさんの頬にぴっと小さな音を立てて掠った。
粒はトヤマさんの背にあった扉に当たり、少しずつ下へと垂れていった。
あたしは思わず目をそむける。
「…イワン!!」
ロビンさんの怒鳴り声と同時に、水は今までより相当大きな音を立てて爆発した。
びりびりと頭の底が痺れる。
「姉貴…!?おい、姉貴!」
タケル君の叫びで我に返り、扉の方向を見る。
「…こっちも能力で返してやろうか?わざとなら理由もきっちり頼みたいんだけど、麦藁君」
トヤマさんは心底イラついた顔で水を体に巻き付け、白い羽を広げて浮かんでいた。
その体には傷一つなかったが、損傷しているはずの扉はただ水に濡れているだけだ。
(水を使って、水素交じりの水滴を相殺したのか)
それにしても判断が早い、と思えた。
「おい大丈夫、白鳥?何起きたのか察しつかねーんだけど」
シンザワさんが入口付近の机から体を乗り出し、ぐいっとトヤマさんの手を引く。
ふわりと音もなく床に降りたトヤマさんが首を傾げた。
「とりあえず、こういう仲間っぽいのに反逆されるって初めてだわ。
で、君らの能力をきっかり教えてほしいんだけど」
はは、と楽しげに笑い、イワン君は声高らかに言った。
「オレがバケガク、兄ちゃんがカガクだ。
アンタらと同じ測定不能、つったら、驚く?」
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.94 )
- 日時: 2015/08/24 21:47
- 名前: 利府(リフ) (ID: ktFX/uOB)
待たせたな!一週間以上サボるとかクズの極みだと思ってる方多いだろうけど
2回くらい書こうとして没にしてました!言い訳乙!
あとスランプ!
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イワンという少年の父親は、出身国では名を知らぬ者はいない著名な科学者だった。
世間の考える彼のイメージは聡明、ミステリアス、魅力的、といった理想だけで作られた。
彼の発表した論文や実験は、人類にとっての夢に届くような素晴らしいものばかりで、
「この人物の手にかかれば周期表の描かれた紙の大きさは何mも広がる」と
彼の実験を目にした実験者は言った。
そんな彼の子供として生まれたイワンは、父の顔をほんの少ししか記憶に留めていなかった。
イワンには優しい母親の存在だけで十分だったし、まずイワンがそんな父親を誇りに思わないのには
一つ理由があった。
母親の背中には、じりじりと焼ける煙草を押しつけられた跡があったのだ。
それを母親はイワンには見せないようにと気遣っていたが、同じ家で暮らしていれば
その姿は一度は目に入ってしまう。
彼は母親の傷について探ろうとしたが、母親の「大丈夫よ、イワンはそのままでいいんだから」
という優しい言葉を聞いてそれを止めた。
その代わりに、彼はある日から父親のオフィスに匿名である一文だけを
便せんいっぱいに並べた手紙を送り続けたのだ。
「It is not a science.」
(科学にあらず)
文を英語にしたのは、彼にとってのカモフラージュだった。
その言葉のみを一心不乱に自室で書き続け、母親がその行動を知って
イワンを止めようとしても彼は目に涙を浮かべてペンを握り続けた。
(あんなもの科学じゃない)
(オレは認めない。オマエの理論と周囲のイメージは完璧であっても、母ちゃんの背中にある
あれは科学の恥だ、オマエの犯した罪として一生残るんだ)
世間はその手紙を大きく批判したが、母親はイワンが傷つかないために
敢えてイワンをその記事が届かない地に送った。
日本。
そこには父親と顔見知りの「ボン チエリ」という教師がいて、彼女は
彼のバックアップを行おうという契約を彼の母親と交わした。
イワン本人も見知らぬ異国の地での生活に目を輝かせ、周りの友人にも
「うらやましいだろ」とはしゃぎながら日本の存在を話していた。
彼は日本で言えば高校一年くらいの歳になっており、母親の希望でイワンは
日本の小さな農業高校に入学した。
彼は周囲の人々にも愛され、その明るい性格と笑顔で一気に親しまれるようになった。
少し理数以外では抜けているのも日本の人々には受け、彼もロシアで生活していたころとは
まったく違う性格になって過ごしていた。
ある日、高校で「バケガク」という存在を教えられたイワンは、それについて詳しく知るため
