ダーク・ファンタジー小説
- (1)第二章 〜調律士と呼ばれし者〜 其の三 ( No.26 )
- 日時: 2012/07/02 21:27
- 名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
- 参照: http://ncode.syosetu.com/n1184bd/14/
——首都「エストレア」第十階層、大聖堂。
トウヤたちのアジトがある第六階層よりもさらに高い位置にあるここは、空高く漂う雲が時折、覆い被さる事があり。下界を見下ろすとほとんどのモノがかすんで見えた。
途中、立ち寄ったアジトを後にしたトウヤたちはまず第八階層に向かう。
そこにはギルド本部があり、総括としての職務に勤しんでいるのならそこにいるだろうと足を運んだが、先方の姿は無く。顔見知りである受付嬢の自律人形——エミ—に尋ねた所、
「現時刻は大聖堂にいますよ」
と、教えられ。第十階層にある大聖堂まで足を運び、現在に至る……。
ここ大聖堂には孤児院があり、そこでトウヤたちは育った。
もちろん、クラリスの兄——クラウスも……。
「——準備はいいか?」
とある一室の前でトウヤがそんな言葉を投げかける。
「……こ、これで本当に成功するんでしょうね?」
「もじもじ」と、何かを恥じらうアリスの口調が普段の高圧的なモノと打って変わって、たどたどしいモノになっていた。
「——ああ、必ず成功するさ。な、ユウ」
「え? ああ、そうだな——プッ!」
普段見せないアリスの態度に堪らず、ユウが吹き笑う。そんな彼にすかさずアリスが物凄い剣幕で睨み、その視線に勘付いたユウは身体を強張らせてしまう。
「——ふむ……少々、キツイですわね……」
ある一部分がなかなかフィットしないのか、入念に服装を正そうとするミュリアの動作にトウヤが「ニヤニヤ」と、気色の悪い笑みを浮かべながらその様を堂々と見つめ。
ユウはチラチラと直視しないようそれを見つめる。
「……ったく、これだから男は……」
そんな彼らに冷やかな視線を送るアリスは嘆息を吐いた。
「——ゴホン……準備が整ったのなら作戦実行だ」
態度を改めたトウヤの掛け声で一同は小さく頷き、各々の持ち場に就き。
【コンコン】
と、扉にノックをして。アリスとミュリアがその部屋にティーセットを持って入って行く。後の二人はもしもの時のために外で待機。
「——し、失礼します……」
「失礼します」
彼女らが入った部屋はクライヴ教皇の執務室で、お茶を淹れにメイドとして潜入したのだが……メイドに変装するために必要な服は全てトウヤの所持品である。
『なぜ、そのようなモノを持っているのか』
と、ユウたちが問うと、
「もしもの時の嗜好チェンジに必要だろ」
と、言う返事が来て、一同はドン引きしたのだった……。
「——はて? どこかでお嬢さん方と会ってはいないかの〜?」
立派に伸びた白いアゴヒゲをさすりながら、お年を召した方が——ターゲットたるクライヴ教皇がメイド姿の二人を見てぼやき。ヒゲをさすった際、その手に身に付けていたリングに装飾されている赤色の宝石が煌めく……。
教皇は職務中だったのか、卓上には書類が広げられていた。
「いやですわ。新手のナンパですの? 教皇様」
顔見知り中の顔見知りである、教皇の言葉にミュリアは冷静に微笑み返す。
その間にアリスが慣れない手つきでカップにお茶を注ぎ、それを持って教皇の傍まで近寄り、
「そ、粗茶です……」
と、たどたどしい笑みを浮かべながらお茶を渡した。
「ああ、すまないねぇ。しかし——」
再び、アゴヒゲをさすりながら教皇は細目で彼女らのある一部分をじっくりと見比べるように眺めた。
「ふむふむ」と、満足げな表情を浮かべつつも、とある少女に向ける視線だけは少し冷やかなモノで、その人物を見る度に「ふん」と小馬鹿にしたように教皇は嘲笑い。
その度にその少女は、後ろ手に力強く拳を握って、表情こそたどたどしいながらも笑顔を絶やさずに保ってはいるが……その仮面を外せば鬼のような凄い形相の少女が待ち構えている。
こういう状況になると初めから分かっていた一同ではあった。
だからこそ、外で待機している二人はテレパスを使用して、辱めを受けている少女にエールを熱心に送っていた……。
〈……ああ、殺したい……。殺(や)っても良いわよね?〉
【た、耐えるんだ! ここでお前がキレたらシャレにならん!】
