ダーク・ファンタジー小説

(1)第二章 〜調律士と呼ばれし者〜 其の二 ( No.24 )
日時: 2012/06/19 21:08
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n1184bd/13/

 ——時系列。
 首都「エストレア」行き、列車内。
 山岳地帯を走る列車に揺られながら長かった黒髪を一つに結んだユウが、

 「——で、何か心当たりでもあんの?」

 向かいに座るトウヤに言葉を投げかける。
 クラリスを目覚めさせるために旅立った彼らだったが、目的地も定めずに出発したこの旅にユウは少し不安を抱いていた。

 「まぁ〜な。アリス」
 「はいはい。出せば良いんでしょ?」

 ユウの隣に腰掛けるアリスが徐に衣服に身に付けている可愛らしいブローチに触れ、例のメガネを顕現させる。
 そして、そのメガネを掛けるとトウヤの事を見据えた。

 「何を調べればいいの?」
 「エストレアにある——パーソナルジェム研究所を粗方……」
 「は? まぁ〜いいけど……」

 アリスはトウヤに頼まれた調べ物をするため、目まぐるしく変化するレンズに映し出されている映像を眼球の動きだけで追い始める。
 黙々と作業に徹するアリスの集中力は凄まじいモノで眉一つ、瞬き一つ……。
 そして、呼吸すらしていないほどに感じる境地に達していた。

 トウヤが唐突に口走った「パーソナルジェム研究所」は彼らが持っている——この世界の住民が各々所有しているアクセサリーに装飾されている宝石を調べる機関で、その宝石の事を「パーソナルジェム」と呼んでいる。

 「——ねぇ、トウヤ。どうして、パーソナルジェム研究所なんてモノをあの子に調べさせたのかしら?」

 情報収集に徹するアリスも感じていた疑問を代弁してトウヤの隣に腰掛けるミュリアが問いかけた。

 「ん? ああ、それはだな——」

 彼女の問いにトウヤは徐にポケットを探り始め、そこから見覚えのあるアクセサリーを取り出し、それを見たユウとミュリアは顔色を変える。

 「おい、トウヤ。大丈夫なのか? 勝手に持ち出して……」
 「ええ、私もユウの意見に賛成ですわ」

 二人が見たそれはクラリスの左手に収まっていたリングだった。

 一年半前より以前の頃……。

 ——当時、彼女が身に付けていたリングとは変わり果てた姿になっている。それは紛れも無く、リングに装飾されている宝石が黒ずんだ色になってしまっているからである。
 昔は銀色に輝く綺麗な宝石だったのだが、今はもう見る影もない……。

 「まぁ〜大丈夫だろ。それにサンプルは必要だろ? 俺の事よりも……お前はどうなんだよ。ユウ」
 「は? 何だよ、突然……」
 「……お前。クラリスの銃を勝手に持ち出してるだろ?」
 「え? そうですの?」


 ——レアの小屋、出発前。

 馬鹿騒ぎをしていたトウヤたちは旅立つ前にクラリスに一言挨拶をして行こうと、彼女が眠る部屋に出向いていた……。

 「——じゃ〜、姫っち。俺たち行くけど、寂しくなって枕を濡らすなよ」
 「……うわ、ウザっ……」

 クラリスに対するトウヤの投げかけにアリスは見るからに不愉快そうな表情を浮かべて身体を震わせる。

 「アリス。そういう事は当人に聞こえるように言わないとただの陰口になりますわよ」
 「それもそうね——うわ! ウザっ!」
 「……言い直さなくても十二分に聞こえていましたが……」

 「がっくし」と、肩を落として項垂れるトウヤをスルーし、アリスとミュリアはクラリスとの別れを惜しむ。
 その最中、ユウは部屋にある可愛らしいタンスの上段部分を開け、そこから丁寧に保管されていた拳銃を——銀色の装飾が眩しい二丁拳銃の内の一丁を徐に手に取ると、それを懐に忍ばせた……。


 ——現在。

 「……いいだろ、別に……」
 「まぁ〜別にいいけどさ。もし、お前がその気なら、俺だって剣の一本や二本貸してやっても良かったんだぜ? ——あっ、アレか……。愛するクラリス姫の想いを胸に奮起する王子様って所か?」

 気色の悪い笑みを浮かべながらトウヤがユウの事を見据える。
 その視線に堪らず、ユウは、

 「うっ……」

 顔を背けて、表情を見せないようにした。

 「ふふふ、ユウが照れてますわ」
 「て、照れてねぇ! 何、言ってんだ! エセセレブ!」
 「今は何を言われても効果はありませんわよ。ふふふ……」

 ミュリアまでにもイジられ、辱めを受けたユウは苦々しい表情を浮かべて堪える。
 彼がミュリアの事を皮肉って「エセセレブ」と呼ぶのは、自分たちと同じように貧乏人のくせに一々礼儀やら所作やらを口酸っぱく指摘して来る彼女の性格。話し方や立ち振る舞い、見た目の少し気取った感を総称して、そう呼んでいる。

 「——はぁ〜。相変わらず、アンタたちはうるさいわね……」

 情報収集を終えたのか、正気に戻ったアリスがメガネを外して目を擦る。
 そんなアリスに調べ物を頼んだトウヤが、

 「何か分かったのか?」

 先ほどのやり取りは無かったかのように澄ました顔で投げかけた。

 「分かったも何も……セキュリティーがきつくて、さすがのアタシも限界……。これ以上、続けていたら倒れてしまうわ」
 「その時は俺が——いえ、何でもありません……」
 「……ったく、で。どうするの?」

 このアリスの投げかけに一同、眉をひそめて思案顔になった。
 しばらくして、リーダーであるトウヤが何か良い案でも浮かんだのか手を叩き、

 「——潜入するか?」

 そう口ずさむ。

 「は? またかよ……」
 「アタシはその案に同意しかねるわ。死にたいのなら別だけど……」
 「それなら、お爺様に頼んでみたらどうかしら?」

 『はぁ!? ジジイに頼むぅ!?』

 ミュリアの言葉に他の三人は雁首揃えて同じ言葉を述べた。
 彼女が話すお爺様とはギルド「エストレア」本部にいる総括の事で、その人物は首都「エストレア」の最高権力者でもある。

 その人物に頼めばあるいはと、思ったミュリアが提案したのだが、トウヤ、ユウ、アリスの三人は表情を歪めて、首を縦に振ろうとはしなかった。

 「……ミュ—。それがどういう事か、分かってて言ってるんでしょうね?」
 「ええ、分かっていますわ。けれど、背に腹はかえられない、ですわよね?」

 覚悟を決めたと熱意が伝わって来るほどの真剣な表情を浮かべるミュリアにアリスは表情を歪めながらも、小さく頷く。
 そのやり取りを静観していたトウヤとユウは、

 「なら、決まりだな〜」
 「だな〜」

 と、他人事のように話し。そこで井戸端会議は終わり。
 各々終点駅である首都「エストレア」までの列車の旅を満喫した……。