ダーク・ファンタジー小説
- (2)第一章 〜再会と旅出〜 其の三 ( No.15 )
- 日時: 2012/06/13 22:05
- 名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
- 参照: http://ncode.syosetu.com/n1184bd/7/
——さかのぼる事、数十分前……。
暇を持て余したアリスが、あのはち切れんばかりに膨らんだカバンから徐にトランプを取り出したのが、きっかけで始まったパシリ決定戦……。
——ルールは至って簡単。
ゲームに負けた者が勝者たちのパシリとなる。
そして、そのパシリを決めるゲームと言う物は、その名に相応しく大富豪で。
ローカルルールが多数存在する大富豪ではあるが、公平性を期するためにここは彼らが暮らしている首都「エストレア」にちなみ、エストレアルール(ごく一般的なルール)で統一する事にした。
——大富豪が始まって、数分……。
トウヤが尋常じゃない汗を掻きながらフリーズしていた。
手札が悪くて、そのような状況に陥っている訳ではない。
むしろ、凄く良かった。
二と一がそれぞれ二枚ずつとジョーカーが一枚。
後は縛り要員、階段要員のカードがそれぞれ三枚あり、普通にやれば勝てた。
ただ、彼はゲーム中にとある悪魔の囁きを耳にしてしまい、自ずとフリーズせざるを得なかったのだ……。
その内容とは——。
「う〜ん、微妙な手札ですわ……」
「アタシはまぁまぁ〜かな。——でも、まぁ〜勝てるでしょ」
「おっ、結構強気だな。アリス」
「ほら、罰ゲームの事を考えれば、ね……。ミュー」
「……ああ、そうですわね……。——罰ゲームの事を鑑みれば、勝てなくてはおかしいですものね」
「そうそう。——か弱い乙女にパシリなんてやらせる輩がどこの世界にいるって言うのよ」
「全くですわ。そのような殿方が目の前に現れたら、私……軽蔑しますわ」
「同感」
「……マジ、か……」
——と、そんなやり取りがあり。
トウヤはただ今、絶賛葛藤中である。
勝てば、女性陣から反感を買う。
しかし、負ければパシリに行かされる。
——この時点である程度の答えは彼の中で出ていた。
それは彼女らから反感を買うぐらいなら、一層の事「パシリに行った方がマシだ」と……。
だが、ただ負ければ良いってモノでは無かった。
あくまで「真剣勝負」でやっているこの大富豪。
仮に不正などやらかした暁には、やはり反感を買ってしまう恐れがある。
なら「どうやってワザとらしくならず、負ける事が出来るのだろうか……」と、トウヤは考え。
——一つだけ、結論が出たには出たが……それを実行する勇気が湧かずにいた。
もし、失敗で終わってしまったのなら、それは彼にとって「バットエンド」でしかないのだから……。
今の所、パスのゴリ押しで相手の出方を窺っているトウヤではあるが、それも怪しまれつつあった。
「そろそろ行動に出なければ」と、トウヤは踏み。
一、二回と深呼吸をゆっくりとして、気持ちを切り替えると、
「——俺、ちょっくらトイレに行って来るわ」
そう告げながら徐に立ち上がったトウヤ。
その際、列車の揺れを上手く利用して、自然な素振りでよろける。
「おっとぉ!!」
誰でも考えつく、もしものため。
「トイレに行っている間に手札を見られないように」と、持って行こうとしたそれをぶちまける事に成功し。
彼女らにバレない程度にトウヤが笑みを溢した。
「これで続行不能だろう」と、思っていた矢先。
——無情にもトウヤが利用した時の揺れよりも大きな揺れが起きてしまった。
突然の事に、バランスを崩してしまったトウヤはそのまま倒れ伏せてしまう。
ようやく揺れが収まり。
立ち上がろうと、トウヤが手に力を入れる。
と、どうしてか「ムニュ」と、柔らかい感触が彼の左手に伝わった。
そして、彼の視線の先には桃色のレースが……。
——正しく「桃源郷」が突如として現れる。
その光景と手に伝わる柔らかい感触に堪らずトウヤは鼻の下を伸ばしてしまう。
