ダーク・ファンタジー小説

(2)第二章 〜調律士と呼ばれし者〜 其の一 ( No.23 )
日時: 2012/06/18 22:14
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n1184bd/12/

 領主館を後にした三名は、ディレイトにあるモール街に足を運び。少し、身体を休める事にした。
 賑わいを見せるディレイトモール街。
 あちらこちらから歓声が上がったり、至福そうな表情を浮かべながらショッピングを楽しむ若い男女。
 皆、この街で頻発する流行り病の存在をすっかり忘れてしまっているかのような気さえ起こすほどに楽しげなベールを纏っている。

 「……はぁ〜、今回も手掛かり無しか」

 モール街通り沿いにあるオープンカフェのテーブルに肘を乗せ、その巨体を支えるかのように頬杖をするアウグスが表情を歪めながら、そんな事をぼやく。

 【ジュルジュル】

 と、頬杖をついたまま、ストローを介して彼の様相には不釣り合いな気泡がシュワシュワ音立てる水面に浮かぶアイスクリームが特徴的なフロートソーダを口に含む。
 彼のその様をルイが「くすくす」と、口元を押え笑う。

 「君って、いつもそうやってぶつくさと嘆くけど……構図が全くと言って良いほどに合ってないよね。——そう、ジョッキビールがお似合いな感じ? それも木製のジョッキでグイッと一気飲みして、ほろ酔い気分な荒くれ者キャラでしょうに、君の容姿から鑑みるに……。——ホント、キャラブレ感が否めないね」
 「おい、ルイ。俺はお前に人物像を否定されるほどの事をしたか?」
 「いや、していないよ」

 しれっとした態度でルイはコーヒーをすする。

 「じゃ〜、何で一々俺につっかかって来るんだよ!」
 「う〜ん……」

 顎に人差し指を押し当て、視線を上方に向けてあざとらしく頭を悩ませ……。

 「——面白いから?」

 ニパァ〜と、ルイは満面の笑みで彼の疑問に答え、再びしれっとした態度でコーヒーをすするその様をアウグスは「ぐぬぬ」と、テーブルの下で拳を力強く握って、悔しさを滲ませる。

 「ゴホン」

 彼らのやり取りを牽制するかのように発せられた一つの咳払い。
 そこにはカトレアの姿があり、紅茶を嗜みながら薄眼で二人の事を見やって、何か念を送っているように見受けられた。
 彼女の念もとい視線にルイは頬を掻きながら苦笑いを浮かべ、アウグスはぶすっと口を結ぶ。

 「——全く。ルーもアウもこの非常時に何、ふざけあっているの」

 嘆息交じりに発せられたカトレアの言葉には気苦労感が滲み出ていた。
 今、休憩こそしているものの彼女にとって気が休まる日なんてモノは存在しない。
 取り組んでいる事柄を解決するその時までは……。

 「いや、まぁ〜。カトレアの気持ちも分かるけどよ〜」

 頭を掻きながらチラチラとアウグスはルイに視線を送る。

 「そうだよ。気負ってても仕方がないよ。休める時に休まないと、もしもの時に疲労で身体が動かないとかダメでしょ」

 アウグスのアイコンタクトを上手く受信したルイはそれとなくカトレアの身体の心配をする。
 二人とも、彼女がここ最近、思い詰めている事を察していた。
 愛娘を亡くしたディルほどではないにしろ、カトレアは自分の無力さに嘆いていた。

 それはアウグスやルイも同様なのだが、人一倍責任感の強い彼女は——全て自分が至らないばかりに今もこうして見えない恐怖に民たちが怯えている——と、変に解釈してしまっている側面があるが故に少し危うくはあった。
 そんな彼女を間近で見ていると心配せずにいられず、気分転換が出来ればと彼らはふざけあっているのだが、全く効果は見られない。

 ——とは言え、普段からアウグスとルイはこんな調子なので彼女を気遣ってふざけあっている振りをしているのか、どうかは定かではない。

 「……私は大丈夫です」

 別に苦じゃないとばかりに答え、カトレアは紅茶を静かにすする。
 それが心配なんだよとばかりに二人は小さく嘆息を吐き、各々自分の飲み物に手を伸ばして、それを口に含む。

 《——結構、強情だね》

 テレパスを用いて、ルイがアウグスに言葉を送る。

 【——今に始まった所じゃないだろ】
 《そうだけど、彼女……最近、てんで睡眠を取ってないの知ってるでしょ?》
 【知ってはいるが……俺たちにはどうしようもないだろ、こればっかりは……】
 《……早期解決。——これしか、無いのかな》
 【ああ、そう言う事だな】

 そこで交信を終え、二人は少しばかり殺伐とした雰囲気の中、黙々と飲み物を口に運び続けていると——突然、頭の中にノイズが響く。

 《——何何?》
 【——誰からのテレパスだ?】

 [——すみません、私です]

 〈——その声はミヤちゃんね。何か、緊急?〉

 カトレアがテレパスの送信主を「ミヤ」だと断定した。
 ミヤはクライヴ教皇の秘書で、かなり生真面目な性格の持ち主。そのため、少し彼女の事を苦手とする者が多い。

 [はい、緊急事態です。私と教皇さまは現在、拘束されています]
 《……なぜか、危機感を感じられないのは僕だけ?》
 【まっ、しゃあないわな。ミヤの口調が淡々とし過ぎているからな】
 〈で、ミヤちゃんたちを拘束している賊はどこの誰なのかしら?〉
 [それが……]

 そこでミヤは言い淀み。カトレアたちは自ずと小首を傾げてしまう。
 本来の彼女なら躊躇う事無く、ずけずけと物を言うのだが……今回は珍しく躊躇を見せたからである。

 [私たちを拘束している人物は——彼、なんですよ……]

 一呼吸置いて告げられたこの抽象的な言葉でミヤが誰の事を指しているのかを瞬時に察した一同は見計らったように表情を強張らせ、小さく頷いて見せた。

 〈……そう、分かったわミヤちゃん。——至急、エストレアに帰還します〉

 先方に言葉を残したカトレアはアウグスとルイを見やり、意思疎通を図る。
 皆、同じ気持ちなのか力強い眼差しが彼女に送られ、カトレアは命令する。

 「——クライヴ教皇ならびに秘書ミヤを救出に現在の任を破棄。至急、首都エストレアに向かいます」

 『了解』

 束の間の休息は即、幕を閉じ。彼らは乗組員たちにこの件を通達。
 急いでエストラッテの出航準備を済ませ、大瀑布都市ディレイトから離脱する。
 エストラッテは折り畳んでいた翼を大きく広げ、空を羽ばたくその姿はまるで目撃証言にあった大怪鳥のように面妖でありながらもどこか物々しさや可憐さを感じられた……。