ダーク・ファンタジー小説

(1)第一章 〜再会と旅出〜 其の七 ( No.20 )
日時: 2012/06/17 21:23
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n1184bd/11/

 ——シアクス湖、夜更け。
 綺麗な月が水面に映し出され、それが波によって揺らめく。
 細波の音しかしない、静かな湖畔で揺らめく月を眺めながら佇む二人の少年。

 ——ユウとトウヤの姿があった。

 「——よく、ここにいるって分かったな。……アリスの情報力、か?」

 淡々とそう尋ねるユウは少し疑問に感じていた。
 トウヤたちがここ(シアクス)を訪ねて来たのは喜ばしい事ではあったが、あまり外界に露出していないユウにとっては不思議で堪らなかった。
 どうやってこの場所、この土地を突き止めたのだろうか、と……。

 「——いや、生憎だが違う。風の噂で、聞いたんだよ。ラカルトに凄腕の若造が現れたってな。まさか、ユウだと思わなかったし……。いや、心のどこかでお前だと思っていたからこそ、こうしてアイツらを引き連れてラカルトくんだりまで来たのかも知れないな」

 「ふぅ〜」と、息を吐いてトウヤは徐に天を仰ぐ。
 彼の言葉にユウは小首を傾げる。
 アリスの情報網、情報力を駆使してなら納得する所ではあったが、

 「……偶然って、事か?」
 「そういうもんじゃね? 人の出会いなんてものは、さ……。だけど、驚いたぞ。——黒の死神って呼称され恐れられていたんだな、お前」

 と、話し。視線だけをユウに向けるトウヤ。
 しかし、思わず首をひねった。
 彼の視線の先に映るユウの表情がどこか陰りのある、暗く重々しい自己嫌悪に苛まれているような苦々しいモノになってからである。

 ユウが「黒の死神」と呼ばれるようになったきっかけは「クラトリアミラージュ」に巻き込まれ、意識を失っていた所をレアに救出された、あの直後……。

 ——荒れていた当時の名残である。

 だが、今はレアのおかげで更生し、素直な態度を示すようになった彼には、もうその呼び名は相応しくない。
 けれど、当時の自分が犯した罪を現在もこうして背負い込んでいる彼は忌々しいあの呼称を耳にする度に表情を曇らせてしまっていた。

 「——もう、過ぎた事を一々くよくよしていても仕方がありません」

 などと言った事をレアは気を遣って、ユウに微笑みかけていたりと……彼女の世話になりっきりである。
 彼のそんな表情を初めて目の当たりにしたトウヤは追及する事無く、そのまま流す事にした。

 「——まっ、人生。生きてりゃ〜色々あるさ……。はぁ〜、何で俺には女っ気がないんだろうな。こんなにも愛しているのにさ」

 気を遣って、変な話題をふっかけるトウヤにユウは「ポカ〜ン」と呆けて見せたが、馬鹿馬鹿しくなって堪らず笑みを溢す。

 「——それはトウヤの下心丸出しなのがバレバレだからじゃね?」
 「おいおい。男は皆、変態紳士だろ? まっ、ムッツリ少年であるお前よりは全然マシだと思うがな。オープンスケベたる俺様は」
 「ムッツリじゃねぇ〜し! 俺はアレだ……奥手って言うか、照れ屋なだけだ」
 「はいはい。そういう事にしておきましょうかね」
 「ったく……」

 変な事を言われてむしゃくしゃしたユウは頭を掻きむしる。
 すっかり綺麗に伸びた彼の黒髪が掻きむしる度に乱れ舞う。
 その光景をトウヤはまじまじと見つめながら小さく頷く。

 「——お前、そっちに目覚めたん?」
 「は? 目覚めたって何に?」
 「いや、分からないならいい。それよりも——あの人の事だが……」

 と、急に堅苦しい態度を取るトウヤにユウは首を傾げる。
 そして「あの人とは誰の事を指しているのか」理解し。小さく頷いた。

 「アイツの事ね……」
 「そう。……レアさんって——自律人形なんだな」
 「ああ、そうだよ」

 ——自律人形(じりつにんぎょう)。

 自動人形(じどうにんぎょう)の上位的存在。
 プログラミングされた行動しか取れない自動人形と違い、自分の意思で行動する事が出来る自律人形は「準人間」と称されている。
 人間の様に喜怒哀楽などの感情があり、違いがあるとすれば生殖機能などが無い事である。

 ただ、自律人形も自動人形同様に人間からしたら道具にすぎなく、欲に走った人間たちが感情のある事を良い事に、様々な嗜好の余興として彼ら、彼女らを「玩具」として扱っていたりと……少々社会問題となっている。