(トウヤの言う通りだ。この作戦の命運はお前に掛かってるんだからな)
〈……じゃ〜後でこのジジイ、殺(や)っても良いわよねっ? ねっ?〉
【その感情は心に留めておいてください。俺——まだ、捕まりたくないから】
〈……だったら、いつなら良いのよ? このエロジジイを殺(や)った所で世界なんて滅びはしないわよ〉
(……滅びはしないだろうが、混沌の渦に巻き込まれる事は確かだな……)
〈……チッ、分かったわよ……〉
彼らの必死の説得で世界は混沌の渦に巻き込まれる——すんでの所で踏み止まる事が出来た。もし、彼らがいなければあるいは……。
「……あ、あの〜教皇様。私の話を——」
「何じゃい。ワシはこう見えて忙しい身でな、話なら後にしてくれんか?」
屈辱に耐えながらも笑顔を絶やさずに言葉を発したアリスの言葉を遮るように教皇が少し表情を強張せながら苦言を呈した。
「……な、何でもありません……」
門前払いを食らったアリスは素直に食い下がりながらも後ろ手に拳を強く握って、震わせる。
そのやり取りを遠目で静観していたミュリアが「やれやれ」と、小さく息を吐き。ここで選手交代する事になった。
後方に下がったアリスと代わって、ミュリアが教皇に優しく微笑み掛けながら、ゆっくりと近づいて行く。
「——ねぇ〜、教皇様。私の話を聞いてくださらない?」
小首を傾げながら訴えかけるミュリアの微笑みに素っ気ない態度を取りながら職務を勤しむ教皇だったが——少々気になるのかチラチラと、彼女に視線を向ける。
その動作にミュリアは「……ウフフ」と不敵に微笑み。
もっと自分の顔が見えるようにご自慢の身体ごと教皇に密着させる。
教皇の膝の上に横向きに座ったミュリアは徐に教皇の身体を指でなぞり。
その流れのまま、
「ねぇ〜、教皇様。私の話を聞いてくださらない?」
と、教皇の耳元で甘美な声でもう一度、尋ねてみた。
彼女の一連の流れに教皇は天に召されらんとばかりに身体を震わせ「ニヤニヤ」と、気色の悪い笑みを溢す。
「——ゴホン、話とは何じゃ?」
「私——一度でいいから、十一階層を見学してみたいのです。ダメですか?」
ウルウルと上目遣いで教皇の事を見つめながら訴えかけるミュリアに、教皇はだらしのない表情を浮かべながら頭を悩ます。
重要な施設がある第十一階層に関係者以外通す訳には行かない。
「しかし——」と、教皇は密着されて目の鼻の先にそびえ立つ双山に目をやられてしまう。
トウヤの見立てで着用させられたメイド服だったが……彼の想像以上に、彼女の果実が立派に育まれており、その部分だけはちきれんばかりに膨らんでいた。
「どうかなされましたか? 教皇様」
視線が自分のある部分に向けられている事を承知の上でそんな事を素知らぬ顔をしながら微笑み掛ける——小悪魔モードのミュリア。
「な、何でもないぞ!」
「そう? それで……許可は頂けますの?」
「ふ、ふむ——ちょびっとだけなら……」
と、教皇は徐に机の引き出しから一枚の紙を取り出すと、そこに押印した。
そして、それを彼女に手渡すと——調子に乗ったミュリアが、教皇の耳元に口を近づかせ、
「ありがとうございます。教皇様」
「チュ」と、音だけだが教皇の耳元に打ち付けると、教皇は身悶えてだらしのない表情を浮かべながら昇天した……。
口から魂が出ているのではないかと思わせるほどの姿をさらす教皇を後目にミュリアは何事も無かったようにその場を離れて行く。
「——さて、行きましょうか。アリス」
「え、ええ。そうね……」
立ち呆けていたアリスに言葉を投げかけ、二人は許可書を手にそのまま執務室を後にした。
外で待機していた二人は「グッジョブ」と、親指を立てて、彼女らを出迎える。
「——ホント、こういう事は今回限りですわよ」
自ら言い出した事とは言え、嘆息交じりにそう呟くミュリア。
「ああ、もちろんさ。俺以外の前でそんなかっ——いえ、何でもありません……」
「……ったく。でも、そんな事を言っておきながら、結構乗ってたでしょ?」
「ふふふ、お痛が過ぎるお爺様にちょっとお灸を、ね?」
「……何か、今のミュ—。怖いわ……」
「そうかしら?」
「ふむ、エセセレブ改めシニアキラー、か……?」
「——はいはい、立ち話もこれぐらいにしてそろそろずらかろうぜ。ミヤちゃんが来たらやっかいだ」
『了解(ですわ)』
一同は「ミヤちゃん」こと教皇秘書が戻って来る前にその場から早急に離れ、目的地である第十一階層に——パーソナルジェム研究所に向かった……。