ダーク・ファンタジー小説

(1)第一章 〜再会と旅出〜 其の一 ( No.9 )
日時: 2012/06/11 15:22
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n1184bd/5/

 ——クラトリアミラージュが起こってから早一年半……。

 悠久の時が流れる世界「エミリア」の首都「エストレア」から北西に数千キロ行った所にある。鉱山都市「ラカルト」は鉱山で働く男たち、それを支える女、子供たちの活気溢れる賑やかな街で。
 クレーター型の土地にある街の頭上にはあちらこちらから伸びる鉄橋が採掘場同士を繋ぎ、そこを悠々と鉱石を積んだトロッコが滑走する。

 その下では収穫を祝って鉱員たちが盛り上がる酒場があり、飲んで歌ってのドンチャン騒ぎが繰り広げられている。
 それに負けず劣らず。
 広場や街の通りには露店や商店などがあり、そこで腹を空かして帰って来る夫のために女たちが目玉商品を取り合う抗争が繰り広げられていた……。

 その集団に交じって、ただ一人——場違いな雰囲気、佇まいの人物がいた。
 彼女の名前はレア。
 綺麗な髪を結み、そこに可愛らしい蝶が描かれたかんざしを刺し。その髪型に見合うように袴を着こなす。
 そして、澄んだ左の緑眼と右は眼帯で包み隠す——凛々しい顔立ちである。

 「はいは〜い! これが最後の一個だよ! 早い者勝ちだ!」

 中年男性の店主が目玉商品を求めて群がる主婦たちを煽る。
 その言葉に感化され、主婦たちのボルテージが上がり。殺気を纏いながら心なしか鼻息が荒々しく感じられた。

 彼女たちは現在、精肉店のセールに来ていた。
 そこではある時刻になると、毎日欠かさず肉をブロックごと低価格で販売される。
 それを買い求めて主婦たちは毎日仁義なき戦いを繰り広げているのだ。

 働き盛りの夫や育ち盛りの子供の腹を満たすには「肉」が一番と張り切る主婦たちは互いに見合って牽制する。
 目には見えないが、彼女たちの間に「メラメラ」と、火花が散っているように見受けられる。

 そんな猛獣たちの群れと言っても過言ではない。
 そこにレアは果敢に挑もうと小さく息を吐いて、気合を入れる。

 「——始め!」

 店主がそう号令をかけると、一斉に主婦たちは目玉商品に向かって走り出す。
 我先とライバルたちを蹴落とし、取っ組み合い、喧騒が辺りに轟く……。
 戦場と化したそこを涼しげな顔をしながらレアは隙間を縫うように突き進み。
 目玉商品である豚肉に手を伸ばす。
 それを阻止せんと——一人の主婦がレアの腕を掴む。

 「……むっ」

 後もう少しで入手出来た肉を眼前にして阻まれはしたが、レアは至って冷静で涼しげな表情を浮かべたままだった。

 だが、よく見ると彼女は少し唇を尖らしていた。
 少々、悔しがっているようである。
 そして、徐に自分の腕を浮かんで阻んできた相手に目を向けると。そこには今にも取って食われそうなほどに猛々しい表情を浮かべる主婦がおり、彼女の事を睨みつけていた。

 しかし、レアはそんな事をモノともしないで相手を淡々と見つめ返し。
 強引に先方の事を背負い投げにも似た形で、今なお争いが繰り広げられている主婦たちの群れ中へいとも簡単に投げ飛ばした。
 彼女に投げ飛ばされた主婦やそれに巻き込まれた主婦などを余所に、レアは淡々と目玉商品を掴み取る。と、

 「は〜い! そこまで〜!」

 そこで店主が威勢の良い声で終わりの号令をかけた。
 それと共に抗争を繰り広げていた主婦はその手を止め。何事も無かったようにその場から去って行った……。

 「——今回もレアちゃんの一人勝ちだねぇ〜」

 お会計がてらそんな事を店主がレアに投げかける。
 良くここに通う彼女とは顔見知りで、こうして戦いが終わった後にレアと他愛もない事を話したりしている。

 「そうですね。でも、よろしいのでしょうか? レアばかり勝って……」
 「良いって良いって。弱肉強食ってね、勝者のみが手にする事が出来る極上の品……。燃える展開だろ?」
 「……それはレアには分かりかねます。しかし、語弊があるようなので訂正します。——ただの豚肉じゃねぇ〜かよ、糞店主! ——と、あの方が申しておりました」
 「……よ〜し、今すぐ——あの糞生意気な小僧を連れて来い。ミンチにしてやる」

 淡々と語った毒舌をレアはあたかも誰かが言ったように装い、それを真に受けた店主は肉切り包丁を力一杯に振り落とす。

 その際、店主が身に付けるネックレスに装飾された黄色の宝石が「キラリ」と煌めき。
 「ドスン!」と、言う音が店内に鳴り響く。
 と、まな板に置かれた肉が無残にも真っ二つにされていた。

 「——さて、レアはそろそろ……」
 「レアちゃん、また来てよ〜」
 「はい、また来ます」

 店主に別れの挨拶を交わして、レアは精肉店を後にした。
 露店などが立ち並び、買い物客たちが往来する通りを進むレアはとある青果店に寄る。
 予め購入する物を決めていたように手慣れた手つきで次々と野菜を取っていく。と、

 「レアちゃん、今日も肉を勝ち取ったのかい?」

 青果店を切り盛りする中年女性の店主がレアに微笑み掛けた。
 彼女もレアとは顔見知りで、さっきの精肉屋の店主同様にこうして他愛もない話をよくかわしている。

 「……はい、余裕しゃくしゃくで」

 淡々と語りながら小さくVサインを見せ、手に取った商品を購入するべくそれを青果店の店主に渡す。
 店主はレアからそれを受け取ると丁寧に紙袋に詰め込みながら。
 購入金額をレアに告げ。レアはガマグチ型の財布から紙幣を取り出し、渡した。

 「はい、お釣りね」

 店主は硬貨を丁寧にレアに渡し。
 それをレアはしっかりと財布に入れた所で、店主がグットタイミングで野菜が入った紙袋を手渡す。
 その際に店主が身に付けるリングに装飾された銀色の宝石が「キラリ」と煌めいた。

 「——それでは、レアはこれで……」
 「はいよ。またごひいきね、レアちゃん」
 「はい、またよろしくお願いします」

 「ペコリ」と、店主に軽く会釈をすると。
 レアは購入した品を両手一杯に抱えながら、家路に就く。
 露店通りを抜けて、酒場などが立ち並ぶ賑やかな通りも抜けて。レアは街の四方に設置してあるゴンドラの一つ、西口のゴンドラに乗り込み。
 鉄製で少しサビ付いている古めかしいゴンドラに揺られながら上層部に向かう。

 地形上、街の出入り口が上方にある。
 したがって、ゴンドラなどの移送装置は必要不可欠だ。
 徒歩でも上層部に行けるが、坂道を進むのは少々過酷である。
 しかし、ゴンドラが出来るまでは坂道を使用していたようだが、今では使用する者はおらず。年に一度開催される祭りで使用される程度だ。

 ゴンドラに揺られながら小さくなって行く「ラカルト」の街並みをレアが涼しげに眺めていると……。

 【ブー!】

 と、目的地に到着したのか。
 警笛が鳴り響き、ゴンドラの扉が開かれた。

 「御乗車有難ウ御座イマシタ」

 自動人形が丁寧に会釈をしながら、レアを迎え入れる。
 と、彼女もそれに対して自動人形に軽く会釈を返す。
 そのまま、レアは西門から街を出て街道を進んだ……。