実験室で寝泊りをしだした。
校内の人間もそれに付き合い、彼に「バケガク」を教えるために彼の問いに答え続けた。
そしてある冬に、彼は「カガク」という言葉と、それに関する実験を知る。
彼はそれを激しく嫌い、母親に「オレはバケガクをしたい、カガクはいらない」という手紙を送った。
母親から帰ってきた返事は、「イワンのカガクなら、お父さんとは違ったすごいものになるわ」
と、柔らかい文字で書かれた励ましの言葉だった。
3学期の終わる数日前、イワンは試験管を手にとって、全校生徒を体育館へ呼び出した。
皆がイワンの実験を見るために喜んで集まり、彼も「やってやる」と教師に言った。
彼は試験管の中に水素の入ったスプレーの管を入れ、水素を注いでゴム栓で蓋をした。
そこから彼は馴れたような手つきでマッチを擦り、試験管の中へそれを突っ込んだ。
観客が轟く爆発音の中で拍手をする中、彼は爆発が終わっても何故か空気を見つめている。
唖然としているような表情を見せた後、静かになった体育館の中で彼はゆらりと日焼けした手を伸ばした。
次の瞬間、落ちた水滴が不自然に煌めき、音を立てて破裂した。
周りが慌てる中でイワンはへたりこみ、「…What is that?」と呟く。
爆発が終わるまで誰もその場から動かず、誰にも傷一つ付かなかったが、
その異常な光景はイワンの心を大きく揺さぶった。
すぐさまイワンは母親にそれに関しての文を送った。
『どうしたらいいんだ、オレはニンゲンじゃなくなったかも知れない』と、彼は震えながら書き殴った。
母親はあることに心当たりがあるという返事を送り、その日チエリに国際電話を掛けた。
『ワタシの子には、能力があるかもしれません』
彼は高校2年生になると同時に、能力高等学校へ転入した。
「バケガク」という異端な力を持って、腹違いの兄であるロビンと共に。
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.95 )
- 日時: 2015/09/10 23:53
- 名前: 利府(リフ) (ID: xY9uLQrm)
「…ロビンと、イワン、か」
廊下に重なる足音は、日光の射さぬ廊下だからよく響くのか、それともこの重苦しい空気のせいか。
トヤマさんの呟いた言葉はそれに混じってもよく聞こえて、少なくともタケル君と
名を呼ばれた二人、そしてあたしはその声に少なからず反応した。
「あぁ、いや。止まんなくていいよ、逆に進みながら話すべきだと思ってね」
トヤマさんがぴたりと全員の足取りを止めてしまったその声を撤回し、白い手で先に進むように促す。
イサキさんとシンザワさんが周りを見渡しつつ前列を歩いて、タケル君が後ろでイワン君をじっと見て。
観察をしているという事に違いはないのだろうが、プロと素人の探偵、にも見えた。
「タケルはイワン君を燃えるくらいあっつーい視線で見続けてるけど、
私はそこのインテリ眼鏡のお兄さんにつめったーい視線を向けてるのよね、気付く?」
「ちょーっと毒のように冷たい一言多いぞ姉貴」
ロビンさんがちらりと眼鏡越しに後ろを向き、「なにか?」と呟く。
イワン君もつられたように歩きつつもちらりとこちらを覗き、心配そうな表情を張り付けたままだ。
イサキさん達のいる前方に階段室が見えて、日光が天窓から覗く。
「顔が怪しいとかそういう事言ってるんじゃないのよ。インテリでのほほんなのは違ってない」
「のほほん……?あぁ、柔らかい雰囲気なんですね、僕は」
前方で光が大きく揺らめいて、少し目を離したときにはイサキさんたちの姿は真っ黒だった。
逆光でもイサキさんのシルエットは綺麗で、女のあたしでもちょっと見惚れてしまう。
こんなこと言ったら異端だと笑われるか、シンザワさんに殴られるかだけど。
「とりあえずバカ筆頭格の弟分に聞いてみよー。おーいタケル君くーん、アンサー」
「知るか」
「だよねぇ。じゃあそこで駒鳥気取ってるお兄さんなら分かる?本人の模範解答を頼みたいんだけど」
ひゅう、と夏に似つかわしくない風が吹く。
冷えきっているそれは、階段室の手前の少し開いた窓から入って来たようだった。
大きな鳥が羽ばたくように。
淡い茶色のショートヘアが揺れる。
ひよ、ひよよよよよよ、と、優しいのに何かを訴える鳴き声が廊下に響いた。
——空気が一瞬で荒んだような感覚だ。
