ダーク・ファンタジー小説

(2)第一章 〜再会と旅出〜 其の一 ( No.10 )
日時: 2012/06/11 15:24
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n1184bd/5/

 ——しばらくして、Y字路が前方に見えてきた。

 そのY字路の中央に木製の看板があり。
 右「聖都マギア・テラ→」
 左「←シアクスの森」と表記されている。
 その看板を見向きもしないで淡々とレアは左の「シアクスの森」方面に進み、しばらくして周りの景色が荒野から森林に様変わりし、林道になったそこをひたすら歩く。

 森林に囲まれた和やかな林道をしばらく歩いていると。
 今度は辺りが唐突に薄暗くなり、モヤがかって様相も変わり果ててしまった。
 その様変わりした場所にはネジ巻き状の木々やら発光する草花などの一風変わったモノが自生しており、幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 ——幻想の森「シアクス」

 ——別名、幻惑の森「シアクス」

 そう呼ばれるここには人が立ち寄る事はほぼない。
 それは行ったら、最後……。生きて帰って来れない、と囁かれているからである。
 その理由としては、森全体の雰囲気もそうだが。人間を幻惑する厄介な生き物が生息しており、それに魅入ってしまったら最後——もう、常人には戻れない。

 そして、そのまま捕食されてしまうのだ。

 話を聞く限りじゃ、恐ろしい森ではあるが。
 浮世離れしたこの森の美しさに見惚れる者も多い。
 そんな場所にレアは足を踏み入れ。
 大樹の根がアーチ状に上空を囲う、その下にある「道」と呼ぶには少々憚られる人長け以上もある、大きな花弁たちの上を華麗に跳び渡って行く……。

 ——一方、先ほどのY字路の右に進んだ先にある「聖都マギア・テラ」と呼ばれる都市は「忘れ去られた聖都」あるいは「忘れ去られた旧首都」など称されており、シアクスの森同様にあまり人が立ち寄る事はない。

 ——ただ、一定の期間内になると。人がこぞっと増える。

 それは聖都に入るには、決められた期間内ではないと立ち入る事が出来ないよう定められており。その期間とは春季、夏季、秋季、冬季の四季始めの一月の間のみである。
 そのため、期間限定で人が増えるのだ。
 それと聖都とだけあって、詳しい詳細はあまり外界には知れ渡っておらず。
 所謂、閉鎖的な都市でもある……。

 ——閑話休題。

 大きな花弁たちの上を跳び渡ったレアはしばし休憩を取っていた。
 いくら慣れた道のりとは言え「ラカルト」と「シアクスの森」との距離は相当なモノでこうして買い物に行く際は、決まってお気に入りの場所で休憩をとる様にしている。

 お気に入りの場所、それはシアクスの森に流れる他愛もない小川である。
 ただ、この小川にはよく森に住む動物たちが水を飲みに顔を出し。彼らの憩いの場となっている。
 そこにお邪魔して、レアは小川に足を付けて腰掛けていた。

 酷使した彼女の足に小川の冷たく清らかな流水が染み渡る。
 白く艶やかな脚線美をさらけ出して佇むレアに心地の良い音を奏でる小川のせせらぎ……。そして、シアクスの森に生息する光を帯びた蝶が辺りを舞って、それがアクセントとなり、さらにこの森の幻想的な雰囲気に厚みが増す。
 それらが相まって映える光景に自ずと昇華される……。

 「ウトウト」と、よっぽど心地よいのかレアの身体が揺れる。
 しかし、レアは首を振って、立ち上がり。
 休憩はここまでとばかりに傍らに置いていた荷物を抱えて、再び歩き始めた。
 自然豊かな道を進み。

 ——しばらくして、またY字路が前方に見えてきた。

 先ほどのY字路の同様に中央に木製の看板がある。
 ただ、左「←シアクス湖」と描かれたモノしかなく。
 右方面についての看板などは一切なかった。
 ここでもレアは看板を見向きもしないで、淡々と右方面に足を進める。

 先に何があるのか分からない道を歩き始めて、数十分辺りが経った頃だろうか……。

 少し辺りの雰囲気が変わり、薄暗かった景色に木漏れ日が差し込み。穏やかなモノへと様変わりした。
 特に気にした素振りも見せず、レアが淡々と進む先にふと、あるモノが見えてきた。
 それは森林を切り開いて造られた空間の中に丸太を重ね合わせて造る。所謂、ログハウスがあり。
 それが視界に映ったレアは小さく息を吐くと、そこに向かって少し足早になる。

 そして「ドスン!」と、ログハウスの入り口付近にある小奇麗に片づけられたテラスに設置された木製のテーブルにレアは重い荷物を置いた。

 【チリンチリン】

 と、扉に付けられた鐘が鳴り響く……。
 ログハウスの中に入ったレアは、すぐ目の前にある卓上に目をやった。
 そこには食器だけが残されており。誰かが食事を済ませた後の様で、片付けずに放置された有様にレアはバツが悪そうな表情を浮かべて、大きく嘆息を吐く。

 すぐさま、食器たちを回収して隣のキッチンに向かい。
 大きなつぼに入った溜め水を使って、食器たちを洗い流す。
 洗い物を済ませたレアは空気の入れ替えとばかりに各部屋の窓を次々と開けて行き、最後の部屋の扉の前で——一旦、立ち止まった。
 険しい表情を浮かべたまま扉の前で立ち止まる事、数秒。

 ——レアはその部屋を後回しにし、先に放置したままの購入品たちを保存庫に入れる事にした。

 荷物を両手一杯に抱えながら、再びキッチンに向かったレアは床下にある保存庫(両開き式)の扉を開け、そこに丁寧に生鮮品から詰めて行く。
 こんな辺境の地には当然の事ながら電気や水道などは通っていない。
 そのため、ほとんどのモノが自給自足である。
 足りない物があれば、長い道のりを歩いて「ラカルト」まで買い出しに行かなければならない。

 現在、彼女が使用している保存庫も天然氷の冷気を用いて冷蔵庫代わりに使用しており氷がなくなれば近所にある洞窟までわざわざ足を運び、氷を調達している。
 水は水でシアクス湖やシアクスの森に流れる小川などで調達しているモノがほとんどである。

 だが、不自由ながらもこの生活をレアは楽しんでいた。
 しかし、初めからこのような辺境の地で住んでいた訳ではない。
 彼女は元々、首都「エストレア」にある屋敷で使用人として住み込みで働いていた。
 けれど、雇い主である主が流行り病で他界してしまい。都会暮らしが長かったレアはそれを期に田舎くんだりここまで足を運び。そのままいづいたのだった……。

 食材を保存庫に詰め終えたレアは入るのに躊躇った先ほどの部屋に再び赴き、扉を「コンコン」と、軽くノックをした。

 「……入りますよ」

 静かにそう投げかけ、そのままゆっくりと扉を開けて中に入ったレアは前方を見つめて徐に優しく微笑みかけた。
 彼女の視線の先にはベットがあり。

 そこに綺麗な銀髪が映える少女が眠っている。

 その傍らにはベットに眠る少女の手を優しく握って見守る——黒髪の人物が椅子に腰を掛けて静かに佇んでいた……。