ダーク・ファンタジー小説

(1)第二章 〜調律士と呼ばれし者〜 其の五 ( No.30 )
日時: 2012/07/07 00:23
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n1184bd/16/

 床にキリクの血液が滴り落ちる……。
 心臓を貫かれたキリクは吐血しながらも、苦痛の表情を浮かべる事無く。笑みを溢したまま床に倒れ伏せた。
 そんな目も当てられない、凄惨な光景に一同は立ちすくんでしまう。
 実証実験とは言え、幼い頃からの付き合いである友人を手に掛けたのだから……。

 だが、ユウは立ち止まらず。キリクの言いつけ通りに床一面に映し出されている映像に目を向けた。
 彼が観測員に指示した通り、そこには世界地図では無く。どこかにある研究所内のとある一室が映し出されており。そこには番号が書かれたプレートを胸に付けた囚人服のような白い無地の衣服を身に纏う老若男女、様々な人々が映し出されていた。

 その映像にユウは違和感を覚えた。

 ——いや、覚えざるを得なかった……。

 映し出されている人々の表情に全くと言っても良いほどに生気を感じられなかった。
 目も虚ろで、ただその場に存在している人の形をした「モノ」だった……。
 我に帰ったトウヤたちもすぐさまその映像を目にし、ユウと同じような感情を抱く。

 ——その直後。

 映像の中にいる人物たちの一人から突然、血液が噴き出る。
 ちょうど、ユウがキリクを貫いた位置から……。

 ただ、突然の事に状況が理解出来ないトウヤたちは、ただただその者の行く末を眺める事しか出来ず。
 そのような状況下でもなお、映像の中の者たちは感情などをあらわにせず、ただその場に有り続けるだけであった……。

 しばらくして、胸から出血した者は息絶え。白衣を着た研究員たちがその場に駆け寄ると——亡骸に敬意を表すように丁寧に一礼をし、祈りを捧げる。
 そして、亡骸をその場から回収して映像から見切れた……。

 その一連をトウヤたちが呆けながら見つめていると、突然——。


 「ゴホっ!」

 と、誰かが咳き込み。そこにはキリクの姿があった。
 すると、死んだとばかり思われたキリクが徐に立ち上がって、身体を「パキポキ」と、何事も無かったように鳴らした。

 「——ふぅ〜、結構痛いものだね……」

 少し痛みが残るのか、ユウに貫かれた胸を労わるようにそう口走るキリク。
 その労わる胸には付着しているはずの血痕や傷跡は無く、綺麗さっぱりとしており。

 ——我に返ったトウヤたちは思わず驚愕してしまった。

 だが、それはキリクが蘇えった事に対してではなく、自分たちが見ていた映像内で起こっていた出来事に対してだった……。

 「——なぁ〜、キリク。一体、何が起こったって言うんだ?」

 この謎を解き明かさんとトウヤが徐に口を開いて、そう投げかけた。
 その問いにキリクは、

 「——悠久の祈祷(エミリアルシステム)と、僕たちは呼んでいる。って、言っても彼女自身、どう思っているのかは定かではないけどね……。しかし、こうもあっさりと成功するとは君たちは運が良いね……」

 トウヤたちを見つめ、頷きながら話すキリクに何の事だかさっぱり分からない一同は小首を傾げてしまう。
 そんな彼らにキリクは呆けた表情を浮かべた。
 それはトウヤたちに対してではなく、自分自身に対して……。

 「——ごめんごめん。説明がまだだったね……」

 「ゴホン」と、一つ咳払いをしたキリクは表情を強張らせて、トウヤたちを見据えた。

 「——彼らは調律士(チューナー)と呼ばれる存在……。この悠久の祈祷(エミリアルシステム)の言わば——燃料、生贄、代替品、消耗品なんだ……」

 淡々と語った彼の言葉にトウヤたちは表情を歪め、キリクの事を睨みつける。
 最初からこうなる事は分かっていたと言わんばかりにキリクは清々しい表情で彼らの事をほくそ笑み、話を続けた。

 「だけど、僕たちは彼らに敬意を払っている。彼らのおかげでこうして僕たち——この世界に住まう民は悠久(えいえん)を約束されている……。ほら、君たちだってギルドの仕事で負傷した時はお世話になってるでしょ?」

 と、キリクはトウヤたちが身に付けるアクセサリーを一つ一つ、見やる。
 しかし、彼が本当に見ているモノはアクセサリーに装飾されている宝石だった……。

 自分だけの貴石(パーソナルジェム)……。

 彼らが所有している——この世界に住まう人々が皆、生を授かったその時に顕現する自分だけの貴石の事をそう呼ぶ。
 この宝石のおかげで「テレパス」と言った通信能力。固有技能と言われる自分だけの奇跡のような能力にその媒体となる装具などを扱う事が出来る。

 しかし、パーソナルジェムの本質的な性能から言えば、それは微々たるもの、オプションでしかない。
 そう——パーソナルジェムを所有しているこの世界の民は死なない。
 老いもしない。
 ただただこの世界で永久の暮らしが約束されている。

 したがって、この世界には死の概念と呼ばれるモノが著しく低い。が、決して死なない事は無い。パーソナルジェムの力が失えば、必ず死んでしまう……。

 それとパーソナルジェムのおかげで老いはしないが、調節する事は出来た。
 見た目は年配だが、中身はまだ子供。その逆もしかり……。ずっと、若者の姿でいる者もいれば、年相応の姿でいる者もいる。
 これに関してはもう自己判断、個人の裁量に委ねられていた。
 トウヤたちはこの世界に生を授かって、まだ数十年しか経っていない。そのため、年相応の姿だと言える。

 「——おい、キリク。その言葉から察するに彼らが俺たちの身代わりになっている、と言う事だよな?」

 何か感づいたのか、トウヤが探りを入れるように投げかける。
 この問いにキリクは不敵に微笑んだ。

 「——うん、そうだよ。さすが、トウヤだね。勘が鋭い」

 キリクの返答にトウヤは胸糞悪そうな表情を浮かべながら、舌打ちをし。
 勘の良いアリスもこのやり取りで大体の事を把握し、トウヤと同じように表情を歪め、舌打ちをする。
 そんな二人に対して、未だに状況が理解出来ていないユウとミュリアは揃って小首を傾げていた。

 その二人の姿に、

 「やれやれ」

 と、額を押えたアリスはいつもながらの態度——腕を組み、憐れな二人を見据えて、

 「——良い、二人とも。よ〜く聞くのよ。アタシたちとアイツらは連動している。アタシたちが傷つき、どれだけ深手を負おうが全てアイツらにフィードバックされ、アタシたちは無傷で生きながらえる事が出来る。それがたとえ、心臓を貫かれようが、首を切り落とされようが、このパーソナルジェムがある限りね……。ホント、胸糞悪いシステムよ。でも、今になって考えればそれぐらいの代償があって当然の事よね。だって、神の力と言っても過言では無い、力を授かっている訳だし、ね……」

 「ふぅ〜」と、一呼吸入れ、さらに続ける。

 「それにこの理論から行くと、アタシたちの老いの進行度合いも全てアイツらにフィードバックされているわね。アタシたちが若い姿であろうとし続けると、アイツらが代わりとなって年老いて行く……。そして、本来あるべき人間の天寿を超えてもなお、生きながらえている輩の代わりとなって死んで行く者もいる……。キリクの言う通り——アイツらの犠牲の上でアタシたちの暮らしが成り立っているのよ」

 アリスの説明でエミリアルシステム、チューナー……。そして、パーソナルジェムについての構造を理解し、ユウとミュリアは自ずと表情を曇らせた。