ダーク・ファンタジー小説
- (1)序 章 〜終焉へ向かうプレリュード 前 篇〜 其の四 ( No.7 )
- 日時: 2012/06/11 00:18
- 名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
- 参照: http://ncode.syosetu.com/n1184bd/4/
——施設深層部。
足を踏み入れた二人の眼前には、ユウと先ほどの声の主たる人物が対峙しており。
後方にはガラス張りの大きな筒状のモノが存在感を示し。その中に胎児が「すやすや」と、眠っていた……。
「クラウス! てめぇがどうしてこんな所にいやがる!」
「ユウは相変わらず、口が悪いな〜。ダ メ だ ぞ。それを直さない限り、可愛い妹はや れ な い ぞ」
「黙れ!」
怒号を上げるユウと相対している人物はクラリスと見間違えてもおかしくないほどに姿形が一緒だった。
同一人物と言っても遜色ないほどに一緒だが、彼はクラリスの実の兄である。
「……兄さん、どうしてこんな所に居るの?」
動揺の色を隠せないとばかりにクラリスの口調はどこか心もとないモノだった。
普段の彼女ならどんな状況だろうと無表情で淡々とした、少し自動人形染みた振る舞いをするのだが、今はその面影は一切なかった。
クラリスの投げかけに「クラウス」は表情を緩めて、緊張感のない笑みを浮かべる。
「……愛する妹に逢うのに理由はいるのかい?」
「……だったら、何で——」
と、言いかけてクラリスは思わず口ごもった。
それを代弁するかのように静観していたトウヤが徐に口を開き、
「——クラウスさん。だったら、どうして自らの手を血で染めるような道に進んだのですか?」
真剣な眼差しでそう投げかけた。
クラウスはこの世界を改革するために動く「エタミリアファミリー」と呼ばれる世界的犯罪組織に所属しており、リーダーの地位にまで登り詰め。組織を率いている存在だ。
「トウヤくんはさ……。この世界に疑問を抱いた事はない?」
「……いや、特には……」
「そう? お利口さんのトウヤくんがこの世界に対して違和感を覚えない訳がないと思うんだけどな〜。僕はさ、トウヤくんもひょっとするとこちら側の人間なんじゃないかって思ってた訳ですよ」
「……アナタが俺の事をどう評価しているのかは分かりませんが、俺は絶対にそちら側には行かない」
「ふむ、残念だな〜。ヘッドハンティングは失敗っと……」
特に悔しさを滲ませる素振りも無く。涼しげな顔をして、淡々と口走るクラウスの事をユウは睨み。両手に持つ武器を力強く握る。
今にも襲いかからんとしている猛獣のような目付きで見つめるユウにクラウスは緊張感も無く、柔和に微笑み返す。
「さてさて……おっかない少年が一人居るようですが、ここで問題です。どうして、僕がこんな辺境の地の施設にいるでしょうか? 答えは……言わずとも分かるよね?」
軽快な口調でそう語ると、クラウスはガラス張りの大きな筒内に眠る胎児に目をやる。
その存在にはトウヤたちも当然の事ながら気付いている。
しかし「あの胎児は一体何者だろうか?」と、頭を悩ましていた。
「——リリス=エミリア……」
静かにクラウスがそう口走る。
その言葉を聞き逃さなかったトウヤたちはさらに頭を悩ました。
「リリス=エミリア」なる名称は初耳で、アリスの情報網にもそんな名は存在しなかった。
——そんな者の名前をなぜ、クラウスは知っているのだろうか……。
「……ああ、ホント。悩ましい、憎たらしい存在だ。万死に値する。だが、これを潰せば僕たちはこれ以上、罪を負わなくて済む。だから、僕は——」
クラウスは右手の薬指にはめているリングに装飾された黄色の宝石に軽くキスをする。
その動作に呼応して宝石が光を帯び、粒子状となって。彼の右手に少し力を加えただけでも折れそうな細身の剣が収まった。
そして、それを胎児に向ける。
「……クラリス。僕はこれ以上、君にも罪を犯して欲しくないんだ」
「……何を言っているの? 兄さん」
突飛ない発言に堪らず、クラリスは眉をひそめる。
「クラリス、アイツの言葉に一々反応するな。アイツはもう、昔のアイツじゃない。ただの咎人だ……」
と、ユウはクラウスに右手に持つ拳銃の銃口を向ける。
拳銃を向けるユウの表情はどこか悲しげなモノを感じた。それはクラウスの事を実の兄のように慕っていた当時の事を思い浮かべてのモノでもあり。クラリスの実兄をこれから自らの手で討つと言う背徳感に苛まれるモノでもあった……。