「進むのでは、なかったのですか?」
また止まっていたままだった足がゆるやかに進みだし、日光がよく見えてくる。
暑いのに冷えている。
太陽の意味がないようだ。
(…そんなこと考えてたら駄目……、誰かに、…そう言われてる気もする)
鳥。
測定不能の鳥。
冷たい空気は、壁のようだ。
地にいるあたしと、天高くで舞っている鳥たちといえば、正しいだろうか。
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.96 )
- 日時: 2015/10/11 22:45
- 名前: 利府(リフ) (ID: xY9uLQrm)
ごめんなさい
何でもするので許して下さい
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扉を開くと日差しが照りつけ、一足先に辿り着いていたシンザワさんが
窓辺で首を回しながら微かに「あっちぃ」と唸る。
外からは蝉の音まではしないが、きっと体育館の上には陽炎が現れていることだろう。
あたしの体の冷えもすっと引いて行った。
「席は端に移しておいたよ。私たちも今後の話し合いで邪魔になるようなら退室しよう」
汗を一筋頬に流したイサキさんが、右手で教室の端にある席をすっと指す。
まるで犯罪者と密会するための配置にも見えたが、この人の配慮なら仕方がないだろう。
「どうする?姉貴」
「いらない。タケル、あんたも分かってるでしょ?この麦藁君が奇襲紛い仕掛けようとしても
このおにーさんが止めれるだろうし、それで私が死ぬなんて事あったら宇宙も滅びるわよ」
ロビンさんが深々と頭を下げ、静かに「弟が迷惑をお掛けしました」と謝罪の言葉を述べた。
それから少し間を開けて、ゆらりと頭を上げる。
「お詫びといっては可笑しい事ですが、少し有意義な事なら話します」
「…それは君にとってのお詫びに値する話かなぁ?」
「あなた方の探し人のお手伝いにはなります。
父親が研究者をしているので、この学校で起こった現象は僕らでも説明は容易ですよ」
「その言葉からして、その探し物が何か知ってるってことね?」
「サエズリケンジ。彼か彼女か知りませんが、
学校一つを殺したという噂は僕もイワンもとっくに知っています」
真剣な声色を聞いて、トヤマさんはにやりと笑った。
「兄弟どっちも席に座って」
イワン君は待ってましたとばかりに勢いよく軋む椅子に腰かけ、ロビンさんは
一礼してそっともう一方の席へと歩いて行く。
タケル君は苦い顔をしているが、あたしはむしろ窓辺にいる
イサキさんの表情が気になって仕方がなかった。
(イサキさんも苦い顔してる…?)
何か不味い物を食べたかのように顔をしかめて、俯いたままその隻眼でこちらを見つめている。
シンザワさんがそれに気付いてその肩を支えようとしたところ、
彼女の顔面パンチを受けて音もなく崩れ落ちたが。
「い、イサキさん…?大丈夫?」
「いや、何でもない、フユノギハルミ。
…研究者というものがどうも引っかかってね、
昔の記憶をあんまりにも辿りすぎて少々頭を痛めただけだ」
あとシンザワサソリが倒れている事に関しては気にするな、ときっぱりと
言い放った声が何よりも凛々しく教室の中に響いたところで。
「…まず一つ、単刀直入に聞こうか?イワン君」
「おう、オレも言えるコトなら何でも言うぞ」
太陽が少し、雲に隠れて日差しをなくしてきた。
「そっちがやってる研究について、まずサエズリより先に聞きたくてね」
- Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう ( No.97 )
- 日時: 2015/10/31 16:01
- 名前: 利府(リフ) (ID: xY9uLQrm)
わし「あぁ^〜祭りだ祭りだヘイカモンって何度叫んでもいいわぁ〜どーれ謎の人の
トゥイッター見に行ってにやけにいくk
え?新曲上がってる…?」
親「どうした3DSを顔面から30cmのとこに構えて」
わし「らったとぅりぱりらちゅりぱれるりぱっぱっぱ」
親「は」
わし「るりぱっぱぁ↑」
親「なんぞ」
————————————————————————————————————
ロビンさんが分かりました、とだけ言って小さく息を吸い、ぽつりぽつりと話しだした。
***
覚えている限りの事ですが、きっとそれで十分でしょう。
