ダーク・ファンタジー小説
- (2)第二章 〜調律士と呼ばれし者〜 其の四 ( No.29 )
- 日時: 2012/07/03 21:18
- 名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
- 参照: http://ncode.syosetu.com/n1184bd/15/
——パーソナルジェム研究所、キリクのラボ。
ここは巨大なドーム型となっている建物のちょうど中心部に位置し、薄暗い空間のど真ん中には天体望遠鏡が備え付けられている。
それを食い入るように見つめる白衣の人物は観測結果を逐一、宙に漂うモニター内のデータベースに打ち込む。
そして、一番目を張るのはやはり——天体望遠鏡を中心にして床一面に映し出されているこの世界「エミリア」の世界地図である。
ちょうど、天体望遠鏡がある位置に首都「エストレア」があり、各都市には目印として赤い斑点が点滅していた。もちろん——鉱山都市「ラカルト」や「シアクスの森」聖都「マギア・テラ」なども映し出されている。
「——どう? 僕のラボを見た感想は?」
「ああ、正直驚いた……」
「らしい事やってんだな……」
トウヤとユウはキリクの研究室を見て、何を行うための場所なんて事は正直の所理解していないものの、目に映る光景に圧倒されるばかりだった。
アリスとミュリアの二人は床一面に映し出されている世界地図に目を奪われている。
綺麗に映し出された自分たちが暮らす世界に……。
「——さて、そろそろ本題に入ろう」
初めて見る光景に呆けているトウヤたちを後目に話を切り出すキリクは、徐にズボンの裾をたくし上げて、右足に身に付けているアンクレットを披露する。
そのアンクレットには煌びやかに装飾された白色の宝石の姿があった。
「——パーソナルジェムの機能、性能はもう説明しなくともいいよね?」
キリクの投げかけに一同は力強く頷き返す。
「——じゃ〜仕組み、存在意義については……うん、まずそこから説明するよ。じゃないと、クラリスのリングの説明が出来ないからね」
と、キリクは裾から手を離すと——その手で今度は部屋の中心部にそびえる天体望遠鏡を指さした。
トウヤたちはその指先を辿って、それを見据える。
「あれで僕たちはあるモノを観測しているんだ。あるモノと言ってもただの流星、流星群なんだけど……。僕たちはそれの事を——嘆きの選別(リリスの涙)って呼んでいる」
その言葉にトウヤとユウは表情を強張らせた。
——嘆きの選別(リリスの涙)。
「クラトリアミラージュ」が起こる直前にクラウスが口走った言葉——「リリス=エミリア」にも「リリス」と付いていた。
これは偶然なのだろうか?
あるいは……。
「この嘆きの選別(リリスの涙)はある条件下で降り注ぐんだ。と、言ってもこの時、この瞬間にも降り注いではいるんだけどね……」
「で、そのリリスの涙ってのと、クラリスのあのリングの件はどう関係するってのよ」
アリスの問いかけにキリクは「ニヤリ」と、不気味に微笑む。
「うん。それを今から実証実験するから。えっと——そうだね〜。トウヤ、ユウ、ミュリア……。誰でもいいから、僕を殺してみて。方法は問わない。首を切り落とすなり、心臓を撃ち抜くなり、何をやっても構わないよ」
突飛なキリクの発言に一同は目を見開き、驚きの表情を浮かべてしまう。
実証実験のために友人を手に掛けるなんて事は出来る筈がない。
たとえ、それで証明出来たとしても……。
しかし、キリクは、
「どうしたの、皆? 何を躊躇う事があるの? この世界に生まれ。今もこうして生きているのだから、この世界の理は十二分に理解出来ているでしょ?」
淡々とそう話すキリクに、トウヤは堪らず頭を掻きながら、
「——いや、あのな。『殺せ』て、言われてはいそれと人を殺すような玉じゃないぞ、俺たちは……。それに一々お前に説かれなくとも分かってるって——この世界の事は、さ」
少々神妙な面持ちでそう話した。
「——ふむ。人として当たり前の考えだね。だけど、今は非情になってもらわないといけないかな。後味悪いかも知れないけど、それぐらいの事をしないと実証実験としての意義が無くなっちゃうからさ」
相変わらずの口調で話すキリクに、トウヤは「ダメだこりゃ……」と、額を押えて溜め息を吐いてしまった。
そんなキリクの態度にただ一人——覚悟を決めたとばかりに真剣な表情を浮かべて、先方の事を見据えている者がいた。
「——なぁ〜、キリク。それでお前が言う、実証実験とやらが証明出来るなら俺が介錯してやるよ」
そう冷たく言い放ったその人物——ユウは身に付けるネックレスに触れ、刀と拳銃を顕現させ、それを徐にキリクに向ける。
「お、おい。ユウ、やめとけって」
「そうよ。やめなさいってば」
「私も二人の意見に賛成ですわ」
トウヤ、アリス、ミュリアが説得してみるが——ユウの決心は揺るぐ事が無く、そのままキリクに近寄って行く。
「——あっ、ユウ。その前にちょっと準備があるからいいかな?」
「……ああ」
「お〜い。そこの望遠鏡を覗いてる君〜」
これから殺されると言うのにキリクは緊張感ゼロの軽快な口調で、手を振りながら観測員の事を呼ぶ。
「——わ、私ですか?」
「うん、君だよ。大至急、映像を世界地図からチューナーたちの部屋に切り替えてくれないかい?」
「は〜、分かりました」
「よろしくね〜」
「ふぅ〜」と、小さく息を吐いて、キリクは改めてユウに視線を向けた。
「——皆、僕を殺ったら躊躇う事無く、映像を見てほしい。そこに全ての答えが隠されているからね」
彼のその言葉に一同は力強く頷き、それを見たキリクは瞳を閉じて徐に両手を大きく広げた。
「さぁ〜ユウ。思い切って殺(や)って!」
「コクリ」と、ユウは頷くと鋭い目付きでキリクを見据えながら躊躇う事無く、彼の心臓を目掛けて左手に持つ刀を突き刺した……。