 彼女——レアが昔、首都「エストレア」で使用人として働いていた事は彼女に聞かされてユウは知っていた。
 だが、彼女の右目を覆う眼帯については触れられずにいた。

 「使用人時代に何かされたのだろうか」

 と、ユウは勘ぐっていたが……ある時に淡々と彼女の口から告げられたのだ。

 「心配しなくとも、何もありませんでしたよ」

 と、もう一つ付け加えるように、

 「順風満帆の生活でしたよ」

 と、涼しげに微笑みながら言われた言葉にユウは彼女の過去の経緯についてもう詮索しない事にした。

 ——レアはレアだと、過去にどういった事があろうと……。

 真相は闇の中。知る者は当事者たちしかいない。
 だが、決して疎まれるような事を彼女らはしていない。
 大切な思い出として心に秘めておきたい、ただそれだけである……。

 「——まぁ〜アレだよな。お互い、無事でなりよりって感じだな」
 「ああ、そうだな。俺とクラリスはレアに助けられたけど、トウヤはあの後——どうなったんだ?」
 「ん? 俺はイチャラブ展開で助かったけど、それがどうかしたか?」
 「……意味が分からん……」

 真剣に質問したユウだったが、トウヤに軽くはぐらかされ思わず額を押える。
 「クラトリアミラージュ」が起こって、ユウたち同様にこちらも三ヶ月後……。

 トウヤは首都「エストレア」にある自宅で目を覚ました。
 ただ、目の前には美味しそうに実った瑞々しい果実が計二つあり、腹を空かせていたトウヤは堪らずその果実に飛び込むと……。

 ——突然、目の前が真っ暗になって、綺麗なお花畑が辺り一面に広がったそうな。

 「もう少しであの果実を堪能できたのに……」

 と、トウヤは悔しさを滲ませながら再び深い眠りに就いてしまい。
 次、目覚めた彼の視界に広がっていた景色にはあの瑞々しい果実たちの姿は無く。
 凄惨な笑みを浮かべて鋭い剣幕で睨む子鬼の姿があり、トウヤが言うように手厚〜いイチャラブ展開が繰り広げられていたのだった……。

 「——ふむ、やはり女性はトータルバランスだな。うん……」
 「……お前、本当に大丈夫か?」

 長い間、会わない内にちょっとアレな感じになってしまったトウヤの事を本気で心配したユウは「一年半と言う歳月は人をここまでおかしくさせるのか」と少し恐怖を抱く。

 「——で、姫っちはずっとあのままなのか?」
 「え? ああ、うん。ずっとあのままだよ。ジェムも黒ずんだまま……」

 ユウは徐に首から下げているネックレスを掴んで見つめる。
 ネックレスに装飾されている金色の宝石が月明かりに照らされて綺麗に煌めく……。

 クラリスと一年半ぶりに再会を果たしたトウヤたちだったが、彼女の変わり果てた姿に思わず絶句した。
 元々透き通るように白い肌のクラリスではあったが、その肌質が皮肉にも現在の彼女の様相を悪化させるモノになってしまい。
 死人のように生気が感じられない状態にトウヤたちは見えたのだ。

 息もして、身体に触れると少し冷たいながらも体温も感じられるのに、それすらも感じさせないほどに真っ白な彼女の姿にトウヤたちはただただ優しく微笑みかける事しか出来なかった……。
 そのような状態になったクラリスの事をユウはずっとこの日、この時まで彼女が回復する事を信じて付き添っていた。

 それと、事情も聞かずにここまでサポートしてくれたレアにも感謝しきれないぐらい恩をユウは感じている……。

 「——やっぱり、あの時だよな。原因があるとすれば、さ……」
 「恐らく、な……」

 「はぁ〜」と、タイミングを見計らったように揃って息を吐く二人の脳裏には同じような事柄が浮かんでいた。
 クラリスの兄——クラウスがあの施設で彼女に妙な事をしてから、おかしくなってしまった。
 そして、愛する妹をあのような状態に陥れてまで、やり遂げたかった目的とは一体何だったのだろうか、と……。

 この一年半の間、クラウスが所属する世界的犯罪組織「エタミリアファミリー」に動きは見られなかった。
 だから、組織のリーダーであるクラウスは自ら引き起こした「クラトリアミラージュ」に巻き込まれ絶命したのだと、二人の頭に過りはしたが……。

 「——どうなんだろうな、実際の所は……」
 「生きてるのなら……今度こそ決着をつける。クラリスのためにも……」
 「だな、クラウスさんにはすこ〜しばかり聞きたい事があるし……」

 そう会話を交わし、しばらくして二人は思わず笑みを溢してしまった。
 久しぶりに——一年半ぶりに再会を果たし。こうして馬鹿話を交えながらも何ら変わりないお互いの姿を確認でき、張り詰めていたモノが途切れてしまったのだ。

 「ふぅ〜、そろそろ……」
 「ああ」
 「これにて——酒池肉林会は閉幕じゃ〜」
 「……はぁ〜」

 最後の最後に「トウヤはトウヤだな」と、ユウは思い知らされて呆れ果ててしまった……。