——が、しかし。
この時点で自分はどういう状況に陥っているのか、瞬時に理解してしまった彼は自ずと表情を強張らせた。
不可抗力とは言え、トウヤはミュリアの目を張るほどの立派な胸を鷲掴みにし。
その流れのまま彼女の艶やかな肢体たる、それに挟まれるように……。
——つまり、股に顔がうずくまってしまっていたのだ。
すぐさま弁解するべく、顔を上げたトウヤだったが……。
彼の視界には顔を紅潮させて、身体を震わせているミュリア。
それと、拳を力強く握って鬼のような形相で睨む、アリスの姿があった。
その光景にトウヤは徐に感慨深く頷き、潔く心を決める。
当初の計画では手札をぶちまけた後に、
「……すまん。これは俺の不注意だ。だから、罪滅ぼしにパシリは俺でいいぜ」
と、爽やかに決めるつもりだった。
だが、それも今となっては不要である。
——後は流れに身を委ねるのみ……。
【パチン! パチン!】
と、二発の乾いた良い音色が、とある個室に鳴り響いたのであった……。
——現在。
「……はぁ〜」
嘆息を漏らすトウヤだが、列車の滑走音にそれは呆気なく、かき消される。
——あの後。
トウヤは問答無用で個室を追い出されてしまい。
観覧車両で打たれて痛む両頬を労わりながら時間を潰していた。
「ボーっ」と、外の景色を眺めていると突然、
「エロヤ、何か飲み物と食べ物を買って来なさい。——以上」
と、頭の中に高圧的な声が。
——アリスがテレパスでそう話し。
その頼みをトウヤは「了解」と告げて、現在に至っていた……。
彼らが通信に使用している「テレパス」とは。
相手の位置情報さえ把握しておれば、相手の顔と名前を思い描くだけで使用出来る便利な能力である。
これも彼らが持っている……。
——この世界の住民が各々所有しているアクセサリーに装飾された、あの宝石の力の一種だった。
ただ、身に付けておかなければ効力は発揮しない。
だからこそ、常日頃から身に付けられるよう、様々な装飾品に加工して所有している。
「——ああ、きっついわ。これ……」
両手一杯に抱える物品たちを見つめながらそうぼやくトウヤ。
だが「これで彼女らのご機嫌を取れるならお安い御用だ」と、キザ師たるトウヤは奮起する。
列車に揺られながら。
おぼつかない足取りで彼女らが待つ個室に向かうトウヤの遥か後方。
——二車両分開いた、その場所。
その車両に、不審なグループの姿があった……。
三人組の凸凹トリオで、一人は長身。
もう一人は小柄。
そして、最後の一人が肥満と言った面々である。
そんな三人組は中年男性にも関わらず。
——揃って、全身タイツで。
それぞれ、赤。
青。
黄。
と、変態極まりない格好をしており。
その彼らも自分が着用しているタイツの色と同色の宝石が装飾されたブローチを胸に付けていた。
乗客たちを見定めるように車内を進んで行く三人組。
それに対し、乗客たちは奇異な視線であしらい、素っ気ない態度を取る。
そうとも知らず……。
——いや、もう慣れてしまっているのか、彼らは堂々とした態度で見定めを続ける。
そして、トウヤが慎重になって未だに歩みを進める車両に彼らがやって来た。
そこでも彼らは案の定、乗客たちを見定める。
前方を見ずに……。
一つ、また一つと個室扉の小窓から中を確認して行く彼らは次の個室の中を確認しようと、足を進めていると。
——何かにぶつかってしまって、後ろに倒れ。尻餅をついてしまった。
その前方には茶髪の少年が。
——トウヤがぶつかられた衝撃で飛散した彼女らへの貢物を回収していた。
全てを回収し終わったトウヤは、
「自分がふらふらしていたから、ぶつかってしまったのだ」
と、思い。
貢物を抱える前に謝罪しようと後方を振り向く。
「……すいません。俺の不注意で……。——あっ」
振り向いた先には変態当然の三人組の姿があり。
トウヤは思わず呆けてしまう。
そんなトウヤに対して、彼らも目を見開き、
『あああっ!!』
と、トウヤの事を指さしながら口を揃えて驚いた……。