僕は研究者の息子として生まれた、という事を物心つく前に体に刷り込まれました。
天性の才能、と周囲がもてはやす科学についての僕の知識は、
僕の中ではまるで最初から頭にあったような物なのです。
外で遊ぶ子が転んで血を流していて、そして僕の傍に包帯があったとしても、
僕は塩酸の研究だとかそういう書類を母に出しに行かなければなりません。
少しでも遅れれば、権力が欲しい母は僕を下卑た目で見てくるのです。
飼い殺されていたんです、僕は。
僕が能力を持っている、ということはとても浮ついた様子の母から聞かされました。
僕はまだ5歳だったのですが、その3日後に食卓に出された妙に高級なワインを
いつもの癖で分析しようとすると、母からその手を止められました。
まるで慈しむような眼でこちらを見た母は、少し間を置いてから僕にこう言ったのです。
「いいですか、ロビン様?明日からあなたは父君の研究所に出向き、あなたの父君が
成し遂げようとなさっている研究の手助けをする役割を担うのです。
このワインは父君から、研究員の仲間の証でございます。どうぞお飲み下さいませ」
正直、寒気がしました。
だってそうでしょう?自分にどんな感情も向けていなかった人が突然僕を崇拝してきたら。
生粋の動物が神になるなんて前例がどこにもありません。神話にもおとぎ話にも思考実験にも。
かのイエス・キリストならどうしたでしょう、全知全能の神ならどうしたでしょう?
僕は研究所へ出向かされました。
母は僕が顔も見たこともないその“父”というモノの元へ、真っ先に歩いて行きました。
僕を研究室らしい場所に置いていった彼女が帰ってくる気配もありませんでしたので、
進む時計を見て嫌気がさした幼い僕は、慣れないスーツの裾を握って研究室のフラスコを手に取りました。
中には何とも言えない雰囲気をもつ何かがあって、それを僕が取り出そうとすると
ばしっ、と軽い音を立てて僕の手がはたかれました。
「おい、これに触るんじゃない。まさか新入りか、栗毛の坊や?」
彼は白衣を着た、若い大人でした。
僕はその顔を見ていると何故か優しさを感じて、僕は柄にもなく威勢よく答えました。
「Yes.…But,It is no matter if we have not the thing.Don't tell me.」
(はい。しかし、これが価値あるなにかというわけではないんでしょう。わかりますよ)
僕の言葉を聞いてそれはピクリと肩を揺らして、感心したようにほう、と息をもらしました。
「よく見抜いたな坊や。頭が相当いいって魂胆か、あの外道ならガキでも拾って
実験にでも使いそうだったがなぁ…推理も外れたの久々だ、よし!」
「?」
「坊や。少しの間だけお前の親友になってやろう。日本語分かるならめんどくさい事もないしな」
「親友にしては、ぼくは背伸びをしないと椅子に座るあなたにもつりあいません」
「ははは!気にすんな、それなりに善人だぞ、じゃあまず何か質問してみろよ、答えてやるよ」
「それは、なんなのですか?」
「中身は箱だ。液体に浸されてて分かりにくいだろ?」
「研究しているのですか」
「ここの研究の第一人者、まぁ一言でいえば外道に頼まれてな。断ったら大目玉、どころか
目玉を研究用に抜かれて心臓潰されて脳解剖されてそいつの餌だ。仕方なくやってる」
「それに価値はあるのですか?」
「乳児みてェに日本語をしゃべれる。で、たまにフラスコの中で姿変えたりする」
「…素晴らしいものではないですか」
「ふーむ。こいつは二人で研究してんだが、もう可愛らしくてなぁ。
たまに上目遣いでこっち見て、甘いものくれとねだってさぁ、もうほんとなぁ」
「そのもう“一人”は相当かわいらしいお嬢さんなのでしょうね」
「は!?いつから惚気話に会話の内容を変えられたんだ!?その通りだぞ坊や!」
「ぼくじゃなくてあなたが変えたんですが」
その人は本物の親友のようでした。
たくさんの事を知っていてもどこか抜けていて、それを僕が指摘すると頭を抱えて。
どんな話をしても、ただただ科学で証明できない面白さがあったのです。
ところで、…箱。
知っている物でしょう。
僕が知っているのだから、これは神が今のあなた方にこの事実を知れと言っているようなものです。
さぁ話を続けましょう、僕の知ることはあなたは知っているでしょうが。
僕の、目的も。